第48話 山本司令長官と新兵器と海軍戦略
1939年8月、山本中将は第26代連合艦隊司令長官に就任、海軍省から転出された。オレは、ようやく自分につけられた監視の目がなくなるかと、ひと安心していたら横須賀の連合艦隊参謀会議に呼び出された。
議題はどの分野に注力して戦略を組み立てていくかということらしい。とは言いながら艦艇建造計画はすでにマル4計画、つまり信濃と紀伊、計2隻の大和型戦艦、正規空母大鵬の建艦計画を含むものまでは実施に移されていて、今さらどうこう言えるものでもなく、マル5計画ですら去年のうちに大枠は決定されていた……はぁ、改大和型1隻に超大和型2隻ですか。『大和一つの建造費で千機の戦闘機ができる』と言ったのは誰だっけか……何とかして欲しいもんだ。いや他人事にしちゃダメだな。他の人が止めなくても自分で何とかして止めてやるという気概を持たないと……でも、どうしたらいいんだろう?
山本長官がいる前だからだろうか、基本的には航空機優位に反論するものはない。ただ日華事変が、なかったからだろうか戦闘機無要論というか長距離爆撃機があれば事足りるという論調が主流だ。中には超巨大な爆撃機は将来戦艦に取って代わると言いだす者までいる。
「おい、種子島。お前はどう思う? 皆、こいつは俺の下で新兵器を特命で開発している。面白い考えを持っているからしばらく聞いてみろ」
げっ、こんなタイミングで山本長官がオレに喋らせようとしてきた……何を言っても誰かしら反論しそうだし、波風が立たないような話では今度は長官が怒り出すだろうし……えーと、何から話すかなぁ
「皆さん仰るとおり、これからしばらくは航空機が戦力の中心になる世界が続くと思われます。一方で航空機も永遠の主力兵器たり得ません。なぜ航空機が水上艦から主力の座を奪ったか……砲の射程の何十倍も遠方から飛来し、砲撃で与えるよりも効果的な爆撃、雷撃が行えるからです。なのでもっと効率的な武器……例えば効果的に敵を落とせたり、費用対効果のよいものが現れれば」
「おい、種子島大佐。貴様の話は理屈っぽいぞ! もっと具体的に言ってみろ」
そう、声を上げたのは席の前の方で腕組みをしている御仁……誰だろう?(後で聞いたら高橋参謀長だった)
「はっ、具体的に言うと『誘導噴進弾』です。これができれば帝国は世界の一歩先に立てます。もちろん、この兵器も航空機のように用途に合わせて種類が分かれるのですが……とりあえず、現在研究中のものは対航空機、そして対艦用の魚雷式のモノです。できれば艦船の主砲の代わりに敵艦を攻撃する対艦用噴進弾、爆撃機の代わりに敵国の拠点を破壊する大型噴進弾も作りたいのですが、まだ先になるでしょう」
「それは空想小説に書かれているたぐいの話か?」
こんどは、脇に立っている若い将校が言ってきた。
「いえ……山本長官の許可が頂ければ、現状のものをお見せできるのですが。もちろん開発途中ですから上手くいかないこともあるかとは思いますが」
と言って山本長官の方を見る。長官は面白そうに
「いいだろう。俺も一度見てみたかったしな」
と言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
後日、神奈川県真鶴海岸で周囲を立ち入り禁止にして、海に向けて噴進弾を発射し、航空機で曳航する目標に命中するか試験する会場を用意した。今回試すのは2種類、磁気近接信管付きと無しで、誘導はどちらも赤外線追尾。沖の上空を目標を曳航した航空機に飛んでもらう。飛行パターンは3通りで目標が正面から近づいてくるパターン、遠ざかっていくパターン、右から左へ横切っていくパターンだ。
事前のテストでは近づいてくるパターンと遠ざかるパターンはそこそこ上手く追従できるが、さすがに直接命中して破壊できるのは3回に1回程度だ。これでも前よりは随分良くなってきた。そして近接信管付きなら、ほぼ近傍で爆発する。問題は横切っていくパターンだ。速度によるが大概、追従できなくて外れてしまう。
しかし、今回の試射では接近、離脱はおろか、横切るパターンでも命中させた……多分、噴進弾を撃つ担当者がタイミングをとるのに慣れてきて無意識のうちに未来位置に向けて発射できるようになってきたのだと思う……これは噴進弾に慣れてくれば横位置でも命中させられるという前向きな評価にもなるけれど。
「俺に撃たせてみせてくれ!」
2回目の試射でそう名乗り出た人物がいた。淵田参謀だ……え、佐世保鎮守府所属のはずなんだけど。まさかこの為に佐世保から来たの?
