8.江東を守ろうぜ!
興平2年(195年)5月 揚州 九江郡 歴陽
叔父たちに合流してまもなく、さらに頼もしい援軍が現れた。
「やあ、孫策。いよいよ一緒に戦えるね」
「ああ、周瑜。よろしく頼むぜ」
そう、無二の親友である、周瑜が駆けつけてくれたのだ。
彼は丹陽郡太守 周尚の代理という立場で、丹陽で募った2百人ほどの手勢を率いていた。
食料や武器も持ってきており、その点でも非常に助かる存在である。
しかし周瑜としては不本意らしく、珍しく愚痴をこぼした。
「敵側に船を押さえられていて、大した物を持ってこれなかったよ。こんな状況では、君たちも身動きがとれないんじゃないかい?」
「ああ、それについては考えがあるんだ。ちょっと来てくれ」
「ほう、ちゃんと対策を考えていたとは、さすがだね」
「そんな大したもんじゃないけどな」
そんな話をしながら、周瑜を味方の宿営地へ連れていく。
たどり着いた先では、大勢の男たちが、作業に勤しんでいた。
「む、これは……そうか、蒲や葦でイカダを作ってるんだね」
「へへへ、そうさ。ま、これも徐琨のおかげなんだけどな」
「いやいや、たまたまこういうのに、詳しかっただけですよ」
そう言って謙遜するのは、徐琨という男で、俺の従兄弟に当たる人物だ。
蒲や葦のイカダについては、史実で彼が献策したことを知っていたので、何気ない風を装って相談してみた。
そしたら期待どおりの答えを返してくれたので、蒲や葦を刈り取って、イカダ製作に勤しんでいるわけだ。
こういう点は、歴史の知識があると実に便利だ。
そしてそんな現場をちょっと見ただけで、俺の意図を読み取った天才が、今後の計画について問う。
「これで兵の移動はどうにかなるとして、今後はどんな作戦を考えているんだい?」
「まずは周辺の敵を川向こうへ叩き出してから、こちらも長江を渡る。その先は情勢次第なんだが、南岸の情報はあるか?」
「ああ、おおまかな敵の配置と、兵糧の保管場所ぐらいは調べてあるよ」
「さすがは周瑜。それじゃあ、準備が整い次第、襲撃を掛けるとするか」
「フフ、いよいよだね」
「ああ、いよいよだ」
これからの戦が、俺たちの未来を大きく左右する。
そんな思いに胸を膨らませながら、俺たちは獰猛な笑みを浮かべていた。
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興平2年(195年)6月 揚州 九江郡 当利江
「敵襲~! 奴ら、河から来やがったぞ。すぐに兵を回せ!」
深夜、敵の拠点から見張りの声が上がった。
千人を超える孫軍団の勇士たちが、蒲と葦のイカダに乗って、長江から上陸したのだ。
もちろん俺と周瑜も同行し、指揮を執っている。
「撃ち方やめっ! 斬り込み隊は前に!」
「「「おうっ!」」」
最初の弓射攻撃が一段落すると、剣や矛を持った男どもが前に出る。
彼らはその勢いのまま、敵に斬りかかっていった。
敵が動揺しているせいで、味方が圧倒的に優勢だ。
この調子なら、このまま押し切れるだろう。
そんな様子を、ちょっと引いたところで見ていると、周瑜が話しかけてきた。
「君は真っ先に斬りこむものと思っていたのに、けっこう意外だったね」
「はあ? この状況で、そんなことしねえよ」
「いやいや、それをやるのが孫策だろう」
「うるせえ……さすがに孫堅の話を聞いてから、ちょっとは自重してんだ」
「ああ、なるほどね」
周瑜はあっさり納得してくれたが、これは掛け値のない本音である。
しかしその一方で俺の中では、ソンサクの自我が騒いでいた。
俺の脳内では今、こんな衝動が渦まいていると思って欲しい。
「おら~、突っこめ~、ぶっ殺せ~! どりゃ~、うが~、クソが~、死ねや~!」
もう、ほとんど猛獣だな。
もしも俺が憑依してなかったら、間違いなくこの体は先頭に立ち、敵に突っこんでいただろう。
そんなことするから、孫堅も孫策も早死にするんだっつ~の。
一方で現代人のオレの意識は、冷徹に戦場を眺めていた。
ともすると戦場の熱気に当てられ、冷静さを失いかねないが、頭の中で騒ぐ奴がいるせいか、逆に冷めている。
おかげで数的に劣勢でありながら、有利な状況を作れていた。
そうして敵を翻弄しているうちに、もう一つの仕掛けも発動する。
「う、後ろからも敵だ~!」
敵の背後から、味方の軍勢が現れたのだ。
今回の作戦は、少数精鋭の部隊がイカダで長江側から攻撃を仕掛け、混乱させるのが肝だった。
そして敵の意識がすっかり長江側に向いた頃合いで、呉景・孫賁の部隊が、陸側から奇襲するという筋書きだ。
その狙いは見事に図に当たり、敵の混乱がさらに広がる。
おかげで張英の部隊は三々五々に逃げ散って、1時間ほどで大勢は決した。
やがて呉景と孫賁が、俺の前にやってくる。
「いやはや、見事な勝利だな。あれほど手こずっていたのが、嘘のようだ」
