第126話 Rocket Boys、その2
航空機に搭載する一型奮進弾は「天狼」として正式化され(今後も改良は続けるし別の型式も作るだろうけど)、二型奮進弾も一型の拡大版かつ誘導方式を電波に変えたものとして開発を進めている。
固体燃料式の噴進弾は燃焼室にそのまま固体燃料全体が入っている状態で着火され燃焼によるガスが噴出口から噴射される。そのため大型化により固体燃料の燃焼ガスが高温で金属部分を溶かしてしまうという問題が発生した。そして村田技官は、この問題でも粘り強く実験を繰り返した結果、燃焼室内面に別の材料を重ねることにより防ぐという解決する策を編み出した。
一方で僕の方も二型噴進弾の誘導について困難な問題に直面していた。一型は目標が高温を発生するエンジンが搭載された敵航空機なので赤外線探知が有効な方法だったが、二型は地上車両や陣地構造物、あるいは洋上の敵艦なので目標が熱を発していない場合もあるのだ。いろいろ試した結果、電波による外部からの誘導が最もよいという結論に達した……何のことはない一番最初に誘導噴進弾を作った時のやり方だ。
だが高速で飛翔する噴進弾をドンピシャで目標に当てるのはかなり難しく、どうしてもある程度の誤差が出てしまう。電波の波長を短くしたり複数の誘導電波を使う方法などで精度を少しずつ高めている最中だが、代替案として目標近傍で数発の弾頭をばら撒くようにすることで、どれかが目標を破壊するという方法も検討中だ(今のところ、これが最も問題の少ない解決策だ)。
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そんな頃、しばらく欧州に行っていた種子島さんから『見せたいものがあるから横須賀に来い』という連絡が入った。何のことかと思ったらドイツで結んだ新兵器技術の協力協定により液体燃料式の大型ロケットの設計データと実機を手に入れてきたらしい。あの国のロケット技術は日本より(というかたぶん世界一)進んでいて既に12トンを越える大型ロケットを持っているそうだ。
これを開発したのはフォン・ブラウンという人物で10年以上前から液体燃料ロケットの研究を始めていたらしい。今はAggregat型という液体燃料ロケットのA5型の開発をしているが、ひとつ前のA4型がすでに長距離ロケットとして実用段階に入っていてV2という名前で生産が開始されたとのこと(ただ、まだまだ安定して使える程ではないらしいが)。彼らはベルリンの北200km程の海岸沿いの小島にある陸軍兵器実験場に200人を越える技師を集めて研究・開発を行っているといるそうで、それに比べると日本の研究の規模が悲しくなってくる。
一番知りたかった燃料については、彼らはA1からA3まではアルコールと液体酸素を使っていたがA4からエタノール(正確にはエタノール75%と水25%の混合物)と液体酸素を使用するようになったらしい。思ったより普通だ……てっきりヒドラジン系のものを使用していると思っていた。日本の最初期の液体燃料噴進弾でもアルコールと液体酸素が使われていたそうだ。これならば、まったくゼロからのスタートではないので多少なりとも心強いところだ。
ただ、液体燃料のロケットは、固体燃料に比べて構造が複雑なようだ……固体式では燃料全体を金属で覆って燃焼室とし、個体燃料の燃焼により爆発的に発生するガスを後ろの噴射口から放出して飛翔する。それに対して液体式では、燃料が推進剤と酸化剤に分かれ、それぞれを高圧で燃焼室内に送り込む必要がある。V2ロケットでは、このポンプを動かす為だけに過酸化水素水と過マンガンナトリウムによるヴァルター機関を搭載している。
他にも燃焼室やノズルが非常に高温になり通常の金属ではもたないので耐熱材料にしたり燃焼前の推進剤をこれらの周りに通して金属を冷却する工夫をしているらしい……この辺りは種子島さんがジェットエンジンでも同様の工夫をしていると話していた。見方によってはジェットエンジンも酸化剤を外部から取り込む液体燃料ロケットと似ているなと僕は理解した。
それと彼らのロケットの推進制御に使われていた方法が制御翼による空力的制御ではなく、僕の考えたのと同じ推力偏向板方式であったのを見つけた時、僕はしてやったりというか、自分たちのやってきたことも全然レベルが低いわけはないということを感じて自信を得ることができた。
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僕たちが熱心に液体燃料式噴進弾の実験を進めている最中、急に種子島さんから『ドイツから送られてきたV2ロケットの部品の一部を東京湾の第二海堡に持っていく』と言われた。V2ロケットの部品を直接、実験に使っているわけではないとはいえ、これらの部品は噴進弾の設計でいつも参考にしている重要なものだ。持っていかれては困るので、すぐに種子島さんに掛け合いに行った。
「種子島さん、液体燃料式噴進弾の開発に忙しいこの時期に、重要な資料を持ち出されるのは困るんですが」
僕がそう抗議すると
「あー、その件か……」
と言って裏事情を教えてくれた。『ソ連の宇宙開発の巨人』と言われ、ドイツのフォン・ブラウン博士と並び称せられるほどの人物、セルゲイ・コロリョフが東シベリアの収容所に収監されていて、生命も危険な状態にいるので、日本陸軍が極秘作戦で救出しようというのだ。
「その、コロリョフという方を救出するのは賛成ですが、それとV2ロケットの部品を持っていってしまうのと、どういう関係があるんですか?」
僕がなおも詰め寄ると、種子島さんは説明を続けた……なんでもコロリョフ氏を日本に連れてくるのは本人に同意を得てではなく、拉致同然で救出するのでその後、彼を説得するために日本ではこんなロケット開発ができるというのを具体的に見せる必要があるそうだ。
「それは……必要かもしれませんが、それなら重要機能に関わらない外装とかどんがらだけにしてもらえませんか? 今、研究中の推進装置は実物が見れるのと見れないのでは大きな差があります。失敗の原因が実機を見れなかったためなどと事になったら目も当てられません」
僕の主張は受け入れられ、第二海堡に送られるのはV2ロケットの外側と燃料タンクの一部だけとなった……僕は種子島さんが陸軍を動かして敵地で秘密作戦を行ってでも、そんな重要人物を日本に連れて来る程、噴進弾の開発に力を入れてくれていることを知って正直驚た。彼は他との調整役で上に立つ者の気概も能力もあまり無いのでは、と思っていたのを改めなければならない……それにしても、ソビエトの宇宙開発の巨人か、どんな人なのだろうか……見せてもらった写真では眼力のある壮健そうな人物だった。しかし、僕が実際にその人に会えるのは半年も先になった。




