2.やっぱりこいつは天才だ(地図あり)
初平4年(193年)1月 揚州 廬江郡 舒
孫堅の訃報を聞いた俺は、呉郡にある曲阿で、葬儀をすることになった。
親父の出身地は呉郡の富春なんだが、曲阿に拠点を設けていたからだ。
しかし葬儀の前に、俺にはやることがあった。
「改めて話とは、なんだい? 孫策」
そう話しかけてきたのは、親友の周瑜だ。
そう、”赤壁の戦い”で奇跡の勝利をもたらすことになる智将、周瑜 公瑾である。
俺もゲームの中では、お世話になりました。
そんな彼は眉目秀麗、頭脳明晰と、歴史に語られるとおりの人物だ。
身体つきはほっそりとしているが、見た目以上に腕っぷしは強い。
年は俺と同じで、今年19歳(数え)である。
ちなみにわが孫家と違って、周家はバリバリの名門である。
その一族からは、太尉という総理大臣級の役職者が出ているし、他にも高位の役人を輩出している。
それに比べて孫家ときたら、祖先が何をやっていたかも分からないような、怪しい家系だ。
一応、三国志正史では、おそらく”孫子の兵法”を著した孫武が祖先だろう、なんて書かれているが、俺は違うと思う。
昔は海賊だったと言われても、俺はまったく驚かないね。
そんな周家がうちと親しくているのは、孫堅の武力に目をつけたかららしい。
この混乱した後漢末期、いざという時のために力を求めても不思議でない。
揚州出身で頭角を現しはじめた孫堅とつながりを持つため、家族ごと付き合うようになったのだ。
それはさておき、今日は大事な話をするため、彼を呼びだした。
「知ってのとおり、親父が亡くなった」
「ああ、聞いたよ。実に惜しい人を亡くしたね」
周瑜はそう言いながら、憂いを顔に浮かべる。
まったく、本当の色男ってのは、恐ろしいもんだ。
憂いの顔ですら、ひどく美しいんだから。
「ありがとうよ。それで俺は、曲阿に行かなきゃならないんだが、今後について相談したいと思ってな」
「今後とは、どういう意味だい?」
周瑜は怪訝な顔をしながらも、興味を示した。
そんな彼の瞳をまっすぐに見すえながら、俺は重大な決意を伝える。
「……俺はいずれ、親父の息子に恥じない名声を手に入れるつもりだ。そして叶うならば、この江東に一大勢力を築き上げたいと思っている」
「ッ! なんて大それたことを……いや、孫堅さまの長子である、君ならではの大望か」
周瑜は一瞬、狼狽したものの、すぐに納得の顔になる。
「笑わないんだな?」
「フフ、笑ってほしかったのかい? ちょっと驚いたけれど、いかにも君らしい話じゃないか。ところで孫堅さまの軍団は、今はどうなっているのかな?」
「ああ、たぶん従兄弟の孫賁がまとめて、袁術の傘下に収まると思う。呉景おじさんもいるから、それなりの勢力は残ってるはずだ」
「ふむ、やはりそうか……」
周瑜は思案げな顔で、しばし考えを巡らせる。
孫堅はわが孫家と、母方の呉家を中核にして、数千人の軍団を率いていた。
その中には程普や黄蓋、韓当などの有名な武将もいる。
「いずれにしろ、いくら君が孫堅さまの息子だからって、指揮権を取れるとは思えないね」
「まあそうだろうな。最初は孫賁や呉景おじさんと、一緒にやらせてもらうぐらいがせいぜいだろう。いずれ主導権を握りたいとは、思ってるけどな」
「はたしてそう上手くいくかな? だけどまあ、何もないところから始めるよりは、よほどいいだろう。それで君は、私に何を望むんだい?」
楽しそうに笑う周瑜に対し、俺もニヤリと笑って返す。
「俺の計画を少しでも進めるため、助言をしてくれないか? そして叶うなら、一緒に戦ってほしい」
すると周瑜は大仰に手を振り上げて、驚いたふりをする。
「おお、なんてことを。私に戦争を手伝えってのかい?」
「そんな楽しそうな顔で、何いってんだ? 元々、興味があったんだろ?」
「フフ、敵わないな。とうに見透かされてたか」
「当たり前だ。何年つきあってると思ってんだ」
そんなたわいないやり取りをしていると、急に周瑜が表情を引き締める。
「正直に言って、今の君には足りないものばかりだ。多少は名が知られているとはいえ、なんの実績もないんだからね」
「ああ、そのとおりだ。だからといって動かなければ、何も始まらない」
一応、俺たちは、この界隈で名のある人々と親交を持ち、英邁闊達という評判を得ている。
しかしそれは家や親の威光もあってのもので、それが失くなった俺は、自ら動かねばならない。
そのための効率的な助言を、周瑜には期待していた。
