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空の妖精  作者: 道豚
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妖精のプレッシャー


 博美たちはフライトエリアAからBに向かって歩いている。

「はあ…… 遠いね……」

 博美がウンザリとした様子で零す。もう何分も歩いているのに、なかなかフライトエリアに張ってあるテントが近づいてこない。

「それでも、だいぶ来たぜ」

 加藤が後ろを指差す。

「んー 本当だー 半分ぐらい来たのかなー」

 振り返ってみると、フライトエリアAのテントも同じくらいの大きさに見えていた。

「おっと、博美ちゃんこっちにおいで」

 後ろを見ながら歩いていた博美を真鍋が引っ張る。その横をゴルフ場で見るようなバッテリーカーが通って行った。

「ありがとうございます。 あれ何ですか?」

 飛行場を走っているには違和感のある乗り物に、博美が目を丸くした。

「大会要項に説明があったよ。 あれでジャッジペーパーを運んでるんだ」

 ジャッジも乗るけどね、と真鍋が説明する。

「ジャッジの人っていいなー 歩かなくていいんだ…… 僕も乗せてくれないかな? ねえ、今度来たら乗せてもらおうよ」

 博美が加藤のTシャツの裾を引っ張った。

「おまえなー もっと体力つけろよ。 これぐらい歩いただけで疲れたんか?」

 抱っこするか、と加藤が微笑を向ける。

「馬鹿。 そんな恥ずかしいことしないよ」

 頬を染めて博美がそっぽを向いた。




 フライトエリアAとBとは離れていると言っても500mなので、7~8分歩けばたどり着く。博美たちが全員元気にフライトエリアBに着いた時は、まだ殆ど順番は進んでいなかった。

「井上さんは何処かなー 15番目のフライトだからまだまだ先だよね」

 博美が「きょろきょろ」辺りを見渡す。

「おい、今から飛ばすのは本田だぜ」

 その後ろから加藤が声をかけた。操縦ポイントに立っているのは、背は加藤より少し低いが、ガッチリした体格の若い男だ。

「あっ、ほんと。 あの予選の時に居た本田さんだ」

 博美たちからは背中しか見えないが、堂々としたその立ち姿は貫禄がある。綺麗な複葉機が滑走路上でホルダーに支えられていた。

「ねえ、あの機体…… 見たこと無いよね。 新作かな?」

 博美が加藤に問いかけたとき、複葉機は離陸して行った。

「ああ…… 多分そうじゃないかな。 しかし意外と離陸は適当だな」

 さっき見た博美の離陸に比べ、本田の離陸は「乱暴」に見える。

「うん。 でもさ、離陸はしちゃえば良いんだから。 本田さんあたりだと問題ないんだろうね」

 その辺りは博美も達観している。無名の選手は離陸からきちんとしないと審査員が注目してくれない。審査員も人間なのだから、第一印象が得点に結びつくのも仕方が無いことだ。逆に有名人は、はなからアドバンテージを持っていると言える。

「でも、問題は演技だよね」

 博美たちの注目している中、複葉機がセンターに帰ってきた。かなり遅い速度の水平飛行から機首を上げ宙返りを始めた機体は、ふらつきもせず機首を真上に向ける。特にエンジンがパワーを出しているようには見えないのに、真っ直ぐに上っていく。

「(…… 凄い…… あんなにゆっくり飛んでるのに…… 機体が揺れない)」

 最初の演技「ハーフ・クローバー・リーフ」、その最初の宙返りを見ただけで博美は本田の力量を理解した。

「(…… 敵わない…… これがチャンピオンを狙う選手の力…… 怖い、この先こんな選手と戦うんだ)」

 思わず博美は加藤の腕にしがみ付いていた。




 左腕が重くなったのに加藤は気がついた。見ると博美がしがみ付いている。

「(こいつは…… そうか、本田に気押されてるんか…… 負けてないのにな……)」

 目の前のフライトエリアでは本田の演技が続いている。今は「フォーポイントロール」だ。

「(流石に滑らかだな…… しかし博美の方が綺麗だ。 安岡さんの飛び方を博美は学んでいる。 本田はパイロットが飛行機を形にねじ込んでいるが、博美は飛行機が自らパターンを飛ぶ。 俺は博美の方が好みだ……)」

