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空の妖精  作者: 道豚
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雨宿り

 肩の少し上辺りで切りそろえられた髪の健康的な美少女と、ショートボブの似合うモデル張りの美女が並んで海水浴場を歩いている。海開きがされてないとは言え、もう直ぐ7月になる海水浴場だ。二人は当然の如く水着である。

「お腹すいた」

 レインボーカラーのタンキニにショートパンツの博美が零した。

「私も、お腹すいた」

 今は太陽も真上から照らすお昼時だ。黒いビキニの樫内も同意した。パラソルも無く、日陰の無い砂浜は流石の若者たちにも長くは居られず、何処か涼しい所で昼食を取ろうと引き上げて来たのだ。

「ねえ、なんだか見られてるみたいなんだけど……」

「そうね。 私もそんな気がする」

 朝は少なかった海水浴客は、暑くなった今はかなり増えていた。二人が歩くと老若男女、全ての顔がそれを追ってくる。こういう場合ナンパ男が現れるのがテンプレだが、今の二人には当てはまらない。

「あいつら、のんきな事だな」

 丸めたレジャーシートとバッグを二つ肩に掛けて加藤が溜息をつく。

「まあ良いじゃないか。 楽しんでもらうのが男の役目さ」

 大きなクーラーボックスを持ち直しながら篠宮が周りを睥睨した。

「ガードマン役も仕事の一部って事」

 詰まるところ、二人のお姫様が夫々召使兼ボディーガードを後ろに引き連れて歩いている図である。特に加藤を見て諦めの表情を見せる男は両手の指の数を超えていた。




 室内を冷やすためエンジンを掛けている軽スポーツカーに篠宮がクーラーボックスを積み込んでいる。

「篠宮さん、車買ったんですね。 でも、これじゃ飛行機が運べないんじゃないですか?」

 それを見ながら博美が首を傾げる。

「これはレンタカーだよ。 車はまだ買ってないんだ」

 トランクを閉め、やれやれと腰を伸ばして篠宮が答えた。

「で、僕たちはお昼を食べにバイパスの方まで戻るけど、博美ちゃんたちは如何する?」

「えっ? そんな所まで戻るんですか?」

 バイパスと言ったら加藤の家を過ぎ、殆ど街まで行く事になる。

「車を返すのが遅くなると追加料金が掛かるんだ。 そんな訳で街の近くまで帰っておきたいんだよ」

 篠宮が済まなそうに言った。

「それはちょっと…… 康煕君、どうする?」

 博美は横に居る加藤を見た。

「俺たちはこの辺りで食べよう」

 自転車で来ている加藤は、とても街の方までは行けない。

「残念ね。 それじゃ、ここでお別れね。 秋本さん、今日は楽しかった」

 残念と言う割には樫内の顔は嬉しそうだ。博美はそれに引っかかる物を感じ、樫内の耳元で囁いた。

「樫内さん。 篠宮さんを襲う気?」

 それに答えず樫内は「にんまり」した。




「さて、俺たちも行くか?」

 樫内を助手席に乗せ、篠宮の運転で軽スポーツカーが駐車場を出て行ったのを見届け、加藤が博美に聞いた。

「うん。 ねえ、どこに行く? 喫茶店なんかあるかなー」

 海水浴場はかなり田舎にあり、お洒落な店があるようには思えない。

「まあ、とりあえず国道に出てみよう」

 加藤は自転車にまたがると駐車場から出て行く。博美もスクーターでそれに続いた。




「有ったよ……」

 国道を東に200m程走った左側に白い壁とオレンジの屋根の可愛い喫茶店が有った。壁の下には沢山の鉢に花が咲いている。

「ちっちゃな喫茶店! なんか可愛いね」

 博美がスクーターに跨ったままで加藤を見た。

「康煕くん、ここにする?」

「ここでいいんじゃないか? この先にいっても何か有りそうな気がしない」

 加藤はさっそく自転車を駐車場に入れた。博美もスクーターを隣に置く。

「こんにちわー」

「はい、いらっしゃい。 お二人かな?」

 初老のマスターがにこにこしてカウンターに立っていた。従業員らしき人は他におらず、客が数人居るだけだ。

「(うっ! 大丈夫かなー) あ、はい。 二人です」

 予想と違ってマスターが若くないのに博美が気後れする。

「どこでもいいから座っててね。 これが出来たら注文を取りに行くから」

 カウンターの裏で何かを作っているらしく、マスターは視線を下げて忙しく作業を始めた。

「さて出来た。 はい吉田さん」

 少し経つと、マスターはサンドイッチをカウンターに乗せ、誰かを呼んだ。

「おお、出来たか。 マスター、今日は早かったなー」

 コーヒーを飲んでいた客の一人が席を立ってカウンターまでやって来た。

「ワシが本気を出せばこんなもんだ」

 なぜかマスターが「どや」顔だ。

「これからも本気を出してやってくれ。 いっつもコーヒーが無くなってから出してくるもんで、サンドイッチが喉に詰まる」

「加減して飲めばいいだろうが。 今日はほれ、デートの若いのが居るからな、年寄りはさっさと食べろや」

「…………」

 博美と加藤はお互い顔を見合わせた。

「なに、この店……」

 博美が加藤に小声で話しかけた。

「まっ、客との距離が近いって事だよな。 地元に根付いてるってことじゃないか?」

 嫌いじゃないぜ、と加藤は答えた。





