１２．未来のスパイマスター
今週も土日は２話ずつ投稿します。
興平２年（１９５年）１１月 揚州 呉郡 曲阿
呉景、孫賁、周瑜が寿春へ戻る一方、俺が呉郡の制圧に掛かろうとしていたら、袁術から新たな指示が届いた。
「呉郡は朱治どのに任せて、会稽を攻めよと？」
「ああ、袁術がそう言ってきやがった」
袁術の野郎、またもや呉郡太守の話を反故にして、会稽郡を攻めろと言ってきた。
代わりに朱治を呉郡太守に任命し、彼にその制圧を任せたいと言う。
まあ、史実の流れと一緒なんだが、味方の認識を揃えるため、主だった人間を集めて会議を開くことにした。
出席者は張昭、張紘、黄蓋、程普、朱治。
さらに最近きたばかりの、魯粛と陸遜も加える。
朱治は孫堅に仕えていた古参で、今年４０歳になる男だ。
彼は袁術に気に入られるほど優秀で、呉郡の都尉を務めていたのだが、劉繇の支配下では閑職に回されていた。
しかし劉繇が逃亡したので、晴れて孫軍団に合流したわけだ。
そんな彼が俺に問う。
「ふむ、それで若はどうするのですかな？ 袁術さまの指示は無視しますか？」
「いや、最初はそう思ったんだが、今は受けてもいいと思ってる」
「ほう……その心は？」
「袁術とはまだ決裂したくないってのもあるが、呉と会稽を同時に攻めるのも、効率的で悪くないと思ってな」
すると黄蓋がニヤニヤ笑いながら、口を挟む。
「フフフ、まだ、決裂したくないのですな？」
「ああ、今はまだ、だ」
「うむ、うむ。先のことは分からんからのう」
すると程普もヒゲをしごきながら、ウンウンとうなずいている。
どうやらこの２人は、袁術から独立するのに大賛成って雰囲気だ。
黄蓋は朱治のさらにひとつ上、程普に至っては４つも上のおっさんたちである。
俺の考えていることなど、とうにお見通しであろう。
ここで朱治が、大事なことを指摘した。
「しかし若。下手に兵を分けては、どちらも取り損ねるかもしれませんぞ。なにしろ呉郡には許貢、会稽郡には王朗が、それぞれ勢力を張っております」
「たしかにその可能性はあるが、新たな兵も増えつつある。朱治には４千ぐらい預ければ、呉郡はいけないかな？」
「う～む、４千ですか。まあ、なんとかなるでしょう」
俺が曲阿に入ってからは、領民の慰撫に努めていた。
その手法とは
１．兵士に略奪・暴行はさせない
２．劉繇の部下でも、降伏した者は罪に問わない
３．孫軍団に加わりたい者がいれば、その家族には税金を免除する
といったものだ。
これらを周知させることによって、元劉繇軍の兵士も集まってきて、その数は８千人ちかくなった。
ただし元々、呉景と孫賁が率いていた兵は寿春へ帰ったので、総勢は差し引きで１万とちょっとになる。
そのうちの４千人を朱治に預け、残りの６千人強で、会稽を攻める算段だ。
「黄蓋と程普は、俺の下で部隊を率いてくれ？」
「了解じゃ」
「フハハッ、腕が鳴るのう」
淡々と受ける黄蓋に対し、程普は意気盛んといった感じだ。
程普って、史実で周瑜と張り合ったりしてるけど、やっぱり野心的なのかな。
味方の和を乱さないよう、気に留めておこう。
「張紘と張昭は、支配地の面倒を見つつ、後方支援を頼む」
「かしこまりました」
「お任せくだされ」
後に”江東の２張”と呼ばれるほどの２人は、鷹揚にうなずいた。
彼らも４０歳前後の大先輩だが、落ち着いてるせいか、さらに上に見える。
正論をもってコンコンと説教する彼らには、さすがの俺も頭が上がらない。
（特に張昭）
しかしその実務能力は確かなものであり、今後の国造りには欠かせない人材だ。
「陸遜は俺に付いて、勉強してもらえるか」
「はい、がんばります」
未来の大将軍である陸遜も、まだ数えで１３歳に過ぎない。
