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聖女のはずが、どうやら乗っ取られました  作者: 吉高 花 (Hana)
第二章

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聖女の派遣6

※病気の描写が出てきます。

 この人か、オリグロウに寝返っていた人は。


 と思いつつもそんなことはおくびにも出さずに、にっこり微笑む精一杯聖女然とした私。


 私も随分成長しました。

 ありがとう、アリス先生! 上品な微笑み、頑張ります!

 ありがとう、腹黒な夫(仮)! 表裏の使い方を身をもって私に見せてくれて!

 はったり万歳!


 けれども私は早く帰りたい。


「私を必要としているそうですね。早速説明してもらえますか」


 いかにも事態を心配している風を装って勢い込んで言う私。


 だけれどこの長老は、

「もちろんでございます。しかし非常に困った事態とはいえ明日でも間に合いますゆえ、今日はゆっくりと歓迎の宴をお楽しみください」


 と、なんだかニコニコ言い出したのだった。

 いやだから、私は早く帰りたいのよ!

 

 ということで。


「まあ、今まさに辛い思いをしている人がいるというのに、私だけ宴になど出ていられましょうか。早くその私の救うべき方のところに案内してくださいませ」


 キラキラは出ないが精一杯人が良さそうに、心配そうにしつつも、せかす。

 頑張れ自分、私は聖女! なりきれ! いやなっているはずだけれど。


「しかしその者たちのところまではまだ少々距離がありまして、今から急いで出立したとしても夜を余分に越えることになるのです。夜の荒野は大変危険でございます。明日の朝に出立した方が危険がはるかに減りますゆえ、我らもその予定でおりました。私どもとしては大切な聖女様を、わざわざ余分に危険にさらすようなことはできませんのです」


 うーん、でもその危険な荒野をはるばる来たんですけれどね、私たち。

 

 もうずっと戦争をしているせいなのか、この国境沿いの広大な場所が、とても見晴らしよく何にもない状態が延々続いているのだ。もともと何もないのか焼き払われたのかはわからないけれど、それはそれは遠くまで見通せる大地が延々と続いていた。

 

 しかしそこまで言われてしまうと、あまり無碍にも出来ないところ。

 しかたがないからここは一晩くらいは譲るべきだろうか。

 考えてみれば私の方の随行員の人達も疲れているだろうし。仕方ない。ということで。


「わかりました。ご配慮ありがとうございます」

 そう言って微笑むことにしたのだった。


 にやりと嬉しそうに笑う長老。

「いえいえファーグロウの大切な聖女様でございますから、当然のことでございますよ。そしてお久しぶりですな、オースティン殿。お元気そうでなによりです」


 長老は、神父様に対しては全然嬉しそうではなさそうだったけれど、まあ話に聞いている、前にあったらしい騒動を考えると外面だけでも穏便なのはいいことデスネ。うん私はけっして掘り返すまい。


 しかし若干緊張して見守る私なぞなんのその、神父様は相変わらずののほほんとした感じで答えていた。


「いやいや前は世話になったのう、長老。でもワシの言ったとおり、ファーグロウは懐が深い国じゃろ? 味方にさえなっておれば、こうして貴重な聖女の派遣までしてくれる。いやあ良かったですな。ところでガレオンが見当たらんが、どうしたんじゃの」


 うん……微笑み外交とは、こういうふうにやるんですね……と貼り付けた笑顔の裏で密かに学ぶ私。


「ああ……ガレオンは先に今回のやっかいな病気の発生した村に向かって、精一杯の聖女様のお迎えの準備をしております。なにしろ何にもない所ですから、準備がなければ聖女様を地面に寝かせてしまうことになりますゆえ」


 なるほど、やはり病気か。

 この話では、村ごと集団感染でもしたのかもしれない?

 人数が多すぎて聖女を要請したパターンなのかな。


 だとすると確かに、準備も出来ていないところに乗り込んでも迷惑なのかもしれない。


「なんじゃ、久しぶりに会えるかと思ったんだがのう。残念じゃの」


「それは残念でしたな。きっとガレオンもそう思っているでしょう。では皆様の宿泊とお食事のご用意をしておりますので、どうぞこちらへ……」


 そして私たちはその村に泊まることになったのだった。

 

 その日の晩には歌や踊りの披露とたくさんの食事でもてなされ、だけれど神父様の助言もあり、私はいつもの野営用テントに戻って自分のベッドとお布団で眠ったのだった。

 私以外の随行員の人たちはきっと、ちゃんとベッドやお布団で久しぶりに眠れてうれしいだろうから、どうぞどうぞと送り出したけれどね。

 なにしろ万が一狙われるなら私だ。できるだけ余計な騒動はごめんだった。


 しかも実は……こっちの方が居心地がね……いいのよね……いや「グランジの民」の方々も頑張ってくれたとは思うんだけれどね、さすがにこう、財力の差が、ね……。

 だから私も神父様の助言には二つ返事で従いました。

 

 初めての聖女としてのお出かけで、もしかしたら神経質になってなんとなく不安になっているだけかもしれないけれど、やっぱりそういうときにはレクトールが配慮してくれた範囲の中にいたい。

