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05話

「うちの子に手を出さないでいただけますか、エクシリア侯?」


 彼女が現れた瞬間、集った貴族の殆どは食われた(・・・・)と言っていいだろう。

 この部屋に集う貴族たちが纏う中世ヨーロッパを彷彿とさせる煌びやかな衣装に対し、奈菜は“アルトラ”で会ったときとまったく同じレディススーツ姿。上等な生地を使ったフルオーダー品と言えど、この部屋にいる他の面子の衣服と比べると価格が桁1つは劣るだろう。しかし胸の前で腕を組んで仁王立ちする彼女自身の存在感は、その程度の差を埋めてなお余る程の輝きを放っている。

 彼女と対峙してなお見劣りしないのは、かの青年も含めてわずかに数人。かろうじて腰が引けていないのでさらに10人といった所。今までの20年程度の付き合いで、奈菜と正面から組み会えるような人間など両手の指で足りるほどしか見たことのない少女(智之)からしてみれば、それだけの人材が集まっているというのは初めての光景だ。所詮井の中の蛙だったと言うべきか、やはり世界は広いというべきか。

「な、奈菜姉~……」

「あぁほらよしよし、後で説明したげるからちょっと落ち着いて静かにね」

 ただでさえ状況についていけず混乱していた所に垂らされた救いの糸に、緊張が決壊して思わず縋り付く少女。腰の辺りにしがみつかれた奈菜はその暖かく柔らかい感触に陶然とした表情を浮かべるが、それも一瞬でうちに隠し、少女を宥めるようにぽんぽんと頭を軽く叩く。

「ナガセ殿の連れだったか……」

「こんな可愛い子が私のものじゃない筈がないでしょう」

 そう言って簡単に少女(智之)の事を紹介する。その内容を聞いて思わず声を上げそうになった少女には小さく「黙って頷いてて」と合図を送りながら。

 青年――セナトゥス・パルラ・エクシリア侯爵は改めて挨拶をした後、わざとらしく顔を顰めてみせる。

「あながち君の台詞も間違ってはいないというのが癪だがね。まったく、君の周りは伝説のハーレム王もかくやの美女揃いじゃないか。少しはこちらにも分けて欲しいものだ」

 肩を落とし大げさに落胆してみせる喜劇役者のような仕草を見て奈菜はにやりと口角を釣り上げ、もっと褒めろとジェスチャーでアピール。侯爵という呼称が本当であれば上から2番目のクラスの貴族であるの青年と、能力容姿は規格外と言えどあくまで平民の筈の奈菜は妙に息が合っているようだ。


「女性を物のように言うのは感心しませんね、セナ」

「これは陛下。ご機嫌麗しゅう」

 それは少女(智之)の見立てで、奈菜と同等以上にやりあえるだろう数少ない1人。奈菜の後に続いて部屋に入ってきた壮年の女性がセナトゥスに声をかけると、大仰に膝をついて頭を下げる。彼に習うようにして他の貴族達も、椅子を立つと絨毯に膝をついた。

「僭越ながら申し上げますと、私がナガセ殿に分けていただきたいのはむしろその類まれな人脈と求心力ですね。女性相手に有効であればなお素晴らしい」

「ふふ、宮廷侍女の噂話で真っ先に名が上がるようなあなたがよく言います。……皆、顔をお挙げなさい」

 女王ラグラーナは降嫁した妹の息子に軽く微笑むと、居並んだ他の者達に席に戻るよう促す。改めて一礼した彼らが卓に戻るのを見送ると、自分も最奥、上座に腰を下ろした。それに合わせるように奈菜が末席に着席する。

