第81話 新パンツァードラグーン計画とリターンマッチ
核開発の開示交渉は妥協点を見いだせないまま、時間切れでイギリスを後にしたオレは久しぶりにスイスのブラウン・ボベリー社を訪ねていた。
「お久しぶりです、時休サン」
「ミハイルさん、ご無沙汰してました。社長になられたそうで、おめでとうございます」
「いえ、これも時休サンのおかげです」
例のポーランドへの傭兵部隊派遣と、戦争後のポーランド軍の中核として導入が進められている黒騎士ことパンツァードラグーン(簡易版)を会社の事業のひとつとして育て上げた手腕を評価されて今回、彼は社長に抜擢されたらしい。たしかにポーランドの件はオレが仕込んでミハイルさんにお願いしたようなものだが、オレの方から見れば彼に助けてもらったとも言える。
「いえ、逆に私がミハイルさんに助けてもらったようなもので、いうなればお互い様です」
そんな感じに挨拶を済ませ、早々に本題に入る。
「前回、日本にいらっしゃった時の話を覚えてますか?」
オレは話題を転換して、そう切り出した。
「ええ、パンツァードラグーンを電気制御式にするという話ですね」
「はい」
「具体的には、こういう話なのですが……」
日本ではコンピューター制御の話は隠していたが、新しいモデルの開発のためには細かい話を教えなければならない。
「プログラムによる機械制御装置?」
電子計算機の概念は、まだ世の中に広まっていないものだ。ミハイルさんも大変だろうが頑張って内容を理解してもらうしかない。
「これは、2重にシーケンスを重ねることによって柔軟な処理ができるようにした解析機械なのですね」
長時間に渡る講義(?)の後、ついに彼は機械的動作の面から見た、コンピューターの本質の一端を理解した。
「そうです。コンピューターの凄い点は他にもストアドプログラム。つまり、自分で自分の動作を書き換えられる点があるのですが……これは機器制御には直接関係ないので今回は省きます」
「時休サン。あなたは次から次へと新しいものを考えつくのですね」
ミハイルさんが半ば称賛、半ば呆れたように言うが、オレは曖昧な笑みを浮かべてごまかす……ごめんなさい、みんな未来の技術です。
「コンピューターは機体制御だけでなく、火器制御にも使うことができます。つまり距離や環境要因による砲撃諸元の自動補正、無線による味方間の攻撃分担、戦場全体の状況の把握等々、非常に効果的な運用が可能になります……問題はソフトウェアの開発がちゃんとできるかということですが。最初は機能を絞って段階的に作っていくしかないでしょう」
「……そのソフトウェアの開発は、どこで? 我社ではそこまで到達するにはかなり時間が必要かと」
さすがにミハイルさんが心配している。
「大丈夫です。コンピューター関係は日本で行いますよ……ただ」
「ただ?」
「コンピューターでパンツァードラグーンを動かすためには、機体各部を今までの機械式でなく電気式で動作させる必要があります……つまり発動機と伝達腕仕掛けから電動機と電線の世界に。なかなか大変でしょうが焦らず開発して……」
「それは大丈夫ですよ。もう考えてあります」
「へっ?!」
意表を突かれてオレは間抜けな反応をしてしまった。
「日本で電気式を教えられてから私もいろいろ考えてきました。そしてまずはトルクの強く動作の機敏な直流モーターを元にした駆動装置を開発しました」
なんと、ミハイルさんは既に動力系デバイスの開発を成し遂げていた。これは開発期間が数年単位で短縮できるのでは……でも、そうするとソフトの開発期間がネックになるな……また修羅場の再現か。
「そうそう、これも今回、日本で新しく開発した装甲素材です。これを使えば同じ重さで倍の強度をもたせることができます」
オレはセラミックス装甲のサンプルをミハイルさんの前に置く。
「ほう、これがそんな強力な……」
そういいながら、ミハイルさんが叩いたり重さを確かめたりしている。
「これのもう一つの長所に耐熱性、というか断熱性があります……実は次のパンツァードラグーンでは寒冷地仕様を作りたいのです」
オレは日本対ソビエト参戦は伏せて、冬期シベリア対策の構想を話した。
「寒冷地仕様ですか……新しい課題ですな。ですが実際の戦場ではこういったことが求められるのですね。がんばってチャレンジしてみましょう」
「具体的には、バッテリーの強化と予熱装置、操縦席の温熱保護、そして雪上移動用オプションになります」
つまりはクルマの極寒地仕様(シベリアは寒冷地ではなく極寒地だ)の装備と搭乗者を低温障害から守るヒーター。そして脚部のスキー状の圧雪装置と駆動帯。新雪状態ではホバーでは雪が吹き飛ぶだけでうまく動けなくなるのでスノーモービルのように移動できることが必要になる……速度はだいぶ落ちることになるが。ちなみにT34では寒冷地対策でディーゼルエンジンの始動のための圧縮空気ディストリビュータがついているらしい。
