05話
プレイヤーは全員が全員、戦闘行為が好きなわけではない。
ボタンを押すだけで自動的に攻撃を行うような従来のゲームならともかく、VR映像とは言えど敵モンスターを目の前にして実際に手足を動かし武器を叩き付けるような行為に馴染めないような者もいる。
そういうプレイヤー達にとっての遊び方は、街中に残った人が行なっているような“探検”の他に、MMOならではの“採集”や“生産”というものがある。
「こうやって木に触って、<採集>、と唱えてみてください」
トトが唱えると、触れていた倒木の一部が淡く発光したのち、30cmほどの木材として瞬時に加工された。それを見ていた10人弱のプレイヤー達の間で『おー』とどよめきが漏れ、パチパチと小さな拍手が起きる。
「採集できる場合はこういう風にアイテムになります。レベルが上がると今アイテム化出来ないものが出来るようになったり、アイテム化可能なものにガイドが表示されるようになりますよ。
……それじゃ、皆さんもやってみてください」
そう言って手を叩くと、近くのプレイヤー達は三々五々に散らばって様々な自然物に触れ、「<採集>」と唱え始めた。成功して加工素材となるものもあれば不発で終わるものもあり、その結果に一喜一憂する様子をトトは微笑ましく思う。
この世界ではある程度の規模の工場であればどこでも使われている、錬金系統の魔法道具。それを応用して外殻の機能に組み込んだのが、<採集>である。指定ものの素材がデータベース上の情報と適合する場合、対象を練成して特定の加工素材に変換する。
戦闘をあまり行わない彼らは、採集によって集めた加工素材を使ってアイテムを作ったり、あるいは加工素材を雑貨屋や他のプレイヤーに販売することで資金を稼いでいくことになるだろう。
なお、NPCである所の雑貨屋で買い取った素材や製品は、都市開発のための資材として使われたり大陸に輸出して外貨を稼いだりというような使われ方をする事になる。そのための資材倉庫も、侵入禁止エリアに設定されたうえで都市の中に数カ所建造済みだ。
プレイヤーによって採集された資材は既に加工されているために、その後の管理が楽なのがこの方法の利点である。
都市内で働くメルヴェイユ人の給与や、店舗で販売する各種製品の仕入れ。半島内で完全に自給自足できない以上はどうあっても資金というものは必要になるのだ。
初期アイテムとして配布されるアイテムはあまり多くない。
プログラム上のデータならともかくとして、EoHは別の世界における現実なのだ。1セットは安価であっても、万単位の数を揃えるとなるとそれなりの資金が必要となる。結果としてプレイヤーが最初に手にするのは防具として麻布の上下、薄い革の靴、30cmほどの刃渡りの短剣、そして小さなリュックサックといくつかの回復アイテムだけだ。
ゲームのようにアイテムボックスなどという便利なものは誰も持っていない。類似の機能を持つ魔法道具は存在するものの、それなりに高価なもので初期装備として全員に割り振ることは到底不可能である。少なくとも現時点では。
そのようなわけで、小一時間も採集を行えば皆パンパンに膨らんだリュックを背負うことになるのだ。
ちなみにトトは上の下程度の品質のものを既に取得済みであったりする。
アドバイスを頼まれたグループの採集活動がだいたい一段落した所を見計らって、トトは声をかけた。
「では、そろそろ生産も試してみましょうか」
『はーい』
一斉に元気な返事が帰ってきた。それにしてもこの集団、ノリノリである。
なんとなく社会科見学あたりの引率教師あたりになったような気分を味わいながら、先導して都市内へ戻る。ぞろぞろと着いてくる大荷物の集団を見かけた他のプレイヤー達の中にも、何をしているのか興味がわいたらしく後を追う者がでてきた。
