第14話 ショー・パブ「ルシャハット」と意外な才能
微エロ?(いやエロにも入らないだろという意見もあり)
その後はベルリン駐在武官の小島中佐に連絡を取り、前回紹介してもらった工作機械の会社のうちのひとつに機材購入をしたい旨伝えて、具体的な話を詰めていく……数日後契約を結んだ夜、会社側から夕食に招待されてベルリンで有名なショー・パブ「ルシャハット」に連れてこられた。いわゆる接待というやつだ。いや、オレは遠慮したんだけど『接待されるのも仕事のうちだ』と小島中佐に言われて受けざるを得なかった。
「種子島閣下には、我社の機材を選んで頂き大変有り難うございます。今後とも、どうぞご愛顧頂ければと存じます」
「か、閣下……」
オレはいきなりの閣下呼びに面食らったが、小島さんによると駐在武官は大使に準ずる扱いなので閣下になるそうだ。
「こちらこそ、御社にはこれからお世話になると思います。ぜひ末永い協力関係を」
挨拶が済むと、『今宵はお気軽に楽しんで頂くために、フランス式のお店を用意しました。本場をご存知の方には物足りないかもしれませんが』と言われたが、絶対自分たちが来たかったんだろう、と思った。
何がフランス式かというと、ショータイムの出し物にフレンチ・カンカンがあるということらしい。『……もうすぐ始まりますよ』と時計を見ながら教えてくれたのは工作機械会社の重役。どんだけ楽しみにしてるんだか。
例のやたら騒々しい曲が掛かると、店の一方から10人くらいのダンサーの女性が元気いっぱい足をあげながら踊り込んでくる。
「えっ!?」
オレは一瞬、目を疑った。というのも、そのダンサーの中に数日前、一緒に列車に乗ってきたジャンヌ嬢がいたからだ。
「カンカンは、もともと恵まれない人たちへの寄付をお願いするためのドイツの裕福な女性のグループから始まったものなのです。だからこうして気に入ったダンサーに寄付をすると、後でお礼に来てくれるのですよ」
と言いつつ、例の重役のおっさんがお金をダンサーの衣装に挟み込む……いや、それ絶対、エロい店だけの習慣だろう! でも、オレもジャンヌ嬢にお金を挟み込んだ。事情を聞きたいからだ。それだけだぞ、絶対!
ダンスが終わって、少しすると三々五々、ダンサーの娘たちが客席に挨拶に回り始めた。重役のところにもさっきの踊り子が挨拶に来た。そしてオレのところにもジャンヌが、
「コンニチワ、お客様。チップありがとうございます♡」
そう言いながら、身体にタッチして頬を寄せてくる。寄付じゃなくて”チップ”って言ってるし……それにしてもスキンシップが強烈すぎ。オレが『どうなってんの、これ!』と問い詰めようとしたら、先回りして唇を指で押さえられた。
「ハハハ、種子島閣下は随分と踊り子に気に入られたようですな。隅に置けない」
おっさんが、混ぜっ返してくる。
「いや、そんなことは~、彼女は」
彼女との関係をしゃべるのはちょっとまずいかなとお茶を濁したら
「内ポケットにカードを入れていったでしょ。これは相当、好かれたねぇ」
と言われた。よく見ているなぁ……ってかそんなカードを入れられてたなんて気がつかなかった。オレはとっさに内ポケットを押さえた。
「さすが、花のパリに赴任する男はプレイボーイなんだなぁ(笑)」
「小島さん、やめてくださいよ。もう」
「「ハ、ハ、ハ、ハ」」
もうみんなに弄りまくられて……まあ、場が和んだからいいか。
「お、おい。あれは……」
しばらく経って、オレたちはそろそろ引き上げようと席を立ったところで、小島さんが声を潜めてそう呟いた。
小島さんの視線の先を見ると、いかにもナチスの高級士官といった男たちが数名歓談している席があり、その中心に独特の丸メガネの無表情な男がいた。
「アレ、ナチス党のハインリッヒ・ヒムラーじゃないか。何でこんな所に」
「とにかく、出ましょう……」
と、連れに促されてとにかくオレたちは店から離れた。こんなところで挨拶なんて事態になったら、お互い気まずい事この上ないからね……そそくさと車に乗り込むと、オレは車中でずっとジャンヌのことを考えていた。いったいどうしたんだろう。まさかドイツでは教会がああいった店と裏でつながっていたりするのだろうか……ジャンヌもジャンヌだ。仕事を選べよ、っていうかむしろ喜んでやっている雰囲気があった。水を得た魚っていうか……前に聞いた経歴の話だと、自分から進んで修道女になったわけではないようだが、こういう才能があったとは……でも、あまりに切り替えが早過ぎるよ、フランスを救うためにドイツに来たはずじゃないのキミ?
