第18話 お土産付きで、日本に帰還!
あっという間に2年が過ぎて、日本に帰国しなければならない時期になった。ヨーロッパでやり残した感はあるけれど、日本でもやらなければいけないことは、もっとたくさんあるので、ぐずぐずしていられない。次の駐在武官になる人と引き継ぎを終えて追い立てられるようにしてオレはパリを離れた。
フランスから日本までは船旅だと40日余りかかる。シベリア鉄道なら15日くらいで着くらしい。外交官は結構シベリア鉄道で行き来しているらしい。でも海軍は基本、船旅だ。異論は認めないらしい(涙)来る時は旅客機で1日だったのになぁ(ブツブツ)……フランスのマルセイユからポートサイドまでは優雅な地中海の旅を気取る余裕もあったが、スエズ運河に入ると船が一列になって延々と進むだけでストレスばかりが溜まる。しかし紅海側に出ると一転、周りは紺碧の海に変わり、目を奪われる美しさになる(すぐに慣れるけど)。そしてアデン湾を抜けてアラビア海にはいると、もうただただ海が続くだけ……という印象しか感じられない退屈な日々になる。
仕方ないので、少しでも時間を有効利用しようと、オレは今までやってきた事と日本についてからやるべき事について整理してみた。ドイツで予定通りジェットエンジンを作るための工作機械を購入できたので日本での研究開発は少しは、やり易くなるだろう。エンジンの耐熱合金を作るための希少金属の輸入の話は結局、進めることが出来なかったけど当面は量産するわけではないので、国内にあるものを使って研究するので問題はないだろう。
スイスのブラウン・ボベリー社のミハイル氏とパンツァー・ドラグーンで強力な関係が作れたのは、とても大きかった……日本陸軍へのカードの一つとして使えるし、ヨーロッパの活動で困った時ブラン・ボベエリー社に相談できたのは助かった。特にフォルクスワーゲン・ツァイト……霧島さんを野放しにしておくのがだんだん不安になってきた、今日この頃だけど。どうかこれ以上、暴走は控えて欲しい(懇願)……でも無理だろうな。これから量産だもんな。正直、大変な時期にオレが抜けてしまって申し訳ない。なんとか頑張てくれ(声援くらいしか出来ないけど)そして華子さんだ。彼女が仲間になってくれたのはすごく心強い。陸軍関係の問題を解決するのに、もし彼女がいなかったらと思うと恐ろしいものがある。でもあまりにも華子さんに、頼りっきりでは申し訳ないので、オレも日本でちゃんと活動できるように足場を作らないといけないと思う。せめて技術開発の分野とか、海軍内の問題とかは……
◇ ◇ ◇
一週間ほどして、インドの南端、セイロン島のコロンボからマラッカ海峡に向かうある夜。船内ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
「おい、そっちに行ったぞ!」
「どこだ?! こっちには来てないぞ」
「ええい、人数を使って逃げ回れる範囲を無くすんだ!」
甲板に出て、夜風に当たっていたオレは、遠くで船員たちが声を上げて走り回っているの聞いた。そして、そんなオレの足元にぶつかってきた小さな子供。
まさか人がいるとは思っていなかったのか、思いっきりぶつかって体重差で吹っ飛んでいた。オレは怪我がないかと心配で、その子を捕まえたが、相手は捕まってなるものかと足掻く(基本、声があげると居場所がバレるから、声を出さずにジタバタしてるだけだし、大人と子供の体力差があるから捕まえておくのは簡単だ。でも、どうしたもんかな)
結局、怪我があったら治療しなければという思いと、とりあえず何故、追いかけられているのか事情が知りたいという事で、オレの船室に連れてきた。一等船室なのでそういった騒動とは一番遠いという利点もある。
「නවත්වන්න! මාව මරන්න එපා . හැමෝටම ආපසු යන්න」
何を言っているのか、まったくわからない……とりあえず、英語、フランス語、ドイツ語、日本語でないのは確かだ。
一応、オレが船員に突き出したりしないらしいのは分かったのか、ここからすぐに逃げ出そうとはしなくなったが、外の様子を伺いつつオレへの警戒も解いていない。捕まえた時から、何かに似ていると思ったんだけど思い出した。昔、保護したノラの子ネコのような挙動だ。アイツら細い爪で思いっきり引っ掻くから不用意に近づいちゃいけないんだよな……経験を生かした行動の結果、まず美味しいものと安心できるもの(毛布とか)を与えて警戒を解かせることにした。