「そうだね。君が孫堅さまの後継と認められるには、まず武名。そしてそれを支える家臣団が必要になる。さらに言えば、物資面で君を支えてくれる、後援者も欲しいところだね」
「ふむ……まずは武名か。手っ取り早いのは、袁術の下で武功を積み上げることだな。部下や支援については、その過程で付いてくるだろう」
「何を言ってるんだい、孫策。そんな志の低いことで、どうするんだ。袁術なんかに頼っていては、都合よく使いつぶされるだけだよ。君自身の部下や後援者を、広く求めるんだ」
「おいおい、簡単そうに言ってくれるがな。そう都合よく、人材や後援者が見つかるもんかよ」
すると周瑜はため息をつきながら、諭すように言う。
「はぁ。それこそ何を言ってるんだい。仮にも孫堅さま以上の名声を求めるなら、もっと大きな視点を持たないと。やるからには江東、いや揚州を切り取るぐらいのつもりでやるんだ」
「よ、揚州を切り取るだなんて、いきなり無茶を言いやがるな」
「無茶も何も、江東に覇を唱えるってのは、そういうことさ。それとも誰かの下で、一生を終わるつもりなのかい?」
「ブホッ……そ、それはだな」
その鋭い突っこみに、思わずうろたえてしまった。
たしかに一大勢力を築きたいとは言ったが、話が広がりすぎだ。
どう言おうかと迷っていると、周瑜はさらに話をふくらませる。
「これだけ世の中が乱れきっているんだ。半独立の王国ぐらい、打ち立てたっていいだろう。かの項籍公は江南から兵を発し、秦を打ち倒して、”西楚の覇王”と号したそうじゃないか」
「こ、項籍って、話が大きすぎだぜ……だけどやるからには、それぐらい目指してもいいのか?」
項籍とは、一般には項羽として知られる英雄だ。
秦の始皇帝の没後に兵を起こし、劉邦と覇権を争ったのは、有名な話である。
最終的に劉邦に敗れはしたが、その鮮烈な生き様は男の憧れであり、江南の民には愛着のある名でもあった。
ちなみに後世で孫策は、”江東の小覇王”と呼ばれたりするが、これは覇王の再来みたいな意味合いだ。
つまり孫策は項籍の後継者、という見方をされたってことで、あながち筋違いでもない。
江東を制しただけで、早死にしちまったけどな。
「そう。それほどの権勢を手に入れるには、武勇だけではダメだ。先を見すえた戦略を持ち、それを支える体制を作らないとね」
「そう、だな。たしかにお前の言うとおりだ。ただガムシャラに動いても、先の展望がなければ、犬死にになりかねない」
周瑜の助言をかみしめた俺が、それを認めると、彼は目を丸くして驚いた。
「どうしたんだい、孫策。今までの君なら、そんなのはやってみなけりゃ分からないとか言って、反発しそうなものなのに」
「失敬だな、お前は。俺はそんな、猪武者じゃねえぞ」
「いいや、今までの君なら、絶対にそう言ってたね……察するに、孫堅さまの死で、少しは考えが変わった、というところかい?」
「うん……まあ、そんなとこだ。あれだけ勇猛を誇っていた親父が、あっさりと逝っちまったんだぜ。そう思ったら、ちょっと怖くなってな」
「フフフ、それはいい傾向だ」
内面の変化を指摘されて焦ったものの、うまいこと言い訳ができた。
実は中身は1800年も先の未来人で~す、なんて言ったら、正気を疑われること間違いなしだからな。
おそらく周瑜にとっては、今の俺ぐらい分別がある方が、望ましいんだろう。
おかげでいい方向に、勘違いしてくれた。
「そ、それじゃあさ、もしもこの揚州に勢力を築くとしたら、どうすればいいと思う?」
「う~ん、そうだねえ……基本的には、長江という天然の要害を利用して、江東に地盤を築くべきだろう。それだけで独立性の維持が、何倍も楽になる」
「江東……つまり丹陽郡と呉郡だな」
「ああ、もちろんいずれは、会稽郡や豫章郡にも、勢力を伸ばしたいがね」
さすがは周瑜。
後の孫策が実現することを、早くも構想していやがる。
しかもそこまでは史実でやれていたんだから、大いに現実味がある。
やっぱりこいつは、天才だな。
するとそんな空気を察したのか、彼がからかうように言う。
「私としては、ずいぶんと風呂敷を広げたつもりなんだけど、案外おどろかないんだね?」
「ああ、もちろん現状ではただの大風呂敷だな。だけど俺とお前が力を合わせれば、なんとかなると思わないか?」
「フフン、いいね。なんだか急に楽しくなってきたよ。君とこんなことを、語り合うようになるとはね」
「だけど本番は、これからだぜ」
「ああ、そうだね。何もかも、これからだ」
興が乗った俺たちは、その晩おそくまで夢を語り合った。




