第47話 ポーランド、後始末と将来
場面転換、多すぎでスミマセン……
とりあえず、ポーランド侵攻終了
総統は怒っていた。ポーランドにあのような新兵器があるという情報は、まったく聞いていなかったからだ……おかげで、虎の子の機甲師団は半壊、空軍も大きな痛手を追ってしまった。
ポーランド回廊を確保できたのは唯一の成果だが、とても損害には釣り合わない。
「リッベントロップ君。キミのポーランドについての情報はまったく違っていたではないか! 騎兵中心で戦車も飛行機も古いものばかりとは、一体どこを見ていたんだね!」
「申し訳ありません、総統。しかしポーランド政府も、あの部隊については存じていないとの事で……」
「そんなバカなことがあるはずがない! 子供でも、もっとマシな言い訳をするのではないか?」
「も、申し訳ありません」
リッペントロップは這々の体で、総統執務室から逃げ出してきた。すぐにソビエトに飛んでポーランド侵攻後の調整を行わなくてはならない。本来なら勝利の祝杯を上げるための、ソビエト訪問なのに彼らからも批難を浴びることは目に見えている。なにしろポーランド回廊を手に入れたドイツとは違い、彼らはただ兵力を無駄にしたばかりで、何も得ることがなかったからだ。
しかし総統からは、このソビエトとの会談でバルト三国のリストニアのドイツ勢力下への組み込みを認めさせるよう厳命されていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「リッベントロップ閣下、貴国は敵国ばかりでなく友好国も罠にはめ、勢力を削ることを目的としていたのですか!」
ソビエトの外務大臣ヴャチェスラフ・モロトフはリッベントロップに激しく詰め寄った。
それに対しリッベントロップは歯切れの悪い言葉を口にすることしか出来なかった。
「大変残念なことですが、我々とて今回は大損害を出しており罠に嵌めたなどとは心外な言われようです」
しかしモロトフはそれまで築き上げてきたドイツとの友好関係破棄まで匂わせながら言葉を続ける。
「それでも、そちらはポーランド回廊というもっとも手に入れたかったものを手に入れたではないですか。我々にも利益を分配していただきたいものですな。そうでなければ遺憾ながら貴国との関係を見直さざるを得ません。これは同志スターリンも同意しています」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「バルト三国へのソビエト領土への組み込みの同意とフィンランドでの軍事行動に対して中立を守ることを確約していただきたい」
よく考えればモロトフは自分たちの主張を受け入れさせるために強く出ているだけだというのが分かるはずなのだが、彼にそこまでの冷静さはなかった。なにしろ他の国では恫喝的であったり、欺瞞に満ちた外交ばかり繰り広げてきた彼にとってソビエトは唯一良好な関係を築いている生命線なのだ。この関係を失うわけにはいかない……リッベントロップは苦悩した。
総統には、より価値の高い外交的利益が得られたと説明すればよいのではないか。今までも何度かそういう事があった……より大きな外交的ポイント。ソビエトとの関係で言えば軍事同盟関係を結ぶことだろう。今の不可侵条約から一歩踏み込んで敵対勢力に共に戦う関係が築ければ、両国の関係は盤石なものになる。しかしそれを望んでいたのはソビエトとの関係に依存しているリッベントロップのみで、総統はそうではないというのを彼は気づいていなかった。
「で、では引き換えに、不可侵条約をさらに進めて同盟関係を結ぶというのはどうでしょうか。そうすれば我々の関係は盤石の物に出来ましょう」
リッベントロップはモロトフに、そう切り出した。これが成立できるなら周辺国の取り合いなど些細なことになる。そういった胸の内はまったく隠したまま。
「ほう、それは……」
一方、モロトフはそれをまったく違う意味に捉えた。つまりドイツはすぐにでも西側国境で戦端を開くつもりなのだと……ならば我々ソビエトも安心して北欧に手を伸ばせる。
「すぐに正式なものにするのは難しいですが、予備交渉という事であれば問題ありません。両国の関係がさらに進むことは喜ばしいことです」
