第64話 イギリスの願いと白いインディアン、その4
岩山の切通しを抜けたところで、待っていたように襲撃を受ける。
「待ち伏せされていましたか」
「これは昨日の奴ら?」
「さあ、とにかく逃げないと! 昨日よりずいぶん数が多い」
そう、昨日は一人、二人程度だったが、今日はずらりと10人以上、みんなボディペイントや羽飾りをつけた猛々しい戦士ぞろいだ。
「俺が逃げ道を指示するから、ルーシー嬢は先に走ってくれ。俺とワタリさんが敵の足を食い止めながら後を追う。余裕があれば弓矢でサポートしてくれると嬉しい」
「分かりました!」「いいわ!」
こうして三人は謎のインディアンたちと撤退追走劇を繰り広げることになった。
パーン! パーン!
ジョーンズが時々、後ろを振り返りながら拳銃を放つが、相手も頻繁に位置を変えて馬を走らせているので全然、当たらない……しかも時々先回りをしようとショートカットを企てる奴までいてなかなか大変だ。
しかも考えなく追われていたのかと思ったら、実は狩りをするように周到に追われていたらしく、最後は岩壁に囲まれた所に追い詰められてしまった。
「くそっ! しかたない、ここで迎え撃つか」
馬を後ろに隠すと、岩の凹みに隠れて銃や弓矢で反撃するが、最初に一人二人倒した後は膠着状態になり、徐々に打つ手がなくなっていく。
「くそっ! あんたら手榴弾とか機関銃とか持ってきてないのか?」
ジョーンズは切羽詰まってムチャな事を言うが、ワタリは『そうですな、次の時にはぜひ用意しておきましょう』と相変わらずな返事をする……余裕なのか鈍感なのかよくわからない。一方でルーシーは時々、すばやく前に出て相手の射った矢を回収しそれを打ち返す……なかなかうまいやり方だ。ジョーンズは拳銃なので、そういうわけにもいかず、そろそろ残弾が心許ない。
「こりゃ、だめかな……残念だが、これも運命だと思って諦めるしかないか」
「諦めが早すぎるわ! 私はこんな地の果てで死ぬつもりはないわよ!」
「わたくしが血路を切り開きますので、お二人は馬でお逃げください」
ワタリは、そんな模範的発言をしたが、ついにジョーンズが弾切れし、それも難しい状況になってしまう。
「くそっ! こうなったら俺もこいつで前に出るからルーシー嬢だけでも逃げて味方を呼んでくれ」
そう言ってジョーンズは愛用のムチを取り出す。
「味方って誰よ?!」
ルーシーが言うと
「騎兵隊に決まってんだろう!」
とジョーンズに返された。
「西部劇じゃあるまいし、今の時代にいるわけないでしょう!」
とルーシーが言い返したが、実際は機械化騎兵師団に統合されメキシコ国境に配置されていた。いずれにしても、ここに救援に来るのは無理そうだが。
「最後の手段よ!」
ルーシーはそう言うと、何やら精神統一をして矢を数本手挟み一気に放った。
矢は今までより遥かに速く、黒い塊のような姿になって飛んでいき、数人のインディアンを射倒した。
「今のは?!」
驚くジョーンズにワタリが答えた。
「お嬢様の幻術攻撃です……惜しむらくは、そう何度も使えませんが」
ワタリの言ったように、ルーシーは一撃放っただけで眩暈を起こしたように倒れ込んでいる。
今を好機とジョーンズが飛び出しムチで攻撃を加えるが、形勢逆転するには力が足らず、残りのインディアンの反撃を受けて這々の体で戻ってきた。
「もう少しなんだがな……」
悔しそうにジョーンズがつぶやく。こちらが打つ手がないのがわかったのかインディアン達が総攻撃でこっちを潰しに来ようとしているのが見て取れる。
三人が覚悟を決めて身構えたとき、彼らとインディアンの間にダンッ! という大きな音で他のインディアン達のものより何倍も大きな槍が飛んできて地面に突き刺さった……明らかに普通のものと違う特別の装飾が施されたそれを見た途端、インディアン達は立ち止まり周囲を探し始めた。
「◎▽○□!」
槍の飛んできた先、三人とインディアン達の、横の岩の上にたった一人、偉丈夫な別のインディアンが低く、よく通る声で何を言い放った。
「✕✕✕✕! ○△□!」
敵インディアンのリーダーらしき男が言い返したが、岩の上の男と何度かやり取りすると、すべてが踵を返し馬を走らせ去っていった。
「……何が起きたんだ?」
ジョーンズが訝るが、ルーシーが男の方を見ながら
「さあ、もうすぐわかるんじゃない……良いのか悪いのかわからないけど」
と言った。その通り、男は何度も岩を飛び移りこっちにやってきた。
「お前たち、ブラック・メサに何のために来た?」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
男が話したのは、西部に似つかわしくないイギリス式英語だった。
何故、その男がイギリス式英語を話すのか……そこに望みをかけルーシーは答えた。
「私たちは、イギリスから『神の意思』を持つ人たちを探しに来ました」
そして彼女たちは、どうやら賭けに勝ったらしい……男は、
「そうか……ついてこい」
とだけ答えた。
しかし何故、その男は答えを聞く前にルーシーたちを助けたのか……その理由は後から分かった。途中でワタリが、
「先ほどは、ありがとうございました」
と礼を言うと、
「お前たちはカチーナを持っている。神の一族を守るのは当然のことだ」
と答えたからだ。
「カチーナ?」
ルーシーは、その意味を知らないようだったが、ジョーンズが説明してくれた。
「その人間を守る動物や植物といった象徴のことだ……トーテムとも言われる。彼らの部族は自分たちをそういった霊的な力が守っていると考えている」
そして岩山の上にある村に着くと、奥の小さな家に案内された……彼らホピ族は、いわゆるインディアンのようなテントではなく四角い土でできた家に住んでいる。
「お前たちに客だ」
案内してくれた男が、当然のように家に入ってそう言うと、そのには明らかに肌の色の違う……有体に言えば白人の女性がインディアンの姿で暮らしていた。ついに『白いインディアン』に出会えた瞬間だった。
「初めまして、イギリスから来たルクレチアと言います」。こっちはワタリ、こちらはジョーンズ教授」
ルーシーが、まず最初に話しかける……それには理由があった。彼女は相手の心が読めるので言葉の問題があっても、相手の言おうとしていることを理解できるし、もし何か企んでいてもすぐにわかる。ロスチャイルド家での交渉事でも、よくやるやり方だった。
「コンニチハ、私はポワカ、この子はカレタカと言います」
相手も、たとだどしいながらイギリス式英語でそう答え、微笑んだ……心の中も温和で特に問題は見つからなかった。三人は目的の相手との出会いが平和的に始まったことに、心から安堵した。
奥には、もうすぐ一人前の、少年と大人の間くらいの男の子がいたが、彼はインディアンらしい肌の色だった……それは、仕方ないことなのだろう。しかしその家族は、もう随分混血が進んでしまっているらしいことに、ルーシーはかなりの落胆を感じていた……自分たちの計画に、どんな影響があるのかは分からない。けれど、あまり良い方向では無さそうだという気はする。
少年にもルーシーの考えていることが何となく分かっているのか、彼女のリーディングには、彼の心の中の困惑と若干の拒絶感が浮かんできた。
「三人はしばらく族長の客として、この村に留まる。族長がお前たちといろいろ話したいそうだ」
それだけ言うと案内してくれた男は、三人を残して家から出ていった。




