第53話 新型計算機と建艦計画、その2
新型計算機、TKT MarkⅡはCPUが8bit化され、メモリーも20K Bytesと大容量になった。しかも外部記憶装置もできた……紙テープだけど。紙テープは外部記憶装置じゃなくて補助記憶装置だろうって? まあ、そうとも言うけど……
まだ磁気テープとか無いから、一旦紙テープに吐き出して、そのデータを読みながら大規模なデータを処理するような使い方をしている、つまり読込み専用大規模データライブラリみたいな使い方をしているからだ。全体の大きさも、ようやく大きな机サイズくらいまで小さくすることができた。
「それで、この機械を使うとなにができるんだ?」
興味津々といった感じで山本長官が尋ねてくる。
「基本的には机上演習の状況の記録です。また戦闘結果や索敵、奇襲の成功確率、天候の影響などをサイコロの値ではなく、過去のデータからから示すことができます」
「それはなにか良いことがあるのか?」
あまりピンとこない様子で長官は聞いてくる。
「机上演習を行う人による結果の偏りを減らすことができます。また確率的に手堅い作戦か、博打の要素が高い作戦か調べることにより勝つ確率を高めることができます」
「そんなことは、やってみなければ分からんだろう! 指揮官の意志が固ければこそ開ける道もある」
……そうだった。この人も割と精神主義っていうか、足りないところは気持ちで補えっていうタイプだった。戦後人間のオレには全然理解できないけど。
「まあ、じゃあそれについては置いておいて……この結果を用いて日本海軍にどんな艦船が必要かを算出することができます。そして予測では補助艦艇や空母になるはずです……やってみなければ分かりませんが」
「……どれくらい掛かる?」
「6ヶ月位でしょうか」
「長すぎるな、3ヶ月にしろ」
ぐっ、自分でもけっこう無理やり短期間でやれと言ったことがあるけど、他人に言われると頭にくるな。怒らないで気持ちを抑えるんだ……どうやったら3ヶ月でできるか……
「前にやった机上演習の記録はありますか? それがあれば何とかできるかもしれません」
「ああ、演習記録はあったはずだ。参謀連中に聞いてみろ」
こうして久しぶりのソフト開発の修羅場を味わうことになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ようやくソフトが使えるようになった、ある日の机上演習。
「来襲した敵機による被害判定……」
「戦艦1撃沈、空母2大破、巡洋艦2大破、駆逐艦4撃沈」
「今の被害は、戦艦1大破、巡洋艦1大破、駆逐艦2撃沈とする」
「統裁官殿、計算機により同程度の戦力による被害を検索すると大型艦2撃沈、中型艦3撃沈、小型艦4撃沈が妥当と考えます」
「なに?!……被害を戦艦1撃沈、空母1大破、巡洋艦3大破、駆逐艦4撃沈とする」
「「「はっ」」」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
頃合いを見計らって山本長官から聞かれた。
「例の机上演習の計算機の方はどうだい?」
この人、機嫌がいいと話し方がフレンドリーになるんだな……
「はい、プログラムの方はだいたい上手く動くようになったようです」
「それで、建艦計画用の資料作成は?」
「はっ、現在のデータではこのような結果が出ています」
「見せてみろ」
そう言って長官はオレの手元からデータを持っていく。
「……想定Ⅰ、敵戦力の漸減が行われ二年後に日本近海で艦隊決戦が起こる場合、戦艦4隻、空母7隻、巡洋艦8隻、駆逐艦37隻、潜水艦35隻損失」
「想定Ⅱ、開戦劈頭で敵主力に大打撃が与えられた場合、四年後、戦艦7隻、空母20隻、巡洋艦35隻、駆逐艦128隻、潜水艦121隻損失」
「想定Ⅲ、支配海域で守勢に徹し損耗を極力減らした場合、六年後、戦艦4隻、空母4隻、巡洋艦6隻、駆逐艦84隻、潜水艦74隻損失」
「小型艦の損耗が多いな……しかし、想定Ⅰは思ったよりよい状況だ。これなら艦隊決戦では、勝ちとは言えないまでも痛み分け程度には持っていけるのではないか?」
それに対してオレは答える。
「想定Ⅰの場合、艦艇を動かす重油および航空燃料が枯渇するため、決戦時点の残存艦艇の50%、航空機に至っては70%が使用不能になります。また艦隊決戦は実際には行われることは無いと考えます。なぜなら敵空母群が健在であるため敵は航空機による攻撃を選択すると考えられるためです」
山本長官は肩を少しすぼめるようにして答えた。
「……わかった。この結果を軍令部に知らせ、力を入れるべきは小型艦の建造であると意見してみよう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
後日、井上軍務局長と共に山本司令長官に呼び出され、軍令部からの回答を教えられた。
「軍令部では、あくまでも想定Ⅰの漸減艦隊決戦を志向しつつ、石油枯渇を防ぐため付加作戦を行う戦艦部隊を育成して、南方資源地帯を支配下に置くことを検討していくべきと考える、だそうだ」
「……これでは現在の方針を変える必要はない、ということですか」
「ああ、そういうことだ」
山本長官は特に感情を表すこともなく、そう告げたが手詰まり感は明らかだった……
「また別の手を考えてみます」
オレはそう言って長官の許を辞したが、はっきり言って何も思いつかない……とりあえず、新兵器の開発は進められるが、無駄に生産力を使うほど日本の国力は余っていないのだという思いが強く、他の話も前向きな気持ちで進められなくなっていた。
「時休殿、日本版鉄機兵の開発状況はどうなっていますか?」
華子さんに、そんなふうに聞かれてダメダメになっている自分に気がついた。
「ごめん、確認してなかった……すぐ聞いてみるよ」
しかし、華子さんは鉄機兵のことよりオレのほうが問題だと指摘してきた。
「どうも時休殿は海軍のことが気になって、それどころでは無さそうですね……詳しく話して頂けませんか?」
華子さんに海軍のことまで心配させて申し訳ないと思いつつ、建艦計画を変更させたいのだが軍令部の意見を変えられず行き詰まっていることを説明した。
「軍令部は伏見宮博恭王様が総長でしたね……久永さんに相談してみましょうか?」
「それは願ってもないけど陸軍の話ならまだしも、殿下に海軍のことをお願いするのは筋違いでしょうし……」
オレはそう言って遠慮したが、華子さんは逆に
「いえ、久永さんも陸軍より日本全体のことを考える立場になるべきなのです。これもよい機会ですから、私に話をさせて下さい」
ということになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「伏見宮博恭王殿ですか。ご自身も信念を持ってやっているのでしょうが……」
「時代は変わっていくのです……宮様が一線に出られていたのは日露の頃。なかなか新しい考えを受け入れるのは難しいのではないかと」
「……陛下からも以前、不興を賜られたこともありましたね」
「二年程早くなりますが、ここは身を引かれることを……」
「……陛下からでは言い辛いかもしれない。やはりお祖父様からだろうか」
「はい。それがよろしいかと……」
史実より二年程早く、永野修身大将が軍令部総長になり、山本達と協議の結果、大和型一隻の空母化と他の大和型の計画中止、空母と戦艦の新兵器対応の改装を優先させること、小型艦に新規建造の重点を移すことが了承された。




