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空の妖精  作者: 道豚
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天然物


「内藤さーん。 内藤ユキさーん」

 診察室のドアを開け、看護士が名前を呼ぶ。

「はーい」

 博美の横でユキが返事をすると立ち上がった。

「それじゃお先に」

 博美に声を掛けるとユキは椅子の上からドーナツ形のクッションを拾い上げて診察室に入っていく。いったいどれだけ話していたのだろう。待合室にはもう誰も居なくなっていた。

「えっ! ユキちゃん行っちゃった?」

 不意に待合室にやや甲高い、しかし男の声がする。博美が振り向くと小柄な男が立っていた。

「ユキさんなら、さっき診察に呼ばれて入っていきました」

 知り合いかな、と思い博美が言う。

「あっ、ありがとう。 それじゃ待つかな……」

 言いながら、男は何故か博美の横に座った。ちらちらと博美を見ている。

「(なんだろ、この人…… 危ない人じゃないよね……)」

 気にはなるが、博美は一生懸命に無視をする。

「ねえねえ。 きみ可愛いね。 なんて言うの」

 必死で無視をする博美に、ついに男が話しかけてきた。

「誰かの付き添い? もしかして診察? ねえ、無視しないでよ」

 男は博美の肩を抱かんばかりに近づいてくる。堪らず博美は椅子から立ち上がり、横の壁に張り付いた。

「…………」

 無言で男を睨みつける。

「そんなに警戒しないで。 別にナンパしようって訳じゃないから。 お話しようよ」

 それでも男は尚も馴れ馴れしく話しかけてくる

「そうそう、名前を聞くときは自分から名乗らないとね。 俺はコウジって言うんだ。 ねえ名前を教えてよ。 通称でいいからさ」

「(えーっ。 この人、通称なんて知ってるんだ…… ひょっとしてこの人もGID?)」

 さっきユキから聞いた話を博美は思い出した。

「あの、お兄さんもGIDの方?」

 恐る恐る博美が聞く。

「ああ、やっと話をしてくれた。 そうだよFTMなんだ」

 コウジがほっと息を吐いた。

「で、君は?」

「博美です。 僕はGIDじゃないですけど…… FTMって何ですか?」

 んっ? と博美が首を傾げる。

「博美ちゃんは僕っこちゃんなんだー 可愛いね。 FTMっていうのは、遺伝子は女だけど心が男のGIDだよ。 ユキちゃんはMTF、遺伝子が男で心が女だね」

「あっ! そうなんだ。 そういう風に分かれるんですね。 そうなんですね、逆のパターンもあるんですね。 えっと、そしたらコウジさんはお姉さん?」

 博美は改めてコウジを見た。博美よりは少し背が高く、少しぼさぼさになった髪。肩幅は少し狭いようだが、胸は無い。ゆったりしたシャツのせいでウエストの括れは分からない。