 加藤は左下を見た。そこには小さな博美が白い顔で空を見ていた。




「(えっ!)」

 突然加藤はしがみ付いている博美の腕を解くと、後ろに回りこんだ。

「(えっ……ええっ!)」

 加藤は博美をまっすぐ立たせると「ぽんっ」と両肩を叩いた。

「博美。 お前は負けてない。 そこで仮想フライトしてみろ」

 落ち着いた加藤の声がする。

「う、うん……」

 博美は両手を送信機を持つように腰の前に出し、目で飛行機を追い始めた。

「(あ…… まただ……)」

 博美の意識が再び分離を始めた。

「(みんな、さっきぶりー)」

 さっきの様に三人の博美が現れる。送信機を持った博美の声に手を振って、一人は空に上って飛行機に入り、もう一人は後方離れた所に移動した。

「(……今……)」

 三人が演技開始点を認識する。それに呼応するように本田の複葉機が宙返りを始めた。

「(…… ラダーを右に……)」

「(…… 少しエレベーターを緩く……)」

「(…… うん……)」

 さっきと同じように三人が協力して仮想の飛行機をとばす。しかし、少しずつ複葉機と仮想の飛行機の位置がずれ始めた。

「(…… ねえ、なんでラダーを使わないの?……)」

 飛行機に乗った博美が言う。

「(…… 下がりながら飛んでるよ……)」

 俯瞰している博美も違和感を訴える。

「(…… うーん…… なんでだろう?……)」

 送信機を持った博美が首を傾げた時、加藤の声が聞こえてきた。

「おい。 どうだ? 落ち着いたか」

「う、うん。 っと、あれー みんな消えちゃった」

 加藤の声に返事をすると、博美は一人に戻っていた。

「誰が消えたって?」

「後二人の僕。 また三人になってたんだ」

 腰の位置にあった手を上に挙げ、博美は未だに肩の上にあった加藤の手に重ねる。

「やっぱり康煕君って凄いね。 僕の肩を叩くだけで異世界に行かせてくれるなんて」

 博美は加藤の手を握った。

「俺の所為じゃないぜ。 博美の能力だ。 で、どうだった?」

「うん。 ちょっと此処では言いにくいけどね……」

 博美が声を潜めた。

「本田さん、修正をしてない。 ズレても修正をしないんだ。 だから滑らかに見えるんだよ。 予選のときとちょっと違うね。 あの時は風が強かったからかな?」

 博美が首を傾げる。

「今回はあまり点が良くないんじゃないかな? 見た目は良いんだけどね……」

 くるっ、と回り、博美は加藤と向き合った。

「井上さんの所に行こうよ。 これ以上見ててもね…… 参考にはならないよ」

 博美が加藤の胸を押した。

「うおっっと…… アブねーなー」

 バランスを崩した加藤は後ろ向きに倒れそうになった。




「行ったか?」

 小さな声で本田が後ろの助手に聞いた。

「行ったぞ。 そんな事より集中しろよ」

 本田より年上の助手が答えた。

「(そう言っても…… あの妖精からのプレッシャーは半端じゃないぞ。 まあ、このラウンドは捨てた……)」

 本田は心の中で安堵の溜息を吐いた。




 真鍋の助手を終えた後、博美たちより一足早くフライトエリアBに来た井上は、何時ものようにピクニックチェアーをリクライニングさせて目を瞑っていた。「ビーナス」は既に組み立て終わっていて、井上の隣でタープの日陰に置かれている。

