第129話 Rocket Boys、その5
あれから儂は何人かの関係者に問い合わせて資金が企画院副総裁の北白川宮久永殿下の管理であることを突き止めた。殿下なら知らぬ仲ではないし無碍にされることはないだろうと安心して向かったのだが……
「ふむ、他ならぬ中島鉄道相のご依頼です。私としても助力するのに吝かではありません」
「おう、それでは」
儂は期待を込めてその先の言葉を待ったが、殿下から付け足しの言葉があった。
「ただ、あの資金は、さる人物が日本の為に目的を持って用意したものです……なので一言、断りを入れるのが礼儀というものでしょう」
儂もそれには頷けたので、すぐに賛意を示した。
「おっしゃる通りですな。どのように工面したか存じませんが簡単に作り出せるものでないのはわかります。私からも是非、ご挨拶させて頂きたいと思います」
殿下は儂の答えに満足され
「うむ。そうとなれば席はこちらで用意しましょう。後ほど日取りなど詳細を連絡差し上げますのでご対応の程、よろしくお願いします」
殿下とのやり取りに少し回りくどいものを感じて、失礼ではあるが儂は尋ねてみた。
「それで、よろしければその方のお名前をお教え願えますか? 此方としても心積もりをして臨みたいと思いますので」
それに対して殿下は敢えて、何でもないといった様子で
「ああ。貴方も既に、ご存じの方ですよ……今度は胸襟を開いて、いろいろ話し合って頂ければと思います」
「そうですか……して、お名前は?」
重ねた儂の言葉に思いもよらぬ名を挙げてきた
「種子島時休中将……今は私の下で統合参謀会議にも参加しています」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それから日を置かず種子島も殿下に会い、話を伺った。
「鉄道相殿と君が会える席を設けるので、今回は首尾よく話を纏めてください」
「有難うございます……殿下にお手を煩わせてしまって申し訳ありません」
オレの為に嫌な役を引き受けてくださった殿下に感謝を伝えると
「なに、私もあのままでは……とは感じていましたからね」
と言ってくれた。オレは殿下に
「はっ、前回の轍は踏まぬよう致しますので」
と伝えながら考えた。
……実際、今回は向こうから会いたいという話なので、オレの言葉を聞く耳持たぬという訳にはいかないだろうと思う。そこでオレは資金の使用を了承する見返りに戦略爆撃機の開発を依頼する……この件は中島氏も恩がある大西少将の為になる事だから厭だとは言えないだろう……うん、完璧だ。
こうしてオレはそろそろ夏の暑さの厳しさの増す中、中島知久平氏とのリターンマッチに臨む。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「君という人間は……くだらん策など弄しおって。……だが儂も男だ、一度やると決めたことを覆すようなことはせん」
なんか相変わらず知久平氏はオレが気に入らないようだ……まあ、仕方ない。気に入ってもらうのは後回しで、まず協力を取り付けるのを優先にしよう。
「私はずいぶん貴方の不興を買ってしまっているようですね……ですが、それでもあえて言います。どうぞ、ご協力をお願いします……日本の為に」
中島翁は口を一文字に結び、オレを見据えていたが、何か吹っ切ったようにこう言った。
「……それで君は、儂に何をさせたいのだ」
それに対しオレは知久平翁を見つめながら言う……さて、どう答えようか。
オレは前に見た華子さんとルーシーの交渉の仕方を思い出していた。彼女たちのやり取りは、まさに交渉のプロといったものを感じたからだ……若干、ヤクザ同士のやり取りにも見えたけど。
「大型ロケット全体を開発、製造できる会社の立ち上げ。それに大型爆撃機の開発、製造……加えて、米国と競えるようになるため、独り中島飛行機だけでなく日本全体の産業、技術の底上げとなるように下請けや協力会社の育成もお願いします」
