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空の妖精  作者: 道豚
121/190

これが証明だ


「という訳だ。 博美ちゃん、10分で準備できるか? 空の妖精を披露してくれ」

 チームヤスオカのワンボックス車に居た博美のもとに成田が歩いて来て頭を下げる。

「そんな…… 僕なんかに頭を下げないでください。 10分あれば用意できますよ」

 ねっ、と博美が加藤を見た。

「ああ、他ならぬ成田さんの希望だから…… 直ぐに準備します」

 篠宮と加藤が分解された「ミネルバⅡ」を出すため車の中に入っていった。

「でもこの風ですから、朝と同じとは行かないかもしれませんよ?」

 一度は弱くなった風だが、今は競技中止風速に近く吹いている。

「それは大丈夫だろう。 演技に求められているのは正確な重心の軌跡だ。 風に対処するために機首が偏向していても減点にはならない。 それは妖精には容易たやすい事だろ?」

 成田が鼻から息を吐いた。

「それを理解してない奴が多いんだよ。 あの木藤もその一人さ」

 それじゃ頼む、と成田は本部に帰っていった。




 エンジン始動ピットに置かれた「ミネルバⅡ」のプリフライトチェックを篠宮と博美が行っている。

「おいおい。 あの嬢ちゃんが飛ばすんか?」

 周りを囲んで見ている選手や助手の中から声が聞こえた。

「成田の旦那。 どういうことや? あんたが飛ばすんじゃなかったんかい」

「あのは朝早くの無風状態で飛ばしただろ。 いまの強風と比較しやすいじゃないか」

 博美からは見えないが、成田が答えるのが聞こえる。

「俺は解説をしてやる。 よーく見て聞いておけよ。 この上ない教科書だ。 なんたって妖精だからな」

「なんだー 人じゃないんかい。 そりゃ拝んどくかー」

 声のする辺りから「くすくす」笑う声が流れてきた。

「気にするなよ。 おっさんのジョークだからな」

 博美の耳元で加藤が囁いた。

「うん、大丈夫。 だって僕にはガーディアンが付いてるもん」

 博美は加藤の顔を正面に見る。

「お願いねっ」

 サングラスの奥で博美は片目を瞑って見せた。




「横風に対処するにはああいう風にするんだぞー 見てるかー おまえらー」

 成田の声を後ろに聞きながら博美は「ミネルバⅡ」を飛ばしていた。主翼はあくまでも水平であり、機首を風上に向けて風に対抗している。風は強く吹いているが、実機の飛行場の一部を使っていることもあり、河川敷の飛行場と違って「乱れ」は少ない。

「胴体の向きでコースを判断するんじゃないぞ。 重心の軌跡が描く図形が問題なんだからな」

 垂直上昇をする「ミネルバⅡ」は胴体の向きが大きく風上に傾いている。その状態から宙返りをする為、前半はエレベーターを小さく、後半に向けて段々大きく使っていく。

「見たかー あれで丸い宙返りだぞ。 ほとんどの奴は風に押されて後半の半径が大きくなってるからなー」

 水平飛行のポーズを見せると「ミネルバⅡ」は直ちにロールを始める。

「追い風だからな。 ポーズは一瞬で良いんだ」

 ぴったりロールのセンターと演技フレームのセンターを合わせて1ロールすると再び水平飛行のポーズを見せる。

「今度は追い風からの宙返りだ。 これは難しいぞ」

 「ミネルバⅡ」は「ぐっ」と機首を上げて宙返りを始めた。さっきと違って最初に大きくエレベーターを使う。比較的短時間で機首が風上に向くまで宙返りをすると、エレベーターの舵角を減らして高く上っていく。風に負けない様にエンジンはフルスロットルだ。演技フレームセンターでやや風上に機首を向けた降下姿勢になるまで、そのまま宙返りを続ける。

「ぴったりセンターだ。 しかも横風に流されてないだろう。 残念ながら宙返りの半径が左右で違ったから9点だ」

 演技の間、博美はエルロンとラダーを使い、主翼を水平に保ったまま機首を風上に向け続けていたのだ。




「…… うーーーん……」

「…… はあーーー……」

「…… 成程なー……」

「…… 俺には出来ん……」

     ・

     ・

     ・

 最後まできっちりと演技をして「ミネルバⅡ」が着陸した途端、成田の解説を聞きながら博美のフライトを見ていた選手や助手たちから感嘆の声が上がった。

「如何だー お前ら分かったかー あれがルールブックに従った飛び方だ。 風に対処するための機首の偏向は減点対象にならない。 それが理解できていれば風が強いからって点が悪くならないはずだろ。 木藤さん、これが証明だ」

 選手達の集まった中から成田の声が響いてきた。

「成田さんよー それは分かったけどよ、やっぱり風が強かったら難しいだろ?」

 木藤はなかなか引き下がらない。

「結局はさー 練習不足なんだよ。 お前ら風が吹いたら飛ばさないだろう。 壊すのが怖くってな。 そこで差がつくんだよ。 昨日みたいな条件のいい日なんて皆点が良いんだ。 今日のように難しいところで点を取るのが上位の選手なんだよ」

