第26話 英国のユダヤ王
前に、チート戦記が凸凹珍道中になってしまったと書きましたが間違えだったようです。
正しくは、
✕「凸凹珍道中」、 ◯「霊能者戦記」
みたいな(笑)
「たーくん、ちょっと相談なんだけど……」
前より余裕ができたはずだけど、まだ割と深刻な感じでテンちゃんが連絡してきた。
「あ、テンちゃん。どう? そっちの調子は」
「うん。それなんだけどね……」
テンちゃんの話によると、工場の話はハクちゃんとブラウン・ボベリー社から派遣された人で順調に進めることが出来たらしい。ゲッペルスとの打ち合わせも行われ、その結果フォルクスワーゲンを使った宣伝映画を作ることになったようだ。ゲッペルスは日本贔屓らしく、作っているのが日本とドイツの合弁会社だと知ると、そこにも焦点を当てて日独関係を持ち上げるような内容になっているそうだ……陸軍の大島駐在武官が喜びそうな話だ。そしてテンちゃんは、さらりと出演者の中にリリーを押し込んだらしい……自家用車でドライブデートに出かける若者役で出演しているそうだ。さすがにヒムラーが相手役で映画に出ることはなかったが、撮影は見に来たらしい。とてもご満悦だったと言っていた……大丈夫だろうか。
そして、ようやく今日、相談したい話の本題に入る。
「英国からツァイトを輸入、あるいはライセンス生産したいっていう話が来たんだけど……相手が、どうもロスチャイルド家の関係者らしいの」
ロスチャイルド家……ヨーロッパで長い間、経済力で影響を及ぼし続ける超大財閥。戦争の影にロスチャイルドありと言われ、古くはナポレオンの時代から数々の大事件に影響を及ぼしてきた。日露戦争でも日本の債権を多量に引き受け、日本軍に資金を提供しロシアが敗れる一因となった。第一次大戦では敵味方双方に関係を持っていた。しかし現在は不幸が重なり一時期の勢いはなくなっているという噂だが……
「でも、ロスチャイルド家って銀行業がメインだろう? 自動車会社なんて持ってないと思うんだけど」
オレが疑問を口にすると、テンちゃんは
「そうね。でも、いろいろな企業の資本を押さえているから、中には自動車関係もあるでしょう……だけど、まあ本音は違うところかもしれないけれど」
と、意味深なことをおっしゃる。
「それは?」
恐る恐る、オレは尋ねた。
「ロスチャイルド家はユダヤ人の中で最も成功している家系でユダヤ人の保護も積極的に行っている現代のユダヤ王と言われるほどの存在なの。そしてつい先日、ロンドン・ロスチャイルド家の当主、ウォルターが亡くなり、甥のヴィクターが後を継いだ時、警戒しているドイツで新しい動きが見えた……調べてみるとドイツ人ではなく日本人が経営する会社。いっては何だけど日本人て、世界の中ではユダヤ人に好意的な行動をとってきたのよ、今までは。彼らは敵なのか味方なのか見定めておきたい……次代のユダヤ王としては、そんなところじゃないかしら」
オレは自分たちがそんなシリアスな話に巻き込まれているなんて信じられず
「そんなスパイ映画みたいな話が本当にあるの?」
とテンちゃんの言葉を疑いの目で見ていた。
「まあ、会ってみれば分かるでしょう……本当にビジネスの話だったら、これをきっかけにイギリスからいろいろ輸入できるかもしれないし。ロスチャイルドって世界中の非鉄金属資源を押さえているらしいわよ……石油もあるし」
テンちゃんが少し悪い感じで笑って言った。
「うん。それじゃとりあえず、会ってみるっていうことで頑張って!」
と言ったら、
「何を他人ごとみたいに……たーくんも会うのよ」
って言われた。
「えっ、オレは日本にいるから、そんな簡単にそっちに行けないよ」
って答えたら、
「白狐に憑依すれば大丈夫よ」
って言われた。そんな冗談みたいなことが出来るの? この前みたいに戻ってこれなくなりかけて意識不明になったりしない?って心配すると、
「憑依する相手が白狐だから、たーくんが精魂をすり減らすこともないし、霊力が強いから終わったら強制的に押し戻すこともできるから大丈夫よ」
と言われた。ほぇ~、相手によってそんなに違うんだ。じゃあオレも参加させてもらうか……
結局、(種子島中佐は日本にいるはずなので)オレの姿は見せない方がいいという話になって、こっちで活動しているハクちゃん@ドイツの若いビジネスマン風の姿に霊的に憑依する形で参加することになった。
◇ ◇ ◇
「はじめまして、アズサ・キリシマと申します。こちらは弊社の社員のワイス・フックスです」
霧島さんが、そう挨拶して優雅に淑女の礼を、とったところで何故か固まっている。そして気を取り直したように礼を終える……オレは、不思議に思いながら普通に握手と礼をする。
「はじめまして、ルクレチア・レイブンクロー・ロスチャイルドと申します。こちらは執事のワタリです」
相手の女性も優雅に挨拶を返していたが、目線は外さず、何か値踏みするように、こちらを見ていた。
「ふーん、キツネに人間が憑いてくるなんて珍しいね……」
ルクレチアさんは、小さな声でとんでもないことを呟いた。これってこっちの状況はバレバレって事?
「そういう、そっちはカラスじゃん」
霧島さんは、ルクレチアさんの爆弾発言に動じもせず、挑発的に笑いながら応える……なに!? 何が起こってるの?! オレは困惑しながら双方を見返す……ふたりの間に漲る緊張感と、場違いな感じ満々のオレ。そして、そんな様子に向こうの執事のワタリさんがため息をついて言った。
「やはり、双方とも訳ありという事ですな……無駄な腹の探り合いはなしにしましょう」
そう言うと自己紹介を始めた。
彼らはロンドン・ロスチャイルド家の調査役、ルクレチアとワタリ。ワタリは本当にロスチャイルド家の執事だそうだけど……ルクレチア(愛称はルーシーだそうだ)はいわゆる霊能者で、商談などで相手が素性を偽ったり、何か秘密を隠しているのを暴いたり霊障をもたらしたりするのを防ぐ役目の人物だそうだ。一応、ロスチャイルド家の養女なので名前を偽ったわけではないとの事。
「で、そのロスチャイルドの切り札さんがどんな御用ですの?」
霧島さんはあいかわらず戦闘モードのまま言葉を続ける。
「そちらの商品を取り扱いたいのは一応本当ですが……ただ、何故あなた方日本人が、ドイツでこのような越境行為を行っているのか、ドイツにどこまで肩入れするのか……『はっきり言えばユダヤ人の敵なのかどうか』が知りたいのです」
一方、ルーシーさんは一発目の敵対する感じではなく真摯な態度に変わっていた。霧島さんはどうしようかという感じでオレの方を見た。
「オレたちはユダヤ人をどうこうしようという意志はありません……むしろ今後起こる事態を何とか避けられればとも考えています。しかしドイツと敵対してまでそれをするかというと……当然のことながら我々の一番の優先事項は日本の将来ですから、そのために行動します。ドイツで自動車を生産し始めたのもその関係で……買っていただけるなら、ぜひ他の事も含めて関係を深めていきたいです」
オレが考えながらそう発言すると、ルーシーさんは面白そうにオレを見ている。そして霧島さんは、あちゃーっという感じで額に手を当てていた。
「これから先にユダヤ人にどんな運命が待っているのか、ご存知な様子ですね……何故知っているのか、詳しく教えてもらいたいところです。それとあなた方が自分たちのビジネスよりも日本の将来を優先することも……」
ルーシーさんは勝ち誇ったように、そして逃さんぞという笑顔でオレを見据えている……霧島さんは、どうすんのよこれ?といった感じでオレを横目で見ている。今更ながらオレがやらかしてしまったことに気がついて蒼白になった。
結局、オレは『さる人から日本の将来を救う条件で助けてもらい、幾つか能力を授けてもらった結果、将来起こることや知識を手に入れた。霧島さんたちもその関係で知り合いになったので共に行動している。重ねていうがイギリスやロスチャイルド家と敵対しようと思っていないし、むしろ手を結ぶことができれば良いと思いここに来た』と説明した。
「では、イギリスともドイツとも敵対したくない……アメリカやソビエトは含めていないということは、そういうことですか? ふふっ、あなたはなかなか面白い人ですね……あまりご存知でないようですので、わたくしがひとつレクチャーして差し上げましょう。世界の国々について……」
そうルーシーさんは微笑みかけて話し始めた。
「人間は長い歴史のなかで暮らし生活を続ける間に、自分たちの集団の固有の考え方、習慣、好みが生じ、それを代表する動物や鳥、想像上の生き物という形式でそれを表すようになったわ。例えばイギリスの国章にはライオンとユニコーンが描かれている……これを持つのは世界中でたった三つ。イングランド王室、ロスチャイルド家の家紋、そして伊勢神宮や京都御所にこの意匠を持つ日本ね。同様にドイツでは鷲、アメリカでは白頭鷲あるいはバイソンがシンボルとなっている。日本では鳳凰という想像上の鳥もいろいろなモチーフに使われているし、ソビエトは赤い竜や蛇、中国は黄龍が皇帝の身に付けるものに描かれていたりするわ……」
いったい何が始まったのか、何が言いたいのか分からず、オレはぽかんとしながらルーシーさんの発言を聞いている。
「これらは大きく分類すると獣、龍または蛇、そして鳥の三つになる。それぞれが意味を持っているのよ……獣は大地の実りや収穫物を表し、龍や蛇は水と混沌に関連する事柄、そして鳥は火による浄化や再生を表している。そして全体として、地の実りを神に捧げるための使命を表しているのだけれど……残念ながら人類の歴史の中では、しばしばこれら成果を勝手に奪い取り、自らのものとして仮初の繁栄に繋げた例も多い。分かる?」
そう言ってルーシーさんはオレを見つめるが、まったく分からない……オレは無言で頭を横に振った。
ルーシーさんは頭の悪い生徒に困り果てた先生のようにため息を付きながら、
「つまり、日本は中国、ドイツはソビエト、そしてイギリスはアメリカを対象として神に至る道を成すべきだっていうこと。イギリスの場合は運勢が逆転してしまったためシンボルと位置が逆になっているけど……あのピューリタン共め」
と、感情的に言った。そう言われてもオレには何のことやら分からず、霧島さんに助けを求めて視線を送る……だが霧島さんも首を傾げ、処置なしという感じで手を広げていた……まあ、ルーシーさんがトンデモな人物だっていうことはわかった。
「ウォホン。お嬢様、今回は霧島殿とビジネスの話をする予定ではございませんでしたか?」
ワタリさんがそう促すと、ルーシーさんは冷静さを取り戻し
「……そうね。霧島さん、もし貴女方が私達に敵対しないとおっしゃるなら、行動で示して欲しいところです……そうね。そちらのワイスさんがお得意の未来予知でご存知の『水晶の夜』事件を防げたら、あなた方の望む取り引きを致しましょう……できるかしら?」
彼女はそう言うと、口元には笑みを浮かべながら目は笑っていないという器用な表情を見せ、『今日の話し合いは有意義だったわ』と一方的に会合の終わりを宣言して帰っていった。