モロトフの賛同を得て、ようやく心を落ち着かせることのできたリッベントロップはどう伝えるのが最も総統に喜んでもらえるか心を砕きながらベルリンへの帰途についた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それでは、君はソビエトにバルト三国を差し出した上に、フィンランドへも手を出さないと約束してきたのか?! 信じられん役立たずだな、キミは!」
「そ、総統閣下! バルト三国の話は元々秘密議定書には含まれていた内容ですし……ソビエトとの関係をさらに深められれば、とるに足らないことであると考えられます」
「誰が、そんな事を決めたのだ? もうよい下がれ! 顔を見るのも不愉快だ」
総統の激しい叱責を受け、よろけるように執務室を逃げ出してきたリッベントロップのしばらく後、執務室に入ってきたのは宣伝相のゲッベルスだった。
彼は昨晩、得た情報により総統に自分の考えを認めてもらおうとやってきたのだった。
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「こんばんは……その後、奥さんと上手くいっているかしら、ゲッベルスさん?」
夜中、眠りの浅くなったところに、そう声を掛けられて彼は目を覚ました……いや、正確には意識だけが明確になったが身体は眠ったままというのが正しかった。
自分では体を自由に動かせる意識はあるのだが、ふわふわと空中にいるようで何の感触もない。周囲も薄暮の雲の中にいるようで、何も明確なものは見えない。
「あなたは……」
そう、あれはあの夜の……何もかもが変わった奇妙な夜に会った存在。何と表現していいのかよくわからないが、非現実的だとのそしりを恐れずに言えば女神。
「そのままでいいわ。あなたに面白いことを教えてあげる……」
そう言って彼女は、ポーランドに突然現れた新兵器のこと、リッベントロップ外相が他の国で行ってきた交渉の姿、これから世界で起こると思われること……いろいろな事柄をイメージとして彼の頭の中に見せた。先に進むにつれ悲惨な、望ましくない内容が多くを占めていくが……
「これらの事は、今までこの世界で起きてきたこと、そしてこれから起こること。あなたが、もしこれらの事柄をもっと望ましい姿に変えたいと思う気持ちがあるなら、総統に『外交を私に任せて欲しい』と言ってみないかしら? 私はあなたとドイツの将来のためにはそれが良いと考えています……もし、やるなら私もお手伝いさせてもらいますから」
例によって起きたらまた、いつもと変わりがない……しかし頭の中には、はっきりと見た内容が思い浮かぶ。スイスによる新兵器。イギリスとの外交が上手くいっていない原因。そしてドイツが悲惨になる姿……どうせ今のままでは彼の評価は下がったままで、どうしようもない状態だし、総統に直接話すくらいやってみるか。問題は自分に外交の才覚があるかだが……あの女神の言葉を信ずれば何とかなるだろう。
「あなたが望めば、私には相手の外交官がどんな事を考えているかくらい、簡単に教えてあげられますよ」
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「総統はポーランドが我軍に使用した新兵器の出処に興味はお持ちですか?」
ゲッベルスは午後、総統の執務に空きができた時間を見計らって執務室にやってきた。
「……ゲッベルス君、キミはそれを知っているのか?」
「はい。私の情報提供者によりますと、スイスから手に入れた新型ホバークラフトと呼ばれるもののようです。他にもイギリスを始めヨーロッパの国々の外交担当者がドイツに対して行動しようとしているか、我々の採る選択によりどう行動するのか、確度の高い内容をお答えすることが出来ます……私をドイツの外交責任者にさせて頂けるのなら」
ヒトラー総統は、最初『この男は何を言っているんだ?』という表情だったが、やおらニヤリとしたかと思うと
「ゲッベルス君、私が望むのは情報だけではなく、私の考えをすぐに実現できる有能な手足だ。それでもキミはそれをやると言うかね?」
「はい……マインフューラー」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、ポーランド特にワルシャワ市内では敵を奇跡的に退け国土の大半を守りきった黒騎士ならびに残存ポーランド軍に市民の熱狂的感謝が集まっていた。
