闘技大会2
私は今にもこの場でティーカップを武器に持ち替えて模擬戦でも始めそうな人達を半ばあきらめ顔で眺めながら、ただ一人お茶を飲むしかないのだった。
こうなったらもう、きっと止められない。はいはい、救えばいいんでしょう。みんなちゃあんと救ってあげる。どうも彼らの様子からして毎年楽しみにしていたらしいものを、私の一存で取り上げるのは無粋というもの。
それに実は、ちょっとレクトールのかっこいい姿というのも見てみたいという下心もなきにしもあらず。
なにしろ普段は彼の訓練しているところ自体珍しいし、そういえば本気で戦っているところは見たことがなかった。彼が本気で戦っている姿は、きっとかっこいいに違いない……。
多少の怪我くらいなら、全部私が治せばいいのよ。そんな大変な作業でもない。即死でなければ私が救う。ええそれが私の仕事ですとも。皆様のご期待にはお答えします! え? ヤケになんてナッテナイヨ?
かくしてこの突如やる気に燃えあがった首脳陣たちによって、あっという間に闘技大会開催の知らせが城中に告知された。
そして毎年開催しているがために手慣れている上に、大喜びの城中のスタッフたちが張り切った結果、あっという間に会場の準備が完璧になされ、そして急遽決まったあの日から、それほど日にちも経っていない晴れ渡ったとある冬の日に、その闘技大会は開かれることになったのだった。
いやそのあまりに鮮やかな設営と準備の手際、この城の人達、優秀すぎでは……。
何はともあれそんなこんなで準備から開催までの数日間、突然この城の中がとても活気に満ちたものになったのだった。
まあ他にお祭りらしいものもなく、普段はたいした楽しみも無い地味な生活だったから、みんな実はこういうイベントが欲しかったのねと納得できるような盛り上がり。
とうとう開催日当日には、どういうスキルだかは知らないがあちこちで朝から小さな火球を花火のように飛ばして綺麗に散らしていたり、噴水を上げている人がいたりする浮かれようだ。
虹がかかって綺麗だね~。
そして城の至る所では、少しでも勝ち残って実力を示し出世したい兵士たちが武器を磨いたり魔力を込めたりしつつ気合いを入れ、その近くにはそんな兵士達を熱い眼差しで見つめる若い使用人の女性たちもいて。
こっそり恋人の勝利を祈ってか、お守りらしきものを手渡す女性なんかも見え隠れして、もうなんだか久しぶりにわくわくした空気が満ちていた。
うんうん、よかったねえ。たまにはお祭りもいいよね。
とりあえず敵襲への警戒は、ガーウィンさんとその部下たちが鳥たちや他にも四つ足の獣たちを大量に派遣して国境までのあいだを見張り、何か動きがあったらすぐに対応できるようにしているそうだ。警備の人たちもいつも通り交代で。
外から見たら一見いつも通りの生活、しかし城門の中では今日だけの、楽しいお祭り開催だ。
そしてこの城全体を包むわくわくそわそわした雰囲気の中、どうやらこの将軍様においては自らの武運以外にも関心事があったらしく。
そう、この闘技大会当日の朝、ただ今の私の状況は。
今日の朝早くに起こされたと思ったら、あれよあれよという間にこの夫(仮)の手配したらしいやたらと豪華な衣装に着替えさせられて、なぜかその出来栄えをこの夫(仮)に満足気に眺められているという。
「いいね、美しい。実はその冠の手配にちょっと手間取っていたのだけれどね。今回お披露目が出来て良かった。それにしても聖女の正装がとっても似合っているよ、さすがだアニス」
そう言ってゆったりと座りながら晴れやかな笑顔と目潰し光線のようなキラキラをこっちに向けているこの人は、またいつの間に、勝手にいろいろと計画していたらしい。
全然知らなかったよ、こんなものを手配していたなんて。それに「聖女」に正装というものがあるということも……。
なんだこれ、どこぞのお姫様か? という言葉を思わず飲み込んだ、そんな鏡の中の姿です。
「アニス様、お綺麗です! なんて美しい聖女様でしょう! とっても素敵です……!」
侍女やその他の私を見る使用人たちが、もれなくそんな事をうっとり言い出す事態に私は少々戸惑っている。
この事態の原因、それは。
私はなんと今日は主賓として、この闘技大会を見学することになったのである。
