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空の妖精  作者: 道豚
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ガーディアン


 魂の抜けた新土居を助手席に乗せたチームヤスオカのワンボックス車が、森山の運転で全日本選手権会場に着いた。夕べのうちに準備したのだろう、博美たちの離れるときには無かったエアーアーチと食べ物の屋台が会場を盛り上げている。その中を森山はゆっくり車を進めた。

「うわ、うわ、うわー ねえ、ねえ、ねえ康煕君。 まるでお祭りだねー 見てみて、チョコバナナがあるよ」

 きょろきょろと周りを見ながら博美が隣の加藤に話す。が、加藤は寝不足の所為でさっきから寝てしまっていた。

「もう、なんでこんな時に寝ちゃうんかなー」

 ぷっ、と博美が頬を膨らませた。

「まあ、まあ。 加藤君はあんまり寝てないんだろ。 勘弁してやりな」

 関係者は此方、という案内に従ってハンドルを切りながら森山が宥める。

「車を止めたら起きてもらうから、もうちょっと寝させておきなよ」

 やがて車は一般車駐車場を抜け、滑走路を囲んでいるフェンスを大きく回りこんだ。

「へえー 昨日とは違うんだな」

 フェンスの中に誘導され、森山がおっかなびっくり車を進める。

「っと、此処でいいのかな?」

 先に来ていた選手の車の後ろに森山はワンボックス車を止めた。途中で運転を代わる為に止まったので、井上のワゴンとは間に何台か車を挟んで離れている。

「まっ、しょうがないな。 ほら、新土居さん。 何時までも呆けてないで」

 森山は新土居の再起動を試みた。

「康煕君、起きて」

 後ろでは博美が加藤を起こしていた。




 競技委員長の成田は会場の確認に「ぶらぶら」と歩いていた。

「よう! 九州の…… 誰だっけな。 まあいいや。 久しぶりだな。 どうだ調子は?」

 そして駐機場に入ると、気さくに声を掛ける。

「酷いなー ちょっと出なかっただけで忘れられてる。 中村ですよ。 お久しぶり。 しかし朝から暑いですねー」

 声を掛けられた方も、つい気楽に答えてしまう。

「おう。 そうそう、中村君だ。 久しぶりに出てきたな。 どうだい、そっちの会長さんは?」

「まだまだ口だけは元気ですよ。 流石にスタントは止めましたけどね」

「はははー そりゃ煩いだろう。 ま、頑張ってくれや」

 軽く世間話をして、成田は次の獲物を探しに歩き出す。そうして段々と外れの方にやって来た。

「(おっ! あれは「ビーナス」じゃねえか。 ちゅうことは、妖精ちゃんが居るはずだな)」

 ピクニックテーブルの上に整備スタンドが置かれ、それに井上の「ビーナス」が乗っている。しかしその周りには誰も居ない。成田は周りを見渡した。

「(あそこか…… なんだか人だかりだな)」

 何台かの車の先に大きなワンボックス車が止まっている。その周りは人口密度が他の場所より明らかに高い。成田はそこに向かって歩を進めた。




「(流石に今日は選手権の日だなー 昨日より端っこに居るのに人が多いや)」

 博美が「ミネルバⅡ」の準備をしている手を休めて周りを見渡す。取り囲まれている訳ではないが、どちらを向いても選手らしき人が立っている。それがこの辺りだけの事だと博美は気が付いていなかった。

「どれどれ。 おっ! 空の妖精。 やっぱり此処だったな」

 大きな声が聞こえてきた。

「あっ、成田さん。 おはようございます。 お久しぶりです。 でも恥ずかしいからその呼び方は止めてくださいよー」

 声を聞いただけで博美も成田だと分かる。

「俺が付けたんだぜ。 なーにが恥ずかしいもんか。 なあ……」

 成田に声を掛けられた選手が「うんうん」と頷いた。

「という訳だ。 これからもどんどん使っていくぞ」

「(もう…… 強引だなー) はあ、分かりました」

 仕方なく博美が頷く。

「俺の言ったとおり、今日はズボンだな。 風が弱いからスカートでも良かったのになー ほんとあの時は目の保養になった」

 博美は何時ものようにTシャツとジーンズだ。

「あの時は仕方が無かったんです。 何時もはズボンなんです。 それに絶対あのときもパンツ見えて無かったですよね!」

 博美の声が大きくなった。

「…… パンツが見えた……」

「…… スカートが捲れた……」

「…… 目の保養 ……」

「…… 成田さんに見せた……」

     ・

     ・

     ・

 周りがざわざわし始める。

「妬くな妬くな。 いい男にはこんなチャンスがやって来るのさ」

 成田が「どや」顔で回りを見渡した。

「嘘ですーーー 絶対見えてませんーーー!」

 顔を赤くして博美が声を張り上げた。




「それでは審査員を紹介する」

 大会委員長の挨拶の後、成田が選手の前で話している。

「まず、審査委員長。 安岡」

 ズラリと並んだ列から一歩出て、安岡が一礼をした。

「その隣から、久米。 浅田。 上松。 奥山。 此処までがフライトエリアAの審査員」

 名前を呼ばれた、それなりにベテランの雰囲気を持った者たちが礼をする。

「次、副審査委員長。 木林。 その隣から、久本。 吉村。 遠藤。 原畑。 彼らがフライトエリアBの審査員だ」

 残りの者も礼をした。

「以上、十名の審査員で審査を行う。 予選はA、B、二つのフライトエリアで同時に行う。 これにより、二日間で4ラウンド行うことが出来る。 二つのエリアは500m離れているので、余裕を持って移動してくれ。 出場時間に遅れた者は、そのラウンドは0点となる」