「チッ、あまりおもしろくはないが、お前の力量は認めねばならんな」
「いやいや、みなさんが指揮に従ってくれたおかげですよ」
何を隠そう、今回の総指揮官は俺だった。
そもそも袁術から援軍を頼まれた時点で、しかるべき役職をおねだりしていたのだ。
そうでもしないと、指揮権の問題で揉めて、結果を出せないと思ったからな。
すると袁術は気前よく、俺を折衝校尉、殄寇将軍に任命してくれた。
これは呉景や孫賁よりも高位になるため、全軍の指揮権を俺が持つことになる。
まあ、袁術が勝手に与えた役職なので、よそではクソの役にも立たないけどな。
とはいえ、いくら指揮権があっても、将兵が素直に従ってくれるかどうかは別問題だ。
孫堅亡き後の孫軍団をまとめてきたのは呉景と孫賁だったし、俺は20歳そこそこの若造に過ぎない。
しかし袁術の下で何回か戦闘をこなすうちに、多少は武名が高まった。
さらには周家が後ろ盾につき、蒲と葦のイカダを提案したこともあって、本格的に指揮を執らせてもらうことになったのだ。
孫賁はおもしろくなさそうだったけどな。
こうして俺主導の作戦は成功し、張英の軍勢を、長江北岸から追い落とすことができた。
しかも味方の損失は、はるかに少ない状態でだ。
しかしまだ北岸には樊能の軍勢も残っているし、それを追い出してやっと、丹陽の攻略に取りかかれるのだ。
いい気になってる余裕はない。
それでも久しぶりに得た大勝利で、味方の士気は大いに高まっていた。
張英を倒した翌日には、軍を再編して、全力で樊能に殴りかかった。
昨日までは2つの軍勢に囲まれ、身動きが取れなかったところが、片方はすでに崩壊している。
兵力もすでに同等なので、日暮れを待つこともなく襲いかかった。
昨日と同様に、蒲葦イカダを使って攻めこむと、敵は早々に崩れ、南岸へ逃げていく。
おかげで昨日と合わせて、千人近い捕虜を得ることができた。
しかしその対処について、周瑜が思わぬことを言いだす。
「あ? 捕虜をこちらに寝返らせろって?」
「ああ、そうだ。元々、呉や丹陽の人間ばかりだろ。そこに孫堅さまの名前を出せば、けっこうな確率で味方になると思うよ」
「ええ? そんなにうまくいくかぁ?……まあ、やってみて損はないから、やってみるか」
「ああ、ぜひ説得してくれ」
一応、呉景と孫賁に相談すると、彼らも”いいんじゃないか”となり、皆で捕虜のところへ赴いた。
「みんな、聞いてくれ。俺の名は孫策 伯符。今は亡き、孫堅 文台の嫡男だ」
最初は無関心そうな奴らが多かったが、孫堅の名前を出した途端、こっちを向く奴が増えた。
やはり孫堅の知名度は、それなりに高いようだ。
「不幸にも俺たちは武器を向けあったわけだが、それは互いに憎いからじゃない。まあ、世の中のしがらみとか、そんなことのせいだよな。そのうえで俺の話を聞いて欲しい。実は親父も俺も、呉の富春の出身だ。祖先の素性は知らないが、生粋の江東人であることは間違いない」
ここで少し間をとると、”俺も富春の出だ!” なんて声も聞こえてくる。
やはり故郷が一緒だと、親近感がわくよな。
「それでだ。今この世は、大きく乱れつつある。現にこうして俺も、揚州刺史と戦ってるんだ。だけど俺はその先に、ある目的を持って動いてる。それは江東の地に、江東の民のための勢力を作ることだ。そうでもしないと、江東は中央の混乱のあおりを食らって、メチャクチャにされちまうかもしれない。そうは思わないか? みんな」
そうやって呼びかけると、捕虜の中から1人の男が立ち上がった。
「たしかに中央の混乱は、ひどいと聞いている。そしてあんたは、それがこの江東にも及ぶって言うんだな?」
「俺自身、袁術さまの命で戦ってる形だ。他にも江東に目をつけた勢力が、乗りこんできたって不思議じゃない。そうやって戦火が拡大すれば、泣くのは民だ。だけど江東が一丸となれれば、それを防げるかもしれないだろ」
「たしかに中原の戦火が、こちらに飛び火する可能性は否定できないな。それであんたも独自の勢力を作って、江東を守ろうってのか?」
「ああ、そうできたらいいと思ってる。実は袁術さまからは、呉郡の太守にどうかと言われてるんだ。そのうえでみんなの協力が得られれば、まんざら夢物語でもないだろ?」
すると男は豪快に笑いながら、手を差し出した。
「ワハハッ、どこまで本気か分からんが、そういう話は嫌いじゃねえ。今回のお手並みからして、けっこう見込みもありそうだ。俺は凌操ってもんだ。よろしく頼む」
「こちらこそよろしくだ。みんなで江東を、守ろうじゃないか」
おっと、思わぬところで人材ゲットだ。
凌操といえば、孫権をささえた勇将の1人である。
今後は俺の将として、バリバリ働いてもらおう。
その後、俺と凌操が手を取り合うのを見て、多くの捕虜が寝返ったのは、言うまでもない。




