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エリスの魔術

 イルミナ討伐の終結に向けて、ルイーゼ号はアリアを乗せて法王府へと向かうことになった。

 ただし、その前に一旦イルミナへ戻り、ザルツリンドからの積み荷を届けるとともに、イルミナ側からも今後の行動の了解を得なければならない。

 ラケルスの提案では、魔女であるアルムがイルミナの特使という形で、アリアとともに法王府で直談判することになるからだ。

 もうひとつ、結束の乱れた討伐軍の一部が攻勢に出た場合に備え、イルミナ側の備えも必要だ。迎撃するならたやすいが、イルミナが討伐軍を打ち破ってしまうと、教会側も退きづらくなる。守りに徹し、できるだけ敵側の人的被害を抑制する作戦を検討しなければならない。


 当面の行動を話し合い、部屋から退出する時、ラケルスがエリスを呼び止めた。

「エリス嬢、あなたはメルフィリナ嬢とずいぶん親しいのですね」

「はい、10歳の頃よりお仕えしておりますが・・・」

 エリスは、質問の意図を量りかね、少し戸惑いながら答える。

「ふむ・・・ならばまず、あなた自身を大切にしなさい」

「私・・・ですか?」

「昨夜、あなたが刺された時のメルフィリナ嬢の取り乱し方は尋常ではなかった。家族・・・いや自分自身を引き裂かれたかのようだった」

「メル様が・・・」

 意識を失っていた間のことを、メルは曖昧に誤魔化していた。でも、自分が目覚めた時のメルの姿を見たら、どれだけ心配させたのかは想像できる。自分が逆の立場ならと思うと、想像するだけで胸が痛い。

「あなたを本当に失うことになれば、きっとメルフィリナ嬢は壊れてしまう。自ら命を絶つことくらい、躊躇いなくやるでしょう。それくらい、あなたは彼女の一部になっている」

「・・・」

 正直、メルにそれほどまでに想われていることをエリスは嬉しく感じた。でも、それがメルの危うさになっていると思うと、素直には喜べない。

「見たところ、あなたには魔術の素養があるように思う。魔術がない世界から来たというのに、不思議なことだが、アルムに相談してみるといい。自分を守り、メルフィリナ嬢を守る力になるだろう」

「伯爵、ありがとうございます」

 エリスは少し驚きながらも、ラケルスに頭を下げ、メルを追って部屋を出て行った。

 ・・・魔術・・・と小さくつぶやきながら。


 翌早朝、ルイーゼ号は、イルミナへ向けてザルツリンドを出発した。


 ルイーゼ号が安定して巡航を始めると、エリスは休憩室で今後の対応を話し合っていたアルムとアリアのもとを訪れた。

「アルム、相談したいことあるのですが、よろしいですか?」

「かまわないが、エリスが一人で相談なんて、珍しいな」

 たぶん、アルムがエリスから相談されるのは初めてだ。

 そもそも、エリスが自分のことを話すなら真っ先にメルのところに行くだろう・・・メルには相談できないようなことなのだろうか。

「わたくしは席を外した方が良いでしょうか?」

「・・・よろしければアリアにも聞いてほしいです」

 エリスの声は遠慮がちではあったが、表情は真剣に二人を見ていた。

 何か思い詰めたようなエリスの様子に、アルムとアリアは少し緊張してエリスの言葉を待つ。


「突然で申し訳ありません・・・その・・・私も魔術を使えるようになるでしょうか?」

 思いがけない話に、アルムとアリアは思わず顔を見合わせる。

「実は・・・」

 エリスはラケルスから言われた話を、そのまま二人に伝えた。

「私は、メル様をお守りしたいのです。でも、先日のように武器を持った相手に襲われたら、私は自分を盾にすることしかできません。でも、それではメル様をお守りすることになりません」

 エリスに何かあれば、メルは悲しみ、心配し、もしもエリスが死ぬようなことになれば、メルも後を追いかねない。ラケルスに指摘されたことは、決して大げさではないとエリスも承知していた。

「だから私は、自分やメル様を守る力が欲しい。もしも、私に本当に素養があるのなら、魔術を学びたいんです」

 アルムは、エリスを真正面からじっと見つめた。エリスは唇を引き結び、決して目をそらさなかった。


「・・・わかった。まずは確かめてみよう」

 愛用のポーチから緑色、風の元素石を取り出し、アルムはそれをエリスの手の上に置いた。

「これは風魔術のための元素石だ。石を取り巻くように、渦巻きの模様を想像して、魔力を流し込む。・・・そうだな、息を吐くように身体の中のものを自然に押し出す感覚・・・とでも言えばいいか・・・魔術が発動すれば、自然に魔力が流れていくようになるが、最初は自分の力で外に押し出してやるんだ」

