討伐軍の秘策
明朝、ルイーゼ号がイルミナに帰還すると、クレスからの伝言が届いていた。
曰く、すぐに法王との会談を準備するとのこと。会談の場所は、魔女の館が指定されていた。
イルミナと敵対する教会の法王が、学府の中をを堂々と移動するわけにもいかない。ルイーゼ号が着く岸壁から一番近く、それなりの格式もある魔女の館が選ばれるのは自明であった。
船を下りると、クルーたちの間に紛れるようにして、ミネアとアリアは魔女の館へと案内する。
「・・・!」
魔女の館の食堂に入ると、先頭にいたアルムが急停止した。
その目の前にはクレスが立っていた。メルと初めて会った時も、ふと外を見ている間に食堂の椅子に座っていた彼女だ。相変わらず神出鬼没らしい。・・・いや、これも法王との会談を前に、少し驚かせようという演出か。
クレスは、無表情のままアルムの後ろにいるミネアを見る。その視線は、睨み付けるような鋭さだ。
しかし、その小細工は意味がなかったようだ。立ち止まったアルムを避けてクレスの前に進み出たミネアは、驚きなど微塵も見せず、優雅な仕草で頭を下げる。
「イルミナティ学府学長クレスティーア様とお見受けします。私は、正教会法王、エルミネア・アスクラピウス。この度は、教会の不始末に特使たる魔女殿を巻き込んでしまい、誠に申し訳ございません」
そして、口元だけにうっすらと笑みを浮かべていた。
クレスも、ミネアが交渉するに足る人物だと見てとったのか、わずかに表情を和らげる。
「ようこそイルミナにお越し下さいました、エルミネア様。イルミナティ学府学長、クレスティーア・テオ・ファルニスです。・・・さぁ、どうぞこちらへ」
すいと身体を引いて、クレスはミネアを部屋の奥へと誘う。
食堂の隅に置かれたソファで、二人は向かい合って腰を下ろした。
漆黒のローブをまとうクレスと純白の法衣をまとうミネア、対照的な色彩ながら、二人の雰囲気はよく似ていた。
それぞれの傍らには、魔女アルムと聖女アリアが立って、控える。
ここからは彼女たちの問題だ。メルたちはそっと頷き合うと、静かに食堂から退出した。
館を出てルイーゼ号に戻ったメルを、シェリーが出迎えた。
「メル様、ティナがお伝えしたいことがあるそうです」
シェリーの後ろには、船務班で見張り要員を担当しているティナ・フォリンがいた。クルーの中でも最年少だが、過酷な見張り役を頑張ってくれている。
「ティナ、どうしたの?・・・伝えたいことって?」
見張りの報告なら、何かを見た瞬間に伝声管で伝えなくてはならないが、ロムルスからの帰路では特に気になる報告はなかったはずだ。
「はい、船の運航に支障はないと思ったので、その場では報告しなかったのですが・・・」
ティナは、すぐに伝えなかったことを後ろめたく感じているのか、少し俯いている。
「いいよ。ティナがそう思ったのなら。・・・それでも、何か気になることがあるの?」
メルは少しかがんで、ティナと視線を合わせ、尋ねる。
「イルミナに到着する直前なのですが、後部見張り台から、森の中に大きな穴が掘られているのが見えたんです」
「・・・穴?」
訝しげにメルは繰り返す。
「はい。木々の間だったので、全体はよくわかりませんでしたが、ザルツリンドで見た岩塩の採掘坑みたいでした」
ザルツリンドに行ったとき、メルも街の郊外に大きな岩塩坑があるのを見ていた。すり鉢のような露天掘りの縦穴の底から大きな横穴を掘り、大規模に岩塩を採掘していた。
「・・・これはまずいかもしれませんよ」
シェリーが、深刻そうな表情を浮かべた。
「メル様は、去年6月のメシヌ高原の戦いをご存じですか?」
「ううん?・・・この世界じゃなくて、ドイツの話だよね?」
メルは不思議そうに首をかしげる。
「はい。ドイツ軍1万人以上が壊滅させられた戦いです。高地に堅固な陣地を築いたドイツ軍に対し、連合軍は陣地の下までトンネルを掘り、そこに大量の爆薬を仕掛けてドイツ軍陣地を吹き飛ばしました」
シェリーの話に、メルの表情が強張る。
「討伐軍はイルミナの中まで続くトンネルを掘っている?」
「はい、ティナが見たのはその入口ではないかと。・・・この世界ではまだ爆薬は発明されていないようですが、建造物の基礎を崩したり、或いは兵士を市街地に直接侵入させることもできます」
「兵糧攻めではイルミナが落ちないとみて、攻勢をかける方針に転換した、ということ・・・?」
「はい、イルミナからは見えない森の中に入口を設営し、作業を続けていたのでしょう。今回、偶然上空を飛ばなければ、空からでも見つけられなかったかもしれません」
メルは、硬い表情でその場にいるティナ、シェリー、エリスを見回す。
「討伐の中止に強く反対していたのも、トンネルが完成すれば、イルミナを落とせるから?」
「そう考えれば、教会や討伐軍の行動も納得できます」
「ティナ、教えてくれてありがとう。よく気がついたわ。さすが、うちの見張員は優秀ね」
メルは微笑んでティナの頭を撫でる。ティナは照れたように口元を緩めた。
メルは、すぐに行動に移る。
「シェリー、ロザリンドにこのことを話して、出港準備を。みんな疲れていると思うけど、もし本当にトンネルが街に届いたら、イルミナの街が戦場になるかもしれない。もう少しだけ頑張って!」
「了解です、直ちに」
シェリーの返事を聞くと、メルは踵を返した。
