第34話 自動車産業育成と戦標船とポーランド
自動車産業の育成がスタートした。華子さんによると、いきなりすべてを作る会社は難しいので、エンジンを作る会社、ボディーやタイヤなどの部品を作る会社、組み立てる会社に分けて、それぞれで民間企業の育成の仕方を変えて取り組むらしい。
エンジンは既存の自動車会社が経験を活かして新しい工場の立ち上げを指導する。具体的には豊田自動車工業、日産自動車、石川島自動車、東京自動車工業の四社だ。ボディー等の部品を作る工場は製鉄所の近郊に作るのがよいということで室蘭、釜石、尼崎、北九州を中心とした地域に置くことにした。将来的に道路や部品を運ぶトラックが増えてきたら他の地方にも展開していく。またタイヤは現在ある横浜の横浜護謨、神戸のダンロップ護謨、久留米にブリヂストンの各社があるので、これらの会社を中心に工場の新設、生産の拡大を計画してもらうことになった。そしてそれらから部品を集めて最終的に組み立てを行い、販売する自動車会社が別に作られる。
基本的に条件に合っていれば育成枠に入ることができるので、目端の利く民間資本家はこぞって会社を設立して参加しているし、既存の自動車会社も将来の系列化を考えて行動しているようだ。オレも九州の縁者に『霧島原動機』『霧島自動車部品』『霧島モータース』を作ってもらった(笑)……いまさらだけど何かあった時の保険代わりだ。これを『霧島コンツェルン』というのは、ちょっと気が引けるが。
「この調子だと自動車産業で使う原材料が2、3年で足りなくなるという話が企画院であがっているそうです」
華子さんがそう教えてくれた。もちろん久永殿下から聞いた話だろう。
「まあ、そうなりますよね」
考えなかったわけではないけれど……いや、あんまり考えてなかった。だってゲームだと産業育成コマンドはあっても、そのための資源までかき集めろっていうのは流石にないし……オレが考え込んでいたら華子さんが次のように続けた。
「なので輸入用の船舶も増産することになりました。こちらも戦時には補助艦艇に流用できるようなものを、民間の造船業の育成と共に行っていきます」
おう、さすが日本の優秀な官僚が集まった組織だ。ちゃんと他の政策と整合性を持たせて、平時は民間で使って戦時はそれを転用することを考えてきているな……まあ、前の歴史でも戦標船とか出てくるのはこの時期だしな。オレは例によってクウちゃんに教えてもらった情報を見ながら、ひとつ気になったことを追加しておく。
「戦標船を作るなら、20ノット以上出せるものにしておいてください。できれば船倉も仕切りを作って魚雷攻撃を受けても全体の浮力が失われないように……」
史実ではアメリカの潜水艦の浮上速力が20ノットあるために追跡されて沈没させられた輸送船が多くあったようだ。輸送船の船長が『速力がもっと出せれば』と嘆いたという話が資料に残っている。
「それではあまり低コストでは作れませんね。でも沈められてしまうよりはマシですか……少し久永さんと話してみます」
……あれ? 呼び方が殿下でも久永様でもなく、”さん”呼びになっている。そしてオレがそれに気づいたのがわかったのか、華子さんは顔を赤らめながら、
「別に、お考えのようなコトがあったわけではないですから! 少し一緒に、問題について話したりして、距離が近くだったというか……そんな感じです!」
と強く主張していた。いえ、別に何も言ってませんけど(笑)
華子さんをイジるのはそれくらいにしておいて、テンちゃんの方の様子を聞いてみる……ちゃんと、用事がなくても連絡をとっておかないと、また『もてない男』って言われてしまうからな……
「テンちゃん。どう、そっちの調子は?」
目を閉じて、テンちゃんを思い浮かべながら言葉を投げかける。
「あら、たーくん。うん、こっちは順調よ。そろそろリリーを、一度パリに戻らせて例の『水晶の夜』の原因になった青年とコンタクトを取ろうかなって考えてる」
うん、予定通りって感じだ。なかなかいいぞ。
「ポーランドの方はどう?」
「ジェイコブさんがいろいろ親切にしてくれたおかげで、もう生産も始まってるわ。基地の隣に工場を作ったから治安もいいし、従業員用の住宅まであるの……でも難民全員を住ませるのはムリだから、コルベ神父さんと、他の教会のそばに小さな作業所と住宅を作って、そこで部品加工の内職をやってもらおうかって、話してるわ」
「それはいいアイデアだね。いま工場で働いている人を追い出すわけに行かないから、できたらそっちだけで全員分確保できるといいんだけど……」
オレはムリかなとは思いつつもそんなふうに言ってみた。
「それは厳しいわね……でも今、働いている人もユダヤ系の人が多いから話せばムリは聞いてもらえると思うけど」
「了解……オレも一度、そっちに行ってジェイコブさんと話をしたいと思ってるんだけど」
「スイスの傭兵部隊をポーランドに……なるほどねぇ。えっ、そこまで言う?」
テンちゃんは全然遠慮せずオレの考えを読み取っていった。まあテンちゃんらしい。
テンちゃんが驚いていたのは、オレがジェイコブさんにポーランドの将来を話してしまおうとしているのを読み取ったからだろう……でも、それを話さないと傭兵部隊を雇わなければいけない理由が理解できないと思う。
そしてジェイコブさんの予定に合わせて、テンちゃん@霧島さんとハクちゃん@ドイツ人青年でオレはポーランドを訪れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やぁ、お久しぶりです。ワイスさんとアズサさん」
ジェイコブさんは、相変わらずフレンドリーだ……さて、どうやって話を切り出そうか。
「こんにちは、ジェイコブさん……今日は折り入ってお話したいことがあるのですが、ジェイコブさんは以前、ポーランド政府で働かれていたんですよね?」
「ええ、前の首相のピウスツキ元帥の頃ですが……それがなにか?」
「一部はコルベ神父様にも話したのですが、ジェイコブさんを信頼してもっと詳しい話をしたいと思います……」
オレたちの真剣な様子が伝わったのか、ジェイコブ基地司令は奥の司令官室で余人を交えず話を聞いてくれることになった。そしてオレたちが話したのは……
「ポーランドがドイツとソビエトの両方から侵略される!? そんなバカな」
「はい。以前お話した難民の件からしばらく後になりますが……ポーランドはフランスやイギリスと相互援助条約を結んでいましたが、実際にはフランスの準備の遅れによりイギリスの宣戦布告も遅れ、軍の派遣は行われませんでした」
「……何ていうことだ。それではポーランドは独力でドイツとソビエトと戦わねばならないのか」
「ええ。おわかりでしょうがポーランド軍に二カ国を相手にする戦力はなく、ひと月のうちに全土が占領され、ポーランドはドイツとソビエトに分割され消滅しました」
「くそったれ! だからピウスツキ元帥の言うように……いや、フランスが当てにならなければ、どうしたらいいんだ!!」
激しく頭を振りながら自問自答するジェイコブ司令官にオレはなおも言葉を被せた。
「ポーランド軍は、ドイツ軍より多い戦力を有していましたが機械化師団の数では劣勢でした。しかも反攻作戦の予備戦力として温存する指令が出されていて……それでも守勢ながら抵抗を続けていましたが、東部からのソビエト軍の攻撃が開始されると、それに対抗ができずシミグウィ元帥はソビエト軍との交戦を避けて退却することを命令、最終的にポーランドから脱出しルーマニアに亡命しました」
「あの裏切り者め!」
「今のポーランドに必要なことは二つです。まず軍を機械化し電撃戦に対応できるようにすること。そして国を他国との条約で守ろうとするのではなく自国内に有効な戦力を保持すること……我々はポーランドの防衛力を高める方法を持っています」
「それは?」
「ドイツ機甲師団を上回る機動力を持つ装甲機械化傭兵戦力を雇い入れられるよう紹介できます。費用が安いとはいいませんが自前で用意するよりは余程ましですし、何しろ時間がありません」
「それは、軍の上層部を説得しないと……なかなか許可は出ないと思う」
「ポーランド軍は自らの力に自信を持っているようですからね……でも戦争は今、長足の進歩をしています。特に機械化師団に対抗するためには、速度と火力を併せ持つ存在が必須です……それと敵に勝つためには、まず味方が勝てるような組織に作り直すのが第一歩という話もあります」
「……それは?」
「ピウスツキ元帥の正当な後継者ならばどうするか、ということですが……」
「…………」
ジェイコブ司令官は、言葉を発しなかった。だがそれが、我々の言わんとしたことを理解した何よりの証拠だった。
「もし、私の言ったことが信じられないと仰る方がいるなら……幾つか確認する方法を用意しましょう。1938年3月、オーストリアはそれまでの反ドイツから一変、大ドイツ主義を受け入れドイツに併合されます。さらに1938年9月、ミュンヘン会談が行われイギリス、フランス、イタリア、ドイツによりチェコのズデーデン地方がドイツに割譲されます。そして1939年9月にはドイツがポーランドに侵攻します。我々はポーランドの対応が手遅れにならないことを祈ります」




