カレーを作りながら考える作品考察
台風が二つきましたねぇ! この台風が過ぎると、また猛暑が戻って来るそうです! 皆さん、アイスボックスの買いだめは涼しい今ですよぅ^^
当方一つの業務がひと段落つきましたので、あとは年末のアップデートを残すのみです!
アリアが家に帰るとそこにはソファーで寝息を立てている沢城の姿だった。何度かこの光景は見た事がある。あえてアリアは沢城を起こさずに『誰が為の黄昏 ~蝶と死に損ない共の物語~ 著・雨宮葵』を開いて読む事にした。
今の時間は四時半を少し過ぎた頃、そういえばお昼を取るのを忘れて古書店「ふしぎのくに」にて本作の読み合いをしていた事になる。さすがに自分が本の虫である事を自覚せざる負えない。
「ふふっ、おにぎり食べたくなりましたわね」
今まで食べた事は数えるくらいしかないそれだが、作中で登場するとふに想いを馳せながら続きを読む。
ルルルルル♪
自宅の電話が鳴る。沢城が起きないようにさっとアリアはそれを取った。兄か、両親かどちらかだろうと思ったが声の主は聞きなれない声。
『アリアの身体データを送る参考にされたし』
自分の事だろう。アリアは本を読もうか考えたが、先の不穏なデータの事が気になって、沢城の部屋に黙って忍び込んだ。そこは簡素とした部屋。モデルルームのように生活環を感じない。その部屋の中に備え付けてあるパソコンを動かし、アリアはメールを開いた。
そこに書いてある事を読みアリアは吐き気をもよおす、そしてパソコンを閉じ、アリアが振れたであろう形跡を残して再び読書をする。一時間程経った頃に沢城は目覚め、時間を見て少し驚き、アリアに謝罪した。
「お嬢様、お見苦しいところをお見せしました。お食事はすぐにお持ちします」
「沢城さん、気にしなくていいわ。貴女の血を貰ってるからお腹はすいてないわ。でも夜はカリーが食べたいかしら?」
作品内で二回お描写されていたのでアリアのお腹はカレーライスを受け入れる体制が出来上がっていた。沢城はかしずきこう言った。
「子供はカレーが好きですからね。腕によりをかけてご用意いたします」
何故か微妙に毒づく、それにアリアは斜め上からの反論をしてみた。
「沢城さん、カレーの作り方を教えてくださいな。一緒に作りましょう」
少し考えると沢城は掌を見せる。何も持っていないというアピールの後に手を握り、そこから可愛いフリルのついたエプロンを取り出す。
「ではこの戦闘服を着用してください。台所とはそれ相応の覚悟をお持ちの方しか足を踏み入れてはいけません故、しかしお嬢様この夏休みに素敵な出会いでもありましたか? 女子の手料理は意中の男子を落とすとも殺しかねない諸刃の刃、その覚悟がおありであれば、最高のカレーライスをご教授致しましょう」
アリアの中ではカレー作りなんていう物は林間学校でクラスメイト達とわきあいあいに作るアレと思っていたが、自宅の広いキッチンで沢城は次々に香辛料の入った瓶を取り出す。
「まずはルー作りです。ターメリック、コリアンダー、シナモン、カルダモン、ナツメグにクローブ。あとは各種胡椒。そして当沢城シェフオリジナルのパプリカと京七味。ではスパイスの類をお嬢様はすりつぶしてくださいな」
こんな本格的なカレー作りは全く期待していなかったが、しかたがないのでアリアは言われたままにそれを行う。
「ねぇ、沢城さん。存在しているか定かではなかった命と存在しているはずではなかった命、どう違うと思いますかしら?」
「絶対にカレーにならないスパイスを混ぜてカレーを作るか、混ぜればカレーができるかもしれないスパイスでカレーを作るかの違いではありませんか? ちなみに、混ぜる順番を間違えると味が落ちますのでお気をつけを、その作品はそういう言葉選びは上手ですね。気持ちのいいストレスを与えてもらえますね」
沢城の答えに分かるようで、分からないアリアは言われた通りにすりつぶしたスパイスを沢城に渡す。
「ターメリックを炒めるのはこの沢城にお任せを」
真っ黄色なターメリックがみるみる赤みを帯びていく、そしてアリアから受け取ったスパイスを混ぜしばらく炒る。普段アリアが食べてるカレーの匂いが立ち込める。
「これで完成かしら?」
「お嬢様、温室育ちもほどほどにしなければいけませんよ? そんな事では意中の彼に呆れられてしまいます。私が学生の頃は胃を抑え込み、複数の男性と不純異性交流に乗じたものです」
小学生女子に言うような話ではないが、確かにアリアの知るカレー粉はあの固形状のルーである。沢城はフライパンにバターを入れてさらに小麦粉を混ぜ込みながら煮込む。
その間に沢城はアリアに問う。
「そういえば、氷の溶かし方について書かれている内容がありましたね。私ならグラグラと煮詰めた鉄の中に放り込みます。どんな氷でも秒単位で蒸発ですよ。この項目は面白いんです」
作中で語られる強固な防衛手段の突破策について沢城は斜め上のされど、当然ありうる事を言ってのけた。
「圧倒的戦力差、技術差での強硬突破ですわね。そうならないように、あえて施設に侵入させやすくなっているというのはどう考えますの?」
