15.兄妹は関門へとぶつかる(1)
俺たちは今、今日のボス攻略のために準備を整えている。
壺に手を突っ込んで。
当たり前だが漬物を作っているわけなどではない。前に倒した金色のスケルトンからドロップした、もう1つのアイテムがこの壺だった。最初はなんの変哲もない壺だと思っていたのだが、帰り道のバッグ代わりにしようか、と持ちきれないドロップアイテムを詰め込んでいたのだが不思議なことが起きたのだ。
壺の中に物を入れると同時に中の物が消えていくのだ。そしてもう一度壺の中に手を入れると今、中に何が入っているかがなんとなく分かるのだった。
ついに夢にまで見た収納系のアイテムが。と興奮し、その後偶然見つけた30匹ほどのスタンピードをチェインの実験がてらに殲滅してドロップしたアイテムをすべてを壺の中に入れた後、持ち帰ろうと持ち上げたのだが。
重かった。元の壺は数キログラムといった程度の重たさだったのに。今では上がったステータスを加えても持ち上げるのが大変なほどだ。なんとなくこの壺の効果を理解しながらも、戦闘の邪魔にならない程度の重さになるまで中身を捨て、帰ることにした。
家に帰りこのアイテムの性能の実験に使うのはバケツと体重計。まぁ分かるだろう。バケツの中におもりを入れて重さを測り、次に壺に同量のおもりを入れて重さを測る。残念なことに予想は正解だったようだ。
壺の性能は見た目以上の量の物が入れられるが、重さが減ることは無い。入れられる量の限度は不明。つまりは、限度が無ければ恐ろしいほどの密度を持ったものが作れると。理論上では。
しかし個人で使うのにそんなものは必要ないわけで。俺の家の収納がすべて30センチの3乗の中に納まった瞬間だった。壺の口からは絶対に入らないようなものまでも何故か入る。壺の入り口に触れる時点で空間が屈折したかのように小さくなって壺の中に入ってしまうのだ。
イメージとしてはあれだ。炎のすぐ上では熱の影響で視界がゆらゆらして見える奴の進化系のようなイメージ。ちなみに生物は入らないらしい。
それはさておき装備などの必要なものを壺から出して、念入りに手入れをしてから着込んでいく。それから庭に出て組手を始める。
最初には地下でしていた組手だが、互いの技量も基礎体力も上がった今では地下でやると一瞬で壁にぶつかってしまうので外でやることにしたのだ。その代わり武器は無し。ご近所さんなんていないし、壁に囲まれた庭だが、もし見つかって通報でもされたらさすがに困る。
というわけで跳んだり蹴ったり殴ったりの組手をした後呼吸を整え。装備をもう一度お互いで確認しあう。
「今日は何があってもボス戦1回で終了だ」
「分かった。前回と同じだったら逃げることもできるから、けがしないこと最優先でね。おにい」
軽く言葉を交わしダンジョンの中に入っていく。通る道は転移の間までの数メートルなのでモンスターに出会うことは無かった。そのまま転移で15層まで行くと目の前には大きな門がある。
今日はリュックではなく体に密着するポーチしか持ってきていないので荷物の整理は必要ない。腰には黒狼のナイフと使い続けてきた鉈。ポーチには3本のポーション。そして手には鍬を持つ。ハルも俺の後ろでしっかりと釘バットを構えた。
「まずは様子を見る。行くぞ」
門に手を触れるとゆっくりと、重たい音を立てながら開いていく。徐々に中の様子が見えてくる。そこは洞窟のようで、しかし、いくら暴れても平気なような。学校の体育館程の大きさがある空間がある。そして真ん中には。地面から生えた岩に座り目を瞑るボス。
『人化牛』
その部屋に足を踏み入れると同時にボスの名前が頭の中に表示され。そして目を瞑っていた。3メートルほどの体をした牛頭の大男が目を開く。
まだ10メートル以上も俺たちと間があるその場所で人化牛は警戒の目を決して俺たちから離さずにゆっくりと立ち上がる。それと共に人の胴体程はあろう太さの大きな腕は人化牛の横に転がっていた大きすぎる斧を軽々と持ち上げる。
その巨体を見せびらかすように斧を上に振り上げると斧が赤黒く光りだす。圧倒的な力が斧に溜まっていくのを感じ、冷や汗が垂れてくる。いくらボスだとはいえ、この10メートル以上空いた間合いを詰めることは難しいだろう。体には変化が無いため機動力を増すスキルは使われていない。だから移動には自らの力で移動しなければいけないのだ。こちらまで届くわけがない。そのはずなのに胸騒ぎがした。
