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空の妖精  作者: 道豚
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日本選手権公式練習1

 四国の南側を占めている高知県、古く土佐と呼ばれた時代は遠流おんるの地とされた歴史を持つ。然も在りなん、三方を海に囲まれ、残る北側といえば屏風のように四国山脈がそそり立つ。街道と呼べる道が無ければ山を越えることは困難であり、迂闊に踏み込めば命が無い。海を渡るとしても、土佐湾とは言うものの湾とは名ばかりで殆ど太平洋その物であり、帆掛け舟ではやはり困難な航海となる。とは言え、山を越えられないならば仕方が無い。船を使うのが昭和の中ごろまで高知から関西に行くポピュラーな方法だった。

 流石に平成の今は道路も完備され、瀬戸内海側に行くのも高速道路で簡単に行けるようになっている。その高速道路を一台のワンボックス車がディーゼルエンジンの音を響かせて走っていた。

「ねえ、新土居さん。 この車大丈夫? さっきから凄い音がしてるけど」

 運転席の新土居に後部座席の博美から心配そうな声が掛けられる。

「うん? 大丈夫、大丈夫。 森山君が整備してるんだから」

 床に着くまでアクセルを踏み込み新土居が平然と言う。

「えー 森山さんって自動車の整備士でしたっけ?」

「違うよ。 新土居さんの冗談に決まってるじゃ無いか」

 助手席の森山が苦笑まじりに割り込んだ。

「登りだから仕方が無いさ。 暗くて解らないかもしれないけど、物凄い上り坂なんだぜ」

 日本選手権の会場に早く着きたい、と今日は朝4時に博美の家を出たのだ。梅雨の明けた7月の第3週とは言え、さすがに夜明けまではまだ1時間ほどある。

「四国山脈を超えるからね、とにかく最初はひたすら登るんだ。 登りきったら今度はトンネルだらけになるよ」

 博美の横に座った篠宮が説明した。

「ふーん、そうなんだ。 車で行くのは初めてだから知らなかった」

「博美ちゃんはこれまで何回四国を出たことがあるの?」

 初めてという言葉に篠宮が引っかかった。

「これまで2回。 最初が中学の修学旅行で、2回目が手術の時。 どちらも汽車で岡山に行ったよ」

「お父さんの大会には付いていかなかったの?」

 博美の父親である「妖精の秋本」が出た世界選手権選抜大会は関東で行われた事を篠宮は知っていた。

「うん。 あの頃はお父さん、何故かスタントするのに反対してたんだ。 だから地元のクラブの人と行ったはずだよ」

「へー 反対してたんだ。 意外だねー 普通、子供が同じ趣味だと嬉しいだろうに」

「多分、僕が女だからだと思う。 ラジコンは男の道楽だって感じ?」

「ちょっと考えが古いね。 博美ちゃんはこの春までスタント機は飛ばした事なかったの?」

「うん。 ずっとグライダーだった」

 車の音がすうっと静かになった。

「えっ? 何? エンジン止まったんじゃないよね」

 博美が驚いてきょろきょろ辺りを見渡す。

「上り坂が終わったんだよ。 これからはトンネルだらけだよ」

 運転席で新土居が言った。




 車は無事四国山脈を抜け、瀬戸内海側にたどり着いた。松山道を瀬戸大橋に向け走っている。

「低い山が「ぽこぽこ」ってあるね。 なんか可愛い」

 外を見て博美が言った。太平洋に面して切り立った山が迫っている高知とは景色が違う。

「ねえ、あの山…… 綺麗な円錐形してるー 小さな富士山みたい」

 正面にてっぺんまで木の生えた小高い山が見える。

「あれは讃岐富士。 ほんと富士山に似て綺麗な円錐形だね。 本物よりずいぶん小さいけど」

 篠宮が横でガイドをしている。

「あの山の麓で瀬戸大橋に繋がる高速道路に入るから、近くで見られるよ」

 話しているうちにもどんどん山は大きく見えるようになった。




