第87話 対ソ戦、東シベリア占領とロケットの天才
ソビエトの宣戦布告を受けて、今村中将率いる第二軍は南雲中将の第三艦隊より早く、ソビエトの沿海州への侵攻を開始した。しかし、かねてからの計画通り今村司令はウラジオストク要塞そのものは攻撃せず、手前のウスリースク、パルチザンスクなどを押さえると、後は海軍のウラジオストクのソビエト太平洋艦隊との戦闘に任せて、ウラジオストクを孤立させる最小限の戦力を残したまま、早々に攻撃目標をハバロフスクに移した。
ここでも日本軍はシベリア鉄道を押さえて物資の供給を断つと、数で勝るソビエト軍航空兵力を、新鋭戦闘機と優秀な練度を誇る日本航空隊で落とし続け、支援のない状態となったハバロフスクを温存していた機械化師団でひと押しに陥落させた。
今村司令は、ハバロフスクを第二軍の東シベリアでの本拠地に定め、周辺に防衛陣地を築き、内満州と外満州を一体化した防衛・物資輸送網を構築して、次に来るべきヤクーツクへの侵攻に備えた。
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同じ東シベリアの都市でもハバロフスクとヤクーツクでは最低温度が30度は違う。すなわちハバロフスクでは-30°程度の最低気温だが(これでも何もなしに外にいたら簡単に凍死するが)ヤクーツクは-60°にも達する。
ヤクーツクは間違いなく極寒の地であり永久凍土の地だ(それでも夏場はプラスの30°近くになるという典型的大陸気候だが)。そんなところを何故、侵攻するかというと、ひとつは鉱物資源そしてもうひとつ人的資源である。
ヤクーツクの西に位置するミールヌイやウダーチヌイには露天掘りで掘れるというダイアモンド鉱山がありロシアのダイアモンド生産の殆どを占める(この時代は、まだ発見されていないけど)。そしてヤクーツクの東北方面にあるコルィマ鉱山には、後にナチスのアウシュビッツと並んで史上最悪と言われるほどの強制収容所があり、そこにフォン・ブラウンと並び称されるソビエトの宇宙開発の巨人、セルゲイ・コロリョフが冤罪で収監されていた。
ダイヤモンドや金も欲しい(何しろ第二次大戦の疲弊したソビエト経済を支え、共産圏の戦後復興の資金になったと言われているほどの鉱物資源だ)が、コロリョフはそれに勝る宝だ。そして彼の救出に差し向けられたのは、当然のごとく第13独立戦隊だった。第二軍のヤクーツク攻略を待たず(というかコルィマ鉱山はヤクーツク東北とはいえ、かなり離れていて最寄りの作戦開始場所はヤクーツクよりも、オホーツク海沿岸のナガエフ湾になる)作戦はおこなわれた。
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使い慣れた(?)特殊揚陸船「神州丸」がオホーツク海、最奥にあるナガエフ湾沖合に到達すると、朝霧のかかる陸地に向かって船尾ハッチから鉄機兵部隊を発進させる……そこから一路、300km内陸のコルィマ鉱山まで駆け、鉄機兵部隊の赤井隊長ことセッちゃんがソビエト軍士官に成りすまして(神狐様だから容姿を変えるのはもちろん言葉もばっちりだ)収容所管理官に彼を呼び出させた。
「……本当に、この男でいいのか?」
そこにいたのは、昔の頑健な写真の姿とは似ても似つかぬ、やつれた男だった……1938年7月、ソビエト内務人民委員部(NKVD)により、テロ組織への関与と研究遅延・怠慢による国家資源浪費の罪で告発され、尋問で顎を骨折するほどの暴行を受け自白を強要されて10年間の強制収容所での労働を課せられた。
彼は過酷な強制収容所の環境で壊血病を患い、症状の悪化により全ての歯が抜け落ちるほど、ひどい状態になり心臓病にも苦しんでいた……何度も認識番号と名前を見て、同一人物と確認した赤井は『これはクレムリン上層部の極秘命令であるから、この男は死亡したことにして履歴を抹消し、自分たちの訪問も記録から抹消するように』と強面で命令した。
同行の部下に男を担がせて収容所の外まで連れ出すとD dayの時、蒋介石を運んだ時よりはマシになった移動用ケージに彼を収容し、そのまま燃料補給もなしで海上の神州丸まで取って返すことができた……こういった任務には鉄機兵は本当に便利な機体だ。
「君たちは赤軍兵士ではないのか?!」
神州丸でケージから出されたコロリョフ氏は、思ってもいなかった状況に当惑した。
「はい、我々は日本軍の兵士です……ですが貴方のような素晴らしい能力を持つ方が命の危険な状態に置かれているのを、深く憂慮する人物によって行動しました」
と説明し、
「まずは栄養ある食事をとり、清潔な服を着て休養を取られてから、その者の話を聞いてもらえないでしょうか?」
と伝えた。
「……今更、私にはどうしようもない。好きなようにしてくれ」
収容所生活では管理者に異議を唱えるのは即、死を意味する。彼は、その意味でまだ収容所の人間だった。
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神州丸がオホーツク海から日本まで航行する間、軍医の手当を受け良好な食事と休養を与えられたことにより東京湾の第二海堡基地に着く頃には、コロリョフ氏は収容所の悲惨な健康状態からは、幾分マシになっていた。
「Mr. コロリョフ。あなたをお救いできたことを、私は何よりうれしく思います」
「……スパシーバ。あなたの名前は?」
もちろん、コロリョフ氏はロシア語しかしゃべれない。間に赤井隊長が通訳に入っている。
「初めまして、私は種子島時休。日本の技術少将です……そして私も貴方と同じくジェット推進研究所という名前の研究施設の所長をやっています。どうぞよろしく」
オレは懐かしい肩書を使って自分を紹介した……どうでもいいけど、ソビエトでもアメリカでも「ジェット推進研究所」はロケット関係の研究グループなんだよな……ウチは本当にジェットエンジンがメインだけど。
「ジェット推進研究所……」
コロリョフは記憶の片隅の何かを探ろうとしているように、しばらく無言のまま遠い目をしていた。
「元気になられたら、我々のロケット研究などについてお話したいと思います」
オレの言葉に反応して、彼の目が少し輝きを取り戻す。
「ロケット……君たちはロケットをやっているのか?」
彼の反応が少し生気を取り戻したのに、安堵しながらオレは詳しい話を始めた。
「全長14メートルに及ぶ液体燃料ロケットの研究を行っています。まだまだ道半ばですが」
そう言いながら、おれはドイツで手に入れたアグリガット計画のA4ロケットの胴体の部材(このために、わざわざ第二海堡に運び込んだ)を彼に見せた……実際は、まだ持ってきただけで日本では何もしていないんだけどね。
彼は色々説明を聞きたそうにしていたが、付き添っている軍医が『彼の体調がまだ回復していないので』直ぐに陸軍病院に移送するよう進言してきた……それから彼が普通の健康状態に戻るまで、まだ何ヶ月もの時間が必要だった。