 成田の声に熱が篭る。

「理解できん奴はもうほっとく。 どうせ大して成績が変わるわけじゃないからな。 と言う訳で、第1、第2、第3ラウンドの成績を持って予選を終了とする」

 いいな、と成田が見渡した。

「決勝進出者は1時間後に発表する。 とり合えず解散」

 言い切ると、憮然とした表情の木藤を置いて成田はテントに帰っていった。




 成績発表までの間、博美たちはヤスオカ模型のブースがあるテントでお昼ご飯を食べていた。

「楽しみだなー 井上さんは何位なんだろう。 きっと決勝に出られるよね。 あっ! これあげる」

 博美が配られた弁当の中から肉団子を加藤の弁当に入れる。加藤の弁当はコンビニで買ってきたシャケ弁だ。

 「おっ! サンキュー それじゃ俺の弁当から好きな物取ってもいいぜ。 っと、そうだなー 6番か7番ぐらいじゃないか?」

 加藤が弁当を博美に差し出した。

「いいの? それじゃねー これっ!」

 卵焼きが博美の弁当箱に移動する。

「それ位かなー でも決勝に出られるのは確実だね」

 箸で卵焼きを半分に切ると、博美が口に入れた。

「ちょっと甘いかなー でも美味しいよ?」

 加藤を見て博美がニッコリした。

「……暑い暑い…… この二人の周りが異様に暑いんだけどー」

 二人の前でコンビニ弁当を広げている新土居が横に居る篠宮を見る。

「はあ…… 新土居さん。 諦めましょう…… こうなってはお手上げですから」

 同じようにコンビニで買ってきたカラアゲ弁当を突きながら篠宮が溜息を吐いた。

「おや? 皆集まってるね」

 そこに安岡が現れた。

「みんなお疲れさん。 やっと予選が終わったね」

 やれやれ、と安岡が椅子に座る。

「安岡さんもお疲れ様です。 審査員も大変ですよね」

 加藤と「いちゃつく」のを止めて、博美が紙コップに麦茶を入れて差し出した。

「ありがとう。 そうだねー 丸一日飛ばしてるようなもんだからね。 顔は焼けるし、目は痛くなるし…… 大変な役目だね」

 安岡は麦茶を一口飲んだ。

「それにしてもだ、博美ちゃんはこの二日間でかなり成長したね。 惜しかったね、予選に出てればこの大会で優勝できたかも。 そうなれば最年少のチャンピオンだね」

 安岡が日に焼けて赤くなった顔で微笑んだ。




 博美たちは、その他沢山の人たちと一緒に本部テントに集まっていた。目の前には大きな紙の張られたコンパネが立ててある。

「……やっぱりトップは本田か……」

「……トップフォーは予想通りだな……」

「……順当にシードだもんな……」

「……井上って去年は出てなかっただろ。 それが決勝進出だぜ……」

「……ああ、去年は居なかったな。 でもその前には世界選手権選抜競技会に出たはずだぜ。 実力は有るんだろう……」

     ・

     ・

     ・

 張り出されているのは予選の最終結果だ。それを眺めて皆口々に意見を言い合っている。

「やった! 井上さん7位ですよ。 決勝に出られますね」

 横に立つ井上の袖を博美が引っ張った。

「おう。 どうやら出られるようだな。 ほっとしたぜ」

 井上が博美の顔を見下ろす。

「博美ちゃんのお陰だ。 ありがとう」

「いえいえ。 僕はお手伝いをしただけですよ。 井上さんの実力です。 僕なんかとてもとても……」

 博美は顔の前で左右に手を振った。

「よく言うよ。 あれを見てみな」

 井上が成績表の上を指差した。そこには細長い紙が貼ってある。

「特別に博美ちゃんの成績が貼ってあるだろ」

「ほんとだー えーーー ウソー 僕の点ってそんなに良かったの?」

 そこに書かれている成績は軽く本田を上回っている。

「……凄いなこの点……」

「……これを見たら本田でも霞んじゃうぜ……」

「……人じゃないぜー……」

「……当たり前だろう、妖精だぜ……」

「……可愛いよなー……」

「……あんなうちのクラブにも欲しいな……」

     ・

     ・

     ・

 博美の点数が貼り出されているのは皆んな気がついている様で、気がつくと周りからその話が聞こえて来る。

「井上さん。 なんかちょっと恥ずかしい……」

 注目されているのに気がつき、博美の頬が染まる。

「よう、博美ちゃん。 どうだ? 妖精の成績も張り出しといたぜ」

 コンパネの後ろから成田が現れた。

「な、成田さん。 これって本当ですか?」

 顔を隠した指の間から博美は成田を見た。

「本当だとも。 でだ、博美ちゃん。 決勝の目慣らしをしないか? 本当なら11位の選手が目慣らしをするんだが、一人では荷が重い。 博美ちゃんにはアンノウンの目慣らしを頼みたい」

 いつになく成田の声が低い。

「それに…… 博美ちゃんにはアンノウンの作成にも参加して欲しい」

 選手権の決勝では予選と違う三種類の演技が行われる。一つは予選演技と同じ様に発表されているが、後の二つは決勝の前夜に決勝出場選手によって作られるのだ。つまり既知ノウンでない、すなわちアンノウンと言われるように直前にならないと分からない。しかも練習が禁止されていて、破れば失格だ。

「えっとー 僕は出場してないんですが……」

「かまわない。 俺の権限でそう決めた」

 成田の顔に黒い笑みが浮かぶ。

「どうも最近は出る選手が固定されていて「マンネリ」なんだ。 ここでガツンと新風を吹き込んでくれ」

 会場では夕食が出るから、と言うと成田は本部に帰って行った。




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