「はい、お待ちどうさま。 サンドイッチとカツカレーでよかったかな」

 綺麗に盛り付けられたサンドイッチが博美の前に置かれた。加藤の前には大盛りのカレーだ。

「それにしても……お嬢さん、綺麗だねー どっかでモデルしてなかった? なんか見たことあるなー」

 一見の客にも馴れ馴れしいマスターである。

「いえいえ、モデルなんかじゃないですよー それじゃ、いただきます」

 博美がサンドイッチに手を伸ばした。

「ゆっくりしていってねー」

 それを見てマスターはカウンターの後ろに帰っていった。

「うん、おいしい。 康煕くんはどう?」

 サンドイッチを一口ゆっくり味わうように食べ、博美がカレーを口に運ぶ加藤に聞いた。

「ああ、以外と……こう言っちゃ失礼かもしれないが、以外と美味しいな。 多分市販のカレーじゃ無いんだろう」

 博美が一口食べる間にすでに三口ほど口に入れた加藤が水のコップに手を伸ばしながら答えた。

「そうだろう。 そのカレーはワシが若い頃、船の厨房で習ったカレーだ。 市販のルーなんか使わず香辛料をブレンドして作るんだよ」

 カウンターの後ろからマスターが口を挟む。

「だから、毎回味が変わるんだよな。 たまたま今日は良かっただけだろうが」

 すかさずテーブルに座った客からヤジが飛んできた。

「あは、あはは…… やっぱりこの店って変……」

 博美が加藤に小さく呟いた。




 二人が喫茶店を出た時は、まだ午後1時にもなっていなかった。このまま帰っても早すぎる。

「ねえ、行ってみる?」

 博美が加藤を見る。

「ああ、これから帰ると寮に2時頃には着いちまう。 ちょっと寄り道になるけど行ってみようか」

 加藤が自転車の鍵を外しながら答えた。

「でも、ほんとかなー 道路が真っ縦になってるって」

 博美もスクーターにキーを差し込み、ロックを外した。

「マスターの言葉に誰も突っ込まなかったから、本当のことじゃないかな?」

 自転車にまたがり、加藤が東に向かって漕ぎ出し、博美もすぐに付いて行った。




 二人は小さな橋を渡り、さっき聞いたように信号を右折する。すぐに道は海に出て、道なりに曲がると小さな港があった。緩いカーブを曲がったとたん…

「ほんとだー! 道が垂直になってるー」

 博美は急ブレーキで止まった。

「おおー すごい…… なんだこれ」

 加藤はさらに近づき、とても登れない道路を見上げた。

「康煕くーん! これ可動橋って言うんだってー 丁度今は渡れない時間みたい」

 博美の見ている案内板に通行できる時間が書いてある。加藤は博美の側に戻ってきた。

「へー これで見ると1日に何回も上がったり降りたりするみたいだな。 次動くのは1時か」

 二人並んで案内板を見上げる。

「ねえ、裏側から見てみない♪」

 視線を垂直になった橋に向けて博美が言う。

「んっ? 何で?」

 楽しそうな様子に加藤が聞いた。

「構造や軸受けがどんなになってるか見てみたい」

 言うが早いか、博美はスクーターを走らせた。




 港をぐるりと回り、博美は反対側にやって来た。途中、横から見えた橋は垂直に立っているわけではなく、わりと傾いていた。裏側からは橋の構造がよく分かる。

「わー すごいすごい。 こんなになってるんだー へー やっぱりトラス構造になってるんだねー」

 向こう側まで40m程ある反対側の岸からだが、目の良い博美は細かい構造が見えた。

「でも軸受けはよくわからないなー きっと大きいんだろうなー」

 よく見ようと博美が身を乗り出す。

「おい! 危ないぞ」

 加藤が博美の腕を取った。

「だーいじょうぶだよー 康煕くんは心配性だねー」

 けらけらと笑って博美が加藤の腕を逃れる。と、その時遠くで雷鳴が聞こえた。

「えっ! 雷?」

 二人が音のした方を見ると大きな入道雲が立ち上がっている。

「ちょっとやばいな。 さっさと帰るぞ」

 加藤が博美の手を握って自転車の方に走り出した。おとなしく博美は付いて行く。二人は其々自転車とスクーターにまたがり帰り道を急いだ。




 雲の動きは二人の予想よりも早かった。10分と走らないうちに「ぽつぽつ」と雨粒が顔に当たり始める。「ぽつぽつ」が「ばしばし」になるのにさして時間は掛からなかった。二人はあっという間にずぶ濡れになる。

「(くそう! これじゃ風邪をひくぜ)」

 加藤が顔を流れる雨を手のひらで拭い、振り返って博美を見た。雨が激しくてはっきりと顔は見えないが、唇が紫になっている様に見えた。

「(どこかで雨宿りしないと……)」

 見通しが悪くなった為、スピードを落として自転車を漕ぎながら加藤は左右を見た。

「(あれは…… バス停か? あそこなら……)」

 少し先の左側に小さな小屋が見える。バス停の札が付いているところを見ると、客の為に簡単な屋根を掛け、風除けに壁を貼った物のようだ。加藤はその小屋の横に自転車を止める。博美もすぐに横にスクーターを止めた。

「康煕くん、どうしたの?」

 加藤に尋ねる博美の唇は、やはり紫になっている。

「寒いだろう? 風邪をひくといけないから雨宿りしようぜ」

 博美のスクーターの前かごからバッグを取り出し、加藤は博美の手を引いてバス停の小屋に入った。




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