第127話 Rocket Boys、その3
コロリョフ氏は深い皺だらけの年齢の割には苦労している感じの人だった。聞くところによるとシベリアの収容所で心臓を悪くして冗談でなく死ぬ間際だったらしい。僕がソビエトのロケット開発の状況を聞くと『私が関わっていたのは暫く前のことだが……』と前置きして話をしてくれた。
「我々はGIRDという研究グループに所属し1933年、Gird-09という液体燃料ロケット、そしてGrid-Xというハイブリッド燃料ロケットの打ち上げに成功した」
GIRDというのは日本語に訳すと「ジェット推進研究グループ」ほどの意味らしい。Grid-09は直径20センチ、全長2.4メートル、重量20kg、到達距離目標6000メートルという仕様のもので、我々の一型奮進弾と二型奮進弾の中間くらいの規模だ。大きさの割に到達距離が長いのは液体燃料式だからと推測できる……ちなみに燃料はガソリンをゼリー状にしたベンゼンと液体酸素を使用していたようだ。これだけ聞くと液体燃料と言うより固体燃料式に近い気がする……案の定、次のGrid-Xではハイブリッド式と呼ばれるようになったようだ。
「その後は、カチューシャというロケット兵器の開発を始めたが、私はシベリアに送られてしまったので詳しくは知らない」
話を聞く限りでは液体燃料ロケットと言いながら大きさは我々の二型奮進弾程度のもので、それほど多くの知見を持っているようには思えなかった。しかし我々が課題としている液体酸素の取り扱いについて聞いてみたところ、彼らも非常に苦労したらしくいろいろな事例を教えてくれた。その後、ドイツで作られたV2ロケットについて概要を教えたところ彼は非常に興味を示し、ぜひとも自分もそれを飛ばしてみたいと言った……それまでは遠く焦点の定まらない視線だったのが一瞬、光が灯ったように見えた。
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液体燃料式奮進弾の設計を検討しながら、これは今までの固体燃料式噴進弾開発のような次元の話ではないことをひしひしと感じていた。固体燃料式で手を抜いていたわけではないが、あれは今までの砲火器の延長上で何とかなるものだった……もちろんその上に、いろいろ積み上げていくことは必要だったが。
しかし、液体燃料は新しい考え方を基礎にして、使われる部品自体も違うやり方で作り、そしてそれらの組み上げ方も管理についても別次元の対応が必要となる。言うなれば固体燃料式はやり方さえ教えれば普通の工場でも作れるが、液体燃料式は高度な知識を持った専門家が、専用に作られた施設で厳密に管理しながら作る必要があるのだ……例えば液体酸素は-183度以下という極低温である必要があり、弾体内のタンクや燃料を高圧で噴射するポンプ、配管調節弁、燃焼室といった部品は一部の隙間もないように組みつけられ極低温から超高温まで幅の広い温度下で歪みが生じないように、ゆがんでも燃料やガスが漏れないように様々な条件を考慮した設計と設置が必要となる。そして数千、数万の事柄でひとつでもミスがあれば成功はおぼつかない。
同じようにヒドラジンや過酸化水素の取り扱いも細心の注意が必要で各部の溶接(あるいは蝋付け)の素材から副反応を起こさない材料の考慮が必要で(例えば半田に含まれる鉛はそれ自体は問題ないが、酸化するとヒドラジンが強烈な反応を起こすので使用することができない)またそれ自体が劇薬であり作業者が不注意に触れると生命に危険を及ぼす……このような物を戦場で保持し必要な時、間髪入れず発射し目標に到達、爆破させなければならない。これはまさにドイツでやっているような数百から数千の専門の人員を専用の施設で運用できなければ無理だろう。日本で実現させるにはどうしたらいいのか?
僕は種子島さんに液体燃料式奮進弾の製造プラントを含めた基地の構築の必要性を説明に行ったところ、内容を聞かれた挙句
『大西少将に相談に行け』
と言われてしまった。この話は個人に相談するような話ではなく国として対応するべき件だと言っても『大西少将は頼まれたら嫌と言わない義理人情に溢れた人だ』とか『日本のためにはオレが動くのではなく、キミが大西さんとやる必要がある』と言って譲らない。
埒が開かないので僕はとにかく大西少将に会いに行くことにした。何を話しに行くかというと、液体燃料式奮進弾の製造設備もさることながら、種子島さんのトンチンカンな対応を何とかしてもらえないかと言うつもりだ。
「大西少将、お初にお目にかかります。奮進弾兵器の開発を行っている糸川というものです。種子島中将から貴方と話をしろと言われたのですが……」
「ほう、あの人が君に私のところに行けと……きっと大変なことなんだろうな。何をしたいんだ、キミは?」
僕はまず、種子島さんが『何で自分の仕事を僕にやらせようとしているのかが分からない』とぶちまけようとしたが、いきなりそんなことを話されても理由が分からないだろうから、最低限状況が分かるように『日本はドイツと同程度の奮進弾開発基地を作る必要があるのですが、種子島中将が私にそれをやらせようとしているんです』という話をしたところ、大西少将は『なるほど。その奮進弾開発基地というのは絶対必要なのか?』と聞いてきた。いや問題はそこじゃなくて、そのあとの部分なんだが……と思いつつ
「はい。アメリカと戦うためには長距離、大型の奮進弾が是非とも必要です。そしてそのためには液体燃料式である必要があります……しかしこれは今までと次元を異にする高度な技術と管理・製造能力が必要なため、それこそ専門の会社組織を作るくらいの事をする必要があります。ドイツではペーネミュンデという島を陸軍兵器局が九部門からなる三つの工場を持つ大規模な実験基地を設営しています。日本もこれと同程度の施設を持たなければ成功はおぼつきません」と述べた。
大西さんは腕組みをして『そうか、アメリカと戦うためには是非とも必要か……』と言って何やら考え込んでいたが、やおら
「君は階級は何だ?」
と聞いていた。
「たしか、中佐待遇の技官のはずです」
年齢的に若すぎると思うが種子島さんに『日本のロケットの第一人者なのだから、これくらいは当然だ』とか言われて任官させられた気がする。ただ全体をまとめている村田技官がいるので大佐ではなく暫く中佐に留めておくという話だったが。
「うむ、中佐か。基地の件、全部を任せるには無理があるな……分かった、この件はこの俺が手を貸そう。俺も大型爆撃機部隊を立ち上げなければならないが、こうなったらひつつもふたつも同じだ」
と言って豪快に笑った。
「いえ、大西さんに助けていただくのはありがたいですが、本来種子島中将が何とかするべき案件だと私は考えます。それなのに何を考えているんだか……」
と僕が不満をぶつけようとすると
「中将殿は既に大所高所から多くの事柄を見なければならない立場だ。細々とした事案に掛かり切りになるわけにはいかないだろう」
と言われた……種子島さんてそんな重要人物だったのか?? 僕にとっては、軽いノリであっちこっちに口出ししている若手士官くらいのつもりだったが。
「そうとなれば作戦会議が必要だな。一週間後に行きつけの料亭をとっておくから、またその時に顔を見せろ……貴様はいける口か?」
大西少将は、そう言ってニッと笑いオレの肩を強く叩いてきた。この人、全然偉そうじゃないところはイイが……なにか真っ当じゃないやり方を考えている気がする。僕は先行きが不安で堪らなくなってきた。