「ガアァァーー‼」
鳥肌が立つほどの雄たけびを上げ人化牛は斧を振り下ろしていく。地面に向かっていく斧から力の流れがこちらに伸びてくるように見えた。
「横に跳べ‼」
考える前に叫び、思いきり左に跳ぶ。俺とハルが左右に跳ぶと同時に先程まで俺たちが立っていた場所を力の奔流が駆け抜ける。残ったものは地面にできた大きな亀裂だった。
「グアァァーー‼」
人化牛の初手を終え間髪容れずに斬撃が通った場所を駆け抜けてこちらに近づいてくる。
「『スピード』」
自分とハルに付与をかけ、人化牛が突っ込んでくる延長線上から離れる。
「あ、『ボム』『ディカプル』」
ハルが何かに気づき人化牛に10発の魔法を放つが斧の一振りで払われてしまう。体に当たった数発も軽いやけどを作っただけだ。ちなみにディカプルは10つという意味。
「おにい、退路をふさがれた。人化牛かなり頭いい」
今の状況はかなり悪いように思える。俺とハルの距離は最初の攻撃で離されてしまったうえに退路は塞がれている。
「いつも通り俺が突っ込む。魔法は効果が無いだろうから目くらましを中心に」
鍬を構えて人化牛に突っ込んでいくさっきの攻撃を見た限り俺との力の差はホブゴブリンと戦った時より遥かに高い。1回でも打ち合ったのならば武器ごと真っ二つにされるだろう。
だからこそ打ち合わない。受け流しでさえ吹き飛ばされるだろう力の差だ。攻撃は全て避ける。そこに攻撃を与える余裕なんか微塵もない。攻撃を仕掛けるのはハルのボムで目くらましをした瞬間だ。
目の動き、筋肉の膨らみ、呼吸のタイミング。すべてを無理やり把握しながら攻撃を躱していく。
攻撃が速すぎて目が回りそうになるがそうなった瞬間待っているのは死だ。必死に躱しその時を待つ。ハルの魔法が飛んでくるまでその一瞬が長く引き延ばされる。
「おにい‼『ボム』『ディカプル』」
先程より一か所にまとまった10の魔法が真っ直ぐと人化牛の顔に突き刺さり爆発を起こす。人化牛は硬い。この魔法を食らっても平然としていることだろう。しかし、目的は目くらましだ。戦闘では目をつぶしたらほぼ確実に勝てる。そして人化牛のその顔は煙に巻かれていて周りを見ることができなくなっているのだ。勝った。
「脳みそまで切り飛ばせ。『チェイン』」
斬撃が目を通り体内にまで伝わるようにチェインで斬撃を伝染させる。
人化牛の目に一寸の狂いもなく向かっていった鍬は。
目を切り裂く寸前に、人化牛の手によって受け止められた。斬撃が伝染し、腕に多数の傷をつけるがそれを鬱陶しがるかのように手を払う。鍬を握りしめたまま。
当然のように鍬の反対側は俺が持ったままだった。人化牛の軽くであっても俺たちにとっては死にかねない攻撃になる。俺は鍬に掴まることもできずにすさまじい速さで吹き飛ばされた。鍬もしっかりとへし折れた。
「おにいっ‼」
ハルの慌てた声が聞こえる。大丈夫、骨は折れてない。立ち上がり、3つのポーションをすべて頭からかぶる。全身から痛みが抜けていくと同時に興奮していた頭もすっと冷静になる。
だからこそ気づけた。今の人化牛の行動は明らかにおかしかった。今までのモンスターは視界を遮られると、必ずと言っていいほど突っ込んできた。しかし、この人化牛は慌てることすらもなくまるで攻撃される場所が分かっていたかのように鍬を受け止めた。
人化牛の今の行動がモンスターにプログラミングされた行動の一部だとするならば、少々拙い。だからこそ試す必要がある。
「ハル、爆弾を投げろ‼」
爆弾など持っていないどころか持ったこともないものを投げるように指示すると、案の定ハルは慌てたような行動をとる。それは問題ない。わざわざまずい行動に移らないように混乱して動けないような指示を出したんだから。が、しかし。
「人化牛。おまえ、人の言葉理解してるだろ」
人化牛にそう問いかける。人化牛は俺がハルに指示をした直後にハルから一歩距離を取り斧を盾のように構えた。まるで爆風や破片から体を守るかのように。
「なんで、お前が爆弾のこと知ってるんだ?」
ハルも気づいたようで、釘バットを構えながら近づいてくる。
「それがダンジョンの知識? まあいい。人の言葉を理解する知能があるなら私たちの敵じゃない」
「じゃあ、第二ラウンドと行きますか」




