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空の妖精  作者: 道豚
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シード権

 博美の目慣らし飛行が終わり、アンノウン一回目の競技が始まるまでの10分間、選手権会場の彼方此方あちこちで選手と助手が話し合うのが見受けられた。アレスティ記号の解読ミスを見つけ大慌てで修正したり、博美の描いた図形を見て演技の大きさを変えたり、と皆アンノウンの準備にいそしんでいるのだ。

「……インバーテッド ローリングサークル……」

「……これって、どんな風に舵を使うんだ?……」

「……最初ラダーを左だろ……少し回ったらラダーはニュートラルでエレベータダウン……」

「……ラダー右か?……でもそれじゃエレベーターと喧嘩するよな?……」

「……その分エレベーターを大きく使えば良いんじゃないかな……」

「……そしたら旋回半径が小さくなるじゃないか……」

「……うーーーん……そうかー……」

     ・

     ・

     ・

「博美ちゃん。 インバーテッド ローリングサークルだけど、どんな風に飛ばしてるんだ?」

 井上が隣に座って同じプリントを見ている博美に尋ねた。

「えっとですね。 最初はラダー左ですよね。 そこからロールが進むにつれてラダーを減らしてエレベーターをダウンにするんです。 機体が垂直になった時はラダー右でエレベーター少しダウンの状態ですね」

 博美が模型を持って動かしてみせる。

「俺が考えるのと同じだな」

 井上が頷いた。

「それなのに、何故博美ちゃんが飛ばすと旋回が滑らかで、機体の上下動が無いんだ?」

 井上が博美を見る。

「うーーんと。 何でかな? 何となくですけど……機首の向きが滑らかに変わって行くようにラダーとエレベーターを使ってるんです」

 言葉にしにくいですね、と博美が済まなそうに答えた。

「まっ、往往にして天才ってのは直感って所があるよな」

 仕方ないさ、と井上が博美の頭を撫でた。




「……あーーー やっちゃたなー……」

 飛行場からため息が上がる。先ほどからアンノウンスケジュールが行われているのだが、殆どの選手が何かしら失敗(スナップロールが回りすぎて0点になったり、ローリングサークルが大きく上下に波打ったり)していた。

「……おいおい、誰一人満足に出来ないぜ……」

「……いや、まだトップフォーの連中が飛ばしてない」

「……そうだな。 彼奴らなら大きな失敗はしないだろうな……」

     ・

     ・

     ・

「井上さん。 失敗さえしなければ上位に行けそうですよ」

 篠宮が「ビーナス」の前で何時ものように目を閉じている井上の横に来た。

「んっ、そうだな。 だがその失敗をしないってのが難しいのがアンノウンなんだ」

 井上は目を瞑ったままだ。

「大丈夫ですよー 僕が付いているんだから」

 「ビーナス」の横に博美がアレスティ記号の描かれたプリントを持って立っている。

「えへへ、井上さんを後ろから操縦してあげますから」

「あのね、博美ちゃん。 俺が予選を勝ち進んで決勝に出てるんだから…… 取らないでくれよ」

 井上の目が薄っすらと開いた。

「やだー 井上さん、冗談ですよー」

 本気にしちゃったんだー、と博美が笑った。




「ローリングサークル」

「んっ!」

 博美の声に井上が短く答えた。井上のアンノウン演技は大きな失敗も無く、終盤に掛かっている。

「スタート」

 博美のコールと共に井上はラダーを左に切り、同時にエルロンスティックを右に僅かに倒した。「ビーナス」は機首を右に向け、ゆっくりと右ロールを始める。それを確かめると井上はラダーをニュートラルにして、エレベーターのダウンを増やした。その間にもどんどん「ビーナス」の傾斜は増える。傾斜が増え、揚力不足で機首が下がろうとするのを、今度はラダーを右に切って持ち上げる。ラダーを使ったことにより、旋回半径が大きくなるのをエレベーターを使って調整する。

「……上手い……」

「……おいおい、失敗が無いぜ……」

「……トップフォーじゃないだろ。 井上って……」

「……あの妖精が付いてるんだな……」

「……ああ、背中にぴったり付いてるな。 憑いてるんだったりして……」

     ・

     ・

     ・

 とんだ言われようだが、あながち間違いでは無い。今日は風が安定しているからと、博美は風を教えるために使っていたシャツを引っ張る合図をラダーとエレベーターの操作を教えることに使っているのだ。冗談でなく、博美が後ろから井上を操縦している状態だった。




 最後まで、減点はともかく大きなミス無く井上は演技を終えた。「ビーナス」の着陸と共に周りから拍手が起こる。その拍手の中、エンジン始動ピットからプロペラの回っていない飛行機が滑走路に運ばれた。井上より年上の選手が操縦ポイントに歩いていく。

「……おい、八角ほすみだ……」

「……ついにトップフォーの出番か……」

「……「ボイジャー」は電動だよな。 どんな飛びをするんだろう……」

 拍手は何時しか止み、会場が静まり返る。

「テイク オフ」

 静かな声と共に「ボイジャー」は鋭いダッシュで離陸して行った。




 静かな飛行音で飛ぶ「ボイジャー」は、意外と速い速度でセンターに帰ってきた。高Gを思わせる小さな半径の1/4宙返りをして垂直姿勢になる。長めのポーズの後、かちっ、かちっ、と3/4ロールをして更に上昇。まるで重心をピンで留められたかのように頂点で横に回り、垂直に降りてくる。垂直降下なのにゆっくりと下りる「ボイジャー」は、上りと同じようにかちっとした3/4ロールをした。

