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空の妖精  作者: 道豚
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ファーストキス

 小屋の中は見た目より広く、コンクリートでかさ上げしているお陰で床は乾いていて二人はほっと息をついた。

「す、すごい・あ、あめ・だったね」

 加藤に話しかける博美の声は寒さに震えている。

「ああ…… 悪い、こんな事ならさっきの喫茶店にでも行って雨宿りしたほうがよかったな」

 加藤がバッグを開けてバスタオルを引っ張り出した。ビニール製のバッグは中身をしっかりと雨から守っている。

「そら、風邪ひくぜ」

 バスタオルを博美にわたし、加藤はハンドタオルを出した。

「あ、ありがと。 でもこれ康煕君のでしょ。 僕はハンドタオルでいいよ?」

「気にするな。 しっかり拭いておけよ。 着替えは持ってないか?」

 既に加藤は頭を「がしがし」タオルで拭いていた。

「持ってるよ。 寮に帰るつもりだったから一揃いはバッグに入れてあるんだ」

 仕方なくバスタオルで体を拭きながら博美が答えた。

「でもさ、雨のお陰でシャワー浴びられたね。 温水の方が良かったけど」

 海開きしてない海水浴場のシャワーはまだ使えなかったのだ。その為二人は水着のままだ。

「おまえは能天気だよな。 たまには悲観的になってみろよ」

 苦笑しながら加藤がTシャツを脱ぎ始めた。

「俺も一応は持ってる。 拭いたら着替えようぜ」

 加藤はバッグから透明なビニール袋を取り出した。トランクスやランニングが透けて見えている。

「…………」

 目の前に出された下着を博美は無言で見つめてしまった。

「(なんだろ…… 別に見たことが無いわけじゃないのに…… ま、穿いたことは無いけど…… 中学校の頃は何時も見てたのに…… なんで康煕君のだと気になるの?)」

 博美は男の頃は「ボクサーブリーフ」を使っていてトランクスは使ったことが無かったが、クラスメートと一緒に着替える時に見た事があった。

「なに見てんだ? 男の下着は珍しいか? あっ、おまえん家は男が居なかったっけ」

 加藤が博美の視線に気が付いた。

「べ、べ、べつに…… そ、それに今は男が居ないけど、お父さんが居たんだからー 見たことぐらいあるよ」

 言いながら博美は横を向くが、その頬は少し血色が良くなった様だ。

「(変な奴。 男の下着ぐらいどおって事無いだろうに)」

 妹の麻由美などは平気で「パンイチ」を見てくる。加藤には博美の様子は不可解だ。

「まっ、俺は着替えるから。 悪いが向こうを向いていてくれ」

 ビニール袋から下着を取り出すと、加藤は壁際にあるベンチに置き、海パンの紐を解いた。

「えーーー! 康煕くん、こんなところで着替えるの? 誰かが見るかも…… バスタオルぐらい巻いたら?」

 バスタオルも巻かずに脱ごうとする加藤を見て、博美が悲鳴を上げる。

「男の着替えなんか誰も見やしないし、バスタオルは博美が使ってるだろ。 この雨だ、誰にも気が付かれたりしないさ」

 加藤は気にもしていない。

「それに、向こうを向いてないと俺のヌードを見る事になるぜ」

 それを聞いて博美が飛び上がる様に回れ右をした。

「ご、ごめんなさい。 別に見るつもりじゃ無かったの」

 さっきまでの寒さは何処へやら。博美は身体中が熱くなった。




 ベンチの在る奥の壁を背中にして、博美はアスファルトの道路を激しく叩く雨を見ていた。スレートの屋根を叩く雨音は小屋の中に容赦なく入ってきて、顔を向き合ってないと話が出来ないほどだ。