「うわー すごい。 ほんと海の上の橋だー ねえねえ篠宮さん、あのワイヤー…… 大きいねー 近くで見てみたいなー」

 瀬戸大橋に入って、博美は興奮していた。ずうっと窓に張り付いて歓声を上げる。

「真ん中の島で朝ごはんを食べるから。 たしかパーキングにワイヤーの実物大模型が置いてあったと思う」

 篠宮のガイドはまだ終わっていなかった。




 長大な二つのつり橋、その接合地点にその島は在った。車はループを描き橋からパーキングエリアに下りる。

「ふわー 目が回っちゃうよ」

 一回転どころでないループの回転数に博美は目を瞑った。

「これ位で目を回してちゃ、スタント機には乗れないぜ」

 後ろからの声に森山が反応する。

「なんたって、博美ちゃんはローリングサークルやローリングループで「ぐりんぐりん」振り回すから。 スタント機は心休まる事がないだろうな」

 ハンドルをきったまま新土居がまぜったえした。

「うーー そんなこと言ったって、ラジコンなんだから……」

 反論しようとするが、いい言葉が思いつかずに博美は頬を膨らせ黙り込んだ。

「まあまあ、そんなことより、パーキングに着いたぜ。 ほら、あそこにワイヤーの模型が置いてあるだろ。 後で見に行ってみよう」

 篠宮の言葉に博美が目を開けると、前方のパーキングの端に巨大な円筒形の物体が置いてあった。

「あれがワイヤー? ほんと大きい。 うん、篠宮さん、後で案内してね」

 機嫌を直した博美が「にっこり」笑った。




「へー ワイヤーってこんなになってるんだー」

 地面から少し高く置かれている模型の周りを博美が回っている。早い時間だったので、トーストに飲み物、コーヒーだったり紅茶だったり、だけの朝食になったのだが、博美は気にせずさっさと食べてさっき見たワイヤーの模型を見に来たのだ。

「細っそいワイヤーを何本も束ねてあるんですねー 掛け渡すのに時間が掛かっただろうなー」

 ねえ、と近くで見ている篠宮に話しかける。

「ああ。 当然自動機だろうけど、本数が多いから大変だっただろうね。 まっ、太いワイヤーをいきなり空中に持ち上げることなんて出来ないんだから、仕方が無いことだね」

「3万4千本だそうですよ。 気が遠くなる数ですねー うーん、掛かった時間は書いてないなー」

 博美が案内板を読んだ

「1時間に一本だとすると4年近く掛かるな。 多分もっと早いんだろうけど」

 篠宮がざっと暗算をする。

「まっ、何にしてもだ、技術ってのは進歩する。 僕たちもそれに関わっていくんだから、しっかり勉強しような」

 にんまりと篠宮が笑う。

「(うっ! 僕が赤点ぎりぎりなのを知ってる?) は、は、はい」

 篠宮の顔を真っ直ぐ見られない博美だった。




 チームヤスオカのワンボックス車が高速を下りたときは、まだ7時にもなっていなかった。それでも日の出から2時間が経過して、夏の太陽は十分な明るさと十分すぎる暑さをもたらしていた。

「こんなに早く来て飛ばせるんですか? 騒音問題があるんじゃ……」

 もう直ぐ着くよ、と言われて博美が首を傾げる。

「全然問題にならない飛行場だよ。 なんたって実機ほんものの軽飛行機用飛行場だから。 回り何キロも人が住んでないんだ」

 運転を代わって今は助手席に座っている新土居が振り返った。

「だから普段は誰もスタントを練習してない。 練習できるのは今日の公式練習日だけなんだ。 しかも滑走路の向きの所為で午後3時になるとフレーム内に太陽が入ってくる。 きっと既にいっぱい人が来てるよ。 っと電話だ」

 ズボンのポケットから新土居は携帯電話を出した。

『はい、新土居です。 あ、おはようございます。 ……もうすぐ、多分15分ぐらいで着きます…… あっ、そうですか。 すみません…… はい、分かりました。 ……ええ、元気ですよ。 ……はい、それじゃ失礼します』