なのでしばらくはそばに置いて、軍略を学んでもらうことにした。
そして最後に魯粛に声を掛ける。
「それで魯粛には、諜報網の構築をお願いしたいんだ」
「ほう、諜報網ですか」
「ああ。ある程度は周瑜が作ってくれたんだけど、それは名家の伝手を頼ったものだ。俺はそこに、商人の力を合わせたいと思ってる」
「なるほど。私の実家の伝手に期待してのことですな」
「ああ。もちろん魯粛の能力にだって、期待している。金は好きなだけ、とは言えないけど、できるだけ用立てるよ」
劉繇との戦いでは、周瑜からの情報が実に役に立った。
彼の場合は、叔父の周尚が丹陽太守だったというのもあるが、実家を中心とした名家ネットワークを駆使したらしい。
それはそれで有用だったが、やはりそれだけでは弱い。
俺はそこに、商人のネットワークを加えたいと思っていたら、ちょうどそこへ魯粛が来てくれた。
彼の実家は水運で財を成した豪商だから、うってつけだ。
もちろん魯粛の能力自体も、それに堪えると信じている。
彼には後世で、”孫呉のスパイマスター”と呼ばれるような存在になって欲しい。
「その任、つつしんで承りましょう……しかし、さすがは孫策さまですな」
「さすがって、何が？」
「そのお歳で、早くも情報の重要さを理解しておられることです」
「そりゃあ、これまでにさんざん、周瑜の情報に助けられたからな」
「それはそうでしょうが、普通はそこで止まってしまうものです。お金を使ってまで商人の力を借りようとは、なかなか思いません」
魯粛がそう言えば、張紘や張昭、陸遜も、なるほどと感心している。
黄蓋や程普でさえ、そんなものかといった感じだ。
俺は照れ臭さを感じながらも、思ったことを伝える。
「俺も今では、大軍を指揮する身だからな。少しでも味方の損害を減らせるなら、なんでもやるさ。いずれは敵地で情報を集めるような密偵も、育てたいな」
「おやおや、それではまた金が掛かりますな」
張昭が茶化すように言うので、苦笑しながら返す。
「それで味方の損害が減らせるなら、安いもんだ。情報こそが俺たちの未来を左右するってことを、みんなも肝に銘じておいて欲しい」
「なるほどのう。槍を振り回すだけでは、いかんか」
「フハハッ、そうじゃぞ。少しは頭を使えい」
「抜かせ、お前も大して変わらんじゃろうに」
「そんなことはない」
黄蓋と程普のやり取りに笑いながら、会議はお開きとなった。
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ハロー、エブリバディ。
孫策クンだよ。
会稽攻めの準備が整うと、俺は南進を開始した。
その一方で、ひと足先に動いていた朱治は、呉郡南端の銭唐を平らげると、その北東にある由拳へと向かった。
なぜならここには呉郡太守の許貢が、軍を集結させていたからだ。
この許貢とは元の太守を追い出して居座った、なかなかの武闘派である。
まあ、ほとんどヤクザみたいな存在で、大勢の食客を囲っているらしい。
腕っぷしに自信があるので、俺たちにも正面からケンカ売ってきたわけだ。
それに対するは、歴戦の勇士である朱治だ。
朱治って、三国志のゲームだと雑魚っぽいけど、けっこう優秀なんだよな。
軍の指揮を執らせても一流だし、後方支援もそつなくこなす。
おまけに呉郡での勤めも長いから、地理にも精通していた。
そんな朱治が、ヤクザ崩れの許貢になんか負けるはずがない。
あれよあれよという間に敵軍を打ち負かし、許貢は南へ落ち延びていったそうだ。
これにて呉郡平定、終了！
ワ～ワ～ワ～、パチパチパチ～。
えっ、それで俺は何をしてるかって？
実はまだ、会稽に入れてないんだ。
