第128話 Rocket Boys、その4
大西少将との作戦会議はクレイジーなものだった。
いや、そもそも場所が料亭という時点で察するべきだったのかもしれない……僕は言われたように日本のロケット開発に必要と思われる人物を僕が思いつく限りリストアップした資料を持っていったが、そんなものは一顧だにされなかった。とにかく酒、酒、酒で、水のように飲むとかそんなレベルではなく、息の代わりに飲んでいるのかと思うほどだ。
さらに、ひとこと言うたびに酒を注がれ、盃が空いてなければ空くまで徳利を持って待たれる……僕も新入社員の頃は中島飛行機の飲み会で鍛えられたものだがレベルが違い過ぎた。
「君は中島飛行機の人間だったんだな」
僕は不意にそう聞かれて『はい、設計のイロハはあそこで教わりました』と答えたところ、
「ならば、まずは知久平に話さなければならんな」
と独り言のように呟かれた。
中島社長にそんな話を持っていかれるなんて恐れ多いし、そもそも一企業にお願いする話ではないですよと僕が言うと
「だが後で聞いたら絶対へそを曲げるぞ……あいつは『飛行機の開発は民間で行うべきだ』と言って軍を飛び出した男だからな。この話も民間でやるべきだと言いだすぞ」
そう言って社長の顔を思い浮かべるように遠くを見ていた。
「まさか。民間でやるメリットはありませんよ……大型の誘導噴進弾ですよ、作るのは」
僕はそう言って座った姿勢から後ろにぶっ倒れた……もう飲み過ぎで限界だ。
「同じことさ。あいつは『軍は規則だ命令だとばかり言って物を作る環境じゃない。良い物を作るには思いついたことを自由に試せなければ駄目だ』と言っていたのさ」と大西さんは教えてくれた……『それは、そうですが』僕は中島飛行機にいた時、陸軍の技官からあれこれ一々指図されていた頃のことを思い出していた。あんなやり方では、固体燃料の噴進弾開発もまだ出来上がっていなかっただろう。
「よし、それじゃあ決まりだ。明日、知久平に会いに行くぞ」
大西さんは、手酌で酒を煽ると僕にそう言った。
「ちょっと待ってください、早すぎでしょう。会うにしても説明するための資料とか用意しなきゃならないし、何を話すか準備ってものが」
僕がそんなふうにしり込みしていると、
「貴様、噴進弾を作っている割には『へなちょこ野郎』だな、日本男児はこうと決めたら一直線、当たって砕けろだ!」
と気合を入れられた。
僕は何とか大西さんを方を見れるように体を起こして
「それを言うならRocket Boyですよ!」
とだけ言い返してぶっ倒れ、意識を失った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日、料亭からそのまま大西さんに麹町の鉄道省庁舎に連れてこられ、中島知久平鉄道相に面会した。
「君はずっと、そのロケットの開発をやって行くつもりなのか?」
開口一番、知久平翁にそう聞かれた。
『噴進弾』ではなく『ロケット』と言ってくるところが、さすが知久平翁だ。単なる兵器ではなく、もっと大きいものを作ろうとしているところを分かってくれている気がして僕は嬉しくなった。
「はっ、ロケットは航空機より速度と到達距離に優れ、より目的を果たすのに理想的なものとなっています。そして、戦争が終わった暁には人類を地球より大きい宇宙へと導く力となります……これはこれからの日本には是非とも必要なものです。私も全霊を尽くして、この技術を前進させるつもりです」
と僕は一気に答えた。知久平翁は『そうか……』と言ったきり、腕組みをして黙り込んでいた。
一方で大西さんはにこにこしながら
「まるであの時のお前のようじゃないか。俺もその意気に感じて出資者を探して走り回ったのが昨日の事のように思い出されるぞ」
と言っている。しかし知久平翁は相変わらず渋い顔のまま
「ふん、儂まもっとしっかりとした計画性があったぞ。やってみてから問題にぶち当たって、あたふたと走り回るなんて無様な真似はしていない」
……無様。歯に衣着せぬ物言いなのは知っていたが、自分が『無様』と言われるのは少々カチンときた。
「それは失礼ながら最先端を自分で進んでいなかったからではないでしょうか……最先端の研究では、思いもよらぬ結果に出くわすことは日常茶飯事です。目の前に現れた問題に怯むことなく立ち向かい解決する道を見つける事こそ、この道を歩むのに必要な資質だと私は考えます。そしてこれに関して私は他の者に引けを取らない自信があります」
短い期間ではあるが設計のイロハを教えてもらった大恩ある会社の社長に対して失礼とは思ったが僕はそう食って掛かった……もしこれが原因で喧嘩別れすることになるなら仕方ない。
「ハハハ。知久平、こいつぁ一本取られたな」
大西さんが大笑すると
「これは日本とために是非とも必要なことだと、この男は言っている。俺もそれに賛成だ。お前もそこは異は無いだろう。だったら進むべきだ。『断じて行えば鬼神も之を避く』だ」
と言って、知久平翁と僕の肩をたたいた。
「お前はまた気楽なことを……これを立ち上げるのにどれ程、資金が必要か分かっているのか。いくら儂が手を貸すと言ってもどこにそんな金が……」
知久平翁はそう言った後、独り言のように『いや、あるか』と呟いた。
「あてがあるのか?! さすが天下の中島飛行機総裁だ」
大西さんが勢い込んで知久平翁に問いただすと、翁は言い淀みながら
「エス資金と呼ばれる巨額の特別留保があるというのを聞いたことがある……あれは政府の会合の折だったか、日本の産業を発展・強化させるための資金らしいが、この件も広い意味では技術産業の育成と言えなくもない。話の持って行き様次第で……」
「では、早速話をしに行こう」
と立ち上がろうとする大西さんに
「まあ待て。儂もあの時は興味も持たず聞いていて……誰が決裁権を持っているのか。知っているとすれば大蔵省か内務省、企画院辺りか。探してみるからしばらく待て」
翁がそう答えると
「そうだな。その辺は海軍の俺より鉄道大臣のお前の方が良いだろう……そうと決まれば俺達は具体的な人集めだ。おい糸川、貴様必要な人間のリストアップは出来ているか? 今度の作戦会議には、その中から何人か連れてこい……こいつぁ、楽しくなってきたぞ」
と大西さんは勝手に盛り上がり始めた。一方の知久平翁も何やら頭の中で算段している様子だ。最初の予定とはずいぶん変わったが、ロケット開発が始められるならいいかと考え直して、僕は次の作戦会議の犠牲になる人物を物色し始めた。