「(ええと……なんか全然違う……)」

 フライトエリアが被らなかった所為で、博美は八角の演技を始めてみたのだ。

「(あの宙返りって……どうやってるんだろ?)」

「凄いよな。 いったいどれだけ練習したらあんな風に飛ばせるんだろうな」

 何時の間にか篠宮が横に立っている。

「俺のと同じ電動だからって見てるんだが……これはエンジン、電動の違いなんて小さいぜ。 舵の使い方に迷いがないって言うか、様子を見る所がまったく無いよな」

「そうですね。 必要な舵角にいきなり動かしてる様な……」

 何時の間にか博美は操縦するように親指を動かしていた。

「博美ちゃんの宙返りはエレベーターを引いて少し待つよな。 機体が揚力を増すのを見る感じでさ。 それに比べて八角の宙返りは「ぱっ」と引いてしまう。 俺にはどちらが良いか分からんが、そこの違いが大きい様に思う」

 八角のフライトから目を離さず篠宮が言った。

「(この方法も覚えた方が良いかも……安岡さんが宙返りでの減点が多いって言ってたもんな)」

 博美も八角のフライトを見つめていた。




 夏とあって午後3時といってもまだまだ太陽は高いが、日本選手権の会場には弛緩した空気が流れていた。決勝用ノウンプログラム2回、アンノウン2回の演技が全て終了したのだ。今は選手ものんびりと結果発表を待っている。

「なんだかワクワクしますね。 井上さんは何位なんだろう」

 博美の座っているワンボックス車から貼られたタープの下には何時ものようにチーム安岡のメンバーと加藤、井上が集まっていた。

「4位内は難しいよな、レベルが違いすぎる。 シード権を得るための残りは二つだ」

 井上がジャッジペーパーを見ながら答える。

「でも、大きなミスをしなかったですよね。 他の人は何かしらミスをしてますから、可能性は有りますよ」

 加藤が井上の持っているジャッジペーパーを覗き込んだ。

「ミスは無くても、全体に得点が低いからなー 何とも言えんな」

 鼻から息を吐くと、井上はジャッジペーパーをテーブルに落とした。




「10位、田倉選手。 9位、 高峰選手。 8位、 福井選手」

 本部テントの前で成田が成績を読み上げる。それに合わせて疎らに拍手の音がしていた。

「意外と盛り上がらないんだなー」

 博美がポツリと零した。

「あはは。 日本選手権って言っても、シード外ならこんなもんさ」

 隣に立っている井上がそれを聞きつけ苦笑する。

「7位、鈴井選手。 さあ、次から来年のシードだ」

 ここで成田が一息入れた。

「い、井上さん。 6位以内ですよ。 やったー! シードだー」

 ここまで井上の名前が出てない。つまり井上は6位以上だという事になる。それに気がつき、博美が万歳をした。

「………………」

 周りから視線が集まる。

「……ごめんなさい……」

 博美が小さくなった。

「えー もう喜んでいるのが居るようだが、皆知っているようにシード権を持つと予選が免除される。 と言う訳で……」

 成田が「ニヤッ」とする。

「6位、井上選手」

「やったーーー!」

 博美が井上に抱きついた。周りから拍手が沸き起こる。

「……ひ、博美ちゃん。 博美ちゃんのお陰だよ……しかし、ちょっと落ち着いて……流石に恥ずかしいぜ……」

 井上が真っ赤になって博美を剥がした。

「やった・やった・やった……」

 博美がその手を取ってぴょんぴょん跳ねる。

「えーーー 次に行っていいか?」

 成田の声にやや苛立ちが含まれた。

「……ごめんなさい……」

 再び博美が小さくなった。

「(……揺れてたな……)」

「(……揺れてましたね……)」

 離れて見ていた新土居と篠宮が顔を見合わせた。




 本部席の前に三人の男が並んでいた。夫々に表彰状を掲げ、真ん中の男は盾を持っている。その三人をラジコン雑誌の記者が写していた。

「やっぱり本田君がチャンピオンになったか……」

 もう全て片付け、後は帰るだけになった井上がそれを眺めている。

「予選から決勝まで、全て1000点って凄いですねー」

 その横で博美も見ていた。

「よく言うよ。 その本田より素点が良かっただろ。 博美ちゃんが出てたらチャンピオンだったぜ。 と言っても、これからは本田の時代かもな」

 その次が博美ちゃんな、と井上が言う。

「んっ? その次ですか……」

 篠宮がそれを聞きつけた。

「ああ、本田はまだ若い。 もう暫くは腕が上がるからな。 プロポメーカーに勤めてる社会人だ、練習時間も取れるさ。 博美ちゃんは学生だから、どうしても練習時間は短い」

 それに、と井上が続ける。

「奴は今年世界選手権に行くだろう。 世界を見た……世界で戦った奴は強いからな。 博美ちゃんでも直ぐには追いつけないだろうな」

 悔しいけどな、と井上が博美を見た。博美が「こくっ」っと頷く。

「本田さんは強いです。 だって予選で見た時よりずっと上手くなってましたから。 でも僕だって上手く飛ばせるように成ってるんです。 今日は八角さんの宙返りをしっかり見ましたから、あれを取り入れて行けば減点が更に減らせるはずです」

 博美が加藤を見る。

「それに、僕には加藤君が付いてる。 あの魔法を掛けてくれれば負けないよ?」

 ね、と博美が首を傾げた。

「ば、ば、馬鹿。 あれは博美の能力だって」

 加藤は真っ赤になって顔の前で手を振った。

「あーーー 暑いんですけどー クーラーの効いた車に入りましょう」

 新土居が溜息をついた。

 



 インバーテッド ローリングサークルは背面飛行から始めるので、ラダーを左に切ると右旋回します。

 内回りなので右旋回なら右ロールです。

 新土居と篠宮は何処を見ているのやら……

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