「エリス、館に戻ろう。すぐにクレス様と相談しなくちゃ」
「はい、メル様」
小さく頷いて、エリスはメルの後に続く。
魔女の館に駆け込むと、メルはバンッ!と音を立てて食堂の扉を開け放った。
幸い、クレスとミネアはまだ交渉中だった。扉の音に驚いてアルムが身構えるが、相手がメルだと知って身体の力を抜く。
「お話し中に申し訳ありませんが、緊急事態です!」
メルの大きな声が食堂に響いた。
メルの話を聞いたクレスは、さすがに表情を取り繕うことができず、顔をしかめた。討伐軍がそんなことをしていたとは想像していなかったのだろう。
魔術が発達しているだけに、魔術師たちは労力と時間がかかる非効率な作業を嫌う。自分たちがやらないから、他の人間がそれをするかもしれないという発想も薄れるのだ。
「今、どこまでトンネルが延びているのかわかりませんが、このまま街の中に兵を送り込まれたら、防ぎきれなくなります」
トンネルで送り込める兵士の数は大きくはない。しかし、問題なのは、住民がいるイルミナの市街地が戦場になる可能性があることだ。
何もない平地の戦場でなら100人を薙ぎ払う大規模魔術も、街の中では使えない。住民を盾にされたら、・・・いや、住民に兵士が紛れてしまったら最悪だ。
「クレス様、わたしたちはもう一度船を出して、討伐軍の様子を確認してきます」
「わかりました。こちらも土魔術を得意とする者に探らせます。トンネルの入口らしきものを見たのは、街の南西方向で間違いありませんね?」
「はい、その通りです。・・・では、わたしたちは早速・・・!」
席を立とうとしたメルをクレスが呼び止め、傍らのアルムに命じた。
「待って下さい、メル様。・・・アルム、あなたも一緒に行きなさい」
「わかりました」
小さく頭を下げ、アルムもメルの後ろに従う。
「こういう状況です。交渉は一旦、保留にしましょう。エルミネア様とルネアリア様は、こちらでお待ちください」
クレスも外へ出て調査の指揮をとるつもりだろう。ミネアとアリアに言うと席を立った。
「わかりました。重ね重ね、ご迷惑をおかけします」
ミネアとアリアは、ゲスト扱いとは言え敵対する教会の人間だ。まだ自由にさせることはできない。その立場を理解しているミネアは、立ち上がると深々と頭を下げ、メルたちとクレスを見送った。
係留を解いたルイーゼ号は、高度約500mまで上昇すると、ゆっくりとした速度で南東へと向かった。問題の森はすぐだ。
操舵室には、いつものクルーの他にティナを呼んでいた。
「ティナ、方向はこっちでいい?」
「はい、メル様。それほど遠くはありませんが、街の側からは森の木々が被さって見えにくいので、ほぼ真上からでないとわからないと思います。私が気がついたのも、ちょうど船が上を通り過ぎる時でしたから」
「機関は最微速を維持。手空きの者は船の下を確認!」
操舵手のアメリアと浮力管理をするイレーナ以外の全員が、ゴンドラの開口部の扉を開けて足下に広がる森に目をこらす。
メルの視界の隅に、ちらりと動くものが見えた気がした。首に提げていた双眼鏡を目に当てて確認する。
「あった、あそこ!」
メルの指さす方向に、全員の視線が向く。近寄ってくるルイーゼ号の姿に慌てている人影が木々の間に見える。
ルイーゼ号が進むと、足下の森の中にぽっかりと開けた場所が現れた。元々開けていたのではない、森の木々が伐採され、すり鉢状の露天掘りになっている。直径は100mくらいだろう。
しかし、周囲を背の高い針葉樹の森に囲まれているせいで、イルミナからは見えないようになっていた。
「確かに坑道の入り口が見えますね」
メルの隣で双眼鏡を覗いたヘレンがつぶやく。
彼女は鉄鋼産業で躍進した実業家の娘だ。近代的な鉄鉱山や炭鉱を知っている彼女の目からすれば稚拙な設備ではあったが、規模はそれなりに大きく、切り開いた森の材木を使って支保工もきちんと組まれているように見えた。
「メル、私の魔術で入り口を埋めてしまえばいいんじゃないか?」
「うーん、そうね・・・」
アルムの提案に、メルは少し考える。入り口を崩せば、とりあえず時間は稼げるだろう。
「でも、魔術の発動には下に降りないといけないんじゃないの?」
火の魔術で吹き飛ばすにしろ、土の魔術で埋めるにしろ、船の上から発動するには遠すぎるのではないだろうか。
しかし、周りは背の高い針葉樹林で囲まれているため、木々が邪魔で船を降下させることができない。
「そうか・・・そうだな。ここじゃルイーゼ号を降ろせないか・・・」
しかし、メルは坑道を埋める方法を思いついていた。できればあまり派手に見せたくはないが、仕方ない。
「一度、イルミナに戻ります。針路反転、面舵20」
メルは、操舵室のアメリアに転舵を指示する。
「メル、いいのか?放っておいて」
「放ってはおかないわ。イルミナに置いてある爆薬を使って爆撃する」
メルはアルムに緊張した面持ちで言った。
そして、討伐軍への警告書をしたためると、通信筒に入れて兵士達の中へと落とす。
書かれている内容は、『2時間後に坑道入り口を破壊する。それまでに坑道内及び坑道入り口周辺の将兵を待避されたい』
警告通り待避してくれれば、少なくとも人的被害は避けられる。メルにとって最大限の配慮だった。警句に従うなら良し、しかし警告を無視するなら・・・メルは、人を殺す覚悟を決めた。
次回予定「空爆」




