第13話 女心とパリの空
例によってドイツ出張のためドイツ行の列車の発着するパリ北駅に来ていた。いつもなら特にすることもなくメインエントランスで時間をつぶすのだが、今日は少し事情が違う。あのお騒がせシスターことジャンヌ・フォンティーヌ嬢がドイツ行きに同行するためだ。
彼女曰く「神様はフランスの北から悪雲が迫ってくると仰っています。私はドイツに行って神様の願いを叶えるための活動をしなければなりません。詳しくは後で伝えるそうですけど」
……テンちゃん、もうちょっとちゃんと内容を伝えてやってくれよ。
彼女も彼女で、思いついたらまっしぐらというか、後先考えないというか、以前聞いた彼女の生き方を彷彿とさせる行動だった。オレは『ドイツに行ってからどうするの?』とか『ドイツの教会とかに紹介してもらったら?』とか言ったのだが、『だいじょうぶです』とか『神様はきっと準備してくださっています』とか自信満々に言われてしまう。いや、そのお告げをした神様ってテンちゃんなんですけど。
仕方ないので、テンちゃんから『ドイツの教会で世話をしてくれる人をこちらで紹介してもらってから行きなさい』と夢で伝言してもらい、やっと『ルネ神父様にベルリン教会のプライズ神父に会って神様のことを話しなさいと言われました』ということになった。
オレは「日本帝国の軍人としての立場では教会関係者であるシスターと大っぴらに会うのはよろしくないのでこっそり逢いましょう」と伝えたところ、なぜか頬を赤らめて目を伏せ「ええ、誤解されてしまいますものね」と言われた……あれ? オレって何かフランス語での言い回しを間違えてる??
とは言いつつ打ち合わせのためとはいえ、休日ごとに若いお嬢さんとカフェを転々としながら会っているのは……(シスター服はカフェでは目立つので)最近は私服で来てもらっているし、まぁデートに見えなくもないよな。ドイツに行くための準備で、彼女の買い物にも付き合っているし……彼女はあまりお金は持っていないようなので結局支払いはオレがしているし。
まあ、あれだ。忙しい任務の間のちょっとした息抜きだ、と自分を誤魔化しながらちょっとうきうきしつつ今日もカフェへ向かう。なんだかんだ言いながら若くて美人で、くるくると表情の豊かな彼女は話していて飽きないし、オレの周囲にはない視点でヨーロッパのことを熱心に教えてくれるから楽しいといえば楽しい。
「それで、ベルリンに行くための準備はもう大丈夫なの?」
カフェのテーブルに座って、そう問いかけるとニッコリと笑って
「はい! 私、引っ越しには慣れていますから。荷物も少ないですし」
と元気よく答えてくる。ホントかなあと思いつつ
「じゃあ、教会まではどう行ったらわかりますか?」とか「とりあえず、初日に泊まるホテルは取ってありますか?」とか聞いてみると『…………きっと神様が用意してくださっています!』って答えた。だからぁ……と言いながら、地図を買って、ホテルを手配してしまう。そんなオレに対して
「メルシィ♪」
笑顔でお礼が返ってくるけど、ほんとに大丈夫なんだろうか? ドイツで行き倒れになったりしないよねぇ?
「じゃあ、明日10時、パリ北駅のメインエントランスで」
「ウィ、ムッシュ♡」
もう、返事だけは良いんだから……
こうして、冒頭の状態になった。
◇ ◇ ◇
ドイツ行き列車は、結構乗客が多い。もちろん、外交官扱いなので一等車に席をとっているから我々の車両は静かで快適たったが。
「私、一等車なんて初めてです。ドキドキしちゃいますね」
「いや、普通に席があって座るだけだよ。少しふかふかで座りやすいけど(笑)」
「見て見て、景色がすごい勢いで飛んでいく!」
「はは。子供じゃないんだから、少し落ち着いて」
「ねえねえ、食堂車に行ってみましょうよ。私、一等車の食堂って憧れなんです♡」
「まだ、食事には早いよ(笑)」
いろいろなリアクションがあるので一緒にいて飽きないのは事実だ。しかし、こんなピクニックにでも行くような調子で、ドイツで上手くやっていけるんだろうか? と、ついつい余計な世話を焼いてしまう(ドイツに行くように、そそのかしたのはテンちゃんだし……)
「もしもの事があったら一週間くらいはホテルにいるから連絡してくれ」
そう言って送り出したのだが、かなり不安が残る。でも本人は
「はい、私は大丈夫です。トキヤスもお仕事がんばってくださいね♡」
と、ぜんぜん心配していないようで、パリの街にいるがごとく普通に去っていった。




