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空の妖精  作者: 道豚
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してもいいよ


 「ミネルバ 」がセンターに向かってくる。博美はタイミングを合わせて昇降舵エレベーターを引いた。しかし「ミネルバⅡ」はそのまま真っ直ぐ飛んでいく。

「(えっ! ミネルバちゃん。 どうして?)」

 焦って博美はいっぱいにスティックを倒す。いきなり「ミネルバⅡ」は機種を上げ、垂直上昇を始めた。いや、勢いが強すぎた所為で垂直を行き過ぎている。

「ぷっ……」

「へへん……」

「なんだあれ……」

     ・

     ・

     ・

 後ろから笑い声が聞こえる。博美は必死になって操縦するが「ミネルバⅡ」はちっともいう事を聞かない。

「(おねがいミネルバちゃん。 僕の言う通りに飛んで!)」

「はははは……」

「おっかしい……」

「あれで目慣らしだってよ……」

「やめろやめろ。 目が腐る……」

     ・

     ・

     ・

 後ろから聞こえる声が、段々酷くなってきた。

「(どうして…… どうして…… どうして上手く飛ばないの?)」

 垂直は傾き、宙返りの半径はバラバラ、ロールの速さはマチマチ、果ては水平飛行すら真っ直ぐに飛ばない。

「これ、見るだけ無駄じゃないか……」

「さっさと準備しようぜ……」

「行こう、行こう……」

     ・

     ・

     ・

 後ろの声が段々小さくなっていき、やがて何も聞こえなくなった。

「(やだ…… 誰も居なくなっちゃった。 僕は一人飛ばしてるの? やだ……) いやだー!」

 はっ、と博美は目を開けた。灯りの消されたホテルの部屋は静かにエアコンの音が聞こえるだけ、窓の外に街の灯りが揺れている。

「夢……」

 シーツを捲り、博美は体を起こした。ぼんやりと窓に掛かったカーテンを眺める。

「怖い……」

 ぽつりと零すと、博美は両手で自分の肩を抱いた。頬を涙が流れる。

「康煕君…… 来て…… 怖いの……」

 博美は枕元に置いてあった携帯電話を手に取った。




 ホテルの5階のシングルルーム、加藤はベッドで熟睡している。フットライトに照らされた部屋は、博美の部屋と大差無い。そこに音楽が流れ始めた。

「…… んっ? ん、何だ? 誰だよ、こんな夜中に……」

 加藤は枕元に置いてあるスマホを取り上げた。

「…… んー 博美? 何だろう…… まだ1時じゃないか……」

 未だに音楽を流しているスマホのスクリーンには博美の名前と時刻が表示されている。

『はい、俺だ。 どうした? こんな時間に……』

 通話ボタンを押して加藤はスマホを耳に当てた。

『…… おい、博美。 なんだ? 如何したんだ。 泣いてるのか?』




 携帯電話を耳に当て、博美はぽろぽろ涙を落としていた。

『…… ひっく…… ううっ…… ひっ……』

 なかなか言葉が出てこない。

『…… き、来て…… ううっ…… こ、怖い、怖いの。 僕の、僕の側に…… 側に来て。 お、おねがい…… 康煕くん、側にいて……』




『おお、分かった。 今行くからな。 待ってろ』

 加藤はベッドから降りると乱れた浴衣を直し、帯を締め直した。カードキーを持つと、ドアを開けて部屋を出る。

「(あいつの部屋は…… 3階の305号室だったな)」

 部屋にあったサンダルを履き、加藤はエレベーターに向かった。




『俺だ。 今ドアの前にいる』

 305号室の前で、加藤は博美に電話を掛ける。廊下は少し灯りが落とされているが、十分明るかった。待つほどの事もなく、ゆっくりと内側にドアが開いた。

「……………」

 博美が無言で加藤の腕を引いて、部屋に中に引っ張り込む。

「おい、いったい如何したんだ? 泣いてるのか?」

 博美は何も言わず加藤に抱きついた。頬を加藤の胸に埋め、背中に回した手に力を込める。

「康煕くん。 怖いの…… 明日が怖い。 僕、上手く飛ばせるだろうか……」

 消えそうな声で博美が言う。

「大丈夫だ。 明日は俺が居る。 心配するな」

 博美の肩に加藤は優しく腕を回した。

「ほら、明日は早いんだ。 寝ないと起きられないぜ」

「やだっ! 一緒に居て。 一人にしないで」

 博美はさらに力を入れてしがみ付く。

「分かった。 朝まで居てやるよ。 さあ、ベッドに行こう」

「本当…… 嘘じゃないよね」

 博美は上体を反らし、加藤の顔を見た。

「ああ、嘘じゃない」

 何故か加藤は博美の顔を見ない。

「ねえ、だったら何故僕を見ないの? 後ろめたいんじゃない?」

「ち、違う。 おまえ、浴衣が肌蹴てるだろ。 下を見ると見えちゃうんだよ」

 肌蹴た浴衣の胸元から博美の膨らみが覗いている。片方などは頂の「ぽっち」が出てきそうだ。腰から下も合わせがほとんど無くなり、太ももの内側が見えている。当然ショーツもチラチラしていた。

