闘技大会5
けれどもそんなこんなでとりあえず、レクトールが私の見えない所で怪我をしたら大変だなどと心配していたのは杞憂になった。常に彼が会場の何処にいてもだいたいここから見えるというのは良いことだ。
しかしこの将軍と副将軍、どうやら圧倒的に強い。
素人の私が見ても、他の人達の戦いよりも早く決着がついている。そして表情も余裕がある上にとても元気だ。なんであの人達、疲れないのかしら?
他にも感心するくらいに強い人は何人かいたものの、結局は善戦はしても最後には涼しい顔をしたあの二人のどちらかの前に膝をつくのだった。
結果、まあそうなりそうと薄々は思っていたが、最後は将軍と副将軍の決勝となった。
最初はやんやと自分の上官を応援していた人々も、どうやら敗北した上官を慰めつつ、揃って決勝戦を観戦することにしたらしい。メインの会場の周りは黒山の人だかりになって、ちゃっかり後ろの方には即席の台まで設置され、より大勢の人が観戦できるようになっていた。いつのまに。
まあ見たいよね。わかる。こんな時は私のこの立場も悪くはない。特権万歳。
あとは二人ともが怪我をしないで、無事に決着がつくのを願うだけだ。
口々にどちらが勝つだろうと話をしているギャラリーの会話を総合すると、今までは毎年本当に副将軍が圧倒的な強さで優勝していたらしい。だけれどこれまでは私のいるこの天幕の中で優雅に座って観戦していたレクトール将軍が、今年は張り切って参戦した上にどうやら副将軍と良い勝負になりそうだということで、人々が固唾をのんで開始を待っているという感じのようだ。
少しの休憩の後、決勝戦の開始が宣言された。
両者どちらも、体力を十分に残している様子だ。
しかし毎年の優勝者である部下かつ師匠と、立場的には上官になる弟子。これはどちらが勝っても後味悪そうだなー……。
しかしルールはルール。「予定通りやってやるぜ」とでも言いたそうなにやにやした顔で向かい合った二人に、戦いの火蓋は切って落とされた。
いきなり今までとは違う気迫で打ち合う二人。
え、なに!? 今までとは別人のようなんですけれど……?
始まってみたら二人とも、互角? なのかな?
なんだか……剣がよく見えないぞ。動作が速くていったい何がどうなっているのやら。
周りのプロの兵士たちが「うおっ!」とか「すげっ!」とか言って盛り上がっているから、きっと彼らにはいろいろ見えているのだろう。だけれど私には全然わからなかった。とにかく早い。ただそれだけだ。
唯一私にわかったのは。
一見真剣に打ち合ったりにらみ合ったりしているけれど、いや本当に戦っているのだろうけれど、そのいかにも真剣勝負で緊迫した様子の合間に交わされる二人の会話だけだった。
いやあロロの耳は本当に良いんだね。多分歓声に紛れて他の人たちには聞こえていないであろう二人の声が、そこだけ浮き上がってロロを通して私に聞こえて来ていた。
「ジュバンス、私の妻が見ているのですよ。ここは上官に花を持たせて、私の勝利で終わりにしませんか」
「何を言っているのかわからんな。オレにも妻はいるぞ? でも妻の前で八百長なんて出来ねえな。そんな風に日和るようになっちまったなんて、弱くなったなあ坊ちゃん」
「懐かしいですねえ、その呼び名。でも余計な体力を消耗するのもどうかと思った親切心ですよ。なにしろもう先生もお年なのですから? ここで疲れていざ戦争になったときに体力が足りないのでは、困るのではありませんか」
「疲れ? そんな言葉は知らねえな。そんな弱っちかったら副将軍なんて務まらんわ」
「いえいえ気付かないだけで、年をとると回復にも時間が……ああ、もうこの戦争が終わったら引退してもよいのでは? 奥様が王都で待っていらっしゃいますよ」
「いやとんでもねえな。オレは戦場で死ぬって決めているんですよ。私は死ぬまで軍にかかわってやります、よっと」
「しかしもうすぐ戦争は終わります。アニスの予言では春には終わりますよ」
「そうしたら他の小競り合いしているところに行くだけだな。この国は敵が多い。戦場には困らん」
「名門公爵家の方が、なんともったいない人生を送ろうというのですか」
「公爵だろうとなんだろうと、三男坊には関係ない話でね。王家とは違うのですから」
「王家も五番目になると、この扱いですけれど、ねえ」
って。
延々しゃべってやがる……。
一見凄い勢いで戦っているように見えるのに、近づいては舌戦をも繰り広げているこの二人は、もしやまだまだ余力を残しているのか?