 彼が選出してくれた人達にだけ囲まれていたなら、私も安心して全てを委ねられるのだから。


 そして次の日、私たちはその「病気の発生した村」に向かってまた旅立つことになったのだった。


 しかし今回は、長老が言うにはその村があまりにも小さくて、私の随行員全ては入りきらないとのことで、メンバーは少数精鋭になった。

 

 まあ正直少人数の方が移動の速度も上がって時間が短縮できるし、私は半年前には神父様と普通に一般人として旅もしていたくらいだから、自分で着替えたりてくてく歩いたりも問題ないので全然困らない。なんの抵抗もないよ。


 私が馬に乗れたらもっと速いのだろうけれど、残念ながら乗り方を知らないのでそこは馬車で行くしかない。だけれどレクトールのこの高級馬車は、なかなか頑丈にできているので少々スピードを上げてもびくともしない安心設計だった。

 

 唯一警備の隊長が心配して護衛を減らすのを渋ったくらいで、あとは問題なくみんなお留守番ということになったのだった。


 結果、私と神父様、そして体力のありそうな男性使用人十数人とそれ以上の人数の護衛の人達という編成になったのだった。うん護衛が一番多いな。


 私と神父様の乗る馬車が一台、馬に乗った使用人たち、それを囲む護衛、それを先導する「グランジの民」の道案内人。これまでと比べるとなんて身軽な編成でしょうか。


 だけれどそのおかげで、時間が随分短縮されそうであった。そして着いた先にはガレオンさんが待っているなら、これでなんとかなるだろう。

 

 そして実際約一日、疾走する馬車に揺られた先に、その村はあったのだった。


 馬車が近づいただけで感じた、広く拡がる黒い煙の気配。

 馬車から顔を出して視てみれば、前方に見える小さな村全体を薄く黒いモヤモヤしたものが覆っていた。

 影のアリスにお行儀が悪いと怒られても、こればっかりは視てみないことにはね……。


 村の手前でもう既にこんなに視えるということは、これは、非常にマズいかもしれない。


 私は村に着く手前で一度全員を止めて、自分の使用人と護衛の人達と先導の人たちつまり全員に、初めてながらだいたい出来そうな範囲で魔術をかけた。


「全ての病気を跳ね返す」

 カチリ。


 あの、レクトールの城全体にかけた「惑わされない」魔術の応用なんだけれど。

 うーん、ちょっとざっくりすぎて視たところあまり強力とは言えなさそうな魔術になったけれど、とりあえずは何日かは効いてくれそうだ。ミイラ取りがミイラになるのだけは避けたいところ。そして常に私が治し続けるのも現実的ではないからね。

 

 そしてその後に、私たちは村に入っていったのだった。

 


 けっこう大きめの集落という感じだった。これならば人口はそれなりにいるだろう。

 だけれど、出迎えは無かった。


 私たちをこの村まで先導した人の情報では、この村全体にすでに病気が蔓延していて、そしてそれは今まで見たこともない熱病なのだとのことだったのだが……。


 まさか、出迎えられる人さえいないと?

 一人も? 

 でもガレオンさんが来ているのではなかったのか?


 うーん、私たちが来たことに気づかれていない?

 ……てことは、ないよね……?


 動揺しながら周りを視ると、ただあちこちからモウモウとした黒い煙が漂ってくるのみ。

 さすがに私と一緒についてきた人たちも、人がいないこの違和感に動揺しているようだ。


 ためしに近くの家に「もしもーし」と言いながら入ってみる。

 護衛の人たちが慌てて私を囲んでくるが、構わず入る。


 するとそこには、ベッドに横たわって真っ黒い煙に包まれている人が一人。軽く視たところ熱が高いようだった。


「聖女さま、危険です。近寄ってはなりません!」

 と護衛の人たちが慌てているが。

 

「いやでも私、この状況を何とかするために来ているから。それに病気なら自分で治せるからね。大丈夫よ」

 

 そう言いながらにっこりと、笑顔に「有無を言わせず」な気持ちを込めてみたのだった。

 笑顔に込めた「黙れ」の意志が、伝わったのか単に忖度されたのか。

 護衛の人たちは黙って私のすぐ横と後ろに、だけれどびっちりと至近距離に控えてくれたのだった。


 うん、まあ、これでやりやすくなったかな。ちょっと圧を感じるけれど、それはもうしょうがないよね……。


 私は驚かさないようにゆっくりとその黒い煙に全身を覆われてしまっている男の人に近づいて、手をかざしてその人の状態を確認した。

 

 熱が高い。そして……だるくて……節々の痛み……? 

 これ、なんとなーく、覚えがあるような……?


 そして一通り確認してから私は、その人の煙を祓ったのだった。

 散れ。散れー。


 するとその男の人はゆっくりと、ぼんやりとした様子で目を開けた。

 私と目が合ったので、


「もう大丈夫ですよ」


 と、にっこりと安心するように微笑みつつ声をかけてみたら。


「……」


 その男の人は目をぱちくりして、驚いたようにただ私を見つめ返していた。

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