「え? え?」

「あなたもこっちに来・な・さい」

 奈菜が狼狽える少女に手招きすると、女王と共に入室し部屋の隅に控えていた侍従らしき人物が、すかさず部屋の隅に寄せられていた椅子を彼女の隣へと並べる。

「ど、ども」

 ぎくしゃくと頭を下げる少女に目礼を返した侍従は無音で部屋の隅へと戻る。その洗練された動作に見とれたまま少女が席へ着いたのを見計らい、ラグラーナが口を開いた。

「さて、ナナ。あなたに爵位を与えるにあたり、領地の選定が必要になります。本来であれば任命と同時に領地も決まっているのが普通ですが、幸か不幸か我が国では十数年前の内乱で反乱貴族から取り上げた土地の大部分がまだ直轄地のまま。ただでさえ思いも寄らぬ技術で数々の恩恵を我が国にもたらしたあなたの事です。こちらで決めるよりも、むしろあなたの知識を活かせる立地を選ばせた方が良いかと思いました」

 異例といえば異例の発言である。それを聞いた貴族達も動揺を隠せず、にわかにざわめきが起きる。

「……貴方の事だから、きっと既に何か思いついているのでしょう?」

「えぇ、とびきり面白いことを」

 顔を見合わせて笑いを交わす2人の女傑に、口をはさもうとする者はいない。

 ラグラーナが目配せをすると、背後に控えていた侍従が大きな卓の上に地図を広げた。

「もちろん、直轄地であればどこでもと言うわけには行きません。よって些か婉曲ですが、いくつか候補を上げさせました」


 地図に刺されたピンが示すポイントは、いずれもが先の内乱以降10年以上も復旧の手が回らないまま、小さな村町が点在する程度な上に未だ火種が燻っているような土地ばかり。間違っても貿易拠点や経済が発展した大きな都市が含まれるわけでも、食料の生産量が多い土地が含まれているわけではない。王都を含む主要都市からの距離も、むしろ離れているといっていいくらいだ。

 それを見た大半の者は内心で胸をなで下ろす。女王の奈菜贔屓は日頃から疑われていたが、さすがに通例を無視するほどではない、と。挙げられた土地はいずれも伯爵位としては妥当。むしろ数字の上ではランクが低いとも言える。

 彼らにとって、突然に現れたかと思えばイカサマでもしているのではないかと疑わしい程の数々の功績を打ち立てた、言わば目の上のタンコブ。環境の整った王都でこれ以上の功績を上げさせるよりも、むしろ王都から遠く離れくたびれた領土の維持に振り回されていて貰った方が有難いというもの。

 しかし、一方セナトゥスを始めとした数人は、列挙された地名にわずかながら眉を上げる。

 内乱時の影響を受けた場所とは、つまり当時特に有力な貴族の所有領だった場所。現状では広範囲にわたって寂れているため目立たないが、立地的にも地力的にも決して劣る場所ではない。さらに言えば主要な都市から離れているということは、うまく発展させたならば近隣一帯の財が集まってくる場所とも言える。そうなると逆に、何も無いということが所有者の自由に開発できるというプラスに働くだろう。

 無論言うほど容易く開発できるのならば、今まで手付かずだったはずがない。実際には膨大な初期投資と開発期間を設けられる程の財力ないし技術力、何らかの人脈がないと成し得るものではない。

 だが相手はわずか1年足らずの期間でレグナート王国の魔法技術を他国より100年は先行させ、それによって傾きかけた財政も立て直したという常識外れの実績を持つ。その知識と発想は彼らの想像の外を行くのだ。その事を思うと、むしろ虎を野に放つことになりやしないかと不安を覚えてしまう。

 もっとも、ラグラーナはその懸念点については織り込み済みであった。

 実際彼女達(・・・)の能力は枷をつけるには惜しく、かといって煙たがられている新参者を他の貴族達よりも優遇することは後の火種の原因にもなる。よって形の上では僻地に飛ばしつつも、将来的には王国に大きな実りをもたらすであろうこの形をとる事に決めたのだった。


 奈菜がなかなか口を開こうとしない事からだんだん焦れてきたのか、大半の人間がどこかピリピリとした態度を示すが、彼女は意に介した様子はない。ただ勿体ぶるように、指先で机の上にトン、トンと軽くリズムを刻む。