「そういう事になるよ。 法律的にはね。 でも俺は男なんだ。 ねえ、座ってよ」

 コウジは隣の席を「ぽんぽん」と叩いた。博美は改めてそこに座る。

「えっと、お髭があるんですね」

 近くから見ると、顎にうっすらと髭が見える。

「そうだよ。 ホルモン使ってるから生えるんだ。 今朝剃ったんだけどねー 少し伸びたかな?」

 顎に触りながらコウジが答えた。

「コウジさんはユキさんとどんな関係なんですか? 彼氏さん…… んっ? 彼女? ???」

 この場合、二人が恋人同士だったらどう言えばいいのだろう。と、博美が困っていると、診察室のドアが開きユキが出てきた。

「あれー コウジくん。 もう診察終わってたの。 っで、可愛い子を見つけてさっそくナンパ?」

 ユキはコウジを見て「にたー」っと口角を上げた。

「違う違う。 お話をしてただけだから。 ミネちゃんには言わないで」

 コウジは慌てたように右手を顔の前で振る。

「博美ちゃん。 この人、手が早いのよー 何もされなかった?」

 彼女がいるのにねー とユキが続ける。

「えっとー ユキさんが彼女さんじゃないんですか? 二人はどういった関係なんです?」

 二人の会話からすると恋人同士ではないようだ。

「私たちはね、共に戦う同士よ」

 ねっ、とユキがコウジに向かって言う。

「そうだよ。 GIDにはまだまだ沢山の偏見があるからね。 立ち向かうには一人じゃ大変なんだ。 だから二人で共闘するって訳。 それに男女の違いを教え合えるしね」

 コウジがにっこりする。

「そうそう。 生理のこととか…… やっぱり実際にならないと分からないわよね。 博美ちゃんは生理が来るんでしょ。 こう言ったら失礼かもしれないけど、羨ましいわ」

 ドーナツ形のクッションを置いた椅子にユキは座った。

「えっ! 博美ちゃんって純女じゅんめさん? なんで此処に?」

 何故かコウジが驚いた。

「当たり前じゃない。 こんな可愛い子が純女でなくてなんなのよ」

 呆れたようにユキが言う。

「あのー 純女ってなんですか?」

 新しい言葉に博美は付いていけない。

「純女ってのは、生まれたときから女ってこと。 MTFに対する言葉ね」

 ふっ、と息を吐いてユキが言う。

「そしてFTMに対するのは純男すみおって言うんだ」

 コウジも溜息が出そうだ。

「あっ! それじゃ僕も純女じゃないかも。 だって中学校までは男として生活してたもの」

 二人の気が落ち込むのに博美が慌てた。

「大丈夫よ。 ありがとう。 こんな事で落ち込んでちゃGIDは生きていけないわ」

 ユキが力瘤を作って見せた。




「秋本さーん。 秋本博美さーん」

 診察室のドアが開き、看護士が博美を呼んだ。

「はーい」

 返事をして博美が立ち上がる。

「いろいろ教えていただきありがとうございました。 しつれいします」

 ユキとコウジに言って博美は診察室に入って行った。

「博美ちゃん、可愛いね。 素直だし」

 コウジが博美の入っていったドアを見ている。

「あらー コウジくん、気になる? やっぱりミネちゃんに言っちゃおうかなー」

 ユキが「にまにま」とコウジを見た。

「いや、これは恋愛感情じゃなくて…… そうそう、庇護欲っていうか、壊しちゃいけないから大事にしようって感情だから。 お願い、ミネちゃんには言わないで。 彼女、意外と焼餅焼きだから……」

