１０．やっぱり当たるのかよ！
興平２年（１９５年）７月 揚州 丹陽郡 秣陵城
見事に秣陵城を奪取した俺たちだが、まだまだ安心には程遠い。
秣陵の南には窄融が陣取っているし、呉郡の曲阿には本命の劉繇がいる。
しかも曲阿では、北岸から逃げ帰った樊能らが軍を再編し、じきに反撃に出ると見られていた。
やがて周辺の動きを探っていた周瑜から、報告がもたらされる。
「樊能の軍が動きだしたよ。およそ５千の兵士が、船で長江を上っているそうだ。おそらく牛渚砦の物資を、取り返しにくるんだろう」
「よくやった、周瑜……しかし歴陽が攻められる可能性もあるんじゃないか？ 敵の狙いが分かるまで、様子を見るのも手だな」
「いや、ろくな拠点もないのに、北岸を攻めたりはしないさ。十中八九、牛渚を攻めるから、近くに兵を潜ませておくんだ。そして敵が砦に攻めかかったら、前後から挟み撃ちにすればいい」
「う～ん……仮に歴陽が攻められたら、どうする？」
「別にどうもしないさ。すでに北岸からの補給に頼ってるわけでもなし、その時は丹陽の攻略を進めればいい」
「ん～……それもそうか。よし、その方針で行こう」
「了解」
かくして俺たちは、樊能との再戦にのぞむこととなった。
牛渚の近くで待ち受けていると、周瑜の予想どおり、敵が砦に攻めよせた。
しかし砦には千人の兵を配置しているので、そう簡単に落ちはしない。
そして敵の注意が砦に向いているところへ、俺たちが背後から襲いかかった。
「放てっ！」
背後から多数の矢を浴びせてやると、敵が大きく動揺した。
さらに矛や剣を持った兵たちが、蛮声を上げて突っこんでいく。
敵も決して弱兵ではなさそうだが、戦慣れした我が軍の勢いは止められない。
まず黄蓋、程普、韓当たちが、数百人の兵を指揮して暴れまわる。
みんな４０歳を超えてるはずなのに、まだまだ元気なものだ。
それから最近、見出した蒋欽、周泰、陳武といった若者もがんばっていた。
こいつらは歴史に名が残るだけあって、腕っぷしが強くて、兵の指揮もできる。
さらには先日、投降したばかりの凌操も、ブンブンと矛を振り回して、大活躍していた。
この調子で彼らが育てば、孫軍団はもっともっと強くなるだろう。
そんな未来を思い浮かべながら、指揮を執っていると、周瑜がからかうように言う。
「ずいぶんと楽しそうじゃないか」
「ん？ まあな。自分たちが勝っているってのは、悪くない気分さ」
「そうだね。だけどいかにも将らしい君の振る舞いに、改めて驚ろかされるよ」
「そうか？ だいたいこんなもんだろ」
「いいや、以前の君だったら、間違いなく前線で槍を振るっているさ。本当に君は変わったんだね」
「まあな。俺なりに考えてるのさ」
俺の頭の中では相変わらず、ソンサクが暴れたがってるんだがな。
それを抑えるのにもいいかげん、慣れてきた。
そうこうしているうちに、敵の陣形が崩れて、敗走が始まった。
「どうやら勝ちは決まったようだ。しかし敵はまだまだ残ってる。気を引き締めないとな」
「フフフ、油断がないようで、何よりだよ」
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興平２年（１９５年）７月 揚州 丹陽郡 秣陵南側
樊能の軍勢を撃破すれば、郡内の有力な敵は、秣陵の南に陣取る窄融のみである。
そこで俺たちは丹陽郡を手に入れるため、総攻撃を仕掛けた。
「突撃～っ！」
「「「おお～っ！」」」
窄融がこもる砦に、味方が一斉に襲いかかっていく。
敵は弱兵だが、なにしろ数が多いし、守りに徹すれば時間を稼げる。
対するこちらは、練度は高いものの、やはり防壁に手こずった。
敵も必死なので、一進一退の攻防がしばらく続く。