しかしこの二人、戦っている最中も、いつもの会議室にでもいるみたいな会話をするんだな……。
なんて、うっかり呆れて肘掛けにもたれかかって目が据わりそうになったところで、はっと立場を思い出す私。
いけないいけない、今の表面上の私は夫を心配する心優しい聖女だった。
しかもあのふざけた会話は誰にも聞こえてはいないから、表面上は真剣勝負中だったよ。
慌ててしゃきっと背筋を伸ばして戦っている二人をじっと見つめ、なんなら両手を胸の前で握りしめ、心配のポーズだけ決めてそのまま無表情でロロを通して二人の軽口を聞く私。
大丈夫、表情は厚化粧と距離のお陰で細かいところまでは見えない。
ポーズさえとっておけば、あとはみんなが勝手に想像してくれるだろう。夫とその部下を心配する心優しい聖女の気持ちを。
「先生の公爵家も、兄君たちに何かあるかもしれないではありませんか」
「いやあの頭の良い兄がヘマをするとは思えませんね。オレには無理ですよ。向き不向きが人にはある。あなたが誘ったんでしょうが、この世界に。それより坊ちゃんこそ、あの気弱なご長男を本当に一生かけて支えるんですかね?」
「あの人は血筋が良いからね。王家は血筋が全てだよ。だから私は軍功を上げなければならないのさ」
「生き残るのも大変ですね。王家に生まれなくて良かった」
「可哀想だろう? だからせめてここは私に花を持たせる気は」
「あるわけねえだろうが。オレも必死なんだよ。やっと出てきた“ファーグロウの盾”を、ここで破ったらオレも一躍有名人だ。老後も安泰だな! へっへっへ」
「もう十分有名だとは思うがな。一体どこまで名を轟かそうと言うのだか」
……ねえねえ、いつもより本音が出ていませんか? ほんと仲がいいよね――――
「よし」
「今だ」
へ? 今? 何が?
そう思った瞬間、私はロロを通して前方から真っ直ぐ私に向かって飛んでくるナイフを感知したのだった。
思わず椅子から転げ落ちて避ける。脊髄反射万歳。
すぐ近くで、カラーンと乾いた音がした。
だけれどちょうど将軍と副将軍が打ち合いをしていた音に紛れてだったので、どうやらナイフに気付いた人は少ないようだった。
それでも派手派手しく着飾って目立つ場所にいた私が突然椅子から転げ落ちて倒れ込んだので、あっという間に周りが騒ぎ始め――。
いや。
もちろん私の周りにいた人たちも驚いて声をあげていたけれど、それよりもずっと大きな騒ぎが同時に起こっていた。
どうやら中心で戦っていた二人の辺りが大騒ぎになっている。
慌てて顔を上げた私が見たのは、会場の中心で傷を負ったらしく倒れているレクトールと、その傷口から血を絞り出して毒出しをしているらしい副将軍の姿だった。
副将軍の必死の顔と怒鳴るような命令の声が、一大事だと物語っていた。
なん……だと!
あちらの二人を攻撃した人物は、どうやら周りのギャラリーが即座に追っているようだった。ならば。
「ロロ、私にナイフを投げた奴わかる?」
「にゃー」
『たぶんー』
「確保して!」
「にゃー!」
『はいにゃー!』
そして私はレクトールのもとに全速力で駆け出したのだった。
天幕から飛び降りる勢いで飛び出す。
「レクトール!」
そう! これだよ!
まさしく私はこの瞬間のために偽装結婚までしたのではないか。
さあ! そこの人垣!
私を、この妻を、レクトールの元に真っ先に通せ!