「まあ、そういう事にしといてあげる。 でもホンと彼女って素直な子ねー まだ16歳でしょ。 周りが良いのかしら」

 ユキも診察室のドアを見た。

「そうそう。 彼女、彼氏が居るみたいよ。 結構腕っ節が強いみたい。 手を出すなら心して掛かってね」

「だからー そんなつもりは無いって」

「ふふっ…… どうだかねー」

 立ち上がると、二人は総合受付に歩いていった。




「で、どうかな? 調子は良いかな?」

 博美の前に座った優しそうな医者が聞いた。博美の主治医である広川よりも大分年上だ。

「はい。 最近は座っても痛くならないですし、調子は良いですね」

 何時の間にか、博美はドーナツ形のクッションを使わなくなっていた。

「それは良かった。 それじゃ、見せてくれるかな」

 何を、とは言わない。

「えっ! あの…… 見せるんですか? あそこを?」

 相手が医者といっても、あそこを見せるのは恥ずかしい。

「うん。 やっぱり見なくちゃね。 分からないから」

「此方に来てください」

 看護士が博美をカーテンの後ろに呼んだ。仕方なく、博美はそこに行く。

「荷物はそこの籠に入れて。 これに着替えてね。 下着も脱いでね」

 看護師の指示通り、博美は検査着に着替え、ショーツを脱いだ。

「はい、こっちに来て」

 博美がカーテンから出ると医者が奥の部屋から呼ぶ。

「これに乗って」

 そこには診察台があった。死刑宣告を受けたような気持ちで博美がそれに乗る。

「動くから、じっとしてて」

 もう、博美はまな板の鯉だ。

「きゃ! (なになに。 やだーーー)」

 どこかのスイッチを入れたのだろう。軽いモーターの音と共に診察台が変形し始めた。博美の膝が持ち上がり、左右に開いていく。

「(やだやだ! 丸見えになっちゃう)」

 恥ずかしさに博美は顔を両手で覆った。




 恥ずかしい診察が終わって、博美は再び医者と向き合っていた。いろいろと弄られた所為で余韻が残り、ついお尻をもぞもぞ動かしてしまう。

「うん。 神経もちゃんと繋がっていて、感覚もあるようだね。 おかしな風に変形もしてないから、経過は良いようだ」

 医者はカルテに何かを書き込んでいる。

「ただ、ちょっとダイレーションが不足気味かな。 ちゃんとしてる? さぼったら塞がっちゃうよ」

 医者が博美を見た。

「えっと…… ごめんなさい。 近頃さぼってます。 やっぱりしないと塞がっちゃうんですか?」

 面倒になって、このごろ博美はダイレーションをしていなかった。

「うーん。 MTFの人だと、確実に塞がっちゃうんだけどね。 秋本君はどうかなー」

 医者はカルテを捲った。

「キミの場合、膣はあった訳だしね。 それに、閉じてたのは大陰唇の部分だったんだよね。 そこを開いたら、割と中は出来てたんだ。 部分的に癒着してるだけだったんで、整形は簡単だったんだよ。 大変だったのは尿道口を移し変える事だったんだよね。 パーツが小さくてねー」

 医者は何処か遠くを見る目をした。

「えっ! 僕のあそこって、作った物じゃないんですか?」

 つい博美が詰め寄ってしまう。

「ああ。 殆どは整形しただけだよ。 唯一、陰核は作ったけどね。 だから、ま、変な言い方だけど…… 天然物だね。 その辺は自信を持って彼氏に見せていいよ」

「見せません!」

 顔を真っ赤にして博美が大声を出した。




「(もう…… 何が天然物だから見せていいよだよ! 人を魚みたいに言ってー)」

 未だに顔を赤くしたまま博美は総合受付に向かって歩いていた。

「(うーー 何かあそこが変…… もぞもぞするような…… ちくちくするような…… 何か入れたりされたからかな?)」

 どうにかすました顔を取り繕いながら廊下を歩き、博美は広い場所に出た。

「博美ちゃーん。 こっちこっち」

 呼ばれてそちらを見ると、ユキとコウジが並んで椅子に座っている。

「(あの二人って、ほんと仲が良いみたいだなー 恋人同士じゃないなんて信じられない) はーい」

 返事をして博美はそこに向かった。




「遅かったわねー ねえ、どうだった? あそこを見られるのって恥ずかしいでしょ」

 博美が隣に座ると、ユキが小さな声で聞いてきた。

「恥ずかしかったですー もう、顔から火が出そうだった」

 博美も小さく囁いた。

「やっぱり触られた? あれも嫌よねー へんな感じがして気持ち悪いものね」

 ユキも心底嫌がっているようだ。

「ええ。 あれって何ですかねー こう…… 背中がぞわぞわするような…… ユキさんもそうなんですね。 僕だけじゃなかったんだ」

 博美が「ぶるっ」と肩を震わせた。

「ねえねえ、ひょっとしてさ…… 二人とも、自分で触ったことないの?」

 横からコウジが口を挟んできた。

「ううん。 ダイレーションのときに触るわよ」

「僕も、ダイレーションのときに」

 ユキと博美が答える。

「だめだめ。 女の子はさ、自分で感覚を開発しなきゃいけないんだよ。 恥ずかしがってないで(オナニ)しなきゃ」

 コウジが博美の耳元で囁いた。とたんに博美の顔が真っ赤になる。

「コウジ君。 博美ちゃんに何を言ったの。 変な事言ったんでしょ」

 ユキがコウジの襟を握って自分のほうに顔を向かせた。

「い、い、いや…… お、俺がいっつもユキちゃんに言ってることだよ」

 ユキの剣幕にコウジの顔が引き攣っている。

「はあ! あんた馬っ鹿じゃない。 あんなセクハラな事、私だからなんとも無いのよ。 始めてあった女の子に言う事じゃないわよ」

 ユキの声が段々大きくなる。

「ユキさん。 声が大きい」

 博美が顔を隠したままでユキに声を掛けた。

「あら。 ごめんねー ほんとこいつって馬鹿なんだから」

 ユキが博美に謝る。

「ほんとのことなのに……」

 コウジが蚊の鳴くような声で呟いた。




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