99.独りの女は狂気に沈む
珍しく第三者視点です。
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風に揺れる葉の音すら聞こえぬ森の中。その静かな森の中で、1つの地を這うようなうめき声が響く。
うめき声の主は、体中が腐ったように剥がれ落ち、その身を地面に沈めていた。
ほとんど動かないその首を強者としてのプライドだけで持ち上げ口を開く。
ほんの少し口から出たうめき声。
それに応えるように放たれたのは女性の掠れた声だった。
「黙りなさい。蜥蜴風情が」
次の瞬間、うめき声の主の首は地面を転がっていた。人間程度ならば軽く飲み込むほどの大きな首は音もなく女性の足元に転がっている。
「たかが人形の蜥蜴が無駄に魔力を食いやがって」
女性は霧となり消えていく巨体に手を向け、数本の指を小さく動かす。
一切の魔力の揺れもなく、地面から顔を出した影は、その巨体を、龍の死骸を飲み込む。
1秒にも満たない時間で龍の死骸は霧になることもなく、消え失せた。
「そのごみも片付けなさい」
女性が顎でしゃくり、示した先にあるのは1枚の鱗。龍の首元にあった逆さの鱗だった。
そこに龍がいた証拠のすべてを影が飲み込んだのを見届けた女性は役割を失った影に腰掛ける。
影は一瞬ビクリと震えるが、すぐに豪華な椅子へと形を変えた。
この女性がここに来たのは偶然だった。
退屈を紛らわすために偶然訪れたダンジョン、の入り口。この世界では数少ないダンジョンへの扉を開くことのできた入り口である。
さらに言うのならば、この場所のような模造品の入り口がダンジョンへの扉を開くのは世界で初だった。
だからこそ頭にこの場所が浮かび、訪れた。
入ってみればそこは異様だった。人の気配がほとんどない。自分がいる自然のような場所に2人。それ以外は、いない。
不意に上を見上げてみれば、蜥蜴が不快な視線をこちらに向けている。思わず殺してしまった。
近くにいた他の奴らもおびえるように壁際へと逃げていく。不快だ。
そうしているうちに、唯一いた人間である2人も異変を感じたのだろう。慌てたような様子で帰っていった。
「あぁ、似ている。殺したくなるほどそっくりだ。どうして力があるのに、可能性があるのに、考える頭があるのに、なのに、なのに」
頭を掻き毟る。下ろした手には何本もの髪の毛が絡まっていた。
「殺したい、殺したくない、殺せない」
再び振り上げたこぶしを、自分が座る椅子へと叩きつける。
断末魔が聞こえ、椅子が霧になり消える。
まるで重力が無いかのようにゆっくりと着地し、足元に落ちた真っ黒の魔石を踏み割った。
「魔力が足りない。入り口はもう増やせない。人間どもは弱すぎる。臆病すぎる」
足に魔力を纏わせ近くにそびえたつ木を蹴り飛ばす。木はへし折れ、地面が割れた。
「スタンピードじゃ足りない。なんとか、どうにかしないと」
つま先で地面を2度叩く。そこから黒い小さな光が現れる。
「みんなのダンジョンを、お墓を守るために」
黒い光は女性を包み込み、消える。
割れた地面、へし折れた樹木。それらが再生されることは無かった。