「あっ! ご、ごめん。 えへへ…… ちょっとはしたないね。 でも…… 康煕君。 これは何?」

 博美が手を下に降ろす。

「わあっ! 何処を触ってるんだ」

 加藤が悲鳴を上げて腰を引いた。

「ねえ、男って…… こんな時でもこうなっちゃうの?」

「…… 好きな女の子を抱いてるんだ。 博美は嫌かもしれないが、男ってのはそうなるんだよ」

 相変わらず加藤は博美の顔を見ない。身長差から、抱き合った状態で加藤が博美を見ると、一緒に胸まで見えてしまうのだ。

「ねえ…… いいよ…… 康煕君がしたいなら……」

 再び博美が加藤の胸に頬を押し付けた。

「したことないけど…… 康煕君なら……」

「うっ…… (……したい…… しかし…… 今、博美は普段の状態じゃない。 こんな時にするのは卑怯だ……)」

 加藤は意を決して博美を見下ろした。予想通りはだけた胸が見える。

「今は駄目だ。 俺は博美をだいじにしたい」

 手を背中に回して、加藤は抱きついている博美の手を外した。

「俺たちにはまだそれをするのは早すぎると思う。 側に居るから、もう寝たほうがいい。 寝不足で失敗しちまう」

「うん…… 分かった。 でも、教えて。 康煕君はしたい?」

 加藤から少し離れて博美は浴衣を直す。

「ああ。 正直に言うと…… したい……」

 博美の素肌が隠れて、加藤は「ほっ」と息を吐いた。

「そう…… 良かった……」

 ニッコリ笑うと、博美はベッドに向かった。




 加藤は一人がけのソファの上で腕組みをしている。傍らのベッドでは博美が静かに寝息を立てていた。

「(もうすぐ4時か…… 後30分で起こさなきゃいけないな。 3時間は眠れたかな…… 十分休めてたらいいんだが」

 そっと伺うと、博美は安らかな表情をしている。

「(しかし、さっきはびっくりした。 いきなり「してもいい」だもんな。 そこまでしても俺を引き止めたかったんだろうな)」

 薄暗い中でも博美の整った顔が加藤には見えた。

「(こんなに美人のくせに…… それを本人はしらないのか……)」

 加藤はソファに座りなおし、腹の上で指を組む。

「(なんで俺なんかでいいんだろう?)」

 加藤は目を閉じた。




「ぴっ、ぴっ、ぴっ、ぴぴぴぴぴぴ……」

 枕元に置いた携帯電話が鳴り始めた。

「んっ…… んーーー」

 博美はシーツから手を出すと携帯電話を掴み、

「4時半かー 起きなきゃ」

 アラームを止めて、スクリーンに大きく出ている時間を読んだ。

「(あれっ? 康煕君は……)」

 ベッドの上は博美だけだ。

「(居たっ! えへへー 寝てるー)」

 窓際に置いてあるソファの上で加藤が寝息を立てている。博美はそっとベッドから降りた。

「(ふふっ…… 髭が伸びてるー 意外と睫毛が長いんだ。 んー 石鹸の好い匂いがするなー)」

 ソファの肘掛に頬杖を付き、博美は加藤の顔を覗き込んだ。

「(もう起きなきゃ、寝ぼ助さん)」

 博美が加藤の鼻を摘む。

「ふっ! ふがっ! ふがー な、な、な、なんだ!」

 加藤は飛び起きると、目を見開いた。

「康煕君、おはよう。 よく寝てたねー」

 立ち上がった加藤を博美が見上げた。

「お、おー おはよう。 びっくりさせんなよー」

 加藤は肌蹴た浴衣の前を合わせる。

「それに、博美。 また肌蹴てるぜ」

「えっ?」

 それを聞いて博美は下を見た。寝る前に直したはずの浴衣は見事に肌蹴て、再び二つの膨らみの間が丸見えだ。

「い、いいもん。 これ位はファッションなんだから。 もう、康煕君のすけべ!」