 魔術師の修行を思い出しながら、アルムはエリスに説明するが、あまり意識せずに自然にやっていることを言葉にするのは難しい。とにかく練習して感覚的に知ってもらうしかない。

「はい・・・」

 エリスは、開いた両手の上に置かれた元素石を胸の前にかざした。ゆっくりと息を整え、アルムに言われたように、手のひらを中心として渦をまくイメージを思い浮かべ、身体の中から何かを押し出すように少しづつ力を込めていく。

 と、少しだけ違和感を感じた。するりと身体の中から何かが吸い出される感覚、初めての感覚だった。

 エリスの手からふわりと光の粒が湧き出し、くるくると飛んで渦巻き模様を描き出す。光の粒は次々と模様の間に新たな軌跡を引き、模様は徐々に緻密になっていく。やがて、元素石を中心に、びっしりと細かな渦巻き模様が描かれた、小皿ほどの大きさの光の円盤が形成された。

 ふわっと風が流れ、円盤の上に小さなつむじ風が立ち上がる。


「きれいな術式ですね」

 アリアがにこりと微笑む。どうやらこれでいいらしい。

「・・・できた・・・んでしょうか」

 エリスは、信じられないものを見るように、自分の手の上で踊るつむじ風を見つめていた。

 すると、アルムは、指先に小さな水球を生み出し、ぽいっとエリスの顔に向かって投げつける。

 思わず顔を背けたエリスだったが、手の中のつむじ風が一瞬で倍ほどに大きさを増し、水球を撥ね除けた。

「私を、守ってくれた?」

 また元の大きさに縮んだつむじ風を顔の前まで持ち上げ、エリスはつぶやいた。

「ああ、風魔術と言っても色々あるが、一番良く使われるのは、こうして飛んでくるものから身を守ったり、何かを吹き飛ばしたりするものだ・・・しかし、驚いた、本当に魔力が宿っているなんて」

「魔力が、宿った?」

 アルムのつぶやきを、エリスは不思議そうに繰り返した。

「エリスは魔力を持っていなかったのですか?」

 アリアが確かめるようにアルムに訊く。

「あぁ、アリアにはまだ言っていなかったか・・・メルやエリスたち、この船とクルーは、私が異世界から連れてきたんだ」

「異世界から・・・?」

 アリアは、ぽかんとした表情でアルムを見、そしてエリスに視線を移して、まじまじと見つめる。


 転移魔術が知られているイルミナでは、さほど驚かれることもなかったが、やはり異世界から来たというには、にわかには信じがたい話だろう。

「エリスたちは魔術のない世界から来た。だから、そもそも身体に魔力が宿っておらず、魔術の素養はない。少なくとも、私が見ていた限りはエリスには魔力はないはずだった。でも、こうして魔術が発動したということは、何かのきっかけで魔力が宿った、としか言えない・・・しかし、こんなことは聞いたことがない」

 エリスの手の上で、小さな風音をたてながら踊るつむじ風。どう見ても紛れもない風の魔術の産物だ。魔力で編まれた渦巻きの術式も、淡い光を放ち続けている。

「エリス、魔力を吸い出されるのを、せき止めることができるか」

「はい、やってみます」

 すこしづつ、手の中の術式に吸い上げられていた何か・・・おそらく、これが魔力なのだろう・・・を、身体の中に引っ込める。すると、光の円盤がすうっと光を落として空気に溶け、つむじ風もかき消えた。

 緊張したせいなのか、魔力を使ったせいなのか、少しだけ疲れた気がした。エリスは、手の中の元素石を不思議そうに見つめる。


「上出来だ。最後まできちんと制御できている。エリスは魔術に向いているのかもしれないな・・・」

 アルムから高評価をもらい、エリスは安心して微笑んだ。

「その元素石はエリスにあげる。これから、魔術の練習に使うといいよ」

「はい、ありがとうございます」

 初めて魔術を発動させた石、エリスはきれいな緑色に輝く石を大切に握りしめた。


「エリス、ちょっと失礼しますね。・・・楽にしていて下さい」

 一言断り、アリアは自分の手のひらをエリスの胸の谷間に当てた。エリスは驚いて顔を赤らめたが、何かの診断なんだろうと、そのままの姿勢で息を整える。

 アリアはしばらく、何かを感じるように目を閉じていたが、エリスの胸から手を離すと、なんだか嬉しそうに微笑んだ。

「原因は、おそらく、わたくしの治癒のせいですね。治癒での過程で、エリスが流した大量の血を身体に戻しましたから、わたくしが送り込んだ魔力が血の中に浸透し、それによってエリスにも魔力が宿ったのだと思います。・・・エリスの中に、わたくしの魔力とアルムの魔力の両方を感じました」