「(まだかなー? 何も音がしないと一人になったみたい…… 康煕くん、居るよね?)」

 音がしてない訳ではなく、雨音に衣擦れの様な小さな音はかき消されているのだ。

「ねえ、康煕くん居るよね?」

 外を向いたまま博美が問いかける…… が返事は無い。尚更不安になった博美は少し後ろを見た。

「あっ! なんだー 終わってるじゃ無い。 早く教えてよ」

 ハーフパンツにTシャツの加藤が濡れたTシャツと海パンをビニール袋に入れている所だった。

「おっ、声は掛けたんだけどな。 なんだ、聞こえてなかったのか?」

「うん、全然聞こえなかった。 それじゃ僕も着替えるね」

 ベンチの上に置いてあるバッグから博美もビニール袋を取り出す。これは透明ではないので、下着は透けて見えてなかった。が、加藤はつい見てしまう……

「康煕くん? 見ちゃダメだよ」

 加藤の視線の向きは博美にバレていた。

「わ、わるい……」

 加藤は慌てて体ごと反対側を向いた。

「見ないから、安心して着替えてくれ」

「うん、信用してるから」

 博美は体を覆う筒状のバスタオルを着て、その中で水着のブラとパンツを脱いだ。

「(えへへ…… びっくりするかな?)」

 バスタオルの中で、博美は裸だ。

「康煕くん。 僕今何も着てないよ。 は・だ・か♪」

 加藤の体が「ビクッ」とする。

「ば、ばかやろ…… そんな事言って…… 見たらまだ水着なんだろ。 騙されないぜ」

 そう言う加藤の前に、水着を持った手が後ろから伸びてきた。

「証拠だよ。 うふふ…… 見たい?」

 博美の吐息が背中に掛かる。

「ば、ば、ばか。 お、おまえの体なんか…… み、み、見てもしょうがないだろうが」

 博美は「するっ」と加藤の前に回った。

「なんかって何? ほら目を開けて……」

 硬く瞑った加藤の目を、博美がこじ開ける。

「やめろよ! ほんと止めろ」

「ねえ、僕に興味無いの? 僕って魅力が無い?」

「分かったよ。 お前は魅力的だ。 興味ありすぎていつも困ってるよ!」

 そこまで言われて、加藤は薄眼を開けた。

「って、バスタオル巻いてるじゃないかー あーびっくりした」

 脱力した加藤はヘナッとベンチに座った。恨みがましく博美を見上げる。

「やったー! えへへへ 騙されたー♪」

 博美はバンザイをして頭の上で手を叩いた。

「おまえなー ……っとに…… ああ、ああ、騙されましたよ! ちくしょう…… 純粋な青少年を弄びやがって」

「でも、興味あるんでしょ? 今言ったもの。 康煕くんって「すけべ」だもんねー」

「ああ、ちょっと期待したよ。 男だから仕方が無いだろ。 で、いい加減に服を着たらどうだ。 そのバスタオルの中は裸だろ。 それじゃまるで痴女だぜ」

 さっき取り出したビニール袋がそのままなのに気がついて、加藤はため息をついた。

「ち、ち、痴女なんかじゃないもん。 ちょっとした悪戯だったんだから」

 博美が慌ててビニール袋からショーツを取り出した。

「ばか! 男の目の前にパンツを広げるな!」

 結局、博美は加藤に下着を見せてしまった。




 着替え終わって二人は一緒に博美のバスタオルにくるまり、ベンチに座っていた。博美はノースリーブのTシャツにショートパンツ、加藤はTシャツにハーフパンツ、と涼しい格好なのでジッとしていると寒いのだ。雨は未だに止まず、もう彼此20分も経っただろうか。