「そうですね。施設職員の怠慢です。当然、そこの人的ガードに有効打があり、自信と経験があったとしての処置……傲慢ですね」
恐らく、これほどまでにこの項目で熱く語れる者はそうそういない。沢城がベビーシッターという名目上、この家の守護者であるが故の回答だろう。
「ですが……これは物語なのですわ! なんですよね? お嬢様的言葉を使うと、そのお嬢様の言葉遣いにも少々の驚きを私は隠せませんが」
無表情ながら口はよく動き、ちゃんとルーを作る手もよく動く。
「ふふっ、沢城さんなら黄昏から生きて帰ってこれるかしら?」
「無論です。何故なら侵入しませんので、危険なところにわざわざ足を踏み入れるような愚者の選択をしない事が、伝説的ベビーシッターとしてカレーを今作っているのですよ。お嬢様、冷蔵庫に入れてあるコンソメをお願いします」
沢城が二十四時間煮込んで作ったダブルコンソメ、これで作る煮込み料理の美味さは折り紙つきである。それを入れながらアリアと作ったカレー粉を入れていく。そして混ぜ煮込む内にアリアのよく知るカレールーが出来上がってきた。
「カレーの定番、林檎とハチミツ、そして京七味を混ぜ込み型に入れてしばらく冷やします。今回は氷を使い時短しましょう」
我がベビーシッターながら本当に手際の良い沢城に感動を覚える。一応雇用主である自分に対してもまぁまぁな態度を取ってくれる彼女だが、どんな時でもアリアの味方でいてくれる。
だからこそ、アリアは聞く必要があった。
「例えばの話をするわね? 何か知られてはいけない事に対して、その裏で二十九の中軽度な情報漏洩があったとし、そこには至らない三百の」
「ヒヤリハットの段階を調査すればそこに至りましたという事ですね。やはり私が眠っていたのが問題でしたか、『傷害四角錘』の使い方をお嬢様もその作品も間違ってますよ。侵入された時点、お嬢様に感づかれた時点でそれは重大事故なんですよ。この場合は侵入しようとしてやめた、あるいはお嬢様は調べようか考えたけれど読書に戻った。ここがデッドラインです。私は賢いお嬢様は大好きですが、賢しいお嬢様は大嫌いです」
ドクンと心音が高鳴るアリア、沢城はいつもと変わらない表情でよく切れる包丁を手に取った。それでどうするつもりなのか?
当然、包丁の使い方。
サク、サクサク。カレールーを一口サイズに切っていく。それに飽きれつつも今だ緊張は解けないアリア。
「お嬢様、そのご情報ですが忘れていただけませんか? でないと沢城もお嬢様も冗談抜きで命の保証ができません。とりあえずカレーでも食べながら考えませんか? どうせなのでお勉強です。ヒヤリハットで終わるものは正直直接的に大事故につながりません。今や、大事故につながりかけています。この会話も聞かれている事を考えれば既に大事故でしょう」
至って冷静に沢城はカレー作りを辞めようとしない。ごはんも炊けてカレー専用皿にカレーを盛ると沢城はそれをテーブルに運ぶ。珍しくアリアの前で食事をしない沢城が自分の分も用意している事から普通と今日は違うのだろう。
「まずは、出来立てのカレーを食べましょう」
「そうね。あまりよくない状態なのでしょう? 沢城さんは随分冷静ね?」
「この程度のイレギュラー、伝説的ベビーシッターとしては朝飯前です。今食べているのは夕食ですから、あしからず。人の死は、『誰が為の黄昏 ~蝶と死に損ない共の物語~ 著・雨宮葵』のように綺麗ではありませんよ」
粛々とカレーライスを平らげる沢城、彼女は普段使っているスマホではないスマホを取り出すと何処かに電話をかける。
「はい、亡命をお願いしたく思います。できれば早く」
妙に物騒な単語が聞こえるが、綺麗な死とは蝶の食事の事だろう。確かにあんな死なら最期はそう願いたい。そして作中でペアになった者の共同生活はアリアにとって羨ましいの一言だった。自分に兄が一人いるが、兄と話した事は多分ない。兄はこの国を、いや世界をもしょって立つ人間、地上最高消費者となる運命を持っている。
「まぁ、ナイフの投げ合いみたいな事であればお兄様とした事があったかもしれませんわね」
カレー後のコーヒーに舌鼓を打っているアリアに沢城はこう言った。
「お嬢様、明日古書店『ふしぎのくに』とやらに行く時に金鍵という物を盗ってきてください。亡命が失敗した時の最後の頼みです。残念ながら、お嬢様を尾行しても私には古書店「ふしぎのくに」とやらにはたどり着けませんでしたので」
「金の鍵ですの? 確か、セシャトさんが本をそれで……しかし、人の物を盗るというのは私の流儀に反しますわ。教えて頂戴、今何が起きているのか?」
今までしばらく涼しかった8月がじわりと熱を帯びてくる。それはアリアの夏を簡単には終わらせないように……
お時間のある休日、カレールーを香辛料から作ってみてはいかがでしょうか? 実際にこの方法でカレールーが作れますよぅ! 料理という物ですが、順序を間違えると完成しなくなります。それは小説も同じかもしれませんね^^
『誰が為の黄昏 ~蝶と死に損ない共の物語~ 著・雨宮葵』
まだ読まれていない方がいらっしゃいましたら是非楽しんでみてくださいね^^