「なるほど、私がアリアに分けた魔力も一緒にエリスに・・・それで、両方の魔力の受け継いだのか」

 アルムは原因を聞いて苦笑いする。

 アリアを救助したとき、アルムは魔力の使いすぎで意識を失っていたアリアに自分の魔力を分けた。それが治癒によってアリアの魔力とともにエリスに流れ込んだ、そういうことらしい。


「でも、これまでの治癒ではそういうことはなかったのでしょうか?」

 エリスは首をかしげた。アリアは、治癒の魔術をこれまでに何度も行っているはずだ。治癒魔術で魔力が宿るなら、前例があってもいいのではないか。

「治癒魔術によって魔力が宿ることなど普通はありません。今回は本当に特別だと思います。出血多量で死にかけている人を治癒したのは、わたしも初めてでしたから」

 教会において聖女の治癒は一種の儀式、デモンストレーションであり、教会が選んだ一部の者たちだけに与えられる。教会のために戦って怪我をした者や、病気を患った有力な信徒などが大聖堂で治癒を授けられるのだ。

 出血多量で死にかけている救急患者が、アリアの前に運ばれてくることなど有り得ない。


 アリスの言葉にアルムがさらに追い打ちをかける。

「エリス、魔力のなかった人間に新たに魔力が宿ること自体珍しいことだが、エリスの場合は、アリアの中に私の魔力が混ざっていたことで、さらに特別になってしまった。なにしろ、魔力の質で言えば、エリスは魔女と聖女の間に生まれた娘ということになる。・・・普通は絶対に有り得ない」

「魔力は血に宿ると言われています。それに、魔力の特性は女性の方に色濃く出るので、女性の魔術師にとって自分の魔力を受け継ぐ存在というのは、血を分けた娘だけなんです。同じ年頃のエリスを娘というのもおかしいですが」

「え・・・あの・・・」

 自分の魔力が普通でないことは何となく察したが、エリスは戸惑うばかりだった。


「エリス、いる・・・?」

 仮眠室のドアを開けて、メルが休憩室に入ってきた。

 ちょうど、術式の基本的な種類と意味についてアルムがエリスに説明しているところだった。

 渦巻は加速、円は循環、三角形は集束、四角形は固定といった意味を持つ基本図形・・・また術式形状において円環はその内部にあるものに作用し、円盤は境界面を定義し任意の一方方向に作用する、といった具合だ。

 これら基本図形と術式形状、元素の性状などを組み合わせて術式を組み上げていくのだという。

 テーブルの上に広げられた、基本図形と初歩的な魔術の術式がメモされた紙を、メルは珍しそうに覗き込んだ。

「これ、魔術だよね?・・・エリス、魔術に興味あるの?」

 少し首をかしげながら、紙の上の術式を指でなぞる。

「私には魔術の素養があるそうなので、学んでみたいと思います」

 メル様をお守りできるようになりたいので・・・エリスは内心付け加えた。

「え?本当に?」

 メルは、アルムとアリアも頷いているのを見て、ぱぁっと笑顔になった。

「すごいよ、エリス。じゃ、アルムみたいに風を操ったり、傷を治したりできるようになるんだ!・・・あ、でも、魔術の練習って危ないことじゃないよね?」

 最初は大喜びのメルだったが、すぐに少し心配そうな顔になってアルムを見る。

「大丈夫だ。魔女と聖女が直接教えるんだからな」

「メル様、エリスは特別なのですよ。聖女と魔女の娘なんですから」

 アリアの言葉に、メルは一瞬固まったが、すぐに我に返って問い直した。

「ちょっと待って、どういうこと?娘って、何?」

 恥ずかしそうに俯いてしまったエリスと、興奮気味のアリアに代わり、アルムが簡単に経緯を説明する。聞き終わったメルは、嬉しいような困ったような、微妙な表情を浮かべた。

「そんな希少な人材なら、教会やイルミナがエリスを欲しがったりするんじゃ・・・?」

「間違いなく学府は欲しがる。母様・・・いや、学長は養女にしたいと言うだろうな」

「法王に知られたら、きっと二人目の聖女として迎えたいと仰せになるでしょうね」


 二人の即答を聞いたメルは、きゅっとエリスに抱きついて警戒を露わにする。

「だめだよ・・・エリスはずっとわたしの側にいてくれるんだから!」

 思った通りの反応に、アルムはアリアが揃って笑い出した。

次回予定「法王府」

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