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空の妖精  作者: 道豚
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馬子にも衣装


 お盆の一週間前、土曜日だというのに博美は飛行場に行かず、パジャマのままベッドに服を並べて胸の下で腕を組んでいた。残念ながら胸は持ち上げられず、存在を主張していない。

「(ここまで絞ったんだけど……決まらない……)」

 今日は明美の実家に里帰りをするのだ。改めて博美はベッドの上の以前明美が買ったショートパンツを見た。

「(お爺ちゃん、お婆ちゃんに見せるんだから、あんまり肌が出るのはダメだろうなー)」

 横を向くと勉強机の椅子には何時も穿いているジーンズがかけてある。

「(でも暑いよなー)」

 視線をベッドの上に戻した。

「(スカートなら多少長くても涼しいよね)」

 以前買った白いフレアースカートを腰に当ててみる。

「(これだとトップスを考えないとなー。 悩みが増えちゃう)」

 シャツを重ね着しているようなデザインのワンピースを取り上げた。

「(これならコーディネートを考えなくてもいいかな?)」

 体に当ててみる。スカート部分は白く、シャツの部分は水色で、何処かのお嬢様のようだ。

「(ちょっと僕の性格には合わないかな?)」

 博美はベッドの上にワンピースを戻した。

「(えーーん。 決まらないよー)」

 再び博美は胸の下で腕を組んだ。

「お姉ちゃん。 いい?」

 ドアの外で光の声がする。

「ん? いいよ」

 ベッドの方を向いたまま博美が答えた。ドアが開き、光が入ってくる。

「やっぱりお姉ちゃん、決まってなかったね」

 光がベッドの上に投げ出された服を見た。

「だってー 分かんないんだもん。 光は決まったの?」

 振り返って博美は光を見た。

「うん。 これ」

 以前一緒に買ったプリーツスカート風キュロットを穿き、上は簡単にTシャツを着ている。

「涼しそうだね。 よく似合ってる」

 ありがと、と部活で日に焼けた少女はニッコリした。

「っで? お姉ちゃんはどうするの?」

「分からなくなっちゃった。 ここまでは絞ったんだけど、どうしよう。 光ならどれにする?」

 博美はベッドに向き直り、両手を広げた。

「んー 私ならショートパンツなんだけどー お姉ちゃんはさ、黙ってればお嬢様なんだから、これがいいんじゃない?」

 光が取り上げたのはワンピースだった。

「ほらー どう見ても避暑地の御令嬢じゃない?」

 光は博美の体にワンピースを当てて、納得の顔をする。

「なにが御令嬢だよー 僕はそんなお淑やかな性格じゃない」

 むっ、として博美がワンピースから身をかわした。

「でも知らなければそう見えるんだって。 お爺ちゃんもお婆ちゃんも驚くよ」

 光がワンピースを持って追いかける。

「うーーん。 そうかなー」

 まっ、着てみようかな、と博美が光からワンピースを受け取った。




「あんた、そういう格好をすると、ほんと何処かの御令嬢様みたいね」

 家を出て直ぐ、信号で止まった車の中で明美が助手席の博美を見た。

「もう。 お母さんまでー 馬子にも衣装って言いたいんだよね」

 光に進められたワンピースを着た博美が、デザインで付いているフロント裾結びを弄りながら頬を膨らませる。

「そうなんだけど、喋ると駄目ね。 お転婆だってばれちゃうわ」

 明美は信号が青に変わったのを受けて車をスタートさせた。

「まっ、お母さんの子だものね。 お嬢様が生まれるはずはないわよね」

 お母さんが山育ちだもの、と明美が笑った。




 郊外の大学前を通り過ぎると、車はだんだんと山の中に入っていく。走っているのは国道だが、左右に人家の無い場所が現れるようになった。左側には物部川が流れ、右側は田圃だったり畑だったり、或いは崖だったりする。