船旅とはいえ一等船室は普通のホテルとあまり変わるところはなく、ベッドもあればソファもあった。ベッドを占拠されるのは困るので、とりあえずソファに毛布をあてがって安息地とさせ、船内物販でお菓子と飲み物を調達して渡しておく。その日は毛布に包まったまま何時まで経っても寝る様子がなかったが、オレが寝てしまうと安心したのか、朝見てみるとスヤスヤ寝息を立てていた。
朝食をどうしようかと考えたが、食堂につれていくわけにも行かないのでオレが独りで食べに行った後、サンドイッチ的なものを買って帰ってきた。
「さて、どうしたものかな?」
そろそろ、事情を聞き出してどうするか決めたいのだが……それに、シャワーも浴びさせたい。身振り手振りで伝えるのには限界があって、せいぜい食べ物くらいだ……だが、人間、真剣に考えると何かしら思いつくものらしく、もしかしたらという考えが浮かんで、すぐに船室が外から覗かれないのを確認した後、アタッシュケースを手元に取り寄せ、中に仕込んだ移動神社(!)セットを広げた。これはパリを離れる時、何処でも”テンちゃん@すうぱぁサイヤ人”に来てもらえるようにするため、一計を案じて用意したものだ。アタッシュケースを開くと、小さな鳥居と社が立ち上がり、両側に一対の狐も控えている。こんなものでも、どっかのロリシスターの安全ピンで留めた『歩く教会』よりよっぽど役に立つ(はずだ!))早速、手を合わせお祈りした『おいでませ、テンちゃん(パン、パン)』
「何、バカなことやってんのよ?!」
若干、ご機嫌斜めながらオシャレなスーツ姿でテンちゃん@霧島さんモードが現れた……現れた途端、一言。
「たーくん、いくら船旅で退屈だからって、犯罪に走っちゃダメよ」
はぁ? 何を言い出すんだ、霧島さん! オレはこの子を無理矢理、誘拐してきたわけじゃないぞ。むしろ追われているところを助けてやった正義の味方だ!
「そうじゃなくって、言葉が通じないんで困っているんだけど、霧島さんてこの子と話すことは出来る?」
霧島さんは、目の前の子を少し見た後、やおら、よくわからない言葉を発し始めた
「ඔබ කව්ද ඇයි ඔයා මෙහෙට ආවේ」
「මම සති. මගේ ගමන් මලු වරායේ පටවාගෙන පැන යාමට උත්සාහ කළා」
「名前はサティっていうんだって、この子。前の港で荷物に紛れて船に載せられちゃったらしくて、慌てて逃げようとしたんだけど、船員に追い回されて」
ああ、そういうことか。ようやく事情がわかった。じゃあ船員も悪意があって捕まえようとしていたわけじゃないのか……だったら話は簡単だ。と思っていたら
「彼奴等には絶対、捕まっちゃダメなんだって……港にいる時から、船会社の社員とは最悪の関係で……ああ、なるほどね。ああいう所で生きていくためには、まあ犯罪行為でも何でもやらないと生きていけないしね」
あれ、何か霧島さん、言葉でやり取りしなくても意思疎通してないか……てか、例の相手の考えていることがわかる能力のせいか。通訳いらずだな。
「たーくんだって、出来るのよ。この前、修行したでしょ?」
えっ、いつの間に……オレは修行の頃を思い出して、この子に向けて気持ちを集中し繋げようとする……精神を集中しないとつながらないのはオレとテンちゃんの能力の差ってところか。それにしても自分の事なのに、テンちゃんに教えてもらわないと分からないっていうのは若干情けない。
「(あんたダレ? あたしノテキ? はらヘッタ)」
……何か、言葉づかいが結構悪いな、この子。
「(オレは種子島 時休っていう日本人だ。お前……サティを船員たちから助けてやったんだぞ)」
オレも念を込めて、この子に話しかける。
「(……アリガトウ)」
うん、素直になれば可愛い気もする。会話できるならこっちのもので、オレは早速サティにどうしたいか聞いた。
「(サティはこれから、どうしたい?)」
「(あそこに帰りたい。あそこには仲間がいる……きっといなくなって心配している)」
「(サティも海賊なのか?)」
「(うん。サティもお父さんも、お母さんも海賊……死んじゃったけど)」
「そうか……サティのお父さんもお母さんも海賊だったのかぁ」
ずっと、そうやって暮らしてきたとはいえ、日本の海軍の人間が海賊の一味に肩入れするというのは他国への体裁が良くない。せいぜい見なかったふりをして、こっそり逃がすといった程度か……でも、そのうち捕まってしまったら可哀想だよなあ。オレはパイレーツ・オブ・カリビ◯ンよろしくサティが柱に吊るされてるシーンを思い浮かべて、すぐに頭を振って否定する。
「……あの、お取り込み中、申し訳ないですけどサティの言っている海賊と、たーくんの考えている海賊は中身がかなり違うのよ?」
遠慮しがちに霧島さんが話に割り込んできた。