オレはルーシーのように、どんどん掛け金を積み上げていくやり方を採用する……翁は今回ロケット開発のために、この交渉に来ている。そしてその前にお願いしようとした大型爆撃機の開発協力くらいは多分、想定内のことだと思う。オレも実際、そこまで出来れば御の字だと思っている……でも、交渉のためのブラフとして、もうひとつアメリカと競える産業の育成も入れてみた。
翁はそれを聞くと今度は、目を見開いたまま言葉を発しなかった……ちょっと吹っ掛け過ぎだったか
ようやく翁は言葉を返してきたが
「……君には現実というものが見えているのか?」
と言われてしまった。
「ロケットの開発会社の件は請け負おう……資金さえ融通してもらえれば。大型爆撃機は言われなくてもやる。深山は失敗機の烙印を押されてしまったが、そのまま捨て置くようなことはせん。だが米国と競える産業育成なぞ……さすがの儂でも無理だとしか言えんぞ」
オレは中島氏が存外現実の見えていることに、むしろ安心した。これならば彼に知識と資金を用意すれば何とかなるかもしれないと感じられた……もうひと押し、してみるか。
「50年後、100年後……日本がどうなっているか私は知っています。やり方さえ間違わなければ、日本はドイツに勝る技術力を持ちアメリカに比する産業大国になります。いや、今から始めればもっと早く可能でしょう。必要な知識は私が教えます。資金も用意しましょう。だが成し遂げるためには貴方の力が必要です……いえ、貴方だけではなくもっと多くの協力が。どうぞお願いします」
なんか段々、芝居じみた言い様になってきたが、嘘はついていない……信じるかどうかは別だけど。それでもそれは功を奏したのか、翁は呆れたままオレの言い分を受け入れたようだ。
「とんでもないホラ吹きか、常識を超えた天才か……いずれにしても普通ではないという事は分かった」
中島翁はそんな事を言ってオレ達に協力してくれることになった。
「もちろんホラ吹きとわかったら地の底までも追いかけて引導を渡すが……」などと言われたが、オレの命で済むなら安いものだ……もうそれくらい、ずいぶん前から賭け草にしてるんで。
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それから、オレは以前話の出来なかったDC-4EではなくDC-4を入手して深山改にする話、そして一足先に三菱が参加している大型機用のジェットエンジンの開発(三菱の一式陸攻改(?)用よりさらに大型のエンジン開発)の開始、そしてロケット開発についてドイツから技術協力を得られるようになっていることなどを話した。
「それは願ってもない話だが、糸川君から聞いた事によると精度の高い特殊金属加工だとか薬品化学などの技術能力が必要だった気がするのだが……」
おっ、糸川っち、結構ちゃんと必要なことを伝えているな
「そうですね、それがもっとも重要です。どうやってそういったことを実現するかなのですが、日本にそういう会社がない部分は、ドイツとの合弁会社を作りましょう……私の知人で、欧州で手広く事業を行っている人物がいるので、その人に協力してもらえば合弁先はすぐに見つかると思います……会社の10や20の立ち上げは必要でしょうが、中島殿なら問題ないでしょう?」
オレが笑顔と共に伝えると、こいつはどこまでホラを吹くんだいった顔で
「……これは儂でなく君がやった方がよいのではないか?」
と言ってきた。
「そんなことはありません。沢山の作ったばかりの会社を問題を起こさず軌道に乗せるには、中島コンツェルンの力とその総裁である知久平殿の手腕が是非とも必要です。どうぞよろしくお願いします」
とオレは返して、中島氏に全部押し付け、資金の利用手続きと各々の情報に関する資料を渡す件と、中島氏の下で実際にこの件を取り仕切る人が決ったら、関係者を集めて顔合わせを行うという事を決めて会談を終わりにした。
オレは、喉に刺さっていた棘のような中島氏との関係が上手くいくようになったのに大満足で、すっかりするべきことは終わったつもりでいた……糸川っちから『大西さんの作戦会議に参加してください』と言われるまでは。