 博美は立ち上がると後ろを向いて浴衣を直し始めた。

「あれれ…… ファッションなんだろー なんで直すんだ?」

「流行は直ぐに変わるんだよ!」

「ほう…… そりゃ大変だ。 洋服を買う暇なんて無いな」

「ううーーー 康煕君の馬鹿ー 出てけー」

 振り返り、博美は腰に手を当てて怒鳴った。

「おー 怖い怖い。 それじゃ部屋に帰って準備するかな」

 左手を上げて、加藤はドアに向かった。

「…… 康煕君、ありがとう……」

 博美が後ろから声を掛けた。

「ん? なんだー 聞こえないぜ (どうやら元に戻ったな。 今日は大丈夫だろ)」

 廊下にはまだ朝が来てないようだ。加藤は強張った肩を回しながらエレベーターに向かう。

「(さーて。 長い一日の始まりだ。 気合を入れて行くぞ!)」

 上ってきたエレベーターに加藤は乗った。




 井上の運転するレンタカーのワゴンに続いてチームヤスオカのワンボックス車が早朝の街を抜けていく。

「ふん♪ ふん♪」

 何時ものように後部座席に座っている博美は昨日と違ってご機嫌だ。

「ねえ、康煕君。 ちょっとうるさいけど、意外と乗り心地が良いでしょ」

 それもその筈、今日は篠宮の代わりに加藤が博美の横に座っているのだ。篠宮は井上のワゴンに乗っている。

「この位の音なら全然問題ないぜ。 ディーゼルにしては静かなほうじゃないか?」

 欠伸をかみ殺しながら加藤が答える。

「加藤君。 眠そうだね。 夜更かししたのかい?」

 助手席の森山が振り返った。

「ええ、ちょっと……(博美の部屋に居たのは言わないほうがいいな) 寝付かれなくて……」

 加藤は苦笑いを浮かべる。

「康煕君、僕の部屋でソファで寝たんだよ。 ベッドで寝ればよかったのにね」

 博美が横から口を出した。

「おい、ちょっと待て。 加藤君が博美ちゃんの部屋で寝たのか? 博美ちゃんは何処で寝た?」

 ハンドルを握った新土居が振り返った。ワンボックス車が大きく蛇行する。

「わおー あ、あっぶない。 新土居さん、前を見てて」

 森山が新土居の肩を掴んで前に向けた。

「んっ? 僕は僕の部屋で寝たけど。 それがどうしたの?」

 こてっ、と博美が首を傾げる。

「どうしたもこうしたも無いぜ。 つまり博美ちゃんと加藤君は二人で一つの部屋で寝たってことだろ。 おい、加藤君。 間違いは起こさなかっただろうな? 博美ちゃんのお母さんに宜しく頼まれてるんだぜ」

 新土居が前を見たままで叫んだ。

「間違いって何?」

 博美が加藤に聞く。

「んー ……言いにくいな…… 博美、男女の夜の営みって分かるか? つまりそれってことだよ」

 さすがに加藤も説明しにくい。

「夜の営み…… えっと、それって……」

 見る見るうちに博美が真っ赤になってきた。

「分かったみたいだな。 新土居さんを安心させてやってくれ」

 博美の顔色の変化を見て、加藤が言う。

「う、うん。 えーっと、新土居さん。 加藤君はね、僕が「いいよ」って言ったのに何もしなかったんだよ。 だから心配しないで」

 ねっ、と博美が屈託無く笑う。

「ひ、ひ、博美ちゃん。 博美ちゃんから誘ったの? ……そんな…… お、お母さんになんて言ったらいいのか……」

 新土居の全身から力が抜け、ワンボックス車が車道の真ん中で止まりかけた。慌てて森山が新土居の肩を揺さぶる。

「新土居さん。 しっかりして。 運転変わるから路肩に寄せて」

 よろめきながらワンボックスは路肩に止まった。




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