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それゆけ、孫策クン! 改  作者: 青雲あゆむ


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幕間: 士は己を知る者のために

【魯粛】


 孫策さまから、新たな仕事をもらった。

 それは孫軍団の諜報網を強化しろと言うものだ。

 現状の名家めいか中心の情報網だけでなく、商人の情報網も利用したいらしい。


 それを言うのはたやすいが、成すのは非常に難しいことだ。

 しかしこれが成れば、まちがいなく我が軍の強みになるだろう。

 あのお歳で、これほど情報の重要性を理解しているとは、大したものだ。


 そもそも孫策さまとは、出会いからして異様であった。

 私が田舎でなんら名声を得られず、くすぶっているところへ、ふいに訪ねてきたのだ。

 江都で噂を聞いたというが、私の評判が江都に届いているとは思えない。


 仮に届いていたとしても、それは好ましいものではないだろう。

 ”魯家の放蕩息子”

 ”戦狂いの田舎者”

 おそらく、そんなところか。


 しかし孫策さまは、私を馬鹿にする素振りを一切見せなかった。

 それどころか、まるで高名な賢人にでも接するかのように、語りかけてきたのだ。

 彼は亡き父親の夢を語り、自身もそれを目指したいと言う。

 江東に地盤を築き、天下に向けて覇を唱えたいのだと。


 なんと、なんとうらやましく、まぶしい生き様であろうか。

 叶うならば私も、そのような夢に生きてみたい。

 全身全霊をもって、そのような大事に当たりたいと、心の底から思った。


 結果、私はよく考えもせず、彼の夢に協力させて欲しいと、願い出ていた。

 我ながら、まるで子供のようだと思うが、あの時の決断に悔いはない。


 なぜなら彼から約束を取り付けた後、周囲の景色が一変したからだ。

 それまで大した目的もなく、灰色のようだった世界に光が差し、きらびやかな色彩が生まれた。

 おお、世界はなんと驚きに満ちていたのだろうか。


 こうして私は人生に目的を見出し、実家の水運業にも参加するようになった。

 それはひどく母親を喜ばせたが、まさかそれが戦争に参加するためのものだとは、思ってもいなかったろう。

 母よ、親不孝な私を許してほしい。


 その後、私は従順に家業を手伝いながら、人脈を広げ、情報を集めた。

 中原では相も変わらず、愚か者どもが争っているらしい。

 漢王朝という、なかば壊れかけた器を守る者と、それを壊そうとする者。


 それらが入り混じって、争い合っているのだ。

 いかに広大で豊かな中原であろうとも、それでもつはずがない。

 この国にはそれらを統制する、絶対的な存在が必要なのだ。


 今までは漢王朝がそれを担ってきたが、もう先は長くないであろう。

 今までも易姓えきせい革命という名目で、その器は替わってきたのだ。

 漢王朝にしがみつく必要性なぞ、あるはずもない。


 しかしこの広大な中華をまとめ上げるというのは、想像を絶する難事である。

 はたしてそれが、孫策さまに可能であろうか?

 いや、それは今かんがえても、詮なきこと。


 まずは江東に地盤を築き、荊州まで支配下に置けば、その目は見えてくるだろう。

 それからのことは、その時に考えればよい。

 そのためにも諜報網を確立し、中原の情報も集めるべきだ。


 やることは山積みだが、心は沸き立っている。

 何よりも欲していたものを与えてくれた孫策さまに、この命を預けよう。

 その昔、”士は己を知る者のために死す” と言った刺客も、このような気分であったのかもしれんな。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


【陸遜】


 孫策さまは、不思議なお方だ。

 最初の出会いは、廬江だった。

 ふいに周瑜さまが私を訪ねてきて、叔父おじを説得して欲しいと言われたのだ。


 たしかに叔父は袁術の手勢に攻められ、籠城していると聞いていた。

 そんな叔父に降伏を促すため、甥の私を頼るのも、分からないではない。

 しかし一方的に攻めておいて、私が素直に言うことを聞くとでも、思ったのだろうか。

 そんなことを遠回しに言えば、周瑜さまが真剣な顔で説く。


”今のままではいずれ、孫策は城を落とし、陸康どのの首を取らねばならなくなる。しかしそれは江東にとって大きな損失であり、可能であれば避けたいものだ。孫策は何よりも、陸家のような名族と対立したくないと考えている。私たちは同じ、江東の民だからね。仲間同士でいがみあっていれば、外部の勢力につけ込まれる。もし君が陸康どのを説得してくれれば、そんなこともなくなるのだが、どうだろうか?”


 最初、何を言っているのか、理解できなかった。

 たとえ江東人同士であっても、人は争い、奪い合うものだ。

 みんなで仲良くできるに越したことはないが、そんなものは夢物語であろう。

 私がそう言えば、周瑜さまは遠くを見るような目で、夢を語った。


”たしかにそうかもしれないが、最初から諦めていては何もできないよ。私と孫策は、この地に独立した勢力を築きたいと思っているんだ。江東人のためのね”


 他の人が言えば、”何を世迷い言を”と笑いたくなる話だが、私は笑えなかった。

 そして周瑜さまが、いかに孫策さまを大事に思っているのかも、伝わってくる。

 あの周瑜さまにここまでさせるなんて、どんな人なのか、と興味がわいた。


 そこで叔父を助けるという名目で舒県へ向かい、私は運命と出会う。


「り、陸遜です。はじめまして」

「ああ、はじめまして。俺が孫策だ。よく来てくれたな」


 孫策さまはまだお若く、その風貌ふうぼうは涼やかなものだ。

 しかしその眼差しには落ち着きがあり、歴戦の将たる風格があった。

 それでいて私のことを侮らず、一人前の男として扱ってくれる。


 そんな彼に接するうちに、私は叔父よりも、孫策さまの期待に応えたいと思うようになっていた。

 陸家の男としては、あるまじきことであっただろう。

 しかし結果的に私は、叔父の説得に成功し、孫策さまの夢に貢献することができた。


 そして事態が一段落したところで、改めて彼の夢について訊ねてみた。


「独立政権とかそんなこと、本当にできると思ってるんですか?」

「さあな、それはやってみなけりゃ分からねえさ。だけどな、できないできないって言ってたら、何も始まらないだろ?」

「そう、かもしれませんね…………もし、もし私が望めば、その企てに加えてもらうことは、できますか?」

「もちろんだ。今回は世話になったし、陸遜は有望そうだからな。今すぐは無理だが、いずれ参加してもらえると嬉しい」

「はいっ、よろしくお願いします」


 孫策さまに認めてもらえたことが、何よりも嬉しくて、思わずうなずいていた。

 人をその気にさせるのが、なんと上手い人であろうか。

 しかし史記にいわく、”士は己を知る者のために死す”とある。

 己を正しく評価してくれる人のためになら、命を懸けられるのではないだろうか。

”士は己を知る者のために死す”

史記 刺客列伝に出てくる言葉です。

けっこう好きなので使ってみました。

史実の孫策も魅力的で、多くの人をひきつけたらしいので、ピッタリかと。

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