 電話が終わって、新土居は再び振り向いた。

「真鍋さんだった。 もう飛行場に居るらしい。 場所取りしてくれてるって。 それと博美ちゃんは元気かなって聞かれたから、元気ですよって言っといた」

 真鍋さんは博美ちゃんがお気に入りだから、と新土居が「にこにこ」したまま前に向き直った。




 遠浅な瀬戸内海を埋め立てた広大な干拓地。牧草だろうか、緑の草が道の両側で風を受けて波打っている。その中に2階建ほどの建物が建っていた。

「あそこが飛行場だよ。 あの建物が空港ビル? みたいなものだ。 あのビルがあるからトイレの心配がないのがいいね。 特に女の子はね」

 前方、やや右を指差して篠宮が言う。

「なんか、車が凄く止まってません?」

 指差された方向を博美が見ると、確かに建物が建っていて、その手前に沢山の車が止まっているのが見える。

「あれがみんな大会関係者さ。 役員や選手や助手だね。 ざっと選手が40人だから、合計100人ぐらい集まるかな?」

 森山が飛行場の方にハンドルを切る。

「さてと、真鍋さんは何処かな?」

 新土居が携帯電話を取り出し、電話を始めた。




 ワンボックス車を真鍋の車の隣に停め、博美たち4人が手分けして準備を始めた。

「ここ、ここ。 此処にピットを構えるといいよ。 俺はこっちに置いてある」

 博美が整備スタンドを持って滑走路脇に来ると真鍋が呼んだ。

「はーい。 ここでいいですか?」

「うん、そこでいい。 それと博美ちゃんはフライト順のボードに名前を書いておいで。 人が多いから、早くしないと待たされるよ」

 整備スタンドを組み立て、立ち上がった博美に真鍋が言う。

「はい。 でもそんなに多いんですか?」

「多いさ。 なんたって出場選手がほとんど来てるだろうからな。 ざっと40人だ。 全員が飛ばし終わるまで8時間掛かる」

 真鍋が周りを見渡した。博美もつられて見渡す。

「そんなに飛行機は無いですけど……」

 見たところ精々10機程度が組み立てられている。

「そりゃそうさ。 どうせ遅くなるからとゆっくり来る奴もいるんだから」

 ふっ、と真鍋は息を吐いた。

「だから、尚更名前を早めに書いといた方がいい。 後から後から人が増えるから」

「分かりました。 それじゃ行ってきます。 ボードって滑走路に入ってすぐの左ですよね」

 係りの人が居るから、という真鍋の声を後ろに聞いて、博美は走って行った。




「よっ! 真鍋さん。 久しぶりだね。 どうだい調子は?」

 走り去る博美の後ろ姿を見ていた真鍋に同年代の選手が寄ってきた。

「おう。 これは熊本の中村さんじゃないか。 ほんと……6年ぶりか? あんまり出てこないんで引退したのかと思ってたぜ」

 横からの声に真鍋が顔を向けると意地悪く答える。

「ちぇっ…… 相変わらず口が悪い。 予選に通らなかっただけだよ。 知ってるくせに意地が悪いな」

 中村は真鍋の肩を打った。

「で、今年は予選を通ったと。 良かったな」

 伸ばされた腕を握って真鍋が言う。

「おうよ。 よろしく頼む。 ところでさっきの娘。 あんたの子供か? ずいぶん可愛かったな」

 中村が遠くになった博美の方を見た。

「可愛いだろう。 残念ながら俺の子じゃないんだ。 安岡さんの秘蔵っ子で、妖精の秋本の娘だ。 だから彼女も妖精なんだぜ」

 真鍋が中村にウインクをしてみせる。

「おっさんのウインクなんて不気味だから止めてくれ。 そうかー あの子が空の妖精か。 ほんと妖精のように可愛いな」

「あれがそうか……」

「写真より可愛いじゃないか……」

「妖精の秋本か…… 伝説だな」

「雑誌の記事ってほんとか? 大げさに書くからなー……」

「あんな子がねー……」

「こんなに若いのが出てきちゃ、俺たちは引退かな……」

     ・

     ・

     ・

 いつの間にか真鍋と中村の周りに人が集まっていた。場違いに可愛い博美に気づいた選手や助手の人達が聞き耳を立てていたのだ。

「(さーて、これだけの注目度だ。 このプレッシャーが彼女にどんな成長をもたらすか。 安岡さんもなかなかスパルタだな)」

 周りの騒ぎを聞きながら、真鍋は腕を組んで遠くで係員と話をする博美を見ていた。




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