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空の妖精  作者: 道豚
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秋季テニス大会1

「ぴ・ぴ・ぴぴ・ぴぴ・ぴぴぴぴ……ぴっ」

 枕元で鳴る目覚まし時計が伸びてきた指で止められた。パジャマ代わりにロング丈のTシャツを着た博美が上体を起こす。暑いからとボトムを履いていない所為で少し日に焼けた太腿が顕になっている。

「はあ~~ 朝かー」

 今日は土曜日。合宿から木曜日の夕方に帰ってきて、金曜日はウエアーの洗濯等をしながら休息していた。そして今日から博美にとって初めてのテニスの大会なのだ。

「(……準備しなくちゃ……)」

 博美はベッドから降りると灯りを点け、シワになったシーツを直し、タオルケットを畳んだ。タンスからテニスウエアーやソックスを出してベッドに並べる。

「(……えっと、ブラは何使おうかな? スポーツブラがいいかな……)」

 タンスの上の段からスポーツブラを取り出し、博美はTシャツを脱いだ。スポーツブラを頭からかぶるようにして付けると軽くジャンプする。

「(……んっ! OK 揺れないね……) サポートがしっかりしてるから揺れないんだよ」

 誰かに聞かせるわけではない言い訳を小声で言って、博美はバッグに荷物を詰め始めた。




 博美が顔を洗うために一階に降りると、台所からいい匂いが漂っていた。「カチャカチャ」と炊事をする音が聞こえて来る。

「(……お母さん、もう起きてるんだ……)」

 台所のドアをそおっと開けて博美は中を伺った。

「あら、博美。 おはよう。 もう起きたの? 朝ごはんはもうちょっと待ってね」

 音を立てないようにドアを開けたのに、明美はすぐに博美に気が付き、フライパンを持ったまま振り向いた。

「うん。 おはよう。 おかあさん、早く起きたんだね」

 ドアから顔だけ出して博美が答える。

「んで、今は何を作ってるの?」

「お弁当よ。 出来たら朝ごはんを作るから」

 明美は出来上がった牛肉のしぐれ煮をフライパンから皿に移している。

「運動するんだから、しっかり栄養を取らないとね」

 空になったフライパンを流しに突っ込むと、明美は冷蔵庫から卵を取り出した。

「あんた、お腹がすくと動けなくなるんだから」

 今日の弁当はスタミナたっぷりになりそうだ。博美は何も言わず洗面に向かった。




 朝ごはんを食べ、制服に着替えて博美はスクーターに乗った。バッグは前かごに入れてあり、後ろの大きなキャリアーには何も載っていない。

「気を付けて行ってね。 ……ねえ、本当に大丈夫? あんた道が分かるの? ……迷子にならないでよ」

 大会会場には各自集まる事になっているので、博美はスクーターで直接行く事にしたのだ。

「大丈夫だよー 安岡さんのお店から南に走ればすぐなんだから。 もう何度もお店には行ってるもんね。 平気平気」

 いってきまーす、と博美はスクーターで走って行った。

「(……本当に分かってるのかしら……)」

 それを見送る明美は不安でたまらない。

「(……光が起きてきたら道を聞いてみよ……)」

 明美は博美が見えなくなるまで道路に立っていた。




「えーっと、お姉ちゃんは安岡さんのお店から南に行けば着けるって言ったんだね。 そーかなー 違ってるような気がするけど」

 博美が行って40分ほどして起きてきた光に明美が博美の言ったことを聞いた。

「ちょっと待ってて、調べるから」

 地図を持ってくる、と光は部屋に戻った。




「おかあさん、やっぱり違ってるよ」

 光が朝ごはんの並んでいるテーブルに地図を広げている。

「お店からまっすぐ南に行く道は途中で曲がってて、バスセンターからの道にぶつかるんだ。 だからそこを右に曲がれば着けるんだけど、随分遠回りになるね。 間違って左に曲がったらバスセンターに戻っちゃうよ」

