第15話 ヨーロッパわらしべ長者計画、その1
ジャンヌというかリリーの言ったとおりカードは、後から店に来たナチスのヒムラーに渡されていたようだ。その後も彼は時間を見つけて店に通って来るようになり、あの手この手で彼女を口説き落とそうとしているらしい。リリーはそれとなく『あのカードに書かれていたのは間違いだから忘れてほしい』と伝えているのだが、彼は『照れなくてもいいんだよ(笑)』と、とりあってくれない。メッセージの内容が微妙に彼の立場と境遇に重なっているところが疑いもしない要因なのだろう。そんな中、リリーはヒムラーが招待してくれた劇団の公演を観にいって(避けていても、自分か興味があることだと、つい誘いに乗ってしまうような脇の甘いところが口説かれ続ける原因なのだろうけど)、感激しそのまま劇団に入ることになった(もちろん劇団の方もヒムラーの口添えがあれば嫌とは言えない)。そしてちょっと信じられないが彼女には演劇の適性があったらしく若手の有望株として注目されているらしい……まあ、表情に花があるし、何をしても目立つタイプなのは認めるが。オレは『人間、誰しもひとつくらい取り柄があるものだ』というのを実感した。
「しかし、いくら何でもジャンヌにヒムラーを誘惑させるのは危険だろ」
オレは定期連絡でジャンヌの神様に、文句を言っていた。もしバレたら捕まってしまい悪ければ処刑されてしまう。
「考えすぎです。それに言い寄っているのはむこうの方だし……アレ、もしかして、たーくん妬いてる?」
テンちゃんが混ぜっ返してきたけど、そんなことは関係ない。
「冗談じゃない。オレは本気でジャンヌの命を心配してるんだ」
「だから、それを情が移るとか、心を惹かれているって言うんじゃない(笑)。でも大丈夫よ。これから彼女は本格的に女優になるから、もうお店にはでなくなるわ。そして自分の劇団を持つの……そうそう、彼女の名前はリリー・ピアフだから。もうジャンヌって呼んじゃダメよ」
……何だそりゃ? ジャン、いやリリーは女優になる? 劇団を持つ? 彼女は修道女だろ! オレは感情を整理しきれずにモヤモヤしていると、さらに驚くことをいい始めた。
「それに、私もドイツの偉い人にいろいろコンタクトを取っているの……うまく成功すれば、ドイツにも新しい道が開けるかもしれないわ……そうしたら白狐の願いを何とかできるし。まあ成果を楽しみにしてて」
えっ……いったい何をしようとしてるんだ?! ドイツの偉い人にコンタクト? まさか、ヒトラーとか?! 日米どころか第二次世界大戦自体をどうにかしようとしてるのか?! オレの頭の中は大混乱状態だ。そして見透かすように(いや実際、見透かしてるんだけど)
「まさか。まだヒトラーには届かないわ……でも、うまく行けば確かに欧州情勢は少し変わるかもね。だから、手伝いをお願いしたらよろしくね、たーくん♡」
その手伝いは思ったより早く求められた。
◇ ◇ ◇
「ターくんの好きな車のデザインて、どんなの?」
……なんだよ藪から棒に。話している相手は、もちろんテンちゃん、というか霧島さん(ビジネス仕様)だ。
「自動車? どんな?」
「大衆車で、ちょっとカワイイのがいいかな。できれば今の時代より少し先のカッコいいヤツね♡」
……よくわからないが、とりあえず自動車関係の歴史をさがして、かわいくて、カッコいいと思われる車のデザインを霧島さんに渡しておいた。
そして、今日になって霧島さんが、ドヤ顔とコマッタ顔を混ぜたような器用な表情でやって来て言った。
「大変だわ、たーくん! ちょっと力を貸して」
なんだろ?……まあ、いつもオレのほうがいろいろ助けてもらっているので力を貸すのは問題ないけど?
「いったいどうしたんですか?」
「あのね、私がドイツの国民車を作らなくちゃならなくなったの」
「ハァ???!」
霧島さんが言うには、日本の財閥「霧島コンツェルン」のお嬢様として、ヨーロッパでビジネスを立ち上げるために来ているという触れ込みで、いろいろな会社の社長さんとかに会ってビジネスの交友関係を広げているのだけれど、ある人がドイツの国民車構想のことで『いつまで経っても生産が始まらない』とか『ポルシェ博士は不当に総統に取り入っている』とか文句ばかり言っていたので、「総統にもっと良いものを見せて『こっちを作りましょう』って言ってみれば面白いんじゃないですか?」って気軽に言ってみたら、本当に言ったらしく『貴女が言ったことなので絶対、コンペに参加して下さい』と言われたらしい。
でも、どうせコンペなんて参加したって負けるだろうからと、オレから渡されたデザインと適当にでっち上げたスペックを渡しておいたら……総統がデザインをいたく気に入ってしまって、他の部分は今のままでいいが、デザインだけはこれにするように厳命されたそうだ。
「えーーーーっ!」
今更、適当にでっち上げたものですなんて言える状態でなくなってしまって、とにかくあのデザインの車を生産できるようにしなければならなくなったとの事。
「む、無茶だよ! 自動車を作るって……今からでも、御免なさいって謝って、許してもらおうよ」
オレは弱気になって、そう言ったのだけれど、
「ダメよぉ、他の人ならまだしも総統よ! ドイツで言ったらヒトラーよ!」
って、それ、そのまんまで全然、例えになってないし。
オレに普通にツッコミを入れてられてしまうほど霧島さん(テンちゃん)もテンパっているようだ。
「もし、出来ないっていう返事をしたら、日本政府に苦情が行ってしまうかも……」
「そ、それはマズい」
もし海軍の上の方から、『お前、何やってんの?!』って調べられたら、余計なことをやっているのが全部バレてしまって、悪くすると今度はオレが樺太かアリューシャン送り? になってしまう!




