第61話 イギリスの願いと白いインディアン、その1
流れをぶった切って、新展開です(笑)
「アメリカのジョーンズ教授から『神の意志』の末裔の家族を見つけることができたとの連絡がありました」
ロンドンのロスチャイルド家の屋敷でワタリが三代目当主たるビクター・ロスチャイルドにそう報告していた。
「ほう、素晴らしい。これで我々の願いもずいぶん進めることができそうだ……必要なら他のリソースもつぎ込んで構わんから確実に確保してくれ。君たちもだ」
そう言い渡されたワタリは深く礼をしてビクターの前を辞した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それで、私まで駆り出されたってこと? まったく、いいようにコキ使ってくれるわね……」
そうぼやきながら、ロンドン-ニューヨーク航路の高級客船の一等船室用のデッキで日光浴をしているルーシーこと、ルクレチア……しょせんブルジョワの戯言である。
一週間後。彼女たちは、むせ返るほどの熱気と活力に満ちたニューヨークに着いた。ニューヨークは、まさにこの世の春を謳歌するがごとく富と人間が集まる場所だった。
「これがヨーロッパの戦争の苦しみや危機感をネタにして搾り取った結果だと思うと頭にくるわね」
そう睨みつけるルーシーに対して、ワタリは英国人らしいシニカルさで返した。
「死をビジネスにして肥える者たちと非難されても仕方ないものではありますな……まあ、我々ロスチャイルドも、その辺りは人後に落ちない自負はありますが」
「……せめて、箱の隅には希望を残しておく謙虚さくらいは持ち合わせておいてほしいわ」
少しバツの悪そうにルーシーは付け足した。
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「イギリスから旅立った清教徒植民始祖たちは、嵐によりイギリス王室から勅許されたハドソン川河口より、遙か北のニューイングランドに上陸したため半数がその冬を越すことができませんでした。そして当初歓待してくれた先住民インディアンと対立を起し、移民が運び込んだ天然痘でマサチューセッツ族の半数を滅亡させながら、さらにピクォート戦争やフィリップ王戦争を起して入植地を広げていったそうです」
「……それで、ここから先はどうするの?」
ワタリの植民地の歴史話に興味無さそうにルーシーは尋ねた。
「明日からは、鉄道の旅です」
「どれくらいかかるの」
「10日間ほどです」
「どうして大西洋を渡るより時間がかかるのよ……こんど日本人にあったら憑依のやり方を教えてもらおうかしら」
「それは、ナイスアイデアかもしれませんな」
ルーシーの皮肉に、冷静にワタリは返す。やはり老練な執事とは年季が違うようだ。彼女はため息とともに、その夜の宿となるホテルに足を踏み入れた。
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大陸横断鉄道をロッキー山脈を望むソルトレイクシティで降りるとワタリはメモを見ながらズンズンと歩いていく。そして彼は大きな車の集積所の前で止まると、運転手たちと交渉を始めた。
「ちょっと待ってよ今度は車なの? いったいどれくらい乗るの?」
「ほぼ2日間ほどです」
「ここは、その昔プエブロ文化と呼ばれる古代人たちが住んでいた土地で、数々の遺跡が山の間の峡谷に拡がっています。その後ナバホ族やアパッチ族と呼ばれるネイティブアメリカンが住んでいましたが、南から来たスペイン人の遠征隊により駆逐されました。しかし今でも西欧人が立ち入らない場所に彼らが生活していると言われています」
「……そのアメリカ征服の歴史話は何か役に立つの?」
ルーシーはうんざりしたように尋ねた。彼女の関心はヨーロッパの世界情勢であり、アメリカの未開地のことなど、まるで興味がなかった。しかしワタリの答えは彼女をさらに厭わしい気分にさせるものだった。
「はい、これから会うジョーンズ博士がどうやって、ここに至ったかを知ることができるようになる内容です。そして目的の『神の意志』の末裔の家族に至る情報です。頭に入れておいて頂くと、これからの仕事が効率的に進められるかと」
こうしてルーシーは、車に乗って悪路を走る間、アメリカ西部のネイティブアメリカンの知識を延々、聞き続ける羽目になった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「げっ……」
西部劇にでも出てきそうな埃まみれの小さな町で、ようやく車を降りたルーシーたちの前に鞍の乗せられた馬が二頭と、これまた埃まみれの男が立っていた。
「はじめまして、ミス・ルクレチア嬢。ヘンリー・ウォルトン・ジョーンズ・ジュニアです」
ルーシーは男を一度見た後、無言でワタリを見返す。
「ジョーンズ教授です、お嬢様」
「……よろしく、ジョーンズ教授」
諦めたように無表情でそう返すルーシーを見ながら、ジョーンズ教授は苦言を呈した。
「それでは早速、馬に乗って……という訳にもいかなそうですね。ワタリさん、ルーシー嬢に替えの服は用意していますか?」
「はい、もちろん。お嬢様、ここから先の行程にふさわしい服に着替えましょう。あちらの宿を借りられるよう交渉してまいりますので、しばしお待ちを」
万事承知といった感じで行動するワタリに対して、不満な様子を無言の抗議で返すルーシー。
「…………」
ワタリが行ってしまうと、ふたりは会話が途切れてしまい間が持たない。
「どうして、こんなことしてるの?」
「……こんなこと、とは?」
思い切って、気になっていることを聞いてみたが、やはり会話が続かない。
お互いが、気の乗らないのを責めるように見つめるが、諦めて視線を外し……
「教授なら学校で生徒に教えていればいいのに……どこの大学?」
「マーシャル大学……ロンドンで教えていたこともあります」
「知らないわ……どこで生まれたの?」
「……ニュージャージー州です。ニューヨークの隣の」
「ああ、ニューヨーク……あなたもピューリタンの子孫? 何でもかんでもニュー✕✕って、そんなにイギリスが恋しい?」
「ヒドい偏見だ! 彼らはイギリス以外の場所を知らないから、とりあえず自分の知っている場所に思いを込めてニュー✕✕ってつけただけで」
ワタリと違って、ルーシーの嫌味にむきになって言い返してくるジョーンズに、初めて好ましい者という感じで笑顔を返すルーシー。一方、意味不明な笑顔を向けられ困惑するジョーンズ教授……
そんなところにワタリが戻ってきた……ふたりの微妙な表情の違いを不思議そうに見つつ
「お嬢様、話がつきました。あちらの宿の二階で服を着替えて下さい……ジョーンズ教授はすぐに出発できるよう、ご用意を」
着替えから戻ってきたふたりを見て、ジョーンズ教授は思わず親指を立てて、ナイス!と言うように笑顔を返す。ジョーンズ教授はやる気を感じて少し彼らを見直した……ルーシーはインディアンの娘のような、ワタリは壮年のインディアンの戦士を感じさせる姿だったからだ。もちろん、ルーシーは最悪に機嫌が悪そうな様子だった。