 大丈夫かなー と光が明美を見た。




 光が明美に説明していた、ちょうどその時、博美は路面電車の走っている道路にぶつかり悩んでいた。

「(……な、なんで電車が走ってるの? 電車道から来たのに、電車道にぶつかるなんて……)」

 交差点の手前にスクーターを止めて博美はキョロキョロと周りを見ている。

「(……そういえば、太陽が正面にあるなー 僕って東向いてる?)」

 博美は標識の影の位置を見た。

「(……やっぱり東を向いてるんだ。 んじゃ、正面の道は南北方向だよね。 ひょっとしてバスセンターから桟橋に向かう道? だとしたら右が正解だね……)」

 博美は二段階右折をするため、正面の道を横切った。




 博美がスクーターでテニスコート脇の駐車場に入ってきた。

「着いたー よかった……間に合ったみたい」

 さっきの電車道は博美が考えたとおり桟橋に行く道だった。そこから道路の上にある案内標識に従って走ってきたのだ。

「(……随分遠回りしたみたいだけど……まだ誰も来てないよね?) ひゃっ!」

 スクーターを駐車場の隅に止めスタンドを掛けた時、誰かが博美の肩を叩いた。

「秋本さん、おはよう。 びっくりさせちゃった?」

 博美が振り返ると、北添が「にこにこ」して立っている。

「おはようございます。 えーっと、まだ誰も来てないですよね?」

 博美はヘルメットを脱いで、シートの下に入れた。

「ええ。 あなたが一番よ。 もうすぐ連絡バスが着くから、きっとそれで皆来るでしょうね」

 北添がスマホを取り出して時間を見た。

「よかったー 遠回りしちゃったから間に合わないかと思ってました」

 博美が前籠からバッグを引っ張り出し肩に掛けた。

「あっ! 来たみたいよ」

 北添の指差す先にバスが停留所に着いたのが見えた。




 テニスウエアーに着替えた博美がラケットを持ってコートに向かう。女子は合宿をしたCコートとDコートを使って試合が行われる事になっていた。

「なんか緊張するね。 樫内さんはそんな事無いかもしれないけど」

 横を樫内が歩いている。

「ううん、そんな事無い。 私だって緊張はするわよ。 けっこう注目されるしね」

 言う通り、樫内に気がついた生徒や役員が目で追っている。

「まっ、今は秋本さんの試合の事が問題ね。 相手は2年生よ」

「うん、そうだね。 須崎高校って強いの?」

「強豪って事はないけど……テニスって番狂わせが殆ど起きないのよ。 長くやっている分は秋本さんより強いと思った方がいいわね」

 二人は指定されたコートに着いた。既に対戦相手も来ている様で、数人の生徒が集まっている。

「相手は応援の子が居るみたいね。 残念ね、浜口さんの試合と被らなかったらもっと応援がいたのにね」

 博美と浜口の試合が同時刻に重なっていたのだ。その為、清水は其方に行っている。

「樫内さんが居てくれるだけで心強いよ」

 博美はコートの中に入っていった。




「プレイ」

 審判の声が掛かる。博美はベースラインのやや前で相手のサーブを待っている。

「(……樫内さんのサーブより遅かったから、この辺で取れるよね……)」

 さっきの練習で見た相手のサーブは、いつも樫内のサーブを見ている博美には遅く見えたのだ。相手が何度かボールを地面にバウンドさせ、此方を見るとトスが上がる。ラケットが頭上で回され、振り下ろされた。回転を与えられたボールが飛んでくる。しかしやや低い軌道のそれはネットに当たり、コート外に跳ねた。

「フォールト」

 ポケットからボールを取り出し、相手は再び地面にバウンドさせた。トスを上げ、ラケットを振り上げ、振り下ろす。ファーストサーブより更に回転の掛かったボールはサービスコートのコーナーで弾み、博美から逃げるようにコースを変えた。博美は数歩横に動き、フォアハンドでラケットを振りぬいた。ドライブの掛かった打球はネットをすれすれで超え、余裕を持ってサイドライン内に弾む。

「ラブ、フィフティーン」

 早い打球に、相手はただ見送っただけだった。

「ナイスショット! 秋本さん、その調子」

 フェンスの向こう側から樫内の声がする。その声に博美は手を上げて答え、レフトサービスコート側に移動した。博美が構えを取るとファーストサーブが飛んでくる。さっきネットに当たったのを修正したのだろう、やや高い軌道のボールは、しかしサービスラインを超えてしまった。