おかげで最初は後方で監督していた俺も、いつしか前へ出すぎていたようだ。
「ぐあっ！」
「孫策、大丈夫か？！」
ほんのわずかな隙を突いて飛来した矢が、俺の左肩に突き刺さった。
普通ならまず届かない位置だったのに、たまたま風に乗ったのだろう。
しかもピンポイントで鎧の隙間に当たるとは、なんて不運だ。
苦鳴を上げて倒れる俺に、周瑜がすぐさま駆けつける。
しかし俺は痛みをこらえながら、指示を出した。
「騒ぐな！ 生命に別状はない。それよりも、前線に一時撤退の指示を出すんだ。そして俺が死んだって噂を流せ」
「こんな時に何を言って……そうか、敵をおびき出すんだね？」
「そうだ。とんだヘマをしちまったが、これは使える。より少ない犠牲で、砦を落とせるだろう」
「分かった。すぐに指示を出そう。だけど本当に、大した傷ではないんだね？」
「ああ、かすり傷みたいなもんさ。とにかく頼む」
「了解」
周瑜は心配そうにしながらも、テキパキと指示を出していく。
やがて味方は勢いを弱め、おもむろに撤退をはじめた。
俺も仲間に守られながら、戦場を後にする。
窄融との戦で孫策が傷を負うのは、史実でも知られていることだ。
流れ矢に当たった孫策は、それを逆手に取って敵をおびき出し、大勝利を飾ったという。
しかしあえてケガなんかしたくなかったので、俺は前に出ないよう心がけていた。
それなのに、やっぱり矢が当たるのかよ。
これが歴史の修正力ってやつだろうか？
こうなったら、史実のように動いて、敵をおびき出すしかない。
ああ、くそ。
それにしても、いてえなぁ。
結果的に、窄融はまんまと策に引っかかった。
孫策が死んで、撤退を始めたと思った敵は、ノコノコと砦を出て追撃してきたのだ。
しかし俺は健在であり、指揮系統も乱れていなかった。
そのうえで伏兵を潜ませて挟み撃ちにしたら、面白いように蹂躙できた。
しかしこれによって大打撃を受けた窄融は、またまた砦に閉じこもってしまう。
そこで我が軍は砦を囲み、しきりに脅しをかけることで、敵の不安をあおってやった。
「孫策の手際を見たかっ！ うちの大将は、自分のケガでさえ有利に変えるぞ！」
「もうすでに薛礼も樊能も討ち取った！ 援軍は来ないぞ！」
その効果はてきめんだ。
敵軍の兵士は恐れおののき、夜陰に乗じて逃走する者が続出する。
結果、窄融はさらに堅く閉じこもったので、俺はここで交渉を持ちかけた。
砦を明け渡すのであれば、命までは取らないと言ったのだ。
すると窄融はよほどブルっていたのか、スゴスゴと曲阿の方へ逃げていく。
かくして丹陽郡の支配権は、俺たちの手に転がりこんだ。
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興平２年（１９５年）９月 揚州 丹陽郡 秣陵城
その後、秣陵城で兵を再編しつつ、改めて丹陽郡の統治を進めていった。
行政面では周瑜の叔父である周尚が、郡太守として仕事をしてくれている。
おかげで俺は、郡内にいる残敵の掃討に専念することができた。
すでに湖孰、江乗などの県は制圧し、敵の本拠地である曲阿は、目と鼻の先だ。
それと並行して、我が孫軍団の増強にも取り組んでいた。
旧劉繇軍の兵士にも税金の軽減をエサに、参加を促している。
また軍団の幹部として、江都から張紘と張昭を呼びよせ、さらには魯粛や陸遜にも声をかけていた。
張昭といえば、張紘と共に俺を支えてくれた能吏だ。
ここに魯粛と陸遜という、孫権を帝位に押し上げた配下が加わるのだ。
今後の江東制圧は、よりスムーズに進むであろう。
とはいえ、窄融との戦いでは痛い目をみたばかりだ。
親父みたいな討ち死にはしないよう、気を引き締めないとな。