 成田は集まった選手たちを見渡した。

「この辺は毎年のことだ。 皆分かっているだろう。 それでは審査委員長からジャッジメントの注意点を説明してもらう」

 成田が下がり、安岡が前に出た。

「それでは今年のジャッジについて、注意することを言います」

 安岡の言葉は成田に比べて優しく聞こえる。

「この大会中、ジャッジメントはF3Aに則って、つまり国際連盟のルールブックに沿って行います。 皆さんもよく知っている、15度ルールです。 また、最近の傾向として、演技が遠くなっています。 ルールでは150mと決まっていますから、遠すぎる場合は減点です。 場合によって大幅な減点も在りえますから注意してください」

 しかし、話される内容は容赦が無かった。

「…… 150m ……」

「…… おい、何時も俺たちはどれ位なんだ……」

「…… 基準が分からん……」

     ・

     ・

     ・

 選手たちが「ざわざわ」しはじめる。

「いきなりの事で戸惑うかもしれませんが、それがルールです。 この後すぐにある「目慣らし飛行」でその距離感を掴んでください」

 軽く礼をして安岡が下がる。成田が再び前に出た。

「10分後に「目慣らし」をする。 競技開始は「目慣らし」終了の30分後だ。 一番始めに飛ばす選手、特にBの選手は準備をしておけよ」

 解散、と成田が開会式を終わらせた。




 エンジン始動ピットに置かれた「ミネルバⅡ」の側で、博美は開会式を見ていた。既に燃料は入っていて、エンジン始動用具もセットされている。

「(…… 安岡さん、あんな事言ってる。 これじゃ、選手の人が皆僕のフライトを見るんじゃない?)」

「博美。 大丈夫か? なんだか安岡さん、プレッシャー掛けてきたな」

 博美の隣で加藤が声を掛けた。

「あはは…… ちょっとね……」

 博美の顔は血の気が引いて、普段以上に白い。

「…… ちょっと向こうに行こうか」

 加藤が博美の手を引いてチームヤスオカのワンボックス車の方に歩き出した。

「おーい、加藤君。 何処に行くんだい? もうすぐ博美ちゃんは飛ばすんだよ」

 篠宮がそれを見て呼んだ。

「直ぐ帰ってきます」

 博美を引いて、加藤は歩いていった。




 二人はチームヤスオカのワンボックス車の陰に来た。大きな車なので、周りからは見えない。

「ねえ、康煕君…… こんなとこで何するの?」

 車との間に挟まれて、博美は加藤を見上げた。そこに向かって加藤が顔を寄せる。

「えっ! こ、康煕君? ……んっ……」

 驚く博美の唇を加藤の唇が塞いだ。そのまま加藤は博美を抱きしめる。

「…… んんっ! んっ!……はあ、あっ!……んっ!」

 何時しか博美も加藤の背中に腕を回していた。




「博美。 大丈夫だ。 お前は俺が守る。 お前の後ろには沢山の観衆が居るかもしれない。 でもそれを俺が遮ってやる。 お前は前だけを見ていろ。 これから先、後ろは俺に任せろ」

 博美を抱きしめたまま加藤が囁く。

「康煕君。 ありがとう。 でも良いの? 康煕君はずっと僕の助手になるよ。 男の人って前に出たいでしょ……」

 博美の瞳は涙で輝いている。

「俺はそれでかまわないぜ。 言ったよな、俺は博美をだいじにするって。 これからは、この先ずっと俺は博美のガーディアンだ」

「うれしい。 康煕君」

 ついに博美の頬に涙が流れた。

「博美は必ずチャンピオンに成る。 俺はそれを目の前で見るんだ。 こんな素敵な事はないぜ」

 加藤はハンカチを出すと、博美の頬をやさしく拭った。




 キャプを被り、サングラスを掛けた博美が送信機を持って歩く。すっと伸ばした背中が自信を表している。その後ろを加藤が付き従っていた。

「おねがいします」

 ずらっと並んだ十人の審査員に一礼すると、博美は滑走路を向いた。そこには「ミネルバⅡ」が真鍋によって置かれている。後ろに立った加藤が「ぽんっ」と博美の肩を叩く。

「んっ!」

 軽く頷くと、博美はスロットルをゆっくりと開けた。




 大勢の選手が見守る中「ミネルバⅡ」は緩やかにセンターライン中を走り出した。僅かに機首を上げると、そこに道があるように空に上っていく。

「いつエレベーターを引いたんだ?」

 誰だろう、声が一つ流れていった。




 テイクオフシーケンスを描き「ミネルバⅡ」がセンターに帰ってきた。

「今のが150mだ」

 安岡が審査委員席から選手たちに知らせた。それは多くの選手たちにとって驚くほど近く、それまでの練習を否定されるようだった。

「なんで分かるんだ!?」

 誰かが怒鳴るように聞く。

「レーザー距離計で計った。 正確には145mだった」

 安岡の返答に誰もが口を噤んだ。



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