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そして作戦会議という名の酒席が開かれ、大西少将からロケット開発のための計画が説明された。事前の打ち合わせが十分でなかったとはいえ、これは現在、噴進弾の開発を行っている糸川たちの考えとはずいぶん違ったものだった……もちろん、それは中島総帥とオレの会談の内容をどう実現するかを最大限考慮した結果作られたものだろうが。
具体的には関東圏内に新会社を集中させ効率的に管理運営していくというもので、必要な人員は中島飛行機の社員や海軍から兼任、召集することになっている。一方で糸川たちの考えていたのは、自分たちの伝手を頼って日本各地の会社や大学にいる、それぞれの分野の専門家に仕事を委嘱し、必要に合わせて神奈川の相模原に作る工場に寄宿して作業してもらうというものだ。
公平な目で見て糸川たちのやり方では実現性が低すぎる気がするが、こういうのは中心になって活動している者のやる気が、如実に影響するという面もあるので簡単に却下すべきではない……オレは小声で大西さんに、彼らの考えも少しは考慮してくれないかと伝えたところ、ニヤリと笑って
「よろしい……おい、お前ら! この計画に修正を加えたい奴は、ここに来て俺と勝負しろ!」
と大声で宣言した……つまり酒飲み勝負ということらしい。
しかし酒で大西さんに勝てというのは、あまりに分が悪い……なにしろ彼は海軍兵学校で寮長をしていた男だ。つまり同世代の海軍の荒くれを締めていた人物であり当然腕っぷしも酒量も一、二を争うレベルだったということだ。それでも糸川たちは頭を寄せ合い、全員玉砕(つまり倒れるまで酒を飲み)しても一つでも二つでも自分たちの考えを入れさせる作戦をとることにした……まったく、日本軍の玉砕精神は技術者でも変わらないのかとオレは呆れていると『何を他人のふりをしているんですか種子島さん! 貴方は弱いんだから先兵となって少しでも向こうの戦力を減らしてきてください!』と糸川っちに担ぎ出され、しょっぱなから大西さんと飲み比べをさせられた。
もちろん、一回で済むはずがなく、ぶっ倒れてしばらくして回復すると、もう一度勝負を挑み、飲みながら大西さんを説得し、多少は譲歩を引き出すという総力戦は明け方まで繰り返され、大西少将は、オレ達の努力の結果の若干修正された書類を手に持ち、『それでは、計画案はこれで了承という事とするぞ』と呵々大笑して引き上げていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
残されたオレ達は、泥のようになりながら最終的にどこまで話を聞いてもらえたのか纏めようとしていたが結局よくわからず、大西さんに酒で勝とうなんて無理な話だったのだということを思い知らされた。
オレはちゃぶ台に突っ伏しながら、大西さんが残していった作戦案の写しの余白に、ぼうっとした頭で戯言を書付けた……本当は漢詩でも書ければカッコイイんだがそんな才能のないオレは、これまでやり取りでのメモや頭に思い浮かんだことから抜き書きした、ロケット開発をする者たちへの想いのようなもの……元ネタは「ライフルマンの誓い」だが……を書いた。題して、
「一撃必殺の誓い」
これぞ我らがロケット
世に武器、数多あれど、これぞ唯一最高のもの。
一度、目標を定め発射準備が始まれば、全精力を発射に向けて突き進む。
液体酸素の極低温から、燃焼室の超高熱の世界まで、
我等はあらゆる状況と可能性を支配下に置き、
鴻毛程の瑕疵さえ見逃さず、すべてを在るべき姿に置く。
それが技術の神が我々に求めしこと。
引き換えに我等は力を得る。
其は宙に放たれれば、あらゆる天翔ける存在を凌駕し妨げ得るものなし。
命中の一瞬まで全力で疾駆し、自らを鉄槌として萬の敵を打ち砕く。
すべてを決着する最終決戦兵器として。
オレは書きあげると満足して寝てしまい、そんなものの事はすっかり忘れていた。だから誰かが(多分糸川っちあたりだろう)こっそり回収し、出来上がった工場の建立碑として彫られていたなんて夢にも思わなかった。
しかも、それを教えられたのは工場開設から、ずいぶん経って結構有名になってしまった後だった……最悪だ。
ぐだぐだですが、いつまでも考えていても仕方ないので……