私は王族かつ「聖女」として、昨日ちらっと見かけた時に「わーすごく偉そうで豪華だなー」なんて呑気に感心していたあの会場の天幕の、そのまた一番の上座に鎮座していた偉そうな席に座って大会を見学するらしい。
あれ、私の席だったのか……てっきり将軍と副将軍が座るものだと思っていたよ……。
そしてそんな行事に主賓として出席するということは、なんと「正装」しなければいけないと。
「正装」――それは権威を表す装束。
金糸銀糸で飾られた、白い流れるようなドレープがふんだんに重ねてあるそれはそれは高価であることが一目瞭然な衣装がいつの間にかにあつらえられていた。もちろんレクトールのオーダーだから、私の体にぴったりフィット。そしてその上に羽織るのは、迫力満点でやっぱり偉そうなオーラをこれでもかと放つ外套。
天幕の中とはいえ冬でどうしても寒いので、ふんだんな毛皮とどう見ても高級な地模様入りの厚い生地で作られた総刺繍の絢爛豪華な外套ですよ。もう、身に着けて立っているだけで威圧感がとんでもないことになる代物だった。
そして極めつけは、この宝石で飾られた冠である。
またレクトールが張り切ってオーダーしたらしいこの冠は、どうやら「聖女」を示すらしいデザインが取り入れられた私専用の冠ということだった。宝石の使い方とそれを囲む意匠が「聖女」のシンボルをどうのこうの。
もはや私にはただの目が潰れそうなキラキラした輝きの塊にしか見えませんが。
なんだろうこの輝き。なんかそういう光るような魔術でもかかっているのかな。夜道を照らせそう、思わずそう思うくらいには光り輝いていた。
「王族専用の冠は王宮にある工房で作るんだが、今回はここに居ながらのオーダーだったから出来上がりが少々心配だったんだ。でも、うん、よく似合っているね」
そう言ってたいへん満足気なレクトールだけれど、ねえ、この冠一つだけでも王様からの許可を取ったり王妃様からの妨害を排除したり、この大量の宝石を用意したりしなければいけなかったのでは? この冠を飾る宝石たち、さっき説明の時にいちいち「とても貴重な」なんていう枕詞がついていたよ……?
これ、そうほいほい気軽に作れるような代物ではないよね……?
そんないろいろ乗り越えて、これほどの豪華で立派な「聖女セット」を手配してくれていたとは、もう驚き以外になかった。いつの間に。時間もかかるだろうに、その計画は一体いつから?
などと思いつつ。
「ありがとう、レクトール。とっても素敵ね」
それだけ言って私がにっこり笑顔になる事が、今の私が彼にできる精一杯のことだと思ったから。そしてきっとそれが、彼が一番喜ぶだろうとも思ったから。
だからたとえそれがどんなに、そう、二重の意味で重いものであっても、私は笑って受け取ることにしたのだった。
いや実際重いのよ。冠もだけれど特に衣装が。
だけれど、この豪華な衣装のお陰で外にあるあの天幕の中でもあまり寒くはなさそうだった。
しかも今回家政婦であるライザの化粧の腕前が実はプロ級で、張り切って私に表舞台用のたいそう派手な化粧を施してくれたものだから、今現在もはやこれは誰? と言いたくなるような派手派手しい、だけれど遠目にはきっととても美しいだろう顔面が出来上がっているのだった。
いや舞台用の化粧って、凄いね? 遠くからでも目鼻だちがはっきり見えるように、目も唇もはっきりくっきり大きく強調されているから近くで見ると厚化粧感が半端ない。鏡を見た私もあまりの迫力にちょっと狼狽えたくらいだけれど、確かにこれくらいでないと遠くから見た時にぼやけてしまうのだろう。
すごいなライザ。どこでこんな技術を身に着けたのか。とにかく驚くほど派手だけれど、それでも全体的にはとても美しいと思える仕上がりなのは彼女の腕前なのだろう。
見事な化けっぷりだ。
私、突然こんな派手な化粧と衣装の人にうっかりばったり出会ってしまったら、きっとその迫力に恐れをなして即座に逃げるだろうな。何度見ても我ながら偉そうな雰囲気がぷんぷんしていて怖い。
これが私ですってよ。
冠と衣装と化粧。これらの醸し出す総合力で、この普段は地味な私が嫌でも高貴な人に見えるのだった。
ああ……馬子にも衣装……。
普段は全てが地味なこの軍事拠点に、なんと似つかわしくない煌びやかさよ……。