「井上さーん。 来たよー 準備は如何ですかー」

 能天気な博美の声が聞こえてきた。

「やだー 井上さん。 また寝てる……」

 最初の声を無視した井上のすぐ傍で再び博美の声がした。

「…… っつつつ…… 痛ってー」

 いきなり脇腹に衝撃を受けて井上が悲鳴を上げた。

「もー 無視しないでよー」

 博美が指で突いたのだ。

「ひ、博美。 それ凄く痛いぜ」

 被害を受けたことのある加藤が横から博美を止めた。

「ちょ、ちょっと…… 博美ちゃん。 今のは痛かった…… 痣が出来たんじゃないか?」

 ようやくチェアーの上で上体を起こした井上がTシャツを捲り上げた。

「ふんっだ。 痣なんか出来てませんよ…… い、井上さん…… スタイル良いんですね。 お腹が出てない……」

 博美の目線は井上の腹に吸い寄せられた。30も半ばだというのに、腹筋が割れている。

「ああ、これか…… これはな、昔海上保安庁に居た時に鍛えたんだ。 ま、無理やりさせられた様なもんだがな」

 井上が自分で腹を撫でる。

「まあ、ヘリコプターの操縦は意外と力がいるからな。 お陰で助かってる訳だが」

 井上はシャツを下ろした。

「んで、俺の出番はまだまだだろ。 休ませておいてくれよ」

 再び井上はチェアーに横になった。

「ねえねえ、井上さん。 いま本田さんが飛ばしてるんですよ。 それがね、以前予選の時に見たのと飛ばし方が違うんです」

 横になった井上の肩を博美が揺すった。

「多分、得点が低いですよ」

 博美が小さな声で付け足した。

「ほお…… そりゃ面白いな。 どれどれ……」

 博美の言葉に興味を持ったのだろう、井上はチェアーから降りてフライトエリアを見た。演技は進んで今は「キューバンエイト」の途中だった。

「いやー 変わってないぜ。 博美ちゃん、ほんとに違ってたのか?」

 本田の複葉機はルール通りの距離をゆったりと飛んでいる。宙返りの途中でロールをする所も、円が折れ曲がる事無く綺麗に繋がっていた。

「あれー さっきは修正が上手く出来てなかった、っていうか…… してなかったのに、今はしっかり修正してる。 さっきのは何だったんだろ?」

 博美が首を傾げて井上を見た。

「俺を見たって分からんよ。 大方、博美ちゃんに見られて恥ずかしかったんじゃないか?」

 苦笑交じりに井上が言った。




 エンジン始動スポットに「ビーナス」を置き、井上が近くに持って来たチェアーに座って目を閉じていた。例によって井上の精神集中法である。

「(うーー だんだん井上さんからの漏れる「氣」が増えてきた。 これってなかなか慣れないよねー)」

 「ビーナス」の横に立ってる博美は息苦しくなってきた事に顔を顰めた。

「なに変顔してんだ?」

 「ビーナス」を挟んで反対側に立つ加藤がそれを見た。

「井上さんの「氣」だよ。 息苦しいよね」

 博美が喘いでみせる。

「あー そう言われればそうだな」

 加藤はさして気にしていない様だ。

「康煕君って感受性が弱いのね。 こんなに感じるのに」

「弱いんじゃねえよ。 少林寺拳法の試合なんかだとこんなもんじゃないぜ。 気の弱い奴なんかだと動けなくなるからな」

 慣れたんだよ、と加藤が言ったとき、井上がむっくりと立ち上がった。

「さあ、やるぞ……」

 その時、前の選手の機体が着陸をする。

「井上さん、よく分かるよね。 寝てたのに」

 加藤と博美が顔を見合わせた。




 博美を助手に、井上の第1ラウンドの演技が終盤に差し掛かっていた。午前中とあって気流が安定しており、後ろに立った博美は殆ど演技順を確認するだけだった。

「次は「フィギュア ナイン」です。 気流は安定」

 「スクエアーループ」の演技が終わる頃、博美が井上に教える。

「んっ」

 軽く頷き、井上は左サイドに向かって背面飛行で「ビーナス」を走らせる。

「(井上さん、今日は調子いいな。 きっといい点がでるよね)」

 後演技は4っつだ。

「(本田さんを超えるかも。 んっ! いけない……サーマルが上がる)」

 気温が上がってきた所為で、ついにサーマルがアスファルトの滑走路から発生した。

「サーマルが上がりました。 次の水平ロールの時に当たります」

 「ビーナス」は丁度垂直降下している状態だ。

「OK どの辺りだ?」

 井上の声は落ち着いている。

「うーん、難しいです。 おそらくは初めのあたりですが…… 影響まではちょっと……」

 博美は「ビーナス」の位置とサーマルの動きを見るが、はっきりしたことは言えなかった。

「仕方がない。 気合いでねじ伏せる」

 「ビーナス」は水平ロールを始めた。一旦ハーフロールをすると、まるで何かに翼が跳ね返された様に反対側に1ロールする。そこで再び反対側にハーフロールをして終了だ。

「(凄い。 サーマルの中を通り抜けたのに…… 殆ど分からなかった) っと、次は「1/4ナイフエッジループ」です」

 演技は連続して続いている。ぼけっ、としては居られない。

「(って…… あのサーマル…… まだいるじゃない)」

 風が弱い所為で、サーマルは未だセンターで渦を巻いていた。

「井上さん。 「フィギュアZ」でもサーマルに当たります」

 博美の声に焦りが含まれる。

「OK 大丈夫だ」

 しかし井上の声に焦りは無かった。




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