「基本設計ができたら日本に持っていきますので、よろしくおねがいします」
ミハイルさんにそんな言葉をもらいつつ、オレはイギリスにとんぼ返りしてルーシーさんと前回の後始末に望んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ルーシーさん、前回も言いましたが核兵器開発は日本にとって見過ごすことができない案件です。必ず情報共有させて下さい」
「(前回は人選を失敗したわ……先に蒸気カタパルトと哨戒機基地用地の話だったから責任者が海軍卿になってしまったけど、あの内容なら科学技術関係者が来るべきだったのよ)」
ルーシーさんが、なんか難しい表情のままこっちを見つめている……何だろう? オレは何分間も、いたたまれない沈黙にさらされた後、ようやく事態の理解に至った。
「ルーシーさん……今は実体の人間として来ているので、念話で話すのはムリですから。面倒がらないで声を出して下さい」
「……なんだ。あなた達には口に出さなくても普通に意思疎通できるのかと思ってた、案外不便なのね」
そりゃあ、ルーシーさんは相手をコールド・リーディングできるでしょうけどオレは普通の人間ですから。憑依してれば、そっち経由で相手の考えていることもわかりますけど……。
「この前はあんな、とんでもない心象を送り込んできたくせに」
それは逆に口に出して欲しくなかった……たしかに前回は売り言葉に買い言葉のように気持ちを暴走させてたオレも悪かったけど。でもそれくらいであんなに取り乱すルーシーさんもどうかと思うよ。オレは心のなかではそんなことを思いつつ口に出すのは我慢していたが……ルーシーさんには意味がなかった。
「あんたは、普通の人間と違うのよ! 何であんななのかよくわからないけど、滅茶苦茶な数の人間の心象をひとりで持つなんてありえない! とにかく私の前ではもう二度と感情を振り切らせないで!」
「スミマセン……」
何故か怒られた。
「それで実際、チューブアロイ計画はどうなのですか? 既にアメリカと共同研究を始めているのですか?」
「いいえ、アメリカのルーズベルトは新型爆弾開発の成功に懐疑的でイギリスと共同研究を進めている事実はない」
オレはルーシーさんが調べた核爆弾の研究・開発の進捗に関するレポートを見せてもらった。そして本来はあるべきな重要な記事が含まれていなかった。
「テザード訪問団はアメリカに行ったのですよね?」
「ああ。アメリカと幾つかの新兵器技術を交換するためにね。君の言うようにフリッシュ・バイエルスのレポートを伝えたが、フェルミ博士は自身で研究に基づいて成功の可能性は非常に低いと語ったそうだ」
今回は前もって確認したい情報をリストアップして伝えておいたのでとてもスムーズに答えが帰ってくる。
「ジェームズ・チャドウィック博士は?」
この人物はイギリスチームの長としてマンハッタン計画に携わった人物だ。
「彼は現在ケンブリッジ大学のキャベンディッシュ研究所にいる。君の言うようにアメリカには行っていない……必要なら会ってみるかい?」
「チャーチル卿は今、何をされています?」
チャーチルは核爆弾開発に非常に積極的で何度もアメリカを訪問しルーズベルトを口説き落としてマンハッタン計画をイギリスとの共同開発として進めたはずだ。
「彼はロンドン郊外の田舎に引きこもっているよ。まあ訪問してくる人物はそこそこいるようだが。我が家は彼の後ろ盾となっているからアメリカを訪問したり秘密協議などを進めていれば絶対わかる」
「そうなんですか。彼ほどのやり手がなぜ?」
「彼の政敵のチェンバレン氏が首相だからさ。今の政府には彼の入り込む場所はない」
それを聞いて、オレはようやく一安心することができた。どうやら本当に裏で秘密裏にアメリカと核開発を進めているということはなさそうだ。
「私に核開発に関する一つの考えがあります。この技術は特定の国だけが持つと非常に危険なものとなるので、国際的な共同管理の枠組みを作る必要があると考えています。その準備委員会を立ち上げて方針を決める必要がありますがイギリスにも是非参加していただきたい」
「ふむ……政府には伝えておこう。ただ、それではイギリスが一方的に損をすることになる。彼らに受け入れさせる交渉カードがないと難しいと思うが」
ルーシーさんの政治評論家のような発言を聞きつつ、ようやくヨーロッパでやるべき仕事に切りをつけて、オレは急いで日本へ帰国した。
ネーミングセンスのない日本陸軍と筆者を助けるために、イケてる新パンツァードラグーンの日本語名を募集します! 採用されてもこの話の中で使われる以外、特になにもないですけど。
ご意見、アイデア頂き有り難うございました。
後の話に出てきますが新パンツァードラグーンの日本語名は『神威』になりました。
よろしくお願いします。




