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08話

R-15ってどこまではセーフなんですかね

 後にこの世界における技術革命の切っ掛けとなった才媛2人が何をしているかというと、目の前のトトを置き去りにしてひたすら自らの欲望を爆発させていたのだった。

「そうそう、この間片手間に作った外殻用オプションパーツのネコミミも完成したぞ。パーティーグッズなど目じゃない、聴覚補強の効果付きだ。今なら感情表現(エモーション)と連動する尻尾パーツもセットでつけようじゃないか」

「ならば私は、HDDに眠らせていた語尾が『にゃ』になる追加パッチを提供する」

 にやり、と欲望をたぎらせた笑みを躱す2人。トトは正直もう着いていけてない。

「……で、その各種スキルはもちろん試してもいいのだろう?」

「それは危険。まだテストは不十分。迂闊に使われると再起不能になる恐れがある。……胸キュン的な意味で。まずは私が責任をもってテストする必要がある」

「うーむ、それはまずいな。確かに爽やかな朝のまどろみの中、腕の中にいるあられもない姿のトトちゃんから『お、おはよう……』なんて恥ずかしそうに顔を赤らめながら囁きかけられたら、ボクは理性を保てる自信がない」

「そう、だからまず私がトトちゃんの恥ずかしい仕草を堪能……もとい段階的にテストして、明確な安全基準を明らかにする必要がある」

「僕はやりませんからね!?」

 もはや何度目になるだろう、トトの声はこれまでと同じようにスルー……はされなかった。小鳥はそっとトトの胸元から身を剥がし、10cmもないような間近からじっと顔を見つめる。

 いくら見た目は少女でも、中身は歴とした青年男性。現状こそ多少やつれて言動も怪しくなっているものの、少し身なりを整えればモデルとしても充分に通用する――実際、奈那を始めとして小鳥や京子を含む女性陣は広報のモデル役をやらされる事もある――程の女性に間近から見つめられて平然としていられる程、トト(智之)は女性慣れしていない。途端にしどろもどろになって狼狽えるトトの耳元に顔を寄せ、そっと囁く。

「大丈夫……トトちゃんは何もしないで、私に全部任せてくれればいいから……」

「ひぃ!」

 この話題になった最初の方は半分冗談交じりのような雰囲気だった。適当に話を流しつつ、さっさと寝床に放り込めば終わり。その予定が狂ったのがどの時点かは分からない。だが少なくとも大きな原因であるはずの京子はというと、

「うーん、スイッチ入っちゃうと小鳥は言うこと聞かないからね。仕方ない、今日の所はトトちゃん枕は譲るとして、ボクは向こうに戻って智之くん枕で寝るとするよ」

「えぇ!?」

 現代ではVR技術を使用した機械は多くあり、日常生活に使用されるものはナビゲートシステムのように、意識を現実に置いたまま視界の一部のみ情報を表示するタイプが大多数を占めている。しかしこのゲームのように五感の全てにフィードバックするタイプはそういうわけにはいかず、身体は寝ている状態で意識だけ飛ばす形式となる。

 智之の意識がここにある以上は、身体は無防備のまま向こう世界にあるVR室で寝ている状態ということであり、

「トトちゃん枕も捨てがたいが、智之君枕もあれはあれでいい匂いがするからね」

 ペロリと舌舐めずりをする京子。

 その艶かしい口元を呆然と見つめていたトトが、何それ聞いてない、無防備な俺の身体に何をしてくれてるんだと暴れだすが、小鳥がその額に指を当て「<制限拘束>」と呟いた途端に手足から力が抜けてぺたりと座り込む。目の前にいる、小鳥の膝の上に。

 システム開発者故の上位権限による強制介入。

「トトちゃんも乗気みたいだし、私はこっちで寝るから」

「了解したよ……明日はボクと交代しないかい?」

「智ちゃん枕もなかなか魅力的。分かった、トトちゃん枕はレンタルする。オプションは要相談」

 本人の意思を完全に無視した状態で交渉は完了した。

 満足したように伸びをする京子の口から、大きなアクビが溢れる。

「あぁ、さすがに限界だ。2人ともおやすみ。……智之くん枕は空いてるかな。最近競争率高いからなぁ……」

「ちょっと待って、今なんか凄い事を――」

 ぼそりと漏らした言葉を問い詰めようとして手を挙げかけたトトの目の前で、京子の姿が光の粒子となって消える。

「――言っていた……ような……」

 その右手が力なくぽとりと落ちた。

 

