聖女の派遣3
そう考えたら、全てを二週間以内に済ませられるのならば……。
「いや、いくら近いとはいえ国境付近には今はほとんど宿はないから、宿に泊まるとなると遠回りになる。二週間では無理だろう。それでも急ぐとなると野営するしかない。でも君にそんな苦労をさせるわけにはいかないな」
キラキラキラ~、って、どうもレクトールの発するキラキラが、こっちに向かってきては私に行くなと訴えてきている気はするが。
「へえ野営……それは初めての体験ね……」
なかなかワイルドな経験になるな。寝るときは下があまり硬くないといいけれど。食事は携帯食料的な? 干し肉とか? あら美味しそう?
なんて私はぼんやり考えていたら。
神父様が、
「なんのなんの、王族の野営ならばそこらの安宿よりよっぽど立派で快適じゃろうて。立派で大きなテント張ってー、ふかふかのクッションと毛布もいっぱいあるじゃろ~。そして温かいご飯! いいのう、いいのう~ワシもそんな野営がしてみたい」
と、なぜか目を輝かせて語り出し、ついでに幻の涎も見えるような見えないような。
私もついつい、
「え、そうなの? じゃあもし神父様の言うとおりなら、私は元々庶民だから高級なベッドでないと眠れないなんてこともないし、大丈夫じゃないかしら? 苦労? ないない。余裕余裕。宿に泊まるために迂回して時間をかけるくらいなら、少々固いところで眠るくらいぜんぜん大丈夫。毛布があればなんとかなるよ。下に敷く毛布をちょっと多めに持って行っていい? まあもし多少どこか痛くなったりしても自分で治せるけれどね! じゃあ急いで行って帰って来ようかな」
思わず前向きになった私だった。
私がここで頑張ることで王様への最低限の義理を果たし「グランジの民」に恩を売れて、結果レクトールの評判が良くなるならやっぱり頑張りたいではないか。
敵は時間だけだ。
問題はそこだけなのだ。きっと。
「……僕も行ければいいのだが」
私の心を読んだかのように、若干あきらめ顔でしょんぼり言うレクトール。
って、いやいや将軍サマがこの状況で妻に付き添っていたらダメでしょうが。何言ってるの。
あなたはここでお仕事ですよ。そして私もお仕事です。
ただし雪が降る前には、なにがなんでも急いで帰ってこなければ。
「じゃあ私は急いで準備をするわね。レクトールも馬車と野営の手配はお願い。私にはよくわからないから」
「……今までの『聖女』だったら、僕が『行くな』と言えば従ってくれたんだろうな」
って、突然何かを思い出すように言い出されても……ねえ?
「そうなの? でも本来の聖女は、こういう時に行きたいとは思わないのかしら? なのにハイワカリマシタって言うの?」
それはお人好しにも程があるのでは? と思ったが。
「そういう教育をされるからね。判断は夫に従うように言い含められる。そうでないと誰彼構わず助けに行き始めるから収拾がつかなくなるんだよ」
あらまあ本来の聖女様って、がんじがらめ? 私は今、そんな「夫に従え」なんていつの時代の話なんだろうと思ってしまったわ。
だって私は私。私の人生は私のもの。
「私は、もちろん相談はするけれど、だけど出来れば決定は自分でしたいと思ってしまうわね。私は人を助ける聖女として働けるのが嬉しいと最近は思っているの。だから助けてという人がいたら、できるだけ助けになりたいと思う。もちろん常識の範囲でよ? ちゃんと相手は見るし、そんな誰構わずなんて、しないわよ。でも今回は国の要請なのだし、なら正式なお仕事でしょ? なんといっても王命よ?」
「……そうだね、君はそういう人だ。そしてそこが魅力でもある。仕方が無い……行っておいで」
そうして折れたのはレクトールだった。
まあ、将軍という立場的にも国の要請にはあまりあからさまに反対は出来ないしね。
「ありがとう、理解のある夫で嬉しいわ」
私がにっこりと彼に微笑んだら、神父様が「おお……すっかり尻に……」とかなんとか言っていたけれど、あら、ちょっと何を言っているのかわからないわね?
