04話
南門を抜けると、そこは半島の面積の1/3を占める広大なペディオン平野だ。平野を横切るように流れる大河は遡れば大陸と半島を分ける山脈まで、逆に下れば半島の先端まで辿りつく。半島を2等分する形で流れるこの河は名前をフルーヴ河といい、レスキール半島の主な街道やウルバヌスはこの河に沿って造られたのだのだ。
もっともここ100年程は殆ど使われた形跡はなく、草木に埋まってしまった所も少なくはないのだが。
この地形上、大陸から物資を運ぶ際の重要な水路となる予定だが、現状ではここも整備に手が回っておらず、急拵えの桟橋がある限りである。
サービス開始直後の現時点では、都市外にいるのは全体の3割強といったところだ。言うなればそれだけの人数が、VRMMOの可能性を“世界の創造”よりも“仮想世界での戦闘”に求めたという事になる。もちろん都市外にいるプレイヤーの全てがそうとは限らないのではあるが。
そして彼らを持て成すために必要なのがRPGというジャンルにおけるMOB、要は敵モンスターである。
この世界に存在する生物は大別すると2種類に区別される。1つは姿形こそ地球のものと多少差はあるものの、基本的な部分では大きな差異のない動植物。もう1つが魔晶体と呼ばれる生物群、いわゆる魔物に相当する生物だ。
大気中に含まれるエネルギーを持つ粒子――仮に“マナ粒子”と称する――はある程度濃度が高まると結晶化する性質がある。このマナ結晶が生物の体内に取り込まれると体組織と徐々に置き換えられ、結晶生物とでも言うような特殊な生命体に作り替えられてしまう。これが魔晶体である。
魔晶体の厄介な所は結晶化していない生物を襲う性質がある点と、同種の生物がベースになったものが番でいた場合にそれらの間で繁殖する所にある。
だが、これをゲームとして考えると魔晶体の存在はある意味ありがたいのだ。CERO的な意味で。
なにせ通常の生物と違って、斬っても叩いても血を流すことなく粉状の結晶粒子が飛び散るだけであり、死亡した時は砂塵となる。さらに個体によっては結晶化していない毛皮や牙爪、骨などを残すことも多いのだ。
メルヴェイユの世界をゲームとして提供しようと計画したときにMOBをどうするかというのが一つの課題であったのだが、この魔晶体の存在であっさり解決してしまった。
もちろん魔晶体に襲われたりした場合は体内にマナ結晶が侵入することがあり、そのまま治療を疎かにすると魔晶体になってしまう可能性がある。そのためメルヴェイユ人に取っては危険な生物ではあるが、人工物である外殻を遠隔操作しているプレイヤー達にとってはただのMOBでしかないのだ。
「うーりゃー! <閃牙>ぁー!」
赤髪の青年プレイヤーが気の抜ける掛け声と共に力任せに突き出した初期装備のダガーが、膝ほどの高さの丸い魔晶体を貫き破散させる。
外殻は元々は手動ではなく自動で動く絡繰人形をベースに改良して作られたものであり、それ故に自動で動くことのできる機能が備わっている。その機能を応用し、任意のタイミングで特定の動作をするようにしたのが、今使われた<閃牙>を始めとする技能である。絡繰人形の本来の用途は兵器であるため、ただその動きを形だけ模倣するのとは異なり、“必殺技”と呼ぶに相応しい威力まで込められている。
MMOというジャンルこそ初ではあるものの、VR技術が実用化されてからはそれなりの年月がすぎている。仮想の身体の動かし方自体には早い段階で慣れ、すぐにこうして武器を振るって魔晶体を倒すことが出来るようになっていた。
MOBを倒した事で小さくガッツポーズをする赤髪青年の死角、大きな茂みの中から別の影が音もなく這い出してくる。
そのまま飛びかかり、身体の半分ほどもありそうな大きな口で噛み付こうとした瞬間、小さな金属音と共にその身体が4つに断たれ、そのまま砂塵に帰る。
――キン、と硬質な鈴のような音を立てたのは、トトの腰に吊るされた二振りの長剣。銀の細工を施された優美な黒剣と、金の飾りの豪奢な白剣。対称的な外見ながらどこか調和の取れたその双剣は、この世界で手に入れたトトの力の象徴であった。
「ここのモンスターは結構いやらしい所もありますから、こういう茂みのそばでは気をつけた方がいいですよ」
そう言って今度は、鞘に入れたまま一閃。充分に手加減したその剣撃は、同じ茂みに隠れていたもう1匹を倒すことなく引きずり出した。
目の前に転がった瀕死のモンスターに慌てて止めを刺す青年。尊敬の念の混じった彼の視線に、トトは頬を染めて照れ笑いを浮かべた。
「今のはズルしてませんから、あなたも鍛えればこれくらいは出来るようになります」
がんばってくださいねと笑いかけ、残像が残りそうな勢いでブンブンと頷く青年に手を振りながら背を向ける。
「あ、残ったアイテムだけじゃなく、落ちてるマナ結晶も売ることができますよ」
ふと思い出して最後にアドバイスをすると、「ありがとうございますー!」と元気な返事と共に、青年やその仲間は残骸の中からアイテムを探し始めた。
(うーん、バレてはいないみたいだな)
赤髪青年を含め、周辺で狩りに熱中する新米プレイヤー達の様子を眺めながら、トトは内心呟いた。
実はこの小さなモンスター、厳密に言うと生物ではなく、ポーンという名の魔晶体を模して作られた一種のゴーレムである。MOBの役割を割り振った生物ではなく、本来の意味で|MOB《Moving object》だ。
当たり前といえば当たり前である。
魔晶体がいくら好戦的な生物だったとしても、自分より強い相手にも構わず襲いかかるわけではない。また、繁殖力の高いものでも万に近い数のプレイヤーが相手ではあっという間に絶滅してしまう。
必然的に人の多い地域からはすぐに姿を消してしまい、それではゲームとして成り立たない。そのためこうして、人造モンスターとでも言うような存在を適当な間隔で生産しているのである。
このある意味自作自演とも言える行為に対して、「いくら低コストの量産ゴーレムだとしてもコストがかかりすぎではないか」という意見が出されたが、奈那は「ゲームとして成立させるにはある程度の投資も必要」と判断して実行にGOサインを出したのだ。
ちなみにドロップ品はいずれも買取品の中では最低価格であり、それこそ小遣い稼ぎ程度にしかならない。また回収したマナ結晶を原料としてポーンを生産するため、コストとしては案外大したことがなかったりする。
このポーン、大陸本土での本来の使用目的は掃除などの人手が必要な軽作業の他、新人兵士の訓練用にも使われるという。
こうして初心者プレイヤーが揃って狩りに勤しむ様子を見ると、規模こそ大きいものの案外まともな使われ方であるとも言える。
(小動物ベースの魔晶体ならともかく、大型のになると相当厄介だからなー)
いち早く現地調査として半島のあちこちを探検させられたトトとしては、自分が通った道を追いかけているとも言える彼らの姿に微笑ましいものを感じずにはいられなかった。
実際には彼らプレイヤー達はそのような大層な目的意識や使命感があるわけでもなく、文字通り“遊び”として戦っているわけで、トトの感想は的外れと言えば的外れなものではあるのだが、本人はそこまで深く考えているわけではないのだった。
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