「(康煕くんって、筋肉がすごいんだなー 触ってる所が暖かい……)」

 ぴったりくっついているので、お互いの二の腕が触れ合っている。

「(でも、筋肉だからって硬くはないんだなー 皮膚が「ぴんっ」としてる)」

 博美が横をちらっと見るとスマホで何か調べている加藤の横顔があった。

「んっ? どうした?」

 視線を感じたのだろう、加藤が博美を見る。

「ううん、なんでもない。 ねえ、何見てるの?」

 加藤が少し博美の方を向いたので、触れていた腕に押されて博美も加藤の方を向くことになり、スマホが覗き込めるようになった。

「気象レーダーの雲の動きを見てたんだ。 雨が上がるのはもう少しかかりそうだな。 ってなんでそんなにくっつくんだ?」

 いつの間にか博美は加藤の腕を胸に抱いていた。柔らかな膨らみが加藤の二の腕を刺激する。

「んー 康煕くんって暖かいんだもん。 気持ちいいー」

 ふにゃっ、と博美は笑い加藤の肩に頭を乗せた。

「(うっ…… なんていい匂いがするんだ…… なんて柔らかい体なんだろう…… っとに、こいつは男に警戒心が無いよなー それとも俺が男だってこと忘れてるんか? っておい、抱きついてきたぜ…… どうしろってんだ……)」

 博美はかかえていた加藤の腕を離し、あろうことか胸に抱きついていた。

「んー あったかーい」

 目を細めて加藤の胸に頬を当てる。

「(俺は暖房か?)」

 心の中で苦笑して加藤は胸の中の博美を見下ろした。視線を感じて博美が上を見る。

「…………」

 二人の視線が絡み合った。

「……康煕くん……」

 博美がゆるやかに目を閉じる。

「……博美……いいのか……」

 加藤は博美の体を支え、ゆっくりと顔を近づけた。二人の唇が触れる。

「(……!…… 康煕くん…… 暑い……)」

 博美は「ぴくっ」とするが、そのまま加藤に身をゆだねた。

「(……すごい!…… 柔らかい。 なんていい匂いなんだ)」

 加藤は博美の柔らかな感触に驚いていた。

「(これからどうすればいいんだ?)」

 加藤にとっても初めてのキス。唇が触れ合った後、何をすればいいのか知らなかったのだ。っとその時、唇を何かが押し開けてきた。

「(これは……博美の舌?)」

 それに気がついた時には、加藤も舌を博美の唇に這わせていた。

「んんっ! んっ! はあ、あっ! んっ!」

 息をするのも忘れ、お互いに唇を押し付け合う。

「(……康煕くん、康煕くん……)」

「(……博美、博美、博美……)」

 今この時、世界は二人だけになった。博美は加藤の、加藤は博美の声しか聞こえず、地球の重力さえも感じない。二人の心は銀河系をも飛び出していた。




 どれ位の時間、二人はキスをしていたのだろう。いつの間にか博美は加藤の膝に座り正面から抱きついていた。

「乗りますか?」

 突然、大音量で外から声が響いてきた。

「っえ!」

 びっくりして博美が加藤の膝から降りた。外を見るとバスが止まっている。

「乗られますか?」

 再び声がバスの乗車口に付いているスピーカーから聞こえた。どうやら運転手がバスに乗るかどうか聞いているらしい。

「い、いえ、のりません。 すみません」

 博美が慌てて答える。バスはそのまま走り去った。

「びっくりしたー」

 振り返って博美が加藤に向かい肩を竦めた。

「ああ、いつの間にか随分時間が経ってたんだな。 雨も止んでるみたいだ」

 小屋の中に侵入してくる雨音が消えている。だいぶん明るくなったようだ。

「まだ少し降ってたよ。 でももうすぐ上がるね」

 博美は加藤の横に座った。

「うふふ……僕のファーストキス。 康煕くんで良かったー 大好き」

 博美は加藤にもたれかかり、

「体がすごく熱くなるの。 こんなに気持ちがいいんだね」

 胸に頬を押し付ける。

「俺も博美が初めての相手で良かった」

 加藤は博美の肩を抱き寄せた。

「あったかーい。 康煕くんって、暖かいね。 こうして触ってるだけで気持ちよくなる」

 抱かれるままに博美は加藤に体を預け目を閉じ、その頭を優しく加藤は撫でていた。




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