「あっ! ここ」

 後部座席の光が声を上げた。

「此処だよね。 お父さんが連れてきてくれたのは」

 道路の右側に小さな公園があり、その奥にホテルのような建物がある。

「そうそう。 ミュージアムよ」

 明美がそれに答える。ミュージアムとは言うが、そこは幼児向けのキャラクターをメインに扱うアミューズメントだった。

「光が小さな頃は良く来てたわね。 お父さんの運転だったら近く感じたんだけど、自分が運転すると遠いわね」

 明美がハンドルを握ったまま肩を回した。

「ちょっと休みましょう」

 車は右に曲がってその公園の駐車場に入った。




 再び走り始めて数十分後、明美の車はダム湖に掛かる赤いトラス橋を渡ったところで左に曲がり国道から離れた。

「着いたねー 大栃だー」

 博美が地図を広げている。

「そうね。 でもお母さんの家はまだまだ上に行くわよ」

 車は小さな商店街を抜け、どんどん奥に向かって走る。道は狭くなり、譲り合わないと車がすれ違えなくなった。

「さあ、着いたわ」

 どれだけ奥に来ただろう。明美が少し広くなった道路の左側に車を止めた。

「やっと着いたー 懐かし……わーっ!」

 博美がドアを開け、車から下りようとしたところで足を踏み外しそうになった。道路の左側は崖になっていて、明美がギリギリまで寄せた所為で足場が無かったのだ。

「あらー 博美大丈夫?」

 リヤゲートを開けながら明美が声をかける。

「う、うん。 大丈夫だった」

 博美が運転席を通って車から下りてきた。

「えへっ。 お姉ちゃんってさ、あんな時「キャー」じゃないんだね。 「わー」だもんね」

 光がバッグを出しながら言った。

「お嬢様がはしたないね」

「僕はお嬢様じゃないよ」

 博美がバッグを受け取った。

「あれあれ、騒がしいと思ったら。 よう来たね」

 道路の反対側にある、やっと人が通れるほどの坂道を老婦人が下りてきた。明美の母である明子あきこだ。

「こんにちは、お婆ちゃん」

 光が駆け寄った。

「光ちゃんだねー 一年で立派になってからにー 中学生やったかね」

「うん、一年だよ。 お婆ちゃんは変わらないね」

 ハグせんばかりに光がくっ付いてる。

「お婆ちゃん位になると一年ばーじゃー変わらんよ。 ほんと良い子や」

 明子が目を細める。

「ただいま、お母さん。 元気だった?」

 車をロックして明美が道路を横切ってきた。

「おかえり。 元気だよー 明美も元気そうやね」

 上から下まで明子が明美を見る。

「太らんかった? 去年より大きゅう見える」

「太っちゃーせんよ! いらんこと言わんで」

 明美の言葉が方言に変わった。

「博美はんかったがかえ? らんみたいやけんど」

 明美の答えを無視するように明子が尋ねた。

「ん? るよ。 博美ー あんた何しよる? 挨拶せんかね」

 まだ車の所にいる博美を明美が呼んだ。

「待ちや。 あれが博美かえ? 何処のお嬢様かと思っちょったに」

 彼女はゆったりとしたひだのある白いスカートの上に淡い水色のシャツを重ねている。そんな風に明子には見えた。シャツの裾が前で結ばれている事とショートボブの髪により活発な雰囲気も出してはいるが、全体として大人しい女性のようだ。

「お、お婆ちゃん。 こんにちは。 博美ですけど、分かります?」

 バッグをその場に残し、博美は道路を横切ってきた。

「いや、分からんかったちや。 ほんまに博美かえ? 電話でー聞いちょったけんど、こんなお嬢さんになっちゅうと思わんかった」

 明子が明美を見た時のように博美を上から下まで見る。

「ほんま、綺麗なやねー みちがえしもうた。 もてるろう?」

「お姉ちゃん、美人で有名だよ。 モデルもしてるんだから」

 横から光が口を挟んだ。

「ち、違うよ。 あれはモデルじゃないから。 それにもててなんかないよ」

 博美は慌てて首を横に振る。

「まあまあ。 ほんと面影がないがね。 おまん、ラジコンしょったろう? 女の子んなってしもうて、止めたかえ?」

 白いがね、と明子が博美の腕に触る。

「ううん。 止めてないよ。 今日もグライダー持って来た。 焼けてないのはいつも日焼け止め塗ってるからだよ」

 山の上の畑に飛ばせる場所があるので、博美は「エルフ」を持ってきているのだった。

「お母さん、暑いきに何時までもこんな所で話ちょらんで、早よう家に行こ」

 明美が車のところからバッグを持って来た。

「あ! お母さん、僕が持つよ」

 博美が手を伸ばす。

「んまー 博美は僕っち言うがかえ。 そこは変わっちょらんね。 女の子は私やろ?」

「うん。 そうなんだけど、つい言っちゃうんだ。 おかしいかな?」

 一つのバッグを両手で前に持って博美が答える。

「おかしい言うたらおかしいけんど、博美の変わっちょらん所を見れて安心したがね」

 明子が優しく微笑んだ。

え、え。 男が急に女になったがやき、変われん所もあるろう。 ゆっくり直したらいきに。 お婆ちゃんは味方やきね」

 明子が博美の肩を抱いた。




 人一人通れる幅の坂道を登ると古い、しかし「どっしり」とした平屋の家がある。広い庭に面して縁側があり、その奥の障子は開け放たれていた。

「さあ、入っとうせ」

 明子が玄関の引き戸を開けた。

「あんた、明美らーが来たぜよ。 っと、ったがかえ」

 玄関には祖父の豊久とよひさが立っていた。

「おう、おまんが遅いき見に行こうと思うた所やった」

 豊久は明子の後ろを見る。

「おう、よう来た。 えーっと、光やろ。 ……誰や? 俺耄碌したろうか…… 分からん。 明子、その別嬪さんは誰やったかねー」

 博美を認めたところで豊久がうろたえ出した。

「あんた、何言いゆうが。 博美やない。 ほんとボケちゃーせん?」

 明子が嬉しそうにからかう。

「博美は男やったろー その子は女の子やないか」

「なに言いゆうぜ。 博美は女の子やったでー」

「……???……」

 豊久は頭を抱えてしまった。




 故郷を離れて随分経ってしまいました。

 昔は平気で使っていたはずですが、高知弁は難しいです。

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