「どうした、踊り子のことを考えているのかい」
小島さんにそんなことを言われてしまった。この人、やたら勘がいい。
「いや、そんなことは」
「あれを、現地妻にするつもりなら、考え直したほうがいいな……」
「な、何を言い出すんですか!?」
小島さんのあまりの発言に大声を出してしまったが、余計おかしいとおもわれたのか、意味ありげな顔で『ふう~ん』と言われてしまい、後は気まずい雰囲気でホテルまで送ってもらった。
ホテルに返って、ジャンヌからもらったカードを見てみたら、店の名前とリリー・ピアフという名前しか書いていない……なんだコレ? リリー・ピアフ? 誰のこと? 何かメッセージが書かれているのかと思ったのに肩透かしだ。もっと店に来いということか?
結局、次の夜も、ひとりであの店に行った。こういう店はひとりでは中々入りづらいが、しかたない。カウンターに座ると『リリーは、いるかい?』と聞いてみると、ニヤリとしながら『来てますけど、まだショーの時間じゃないんでね』と断られてしまう。しかし、心づけを渡すと手のひらを返したように、すぐに連れてきた。
「ジャンヌ、いったいどうしたんだ?!」
と言うと、昨夜のようにニッコリ笑って、オレの唇を指で抑えて
「私の名前は、リリー・ピアフです」と言い、顔を近づけて小声で打ち明け話をしてくれた。
オレと分かれた後、教会に行って紹介された神父様に会ったのだが、ちゃんと話を聞いてくれず、『私は、そういう人に何人も会ってきたが、神様はそんなふうに使命を託したりはしないと思うよ』と言われ、『今は教会も大変でね、君を置いてあげることは出来ない。親切な人を紹介してあげるから、そちらで働くといい』と言われたらしい。親切な人の紹介先がここなのか?! オレは憤ったが、ここではなく普通の日用品を扱っている店だったようだ……まあ、それならね。
しかし、どうやら彼女はその店でやらかしてしまったようで、『貴女はうちの店で働かせるわけにはいきません。別のところを紹介するからそっちへ行ってくれ!』と言われたらしい。いったい何をやらかしたんだ?!
次に紹介されたのは裏町のレストランだったのだが、そこでも
「私、ちょっとおっちょこちょいっていうか、料理を運んだり、お金を扱うの、得意じゃないんです……間違えてお客様を怒らせたり、他の店員さんに呆れられたり……」
はぁ? そこでも問題を起こしたのか……そういえば、オレが一緒の時も、よく問題を起こしていた……まさに情景が目に浮かぶようだ。
「それで、店長さんに怒られていたところを、この店のオーナーが、『うちの店で働かせてやろう。君は見た目がいいからウチのような店のほうがあっているだろう』って言ってくれて。とても助かりました」
いいのか、そんなことで。知らない男にホイホイついていくと危ない所に売られちゃうぞ!
「で、どうするんだい? パリで聞いた予定とはだいぶ違っちゃったようだけど」
と聞いてみると
「大丈夫です。カードにも書いたように神様が新しい使命を下さいましたから」
と言ってきた。いや、カードには何も書いてなかったぞ。彼女にカードを見せると最初『信じられない』という顔で、しばらくしたら『あ、もしかして私やっちゃった?!』という顔に変わった。
「私、別の人にあのカード、渡しちゃったみたい」
「いったいどんなメッセージを書いたんだ?」と聞いてみると、恥ずかしくてとても言えないとためらっていたが、聞かないと対策も立てられないので無理やり教えてもらった。
「え~と、私は貴方をひと目、見たときから大切な方だとわかりました。神様はドイツで力ある人と親しくなり、共に歩むように伝えてくださいました。どうぞ貴方と永久に歩めますように。……愛しき人へ」
まるっきりラブレターじゃないか。それの何処が新しい使命……ああ、ドイツで力ある人と親しくなれってところか。
「もう既に、それらしい人に会ったのです。やはり神様はちゃんと用意してくださっているのですね」
……誰のことだ? まさか、この前の帰り際に見た奴等のことか?
「それって、まさかナチスの……」
「はい、結構えらい方らしいですよ。チップを頂いたのでその方にもカードを……あっ!」
ジャンヌは何かに気づいたようだ。
「私、その人に渡したのって、時休さん用に書いたカードだったかも……」
……それは、エラい誤解を与えそうだよ。いきなりそんなメッセージを渡されたら。