 状況に殆どついていけてない少女(智之)の方が胃が痛くなりそうなプレッシャーの中、奈菜はそれを楽しむように小さく笑みを浮かべていた。

 少女は知っている。彼女は人を焦らすのが大好きであるということを。

「それでは1つ――」

 地図に視線を落とさないまま、口を開いた奈菜へと視線が集まる。

「――希望を申し上げてもよろしいでしょうか?」

 少女は知っている。彼女がこういう言い方をするときは、大体ロクでもない事を言い出すのだということを。

 すっと地図に手を伸ばした奈菜が、指先で軽く叩いた場所。釣られるように目で追った者はいずれも喉の奥で言葉にならない声を上げ、気でも狂ったのかと疑惑の視線を向けることとなった。

 邪魔にならないようにそっと少女が地図を覗き見ると、その白い指先が置かれているのは端の端。地図の見方が正しければ、根元を丸ごと山脈に塞がれた三角形の半島。まったく未知の文字のはずなのに、そこに書かれている文字は不思議と理解することができた。

「――死都“ウルバヌス”?」

 小さく読み上げ、その字面の不吉さに嫌な予感を覚えるが、奈菜は実に楽しそうに頷くのだった。

「"流刑地"レスキール半島一帯を丸ごと頂きたく思います」


「……ちょっと待ってくれ、ナガセ殿」

 いち早く立ち直り、沈黙を最初に破ったのはセナトゥスだった。

「何故よりにもよって"魔境"を――と言いたいところだが、その前にそもそもそこ(・・)は候補にも上がっていなかったようだが」

「特に問題ないでしょう? どなたかの管理下にあるわけでもない無法地帯。提示されたどの地域よりもさらに価値の低い一帯なのですから、伯爵位に対して過分という事はないと思いますが」

「それはそうだが……」

 セナトゥスは唸りながら腕を組む。

 確かに広大で未開拓の土地というのは、ある意味で魅力的である。しかしこの数十年、何人もの貴族や商人が手を入れようとして失敗、時に破滅してきた。それだけにレスキールという土地は不可侵――もちろん悪い意味で――というのが、この国の共通認識である。

 若くして爵位を継いだセナトゥスだが、先代である父や祖父母はまだ健在である。エクシリア侯爵領がかのレスキール半島の入口を塞ぐ形で広がっていることもあり、時折山脈を越えて流れてくる厄介事を散々聞かされたものだ。半島を蓋する山脈を門に例え、代々"門番"と呼ばれる彼ら一族は、噂以上にかの半島を警戒しているのだった。

「ナガセ殿は、ここの事は知っているのか?」

「書物に載せられている程度の情報であれば」

「まず、ピリシェー山脈で本土への道がほぼ塞がれているから、陸路は狭い山道が1本しかない」

「承知しています」

「海路は海路で、岩礁が多い上に海流が複雑で、安定した航海も困難だ」

「特に問題ありませんね」

「マナの吹き溜まりが多く、魔晶体――モンスターが本土とは比較にならない程に大量に発生する」

「むしろ好都合です」

「そういうわけで人里も無く、街と呼べるのはかつての都"ウルバヌス"だった廃墟のみ」

「最高ですね。言うことなしです」

 もしもこれが無知あるいは無謀から来る発言であったならばせめて思い直させようと考えていたセナトゥスだが、全てを承知の上でなお奈菜が希望するのであればこれ以上何かを言っても仕方ないと考え直した。

「……どうなさいますか、陛下?」

 打つ手なしと肩をすくめるセナトゥスに代わり、ラグラーナが厳かに口を開いた。

「ナナ。……ひょっとして、面白い事を企んでますか?」

 王を前にして「企む」という不穏な言葉にぎょっとする一同を尻目に、奈菜は満面の笑みで答えた。

「ええ、もちろん。とびきりのを」


本編とは関係ない話です。

鉈系武器大好きっ子であると自称してはばからない私ですが、調子にのってククリ刀を入手しました。

やばいです、この重量感。

全力で振ったら腕を持って行かれそうです。衰えてます。

そして思いました。

ファンタジーの人間は化物だ、と。


あ、ククリは台所の包丁ホルダーに収納してます。

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