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空の妖精  作者: 道豚
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新土居さんのバカー!


 チームヤスオカのワンボックス車は選手権の行われている飛行場を出てホテルに向けて走っていた。今は午後4時、日が長い7月とあってまだまだ太陽は空の高みにある。

「なんか勿体無いねー こんなに明るいのに……」

 後部座席の博美が窓の外を眺めながら呟いた。

「仕方ないさ。 午後3時を過ぎるとフレームに太陽が入ってくるんだから。 その分朝早くから始めてる訳だしね」

 それが聞こえたのだろう、助手席の森山が振り返って答えた。

「これから如何するんですか? ホテルに帰っても暇ですよね」

 博美の横に座った加藤が問いかける。

「そうだなー 井上さんや真鍋さんなんかは休むだろうね。 俺たちは如何しよう…… 別に成績が関係するわけじゃないしなー」

 ハンドルを握るのは何時ものように新土居だ。

「暑いからね。 プールでも行くか?」

 森山がスマホをかざして見せた。

「近くに室内プールがあるぜ。 水着のレンタルもあるってよ」

「わーー 行く行く。 行きたーい」

 森山のスマホを覗き込んで博美が「はーい」と手を上げた。

「でも良いのかなー 井上さんたちは真剣な勝負をしてるのに、俺たちが遊んでて……」

 加藤が横ではしゃぐ博美を見た。

「なによー いいじゃない。 今日すごく成績が良かったんだよ。 井上さんなんて、あの本田さんより上だったんだよ。 きっと許してくれるよ」

 午前中に行われた第1ラウンドで博美を気にして調子を崩した本田は10位となり、調子の良かった井上の6位より悪かったのだ。もっとも午後の第2ラウンドでは井上の8位に対して、本田は本領を発揮してトップの成績を出していた。因みに眞鍋はやや点が伸びず15~18位程度だった。

「んじゃ、それでいいか? 篠宮君も行くかどうか聞いてみるね」

 スマホを持ち直し、森山が篠宮にメールを送った。




「男4人に女子1人です」

 スポーツセンターにあるプールの受付に博美たちは来ていた。

「それじゃ博美ちゃん、後でね」

 代金を払うと、手を振る篠宮に笑顔を返し、博美は女子更衣室に向かった。

「えーっと…… 此処にあるのがレンタルの水着かな?」

 ドアを一つ潜ると、片側に十数着の水着が掛かっていた。博美はそれを一つ一つ持ち上げて確かめる。

「(……競泳用のばっかりだ……)」

 流石はスポーツセンターのプールである。ビキニやフリフリしたワンピースの水着は置いてない。

「(……まっ あっても着ないけど……) これで良いかな?」

 博美の取り出したのは、前面は黒だがサイドが鮮やかな水色と明るい黄緑になっている水着だ。背中は大きくクロスした生地があるだけで、わりと地肌が見える。

(……後ろが開いてるけど、ビキニよりはマシだよね……)」

 ハンガーから水着を外し、博美は先に見える更衣室に歩いていった。




 午後5時に近い時間とあって、更衣室には家族連れが数組居るだけだった。博美は手近なロッカーを開け、水着とタオル、購入したサポーターとスイミングキャップを入れる。ベルトを外し、足をジーンズから抜くとバスタオルを腰に巻き、手を入れて丸いお尻からショーツを剥がした。そのまま下げると右、左、と足からショーツを抜き取る。