「ありがとう、黒騎士! 我等のポーランド祖国を守った守護神に幸あれ!!」
「ありがとう、ジェイコブ司令官!! 貴方こそ救国の英雄だ」
「どうか新しいポーランドの指導者になって下さい!!」
戦闘終結とともにワルシャワに戻ってきた残存ポーランド軍、中でも黒騎士の存在を最初に市民グループに伝え、今回の戦争を起死回生の逆転に導いたジェイコブ司令官には市民の支持が集まっている。
彼らとともに逆転劇の発端となったポズナニ軍の指揮官、タデウシュ・クチシェバ少将が次期元帥としてポーランド軍の総指揮をとることが確実視されており、ジェイコブ司令官は、ピウスツキ時代の経験と人気から首相あるいは大統領にと押す声が多い。
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こちらは、ルーマニアに亡命した前ポーランド軍、リッツ元帥。
「一体どうなっている、なぜ我々は祖国に戻れないんだ」
「元帥、いまポーランドに戻ったら、間違いなく民衆に吊るし上げられます」
「そんなものは、残存軍が排除できるだろう」
「残念ながら、彼らはもはや我々の知っているポーランド軍ではありません。クチシェバやジェイコブに洗脳され、再編された軍なのです。元帥もご存知でしょう? 黒騎士の話を」
「バカバカしい、中世の騎士の名を騙る偽者だろう。民衆を騙して一時的に人気を集めても、すぐに化けの皮が剥がれるに決まっている」
「彼は今回のドイツとソビエトの同時侵略を予言し、どのタイミングで立ち上がるべきかも正しく指示したそうです。そして今後どうしなければポーランドの未来は絶望的であるかも。民衆があれを信じている限り、他の進め方は全て拒絶されます」
「くそう、フランスとイギリスの外交ルートから交渉を持てないか?」
「フランスやイギリスも、ドイツとソビエトを実力排除した現政権を評価しています。ルーマニアに逃げ込んだ我々は、彼らの交渉の相手にはされないでしょう」
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ここはワルシャワのビルの一室に設けられたジェイコブ指揮官の野戦本部。既に戦闘は終わっているので、本拠地の基地に戻ってもよいのだが各所からの要請でワルシャワ市街に留まっている。
「さて、残存軍の首脳による暫定政府立ち上げの会議が招集されています。ジェイコブ指令。貴方は政府の代表の役割が与えられるでしょう」
赤井から予言とも称賛ともつかない言葉を伝えられる。
「赤井殿、貴方はこれからどうされます」
困ったような嬉しいような微妙な表情で赤井に今後の事を聞くジェイコブ司令官。
「契約の終了までは、ポーランドに留まりますよ。もちろん新政権に忠誠を誓い国民に、新政府へ協力するよう声明を出します……約束しましたからね。これから大変でしょうが、我々の切り開いた未来です。少しでも良いものにできるよう頑張りましょう」
「ありがとう、黒騎士殿」
目を伏せながらも本当に感謝している様に伝える司令官。
「その呼び名は、勘弁して下さい」
赤井は、本当は役を演じるのは苦手なんだと頬を指で掻きながら困った顔をする。が腹をくくったジェイコブ指令は、ひとりだけ逃がしたりしないぞと言葉を絆ぐ。
「いえ、まだしばらくは演じてもらいますよ。少なくとも国民の前では」
黒い覆面の男がポーランド新首相の補佐として、ポーランド国民に愛されるのはしばらく続いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
もう一度、ドイツの総統執務室。
軍需品生産の幹部を集めて指示を伝えているヒトラー総統。
「一号、二号戦車が失われたのは逆に良かったかもしれない。我々は新型のより機動力と攻撃力のある戦車を増産し、機甲師団を再整備するのだ。国内の生産力をこれらのために総動員しろ」
「「「はっ、総統閣下!」」」
「ゲッベルス君、キミは生産に必要な資源や協力をできるだけ得られるよう、各国と折衝を行ってくれたまえ。しばらくは国際協調主義を装う必要があるだろう……その間にドイツの本当の敵と、友にすべき国をふるいにかけよう」
「はい。わかりました総統閣下」