「ただし罠の可能性があるから警護はできるだけ厚くする。だからアニスはその警護の中からは絶対に出るなよ? 間違っても誘い出されるな。必ずオースティン殿に相談して行動すること。オースティン殿、アニスをよろしくお願いします」
って、あれ私、結構信用無い感じ? そしていつの間に神父様が同行することになっているのかな?
「いやいや、私としては神父様にはここに残ってもらって、あなたを守ってもらうつもりだったのだけれど? わかってる? あなたの方が命の危機度が高いのよ?」
なにしろシナリオってものがね? あるからね? だから、
「僕は大丈夫。この城からは基本出ないし、今は鑑定も頻繁に行って本当に信用のある人間しか身近に置かないから」
なんて言われても、はいそうですかなんて言えないのよ。
「だからそれでも……予言は軽視しないの。罠はまだあるのかないのかわからないけれど、でもあなたの身には危険が確実にあるのよ。優先すべきは戦争の命運を握っているあなたでしょうが」
危ない、うっかり「シナリオ」とか言うところだった。言ってもややこしいだけなのに。
だけれど「シナリオの強制力」はきっとある。きっと。
「君の身の安全も大事なことだろう。僕は自分の身は守れるよ。今までもそうしてきた。でも君はたとえば男に力で襲われたり大勢の武力で襲われたりしたら逃げられないだろう。だからそこは譲れないな」
「いやいや、それはあなたも一緒じゃないの? それに私を守ってもらうなら別に神父様じゃなくてもいいのよ。他の人でも警護できる。でもあなたの状況は予言されているから。そしてその未来の予言から外れているのは私と神父様だけなんだから、私がいない間は神父様の技と加護スキルで守ってもらうのが大事でしょう。何が起こるかはわからない。でも、ほぼ確実に何か危険なことが起こるから!」
「それは君も同じだろう。あの偽聖女が今、何も企んでいないという方がおかしい。そして君に何かあったらどうせ僕も助からない」
「だからって――」
「いや、ワシ、野営したいんじゃよ? 聞いてるかの?」
そこに遠慮がちに、しかし突然割って入ったのは神父様である。
「もちろんです。良い待遇をお約束しますよ、オースティン殿」
すかさず満面の笑みで即援護体制に入るレクトール。
結果、
「神父様、そこは、お願いしますよ……」
思わずがっくりと肩を落とした私だった。
いやそれでも私も随分粘ったんだけれどね?
それはそれは頑張ったのだけれどね?
だけれど神父様が意気揚々とレクトールの発行した「なんでも願いをかなえる権利」まで振りかざしてしまったらね……。
私も妻という立場上、夫の発行した権利を反故にすることは……さすがにできなくて……くそう。
「やーえーいー! 王族の贅沢三昧なやーえいぃ~行きたいのう行きたいのう~ワシ、このチャンスを逃したら老い先短いからもうきっと行けないんじゃあ~! いいじゃろ? ちゃんとお仕事も頑張るよ?」
と媚び媚びの視線をレクトールに向ける神父様と、待ってましたとばかりに満面の笑みで「もちろんです」を連発するレクトールとが結託したらね……ええ、もう、私には……手も足も……。
あ、神父様の「なんでも願いをかなえる権利」というのは、先日のあの闘技大会の優勝賞品のことで。
実は先日、あの闘技大会の一部と二部の優勝者同士の決勝戦? が改めて行われたのですよ。
あのまま有耶無耶になるのかと思っていたら、この前神父様が優勝賞品欲しさに蒸し返……言い出して。
そしてそれを聞きつけたイベント大好きな城の人たちが盛り上がってしまってね……。
ええ当人たちもね……それはもうやる気が燃え上がってしまって。
簡易的とはいえ、正式に対決が行われたのだ。