 智之の仕事は殆どがこちらの世界で行うものである。始業と共に外殻に精神を移し、場合によっては昼休みに戻ることもあるが、その後は少なくとも終業時間まではログインしたままである。

 最初の頃に奈那から「社会人になったのだから時間はきっちり守りなさい」と何度も念を押されたのでそうしていたのだが、その間無防備な自分の身体はいったいどうなっているのだろうか。

(いやいや、いくら奔放な先輩(お姉さま)方でも、仕事中に堂々とサボる事はないはず)

 職場の先輩達は妙に人懐っこく隙あらばちょっかいを出してくるが、それを見つける度「遊んでないで仕事しろー!」と叫んでいた奈那の姿を思い出す。

 恐らく先ほどの京子の発言はこちらを驚かせて楽しむためのハッタリ(ブラフ)だろうと考えかけたトト(智之)だが、最近耳にした、夜のシフトは人気があるという話を思い出した。

 夜シフト。つまり日中は非番という事で……

 そこまで思い至った時点で、トト(智之)は考えることをやめた。

(嫌われるよりずっといいんだけどね……)

 愛玩動物みたいな扱いなのではないかと考えると、真っ当な成人男性としては少々複雑な気持ちになるのだった。

「……って、ちょっと小鳥さん何をやってるんですか!」

「え?」

 京子に気を取られていた間、何やら背後でごそごそと動く気配が気になってみれば、そこは白衣とその下に着ていた服を脱ぎ去り、最後に残った下着を外そうとしていた小鳥の姿。

 振り向いた拍子に至近距離でご対面してしまい、慌てて目をそらすも、その時見た白と桃色のコントラストはしっかりと脳裏に焼き付いていた。

「普通寝るときは……裸、だよね?」

「それは恐らくローカルルールです!」

「京子も同じだって言ってたわ」

「そんな情報はいりません!」

 なんて事を言ってくれたのだ、これではログアウトして逃げても同じ目にあうではないか。いや、女の姿のままならいいが、迂闊に戻って男の姿で対面した日にはどんな事になるか。

 トトが混乱している間に、今最後の一枚が取り払われる。その最中も小鳥の片手はしっかりとトトを抱えたままのため、身体に伝わる(擬似的な)体温と、妙にぎこちない動きが落ち着かない気持ちにさせる。しかし何故彼女は脱いだ服を一枚一枚、あらぬ方向に向けたトトの正面にわざわざ翳すのだろうか。

 トトの目の前にぶら下げられた三角形の白い布――トトはそれが何であるかを考える事は止めた――は、小鳥が手首をスナップさせると、先ほどの京子と同じように光の粒子となって消える。

 基本的に衣類は外殻と同じように作り出された物質のため、こちらに来た時に素っ裸で現れることもなければ、逆に消えた後に服だけが残される事もないのだ。

 要するに、本当に裸になりたいだけならば脱ぐ必要もなく、服だけ纏めて消せるのだ。わざわざ脱いでみせたのはわざとだと思われる。

 そして一糸まとわぬ姿となった小鳥の魔の手は、やがてトトへと伸びる。

 

「あ、あのー、何をしてらっしゃるのでしょうか」

「ん、トトちゃんを脱がしてる」

「なんで人の服を脱がすのに、そんなに手馴れているのしょうか?」

「最近、ドールというものにハマった」

「どうして私の肌をいやらしく撫で回していらっしゃるのでしょうか!?」

「スベスベで、ふかふかで、いい匂いがして……甘い」

「ひぅっ!?」

 その白い肌とのコントラストが眩しい赤い舌が艶かしく首筋を這う度に、ビリビリと身体中に電撃が走るような錯覚を覚え、目を白黒させるトトの耳元に、熱い息を吹きかけるようにして小鳥が囁く。