「フォールト」

 相手選手は博美のバック側をちらっと見た。博美のフォアの力を警戒したのだろう、セカンドサーブが博美のバック側に打ち込まれた。相手の目線の動きを見逃さなかった博美は素早くフォアに回り込みラケットを振る。打ち返されたボールは逆クロスのサイドライン内で弾んでいた。

「ラブ、サーティ」

 連続エースで博美が2ポイントを取った。審判のコールを聞くと、博美はライトサービス側に移りレシーブの構えをする。3回目のファーストサーブはサービスコート内で低くバウンドした。タイミングを外された博美はぎりぎりですくい上げる。力の無いボールが相手のフォアに飛んでいった。フォアの強打が博美のバックを突く。ベースラインを走り、腕を伸ばして博美は拾った。しかし無情にもボールはベースラインを超してしまった。

「アウト」

「フィフティーン、サーティ」

「ナイスサーブ。 先輩、行けるよー」

 相手選手の後輩だろう、応援の声が聞こえてきた。

「秋本さん、時間を掛けて深呼吸!」

 樫内が変わろうとする流れを切るために博美に声をかける。

「(……そうだ、慌てちゃいけないんだ……)」

 博美は樫内に手を上げると、ベースラインから後ろを見た。そっちに見えるBコートでは男子が試合をしている。

「(……康煕君の試合はもう少し後だったな……)」

 ゆっくりと向き直り、博美はレシーブの構えをする。さっきの結果に自信を持って、博美のフォアにファーストサーブが打ち込まれた。タイミングよく振りぬいた博美のラケットがボールを芯で捕らえる。ドライブ回転の掛かったボールは高い軌道からベースラインに向けて急降下した。相手選手は高く弾むボールにラケットを当てることが精一杯だった。

「フィフティーン、フォーティ」

「よっし!」

 博美が珍しくガッツポーズをする。

「ナイスショット! あとワンポイント」

 樫内の声も弾んでいた。それを聞きながらゆっくりと博美はライトサービスコート側に移動する。博美が構えた途端、バック側にファーストサーブが飛んできた。博美のフォアを警戒したのだ。流石にフォアに回り込むことは出来ず、博美は両手打ちのバックハンドで返した。やや振り遅れ、ボールは相手のフォア方向に飛ぶ。

「……くっ! (きっとバックに来る)」

 博美はすかさず左に走った。博美の読み通り、フォアの強打がバック方向に飛んで来る。読みが当たったお陰で、博美は苦手なバックながら十分引き付けてドライブショットを相手のバック側に打った。ポイントが取れた、と思った所で博美に拾われ、相手選手は反応が遅れた。やっとのことで返したボールはセンターに戻っていた博美のフォアに「ふらふら」と飛んでくる。

「(……チャンス!…)」

 しっかりと「タメ」を作り、博美はラケットを振りぬいた。ドライブ回転のボールが相手選手に向かって飛んでいく。

「(……えっ?)」

 決まった、と思う博美だが相手選手は器用にラケットを回し、正面に来たボールをロブで返してきた。

「(……風は無い。 打てる……)」

 空を見上げて気流の乱れの無いことを確かめ、博美はボールの落下地点に走り込んだ。左手を斜め上にあげ、ラケットを肩に担ぐようにしてボールを待つ。

「ワンバウンド!」

 樫内の声が聞こえる。博美は構えを解いてベースラインの後ろに下がった。

「アウト」

 ラインジャッジのコール。ロブは長すぎ、ベースラインを超えたのだ。

「ゲーム。 ゲームカウント ラブ、ワン」

 第一ゲームは博美が相手のサービスをブレークして終わった。


 


 中学校のころからサイドハンドでグライダーを投げていたので、博美のフォアは力があります。

 また、グライダーを投げる時の腕の動きにより、テニスボールを打つと自然にドライブが掛かってしまいます。

 逆に、バックハンドはまだまだ慣れていません。


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