第82話 満蒙電撃作戦、その1
オレが日本に戻ってきたのは、タッチの差で華子さんが中国大陸に出発した後だった。
史実では1941年7月に関東軍特種演習、いわゆる『関特演』が行われたが、今回は独ソ開戦が一年遅れだった影響で、満州への大規模な軍事動員は1942年7月となった。史実では戦力のヨーロッパへの移動で極東ソビエト軍が1/3まで縮小すれば日ソ開戦を考えていたが結局20%程度減少したに過ぎず、ノモンハンでのソ連軍への過大評価も相まって対ソビエト開戦は見送られた。しかし今回は極東ソ連軍の増減に関わらず開戦するのが決定事項となっている。
対ソビエト戦のために編成された山下奉文中将率いる第一軍は、ドイツからのライセンス生産による特四式戦車を中心とする新設4戦車師団、新型一式戦闘機を中心とする3航空団、歩兵砲兵などの通常軍17個師団という規模で満州から東方および北方の極東ソ連軍本拠地チタの攻略を主任務とする。
一方、現関東軍司令官、今村均中将率いる第二軍は海軍と協力し、ソビエト沿海州のウラジオストク、ハバロフスクおよび、東シベリアの中心ヤクーツクの占領を主任務としている。さらに対モンゴル国のため特別編成された本間中将率いる第三軍がモンゴル国内に配備されたソビエト軍を駆逐し、モンゴル全土を日本の勢力下に置くため活動する。華子さんの部隊も、この第三軍の戦闘領域で共同作戦をとるよう配備された。
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満蒙国境では、長年両国の間で国境紛争が散発していたが、史実と異なり(!)今村中将が関東軍を自重させていたため大事には至っていなかった。
しかし今回は開戦工作のため、あえて満州軍国境警備隊および関東軍特別編成隊による強行偵察が紛争地域、奥深くまで侵攻していった。当然、モンゴル軍は強く反発して主力の第11戦車旅団から抽出されたブイコフ支隊と第6騎兵団合同の戦闘車両60台、兵力5000名という大規模な戦力が国境を越えて進駐してきた。そのうえウランバートルからイヴェンコフ参謀作成課長を指揮官として着任させ本格的な長期戦のための作戦行動がとられていた。
満州軍はこれを両国間の国境調停条約への重大な違反行為であると、国外に向けて喧伝し歩兵第64連隊および関東軍との混成旅団を編成し師団規模の動員で対抗した……これに対しソビエトからの制空爆撃支援が行われるに至って、満州国はモンゴルに宣戦を布告し第一次満蒙戦争が勃発した。
本間中将率いる第三軍は計画通り満州東北部に展開していた戦車大隊を動員し、さらに新京に新設された第3航空団がソビエト空軍に対し邀撃戦を開始する……ソビエト極東空軍は数は多いがI16を中心とした古い機体で編成されており、ヨーロッパに配備された高速新型機はなかったため日本軍の新型戦闘機「隼」の敵ではなく、早々に制空権を奪われてしまった。
初戦に勝利した日本軍は新設戦車大隊を前面に、こちらも今回始めて創設された独立自動車化輜重部隊により、占領地後方に次々と補給拠点を設営し十分な兵站を確保しながら前進するという新方式の侵攻作戦が展開された……いわゆる『満蒙電撃作戦』である。一方、短期間で前進を続ける戦闘地域は、良好な航続距離を誇る隼でも既設航空団拠点からでは制空範囲外となってしまう問題を起きていた……急遽対応策が考えられた結果、補給拠点の近傍に特設滑走路を建設するという作戦が行われることになった。
本来の作戦部隊に付随した工兵隊では、そのような余裕はありえないのだが今回は独立した輜重部隊に補給拠点建設用の機械化工作部隊が随伴してる為、補給拠点の建設と併せて滑走路および駐機場を設営することも不可能ではなかった。こうして補給拠点を敵航空機の攻撃から守る直掩戦闘機、および前線に支援攻撃機を飛ばす出撃拠点という一挙両得の解決策をとることができた。
「この新戦法は当たりですな」
本間中将麾下の第三軍司令部では鈴木参謀長が笑いを堪えきれない様子で話していた。一方、本間中将は
「まだまだこれからさ。ソビエトの補給能力は侮れないものがある。消耗戦に引き込まれて負けることがないよう、よくよく考えて作戦を進める必要がある」
と司令部の雰囲気を引き締めていた。
「それについて参謀本部からの情報によりますと、我軍の攻撃地域内で遊弋する独立部隊が新兵器を使って敵の補給破壊作戦を展開するそうです。戦果を期待しつつ、我々も作戦を続けましょう」
第一次大戦当時、ドイツと同盟を結んでいたオスマン帝国に対し、イギリスはアラブ人太守との共闘作戦を行い、敵の重要補給線であるヒジャース鉄道をラクダ部隊でゲリラ的に襲撃、さらに紅海北部の要衝アル・ワジュを攻略し、最終的にダマスカスまで占領した。有名な『アラビアのロレンス』ことトーマス・エドワード・ロレンス大尉の活躍である。鈴木参謀長によると独立部隊はこのような作戦を行うとのことだ。
「敵は本拠地のチタからタルスカヤ-ザバイカリスク支線鉄道により、ボルジャ経由でチョイバルサンに兵力と物資を集積し、ここを拠点として大きな反撃を計画しているらしい」
第三軍司令部から離れた前線基地で、綾倉華子中佐率いる特殊工作機関『菊』と鉄機兵部隊の統合された第13独立部隊が作戦の検討を行っていた。
「現地間諜の情報によると、すでにボルジャへの物資輸送が活発に行われているようです。早めに作戦を実行するべきでしょう」
「いや……単に線路を破壊するだけでなく、輸送車両を襲撃し線路上に列車を破壊転覆させ、併せて輸送中の敵部隊に打撃を与える方が、事後の復旧をより困難にさせ、敵の痛手も増やせる。輸送運行情報を手に入れ複数の鉄機兵小隊で網を張り、これを襲撃する事とする」
「はっ!」
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見渡す限り荒涼とした平原に一本の鉄道線が伸びている……そこに貨車を多数連結した長い列車がノロノロと走っていく。本来なら輸送量が少ないのでこれほど長連結の列車とはならず速度もそこそこ速いのだが、現在は軍事物資と兵員を可能な限り満載して拠点に届けるため、貨車の数が多く速度も限界ギリギリまで落ちている。列車には機関銃座のついた車両が連結され襲撃に備えられていたが、それは従来の騎兵や線路を破壊する工兵に対するものだった。
まさか時速100kmを超える速度で移動し、強力な火器で攻撃を仕掛けてくる新兵器があるとは想定していなかった列車側のソビエト軍は機銃座で応戦したが、鉄機兵により列車両側から挟み撃ちするように射撃を加えられ、すぐに沈黙させられてしまった。
鉄機兵はそのまま並走すると携行武装の炸薬榴弾砲で機関車の動輪部分を破壊し、列車を脱線転覆させた。
後続の貨車は武器弾薬や兵士を満載したまま線路上に残ったものもあったが、これも鉄機兵の12.7mm機銃掃射で容赦なく蜂の巣にされていく……武器は破壊され弾薬が次々と誘爆する中、兵士たちは泡を食って車両から飛び降り一目散に逃げていく。しかし今度はそれを鉄機兵の7.6mm軽機関銃が掃討していく……なんとか鉄機兵から逃れ付近に身を隠すことに成功した兵士たちも半数程度いたが、列車に戻り復元を試みていたところへ翌朝、鉄機兵が再襲撃を仕掛けてくるに至って列車を放棄し徒歩で退却していった。
この列車襲撃だけでなく、別の場所でも線路施設破壊や威力偵察など複数の鉄機兵小隊が神出鬼没で遊弋を繰り返した結果、ソビエト軍のチョイバルサンへの兵員・物資の集積は完全に頓挫し、その間に大きく前線を押し込まれたモンゴル軍は、後方基地として予定していたチョイバルサンを日本軍占領地域に飲み込まれ、放棄撤退するに至った。