「えーと、右手に見えますは酒場メル・ミェール。蜂のマークの看板が目印ですね。蜂蜜酒とソーセージがお勧めだそうです。営業時間は夕方からなので、日が傾いてきたら是非寄ってみてくださいね。あ、でも未成年の方は食事だけですよ」
『うぇーい』
ただ黙々と歩いているだけなのもどうかという事で、自然とガイドのような事をし始めるトト。その手にはいつの間に用意したのか小さな旗が握られており、ときおりパタパタと風にはためいて音を立てている。
「ちなみにちゃんと食事を取ることはできます。しなくても問題ないですけど、味はちゃんと分かるので是非試してみるといいですよ」
『うぇーい』
CLOSEDの札を下げたドアの前で、従業員らしき20歳前後の女性が掃き掃除をしている。トト達が見ていることに気づいたのか軽く手を振って見せると、プレイヤー達のテンションも無駄に上がっていく。
「俺だ、俺に手を振ってくれたぞ」
「ばっかオレに決まってんだろうが」
「誰だろうと構うもんか! 俺は絶対あとで行くぞ」
「僕は雑貨屋の子の方がいいなぁ」
「黙れ犯罪者予備軍め!」
このまま放っておくと何処までもはっちゃけるかもしれないという危惧を抱き、トトは念のため釘を刺す。
「お店に迷惑をかけたらダメですよ?」
『うぇーい』
「左手に見えますのが軽食メインのカフェ・ファリーナ。営業時間は朝から夕方頃まで。サンドイッチとパスタ、サラダも美味しいですよ。この街には今のところこの2軒しか飲食店がないので、食事を楽しみたい方は何度も来ることになると思います。食材の持ち込みも歓迎しているので、調理して欲しいものを手に入れたら頼んでみてくださいね」
こちらは営業中のため、既に食事をしているプレイヤーもちらほらと見られる。さすがに真っ先に食事を選ぶ者は少ないらしく空席がだいぶ目立っているが、それでも営業開始日という事で従業員は皆張り切って働いている。
「あ、あのウェイターさんカッコいい」
「どれどれ、どの人?」
「えー、あの人ちょっと性格きつそう」
「それがいいんじゃないのよ」
「あたしは雑貨屋のオジサマの方がいいなぁ」
「黙れ筋肉フェチ」
「……お仕事の邪魔しちゃダメですよ?」
『うぇーい』
「そこの雑貨屋さんはこの後寄る方も結構いるかもしれませんね。買取は今のところはここでしか出来ませんので注意してください。ただ、交換であれば出来る場所は他のもあるので、探してみるといいですよ」
「こ、ここがあの双子幼女の店か……!」
『幼女! 幼女!』
「2人ともぺろぺろしたい!」
『ぺろぺろ! ぺろぺろ!』
――キィン
「あまり著しく公序良俗に反することをするようでしたら……斬りますからね?」
『イエス・マム!!』
「右手の路地を挟んで向かい合っているのが銀行と倉庫です。倉庫はこれから行く東大通りにもあるので生産メインの方はそちらの方が便利です。申し訳ありませんが銀行は1軒のみなので、混雑するかもしれません」
「そこの建設中の札が立っているところは武器屋と防具屋が並んで建つ予定です。しばらくは雑貨屋さんの売り物で充分だとは思いますが、開店したら是非覗いてみてください」
「ここの路地に入った所は小さい建物が多いですがその分家賃が安いので、自分のお店を持ちたい人は最初この辺りを狙うといいですよ。レンタル・買取りの受付はお城で、もしリフォームしたい場合は東大通りに建築工房があるのでそちらに依頼してください」
連れ立って歩く人数はいつの間にか30人程に膨れ上がっていた。トトの案内に頷いたり声をあげたり、時には別の興味の対象を見つけて別れたり合流したり。
ガヤガヤと騒々しい集団はやがて商業通りの終着点である中央広場を抜け、東門へ続く道へと進む。
都市南部以上に廃屋が目立つここは、東大通り――別名生産通り。奈那達EoH運営サイドの目的からすると、ある意味で最も重要と言える場所であった。




