幕間: 断金の交わり
私の名は周瑜 公瑾。
廬江の名門 周一族に連なる者だ。
自分で言うのもなんだが、いろいろな面で私は秀でている。
学問はおおいに得意だし、音楽にも長じている。
武芸だって、剣や弓の腕前は人並み以上だ。
おかげで同年代の者には、常に物足りなさを感じていた。
何をやっても私が一番になるし、周りはそれを当然のように扱う。
そんな状況で、もっと面白い人物が現れないものかと、漠然と考えていた。
するとある日、叔父上から指示を受けた。
「孫堅どのの家族を迎えに行くのですか?」
「うむ、彼は徐州で官吏をしているが、その武勇は本物だ。今のうちに誼を通じ、いざという時のために役立てたいと考えている」
「はあ……しかしなぜ私なのでしょう?」
「ああ、それは孫堅の嫡男が、お前と同い年らしいのでな。打ち解けやすいと考えた。他に手すきの者もいないため、行ってはくれんか」
「なるほど。そのお役目、仰せつかりました」
こうして私は使命を受け、孫堅の家族を訪ねた。
今は寿春に住む彼の家の門を叩くと、噂の嫡男が現れる。
「廬江周家から参りました、周瑜 公瑾です」
「ああ、手紙はもらっている。俺は孫策 伯符だ」
彼はたしかに私と同い年のようだが、なんというか存在感が大きかった。
目鼻立ちは整いつつも、骨太なたくましさが感じられる。
態度も堂々としていて、人の上に立つような頼もしさがあった。
めったにないことだが、私はひと目で彼を好きになる。
その思いが通じたのか、彼も友好的に接してきた。
おかげで交渉はトントン拍子に進み、彼の家族を舒に招くことになる。
それからは、孫策と一緒に行動することが増えた。
共に勉学に励み、音楽を奏で、武芸で汗を流す。
また人の集まる所に行っては、多くの人と交流を持ったりもした。
そんな楽しい日々だったが、それも唐突に終わる。
「知ってのとおり、親父が亡くなった」
「ああ、聞いたよ。実に惜しい人を亡くしたね」
孫堅どのが亡くなったと聞いてすぐ、彼から呼び出される。
何か弱音でも聞かされるかと思えば、その逆だった。
「……俺はいずれ、親父の息子に恥じない名声を手に入れるつもりだ。そして叶うならば、この江東に一大勢力を築き上げたいと思っている」
「ッ! なんて大それたことを……いや、孫堅さまの長子である、君ならではの大望か」
なんと、孫策がかの項籍のごとく、江東に覇を唱えたいとは。
以前であれば子供のたわごとで済まされる話だが、今ならまったくの夢物語でもない。
その後、おおいに興が乗った私たちは、夜遅くまで夢を語り合った。
それからしばらくすると、孫策は袁術の配下に収まり、実績を作りはじめた。
やがて廬江太守の陸康を攻めるという段になって、私にも相談が来る。
「周瑜、悪いんだが、陸康を説得できる人を連れてきてくれねえか?」
「彼を説得できる人なんて、いるのかい?」
「ああ、奴の甥っこで、陸遜てのがいるんだ。まだ若輩だが、脱出した陸家の人間をまとめてるらしい。そいつに事情を話して、陸康を説得させたい。頼めないか?」
「ふむ……君にしては迂遠な方法を取るんだね。てっきり力攻めで、落とすと思ってたのに」
「そうしたいのはやまやまなんだがな。それをやっちまうと、多くの名家を敵に回す」
「ああ、その可能性はあるね」
あの直情径行だった孫策が、ずいぶんと変わったものだ。
戦いの後の人脈まで、気にするようになったのだから。
しかし江東に覇を唱えるならば、決して見逃せない要素でもある。
「仮に陸遜を説得したって、陸康が素直に言うことを聞くとは思えないがね」
「ああ、それなんだが……お前の方でも何か考えてくれないかな。例えば利権を分けるとか、いざという時にケツを持つとかさ」
「それは周家の力を頼るってことだよね? でも私にそんな権限などないよ」
「いや、だからさ、そこをなんとか考えてくれよ。将来への布石だとかなんとか言って」
「君という男は…………分かった。これは大きな貸しになるからね」
「ああ、借りさせてもらうぜ」
まったく、とんでもないことに巻き込まれた。
しかしなぜだろう。
不思議とワクワクしている自分がいた。
こんな厄介事、普通なら即座に断るところだが、やりようはあると思う。
まずは叔父上に相談してみるか。
その後、なんとか実家と話をつけ、陸遜を説得に赴いた。
彼はたしかに聡明そうな少年だが、いかんせん若すぎる。
自分が尻拭いすることを覚悟しつつも、連れ出すことに成功した。
そして孫策に会わせたら、案の定、こっちにお鉢が回ってきた。
「そうは言ってもなぁ……おい、周瑜、なんかないか?」
「まったく、仕方ないね。私も陸遜に同行して、説得してみるよ」
「さっすが周瑜センセイ。よろしく頼むよ」
こんな時だけセンセイ呼ばわりとは、調子のいいことだ。
しかし事前に根回ししてあったので、陸康に交換条件を提示することができた。
なんとか交渉をまとめて戻ってみれば
「さすがは陸遜と周瑜だ。ご苦労だったな」
「まったくだよ。完全に君の戦だというのに、こんなに苦労させられるとは。これは大きな貸しだからね」
「ああ、今は借りておくぜ」
孫策は堂々と借りを宣言し、満足そうな笑顔を浮かべている。
まったく、小憎らしい。
しかし彼が、借りるばかりの人間でないことは、よく分かっている。
私が信頼するのと同じくらい、彼も信頼してくれている。
その結びつきは、金を断つにも十分であろう。
この”断金の交わり”をもって、この乱世に立ち向かってみるのも面白い。