「VRユニットを経由する外殻は、安全性の問題から普通は触覚の感度を落としてる。でも、落とす事ができるのなら逆に感度を上げることもできる。例えばこんな風に」

「ふぁ……んぅ……っ」

 耳たぶを甘噛みされ、吐息にくすぐられるたびにぞくぞくとした感覚が背筋を昇って行く。くたりと力の抜けた少女のなだらかな曲線を描いた下腹部を優しく撫で回しつつ、もう片方の指先で露になった胸元の桜色の突起を柔らかな手つきでこね回す。

 だらしなく半開きになった口元から垂れる一筋の涎を舌で拭い取り、トロンととろけた目元とほんのり染まった頬を満足そうに眺めると、弛緩した小さな身体をいわゆるお姫様抱っこのスタイルで抱きかかえた。

「な……なんで急にこんなこと……」

 荒い息をつきながら、絞り出すようにして尋ねるトトに、小鳥は静かに答えた。

「最近、智ちゃんのときもトトちゃんのときも、忙しそうにしているばかりで全然一緒にいてくれないから。君は皆に好かれてるから、2人でいられる機会なんてもう来ないかもしれない」

「だからってこんな……」

「私が嫌いなら止める」

「……小鳥さんのこと、嫌いなわけ……ないじゃないですか」

 トトの小さなその言葉は、小鳥の心に響き渡る。最後に残った理性を砕くほどに。

「なら問題ない」

「え、ちょ、それとこれとは別の話で……っ!?」

 もしも彼女らの同僚がこの場にいたら、喜色満面の小鳥(クールビューティー)の姿に驚愕を隠せなかっただろう。

 一見無表情のままながら、珍しく顔を紅潮させ、トトを抱きかかえたまま鼻息荒くスタッフルームのさらに奥にある扉へと向かう小鳥。その先にあるのは、外殻を纏った状態でしかこの世界に来ることのない彼女達にとってどれ程の意味があるのかは怪しいが、簡素なシャワールームや洗面台が整えられた仮眠室だった。

「この部屋の封印を解く日が来ようとは」

「もしもし……ちょっといつもよりテンション高くないですか」

「トトちゃんから愛の告白を受けた。テンションも高まろうというもの」

「いや、そんな大層な話ではなく……きゃんっ」

 ぼふっとベッドの上に下ろされ、軽く悲鳴を上げる。

 両手があいた小鳥はそのままトトの上に覆いかぶさる。

「今夜は寝かさない」

「さっさと寝てください!」

「分かった。トトちゃんと……寝る」

「目が……目が怖いですから!」

 

 小鳥が指を鳴らすと誰もいないのに扉が閉まり――鍵がかかる音が、妙に大きく響いたように思えた。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 数時間後、無事ログアウトした後の智之は、自分の周りに人の気配がない事を確かめ――甘い残香と体温が残っている気がしたが――暗い部屋の中で、自己嫌悪にしばらく膝を抱えていた。

 

 今日はいつにも増して直接的ではあるものの、智之の毎日は大体いつも弄られ振り回されて過ぎていくのだった。

 

 

【ウルバヌス発展状況】

 

 ◆商業通り(南大通り)

  雑貨屋 1軒

  軽食屋 1軒

  酒場 1軒

  宿屋 1軒

  銀行 1軒

  倉庫 1軒

  交易所 1軒

  厩 1軒

  

 ◆生産通り(東大通り)

  鍛冶場 1軒

  紡績所 1軒

  木工所 1軒

  建築工房 1軒

  倉庫 1軒

  

 ◆ギルド通り(西大通り)

  ギルド管理所 1軒

  依頼斡旋所 1軒

  宿屋 1軒

  

 ◆登城通り(北大通り)

  城

  案内所 1軒

  魔術研究所 1軒

  

 ◆人口 93人

※仮眠室での行為の続きを読みたい方はわっふるわっふると送ってください


トロ顔っていいですよねー

そのつもりは無かったのですが、ついついエロっちい描写を始めてしまった時点でこのシリーズの方向性が定まってきた気がします。

危うくR-18になりかけたのでごそっと削りました。


とりあえず序章終了、書き溜めておいた分は消化完了です。

次は職業適性の閑話の予定。

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