106.兄妹は魔力の秘密を垣間見る
4月1日から新作、『“ぼっち”な迷宮製作論』(仮題)を投稿します。
地下室ダンジョンとも絡めていますので、興味が湧いた方は是非そちらも
見に来ていただけると幸いです。
進化の水を手に入れた俺たちはすぐにダンジョンの洞窟1階へと戻ってきていた。というのも再生ゲルを使った実験に集中するのならば遺跡ではあまりにも危険だからだ。
実験をするのに相手がゴブリンだと気がひけるので、スライムを確保する。
俺に抱えられたスライムは俺を攻撃しようと暴れるが、ステータスの差が大きすぎるため俺にダメージを与えることも手の中から逃れることも叶わない。
ただ実験を開始するうえで問題が1つ。
「ハル、スライムの口ってどこだ?」
「さぁ? 全身じゃない」
今俺が抱えているスライム、というよりこの世界に誕生したダンジョンに出現するスライムには口や目などといったものは存在しない。だからこそ生物らしくなくて実験に向いていると思うのだが。
「おにい、別のモンスターにする?」
「それだとグロテスクなことになるぞ。たぶん」
俺たちのやろうとしていることは再生ゲルを使いモンスターを再生過多、膨らんだ状態にしてからポーションで元に戻そうという実験だ。
もし成功すれば俺の手でも同じことをするわけなので結局グロテスクなことを見なければいけないのだが、その実験を獣型や人型のモンスターでするのは、いくらモンスターを倒し慣れているといっても遠慮したい。
よく考えてみればダンジョンに入ってからモンスターを倒すことにそこまで大きな忌避感を抱いたことは無いように思う。どちらかと言えばモンスターを倒すことではなくその過程。初めてホブゴブリンを倒したときにその戦闘の過程から体調を崩しかけたのはよく覚えている。
「よし、再生ゲルも1個しかないわけじゃないし試してみよ」
さすがに猪や狼、ゴブリンなどが膨らんでいくのを見るのはハルも嫌なようで、うんうん悩んでから再生ゲルをスライムにくっ付ける。
「食べるかー?」
さすがにくっ付けた瞬間再生を始めるというようなことは無いようで、再生ゲルをくっ付けられたスライムは俺の手の中でぷるぷると藻掻いている。
「延ばす?」
ハルはトンファーを手に取りスライムにくっ付けた再生ゲルを延ばし始める。トーストにジャムを塗るときのような感覚だ。
スライムの体の半分を覆うほどまで再生ゲルを延ばした時だった。今まで逃げるように動いていたスライムが急にその場で暴れるような動きに変わる。
「おっと」
明らかに動きが変化したのを感じ、俺はスライムを壁際に放った。地面に落ちたスライムは逃げるでも、攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、その場で縮み始める。
「再生ゲル、効き始めたかな」
ハルは右手にふたを開けたポーションを持ちタイミングを計る。
1度小さくなったスライムは少しの間そのまま小刻みに痙攣すると、堪えきれなくなったようにいきなり膨らむ。この時点で直径は最初の倍ほどまで膨れていた。
「ハル、本当に再生なのか少し試してみる」
俺は刀を抜き、スライムを倒してしまわないように斬りつける。スライムに付けられた傷は一瞬で元に戻る。
次はスライムの一部を削ぐように切り裂く。斬り飛ばされた部分はすぐに黒い霧となり消えてしまったが、斬られた本体側はすぐに再生を始める。
再生の速度は単純に斬りつけたときよりも遅いが、それでも十分な速度で再生を続け30秒ほどでスライムの体は切られる前の状態に戻っていた。
「傷を再生してる間は他の部分を無駄に再生したりはしないみたいだね」
「再生するのに順番があるってことだよなぁ」
俺たちは実験の内容を忘れ、観察を続ける。その後もスライムは大きくなり続け、それが止まった時には直径にして元の十倍ほど。俺たちでさえ軽く飲み込むほどの大きさになっていた。
ただしそんな大きくなった自分の重さに耐えきれないのだろう。大きくなる前の水滴のような丸形ではなく、地面に這うような形になり身動きが取れなくなっている。
身体のいろんな場所で波紋のようなものが現れては消えているのは動こうと努力はしている結果なのだろう。
「というか、これは別の意味でやばいな」
「膨らむとかじゃなくてってこと?」
ハルは動けなくなったスライムの端をトンファーでつつきながら首を傾げる。先ほどまで右手に構えていたポーションはいつの間にかダンジョンの壁際、スライムが触れられない場所へ置いてあった。
「ほら、再生ゲルの効果って使用者の魔力を使って再生し続ける。みたいな内容だっただろ」
「うん、スライムも最初は膨らむのを抑えようとしてたけど無理そうだったし。強制力は強そうだよね」
「いや、そうじゃなくて。1階層のスライムが持ってる魔力ってかなり少ないだろ」
「そうだね。あれ? もしかして、そんな少しの魔力でこんなに膨らむの?」
俺たちは【魔法】と【付与】だが技能には【回復】も存在し、それを取っている探索者は仲間に回復の魔法を使うことができる。最初は微量の体力回復効果程度しかない魔法だが、それを使う探索者が森林や遺跡で戦うようなレベルにもなれば魔法1回で中級ポーションほどの回復効果を与えることができるようになる。
しかしそれはハルの【崩壊】に匹敵するような多量の魔力を使って、だ。
「再生ゲルが馬鹿げた魔力を内包しているか、探索者が使う回復魔法の効率が異常なレベルで悪いのか。どっちだと思う?」
「効率が悪い方。再生ゲルにそこまでの魔力があるなら、遺跡のスライムはもっともっと強いだろうし、私なら再生ゲルを見た時点でそこまでの魔力が無いのは分かる」
「だよな」
そう考えると効率が悪いのが回復の魔法だけとは考えづらい。1階層のスライム程度の魔力でここまで大きな体を作ることができるのだ。たったそれだけの魔力でそれほどの事象を引き起こすことができるというのなら、俺やハルの使う魔法の威力は低すぎると言える。
「魔法陣で効率が上がったと思ってたが、考え直しだな」
「そうだね。もうここまでくると魔法陣で効率が良くなるのすらフェイクな気がしてくる」
ハルは立ち上がると、置いてあったポーションの方へ歩み寄る。
「フェイクってのは?」
ハルはあーあ、と呟くと枯れたような笑い声を浮かべ、置いてあったポーションを蹴飛ばした。
「このダンジョンの製作者。少なくともそっちには魔力を効率的に運用する手段があって、その手段をモンスターに与えてない。ダンジョンを守ろうとするならそんなことはしない」
宙を舞ったポーションは動けなくなった巨大なスライムの上に落ち、その体にポーションをまき散らす。
スライムは黒い霧を体中から出しながら少しずつ縮んでいく。縮む速度が遅くなる度にハルは新しい低級ポーションを振りかけていった。計8個のポーションを与えられ完全に元の状態に戻ったスライムはそのままハルにとびかかり、蹴り飛ばされて消えていった。
「まずは、おにい。腕を治そう。実験は成功だよ」
空になったポーション瓶をダンジョンの奥に投げ捨てたハルはそう、にこやかに笑うのだった。
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次作『“ぼっち”な迷宮製作論』連載中です。
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