「海賊と言っても、ここの人達はカリブとか地中海の海賊とは違って、植民地主義に敵対した地方領主や貿易商的なものなの。だからサティの両親が海賊だったというのも、イギリスやオランダの東インド会社に敵対した、この辺の海を使って商売している、祖先が地方領主だったかもしれないグループのひとつという意味ね」
おぅ、それはずいぶん意味合いが違ってくる。ってことは、いうなれば欧米の植民地主義の抵抗勢力ってことか? またクウちゃんにお願いして、この付近の海賊の歴史について調べてもらう必要がありそうだ。
時は十七世紀末、世界の覇権がスペイン、ポルトガルからイギリスやオランダに移り、各国が世界中の交易地と航路を開き、数々の文物を運ぶことにより利益を上げていた時代。アラビア海、インド洋、東南アジアにまたがる地域ではイスラムの交易商人が広い地域にまたがって貿易を行っていたが、ヨーロッパ各国は自国の権益を広げるため、地域の領主や海賊と手を組み、それ以外のものを武力で排除し、領地化、属領化を進めていった。当然、対立する側は交易船を襲い、軍隊と戦闘し、覇権を奪い合っていた。しかし小規模な国家や集団では対抗し続けることは難しく、徐々に排除され、特定の根拠地あるいは海域だけで活動する集団となっていった。
サティが落ち着きを取り戻し、この部屋で生活するようになってから、霧島さんはちょくちょく、この船にやってくる(本人は『この子のことが心配だし』と言っていたが実はヨーロッパは寒いので、ここにバカンス代わりに来ているんじゃないかとオレは勘ぐっている)。
「本当はサティの帰るべきところは別にあるのよ……」
サティが昼寝している時、ふいに霧島さんがそんなことを話してきた。
霧島さんによるとサティはスマトラ島の北部のある王朝の落し胤で、お父さんやお母さんと言っていたのはサティを逃がすために同行した側近だったようだ。
「それにしても、たーくんて、どうしてこういう子と関わりをもっちゃうのかなぁ」
……何か聞き捨てならないことを言い出した。
「どういう意味?」
ふぅ、とため息を付いた後、霧島さんは
「この子、ゲームで言ったらU・L・Rカード並みの存在なのよ……」
うーん、カードゲームはやらないからよく分からないんだけど、すごく貴重ってことかな。
「何ていうかね、この子が成長すれば、向かうところ敵なしの主戦力キャラっていうか、課金ガチャだって手に入らない超有能キャラっていうか……」
いつも思うんだけど、霧島さんのそういう知識はどこで手に入れるんだろう……
「とにかく、簡単にほっぽりだすには心配な子なんだから……もし悪用されたらマズイし」
えっ、そうなの? オレはすっかり次の港で下ろすことばかり考えていたよ。
「……どれくらい悪用できちゃうの?」
オレは心配になって、余計なことを聞いてみた
「うーん、やりようだけど。もうひとつ満州国を作れるくらい?」
げーっ、これ以上そんなもん作られたら身が持たないよ!
「しかも悪いことに、この子基本ステータスが高いのよねぇ。多分普通に育てば海賊のキャプテンか、民族主義者のリーダーくらいにはなれるわねぇ」
「どうしたらいいんでしょう?(涙)」
正直もうこれ以上、余計な心配のネタは背負い込みたくない。本気で過労で死んでしまうかもしれない。
「でも、うまくすればイギリスやオランダ、アメリカへの盾くらいにはなってくれるわよ……いずれにしても放っておけないから、おかしな方向に行ってないか時々教育的指導に来てみるけど」
「へへーっ、どうぞよろしくお願い致します」
オレは跪いて霧島さんを拝んでいた。
「じゃあ、この子の仲間に迎えに来るように伝えておくから」
明日にはシンガポールに着くという日、霧島さんはそう言ってから、しゅぽん!と眼の前で消えた。
びっくりしたぁ、ああやって消えるんだ……いつもは、一応遠慮してくれてたのかも
「පොන් අතුරුදහන්! අරුම පුදුම! පොන්!」
あれっ、サティ見てたのか! 大丈夫かなぁ……言いふらされなきゃいいけど。
その後、テンちゃんがサティの仲間のリーダーの夢の中にヒンドゥー教の神様になって現れて(ヒンドゥー教の神様って預言するんだろうか)シンガポールを出港した後くらいで、彼らの船団が到着した。しばらく並走したと思ったらサティが上甲板からダイブ一閃、彼らの船の直ぐ側に飛び込んだ。こんな高いところから大丈夫なのか?!
「(大丈夫よ。ああいう軽業みたいな運動神経は本当にいいんだから!)」
テンちゃんが、オレの頭の中に直接教えてくれる。
サティはすぐに向こうの船に引き上げられて、こっちに元気で手を振ると、船団は向きを変えて引き上げていった。