さすが真珠湾攻撃の総隊長になるだけあって縦方向は接近、離脱は簡単に当ててきた。横方向はわずかに遅れて噴進弾は目標を追いかけたが後ろを飛び去っていった。
「ぐぬぅ、もう一回!」
「いや、今度は俺の番だ! 貴様は後ろで見ていろ」
そう言って淵田参謀を押し退けたのは源田実、横須賀航空隊飛行隊長。正確には兼海軍砲術学校教官兼海軍水雷学校教官兼海軍通信学校教官兼海軍航海学校教官という、オレ以上の兼務状態だ……要するに砲術でも水雷でも通信でも航海学でも、そして飛行機操縦も他人を教えるほどのモノを持った人だということだ。
「よし、始めろ!」
源田飛行隊長は砲術学校教官らしく、着弾位置を正確に予測して、すべて目標に直接命中させた。もちろん横位置も着弾を予測して将来位置に向けて撃っている……知ってた。優秀な人には便利な道具は不要だ。
「現在は対空目標用の噴進弾ですが、以前にも話した通り、目的に合わせて多種類に成長していくべき分野であり、これが有効活用される時には海軍の用兵、艦船、航空兵器すべてが変わることになります」
誘導噴進弾の実演試験の締めとして、こんな発言をしたらツッコまれた。
「具体的には、どういうことが起こる?」
そう声を掛けてきたのは山口多聞、第一航空隊司令官……何で、ここに来てるの、この人。とは言いつつ質問に答えなければいけない……太平洋戦争で実際に起ったこと、その後の艦船の進化などを考えながらオレは次のように答えた。
「空母以外の大型艦は不要になり、戦艦による艦隊決戦は起こらなくなるので存在意義は非常に限定的になります。艦船はせいぜい巡洋艦か駆逐艦くらいの大きさの艦が普通になり、戦闘は小規模艦隊による遭遇戦か航空機による対艦、対地攻撃。あるいは航空機同士による制空権の奪い合いになります」
山口航空隊司令官は厳しそうな顔をして何か考えている。何人かおいて山本司令長官はニヤニヤして楽しそうだ。他にも、その辺りにいる人達は考え込んだり近くの人達とヒソヒソ話したり忙しそうで、このまま実演試験を終了にしていい雰囲気ではない。
「丁度いい機会だ。他にもお前の考えている、海軍に必要なことを言ってみろ」
山本長官は上機嫌でオレに促す。この人オレをダシにして、ここに来ている人の考えを変えようとしてないか? でも、この前の参謀会議の時、思ったこと……他人事のように諦めるのではなく、自分で足掻いて未来を変えなくては! そう自分を奮い立たせて、日本の採るべき道と考えていることを口に出す。
「日本の場合、資源を他国から輸入しなければ国が立ち行かないので、多数の輸送船が行き来することになります。ですから、これを守る艦船が必要です。これは船団を護衛する船だけでなく、シーレーン……輸入航路の安全を保つための制海戦力、つまり潜水艦群が必要となります。具体的には東シナ海、マラッカ海峡、アラビア海、地中海に潜水艦基地を設け日本の勢力下に置く……少なくとも敵勢力を排除できるようにしなければなりません」
さらに何人もの、お偉いさんらしき人たちが目をむく……この時代の日本海軍の人には、ありえない考えだよね。でもこの分野のゲームでは必要なことだ。
「最後に戦艦と空母は新造艦の必要はありません。これらの分野では革新的な変化はないので、砲を整理し、機関を載せ替え、ダメージコントロールを強化、そして噴進弾と航空機の進化に合わせた改装を行うことで十分対応可能です。これらの艦船は敵地上目標に対する攻撃、敵国への上陸作戦、あるいは敵国内基地への軍事制圧力として使用されます」
さらに突き刺すような視線を向ける人が増えた……オレ暗殺されるかも。
「大型爆撃機の開発は必要ないのか?」
『航空軍備に関する研究』で有名な大西瀧治郎、航空本部教育部長の発言だ。
「敵の国力、生産力を削ぐための大規模爆撃では意味がありますが、同様のことは大型噴進弾でも可能です。そして大型爆撃機は開発と運用に非常に多くの技術力、生産力が求められます。それより大型噴進弾のほうが経済的であり、技術的難易度もそこまで高くないです。大型爆撃機と大型主力戦車は、残念ながら日本では止めておいたほうが無難です」
オレはそんなふうに説明したが、まだ納得いかないのか反論してきた。
「しかし、大型機にすれば発動機を沢山積めるので、軽戦闘機より有速で、機体も頑丈なものが作れるはずだ。さらに複数の機銃座を設ければ、そうそう戦闘機に負けるものではなくなると思わんかね?」
なるほど。たしかにB29などはその例だろう。しかし結局は、それに勝てる戦闘機が作られることになる。特にジェットエンジンの時代になれば……そして、その分野ではオレは専門家だ。
「発動機の出力が小さい場合は、そうかもしれませんが十分に大出力の発動機が作れるようになると戦闘機でも速度が速く、防御力もあり、かつ大口径の機銃をもつもの。いわゆる重戦闘機が作られるようになります。さらに大口径の機銃以上に効果的なものは、先程お見せした誘導噴進弾です。大型爆撃機にはこれを避ける術は有りません」
うまい具合に、噴進弾優位の話に持ってこれた。多くの人はこの結論で納得してくれたようだ。そして山本長官は、後で話があるから来るようにと言っていた……また、悪い予感がする。変な役職に就けられないだろうな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しかし、残念ながら悪い予感は当たってしまった。
「海軍戦略兵器開発計画部々長……技術少将。なんですかこりゃあ?」
オレは素っ頓狂な声を上げてしまった。
「新兵器特命開発部は俺が転出してしまったからな、解散だ。お前は海軍省軍務局長の井上成美少将と共に新戦艦建造計画にも抵抗してくれ。階級は同じだがあいつの方が先任だからな……まあ、あいつの階級はすぐに上にあがるだろうが」
山本長官は、そう言ってオレに仕事を押し付けてきた……そういうことかい。
「自分はまだ将官の器ではないと愚考します」
オレはそう言って逃げようとしたが許してくれなかった。
「前に言っておいただろう。新兵器が出来たら部長にしてやると……まだ正式採用の武器ではないがオマケで合格にしておいてやる。それに新しい仕事には必要な階級だ」
だから、その新しい仕事をやりたくないんだけど……はぁ、諦めて頑張るか。『逃げちゃダメだ! 逃げちゃダメだ! 逃げちゃダメだ!』っと。