「(……んっ?……)」

 ふと視線を感じて博美が顔を上げた。いつの間にか目の前に小学校低学年の女の子が居る。

「お姉さん、綺麗」

 ピンクのワンピースを着たお下げ髪の子は頬もピンクになっている。

「えっ! ええーっと…… ありがと。 あなたも可愛いよ」

 イキナリのことで驚いたが、博美が笑顔になる。女の子は真っ赤になった。

「あの……えっと…… お姉さんって近くに住んでるの?」

 もじもじと女の子が聞いてくる。

「ううん、違うよ。 今日は旅行で来てるんだ。 僕の家は高知にあるんだよ。 っと高知って言っても分からないかな?」

 博美はしゃがんで目線の高さを合わせた。

「うん、分からない…… お姉さんって「僕」って言うんだ。 変わってるね」

「あっ! そ、そうだね。 変かな?」

「うん、変! 「僕」って男の子が言うんだよ。 でも…… 私も「僕」って言ったらお姉さんみたいに綺麗になるかな?」

「えっと…… どうかなー 多分関係ないと思うけど……」

「えみちゃん! 何してるの? 帰るわよ」

 若いお母さんが歩いてくる。

「はーい。 わ、僕もう帰らなくちゃ……お姉さん、さよなら」

 さっそく女の子は「僕」と言う事にしたようだ。女の子は手を振って母親の方に走って行った。

「…… さよなら……(僕っていってるよ……いいのかなー お母さんに叱られなきゃいいけど……)」

 しゃがんだままで博美も手を振る。

「お姉さん、パンツ履かないと見えちゃうよ」

 母親に手を引かれ、更衣室を出るところで女の子が振り返って言った。

「……って、え!……」

 慌てて博美は立ち上がり、バスタオルを抑えた。




 4人の男がプールサイドに立って周りを見渡しては時々女子更衣室を伺っている。

「新土居さん。 なんか俺たち不審者みたいだね」

 森山が何度目かの視線を女子更衣室のドアに送った後呟いた。

「そう言うなよ。 しかし遅いな」

 新土居が壁にかかった時計を見上げた。

「と言っても、5分ぐらいか……」

「女の子は準備に時間がかかりますって。 慌てず待ちましょうよ」

 なあ加藤くん、と篠宮が言う。

「そういうもんかなー あいつは割と早いですよ。 髪が如何どうだ、とか服が如何どうだとか、滅多に言わないですから」

 そう言いながら加藤が女子更衣室のドアを見た時、内側からそれが開いた。スイミングキャップを被った小さな顔が外を窺う。

「おっ、来た来た」

 加藤の声にみんながそちらを見た。

「おーい! こっちこっち」

 森山が大声で呼ぶと「ほっと」した顔で博美が走ってきた。

「うん、揺れないな」

「そうですね。 揺れない」

 新土居と篠宮が二人で頷きあう。

「何ですか? 揺れないって」

 横に立っている加藤には二人の言葉が理解できない。

「いや、彼女はスレンダーだっていう事さ。 加藤君は気にしちゃいけないよ」

 新土居が「まあまあ」と加藤の肩を叩く。

「そうそう。 直海ちゃんだって揺れないからね。 そんなのは女性の魅力とは関係ないよ」

 篠宮が「しみじみ」と付け足した。




「すみません、お待たせしました」

 やや息を弾ませて博美がやって来た。

「気にしなくていいよ。 大して待ってないから」

 森山が迎える。

「で、揺れないって何ですか?」

 博美が新土居に向き合った。

「っつ…… えーっと…… 博美ちゃん、聞こえたの?」

 新土居の顔から血の気が失せる。

「はい。 聞こえました」

 博美がニッコリする。

「その、揺れてなかったんだ……」

 新土居の目があちこちと泳いだ。

「何が?」

 博美の笑みが深くなり「般若」に近づく。

「ご、ごめん。 この通り。 許して…… けして胸が揺れることが良いことだって思ってないから」

 新土居は顔の前で手を合わせ、深々と頭を下げた。

「つまり僕の胸は小さいって言うんですね。 それってセクハラ?  安代やすよさんに言いますよ」

「そ、そ、それだけは勘弁して。 店に入れなくなる…… 仕事が無くなる…… この通りだから」

 とうとう新土居は土下座に移行する。

「博美、もう許してやれよ。 新土居さんも反省してるからさ」

 加藤が後ろから博美の肩を叩いた。

「うん、分かった。 許してあげる。 でも新土居さん、そういう所、治さないとラジコンだけが老後の楽しみってことになっちゃいますよ」

 「ふー」と博美が肩の力を抜いた。それを見て新土居が立ち上がる。

「分かった、気をつけるよ。 でも博美ちゃんってお尻大きいねー 下から見ると迫力があるよ」

「新土居さんのバカー!」

 鋭い炸裂音がプール建屋に響き渡った。




「……つまり、その頬っぺたは博美ちゃんの怒りが炸裂した跡って訳だ……」

 井上が正面に座る新土居を半眼で見る。新土居の左頬には見事な「紅葉」が浮き上がっていた。

「プールで一生懸命冷やしたんですけどね。 なかなか消えないですね。 博美ちゃんのパワーって凄い」

 それでも冷やしたお陰で、腫れはかなり退いていた。打たれた直後はまるで頬がボールの様だったのだ。

「新土居さんが悪いんです。 お尻が大きいなんて、女の子に向かって言う言葉じゃないですよ。 その前には胸が小さいなんて言ってー」

 未だに博美の怒りは静まってないようだ。

「だから今日は新土居さんにデザートを奢ってもらいますから。 いいですよね」

 博美たちはプールから引き上げ、井上も呼んで夕食を食べにファミレスに来ているのだ。

「うん、ごめん。 奢るから許して。 もう胸やお尻の事は言わないから」

 歳が一回りも違う新土居だが、博美の前で子供のように小さくなっている。

「まあ、それぐらいにしておいてやりな。 流石に反省しただろう」

 井上が博美をなだめる。

「うん、分かった。 それじゃ……お姉さん」

 通りかかったウエイトレスを博美が捕まえた。

「チョコケーキ、一つ♪」

 博美は満面の笑みを浮かべる。

「おいおい、太るぜ」

 横で加藤が「やれやれ」と首を振った。

「いいもん。 胸に脂肪を溜めてやるんだから」

 相変わらず胸のサイズを気にしている博